夜会と視線 2
クリフォードは、ホールの様子に、気を良くしている。
これほど集まるとは思っていなかったからだ。
下位貴族が来たとしても、百人前後と予想していた。
ただ、その程度でも効果は変わらないので、人数は重視していなかったのだ。
「こんなに、大勢、ご出席くださるなんて、クリフ様は人気がおありですね」
「正直、私も、驚いているよ」
クリフォードの隣には、リリアンナが微笑んでいる。
ホール内の貴族子息が、ちらちらと彼女を見ているのには、気づいていた。
中には、公爵家の子息もいる。
リリアンナの美しさを考えれば、当然の反応だ。
クリフォードは、その視線に優越感を覚える。
これが、シェルニティであれば、別の視線で見られていたに違いない。
もうすぐ、それが実証されることになる。
ホールには、上位貴族の姿も多く見られた。
リリアンナには、自分の魅力のように返答をしたが、実際は違う。
招待状に、ローエルハイドとの友和的な意味合いを持つ夜会であることを、暗に示したのだ。
上位貴族が揃って顔を出したのは、その効果だとわかっている。
自尊心を捨ててでも、形を取り繕いたかったのだが、予想以上だった。
ローエルハイドの名は、今でも効力を失っていないらしい。
なにしろ、あのイノックエル・ブレインバーグまでもが出席している。
周囲の者に、しきりと、なにかを自慢していた。
なにを自慢しているのか知らないが、おそらく宝石かなにかの類に違いない。
そうやって、呑気に己の財をひけらかしていられるのも今のうちだ。
イノックエルは、このあと、後悔することになるだろう。
(すっかり、ローエルハイドと縁を結んだ気でいやがる。その男が落ちぶれるのと同時に、お前も道連れにされるがいい)
ふんっと鼻を鳴らし、ブレインバーグ夫妻から視線を外した時だ。
ホールが、大きなざわめきにつつまれる。
2人が現れたのかと、ホールの入り口に顔を向けた。
瞬間、クリフォードも、驚いて小さく声を上げる。
「行こう、リリー」
リリアンナを引き連れ、足早に、その人物に歩み寄った。
柔和な印象のある男性客だ。
「これは、アーヴィング王太子殿下、ようこそおいでくださいました」
栗色の髪に、翡翠色の瞳をした、王太子に、深々と頭を下げる。
現国王の1人息子である、アーヴィング・ガルベリーだった。
長身で細身だが、華奢には見えない。
かと言って、近衛騎士のような骨太な感じがないため、柔和そうに見えるのだ。
「侯爵は、叔父をご招待くださっておられましたが、どうしても都合がつかない、とのことで、若輩ながら、僕が代理でまいりました」
「いえ、王太子殿下にいらしていただけるなんて、光栄に存じます」
答えつつ、クリフォードは、頭の中で王太子について整理する。
下手なことを言って、今夜の計画を台無しにしたくなかったからだ。
(命を狙われる危険があったとかで、15年も匿われていた、という話だったな。ようやく危険が去ったので、ご正妃とともに呼び戻されたのが5年前。国王陛下が即位された年だ)
どのような危険があったのかは知らされていない。
が、民も含め、周囲が2人の帰還に熱狂したことは、今も記憶に残っている。
華々しいパレードが行われ、集まった民たちは口々に、国王と、その妻、息子に称賛の拍手を送っていた。
即位して5年だが、一途に愛を貫いた現国王に対する民の人気は、未だ絶大だ。
当時、まだ放蕩三昧だったクリフォードは、「一途な愛」を、鼻で笑っていたのだけれども。
(リリアンナと出会い、陛下のお気持ちも、少しは理解できた気がするな)
などと、現国王が聞けば、顔をしかめるようなことを思う。
クリフォードの浮ついた性格は、生来のものだ。
15年も、1人の女性を想い続けられるような真摯さの持ち合わせはない。
ただ、今は、リリアンナに夢中になっているため、軽薄な性質が抑えられているだけだった。
「侯爵様は、来月、父との謁見をなさるそうですね」
「はい。私どもにとっては、非常に栄誉なことにございます。このような辺境の者にまで、お気遣くださり、感謝せずにはいられません」
「当日は、僕も同席させていただく予定となっておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします」
「そうでしたか! こちらこそ、なにとぞよろしくお願いいたします」
アーヴィングの丁寧な口調に、すっかり機嫌が良くなる。
周囲からの、驚きの混じった視線も、クリフォードの自尊心を満たしていた。
王族にも招待状は出していたが、出席を見込んではいなかったのだ。
まさか王太子が顔出すとは、ほかの貴族が驚くのもわかる。
「陛下と王太子殿下は、とても仲がよろしいそうですね」
アーヴィングが、少し困ったような、照れたような顔をした。
現国王の息子に対する過保護ぶりは、有名なのだ。
それを指摘した形になってしまったかと、内心では焦ったが、王太子は気にしていないようだった。
「父と僕は、長く離れて暮らしていましたから、親交を深めている最中なのです。それとともに、父に同行させていただくことで、勉強している次第でして」
「非常に立派な心掛けではありませんか。私には、子がおりませんので、お2人が羨ましい限りです」
「侯爵様は、お若いですし、焦ることもないでしょう」
アーヴィングが、穏やかに微笑む。
王族とのつきあいはなかったが、上位貴族より、よほど、とっつき易く感じた。
偉ぶることもなく、上品で、物腰もやわらかい。
貴族の子息とは、やはり「格」が違うのだ、と思う。
(公爵家の子息は、年下のくせに横柄な奴ばかりだからな)
その子息らも、遠くからクリフォードを羨ましげに見ていた。
王族の、しかも、次期国王となる王太子と交流できる機会など、滅多にない。
もとより王族は、あまり貴族と懇意にはならないようにしている。
大派閥であるウィリュアートン公爵家が、例外なのだ。
唯一、男系王族が養子に入った、との経緯がある。
そういう特別な理由でもなければ、本来、特定の貴族と王族の結びつきは弱い。
例外どころか特例とも言える、ローエルハイドを除いて。
クリフォードの頭に、ローエルハイドとの関わりから、王太子が、この夜会への出席を決めたのかもしれない、との思いが浮かんできた。
現国王は、あのジョザイア・ローエルハイドと幼馴染みらしいのだ。
審議の際、ジョザイアが、そんなようなことを口にしていたのを覚えている。
「王太子殿下は、ローエルハイド公爵とも懇意にされておられるのでしょうか?」
警戒心をもって、訊ねてみた。
仮に、2人が親しいのであれば、アーヴィングは味方には、成り得ない。
むしろ、ジョザイアに大恥をかかせることで、敵対される可能性もある。
「いえ、父とは懇意なようですが、僕は、公爵様とは、1度しかお会いしたことがないのですよ。なにしろ、彼は、王宮には来たがりませんからね」
ほんの少し安堵した。
アーヴィングは5年前に、ようやく王宮に迎え入れられている。
出自は誰もが認めるところだが、新参であるのは間違いない。
ローエルハイドとの関わりも薄く、影響が少ないのかもしれないと考えられた。
「あの、クリフ様……」
小さな声に、クリフォードは、リリアンナを紹介していないことに気づく。
今は側室の身だが、シェルニティと婚姻解消をした今、彼女を正妻に迎えることに、なんら問題はない。
謁見の前までには、リリアンナを正妻にするつもりでいた。
「王太子殿下、実は……」
言いかけた時、ホールのざわめきが、一段と大きくなる。
そのせいで、クリフォードの言葉は、途中切れになってしまった。
王太子は、振り向いて、ホール入り口のほうに顔を向けている。
「どうやら、主賓がいらしたようですよ」
クリフォードにも、その姿が見えた。
シェルニティを伴い、ジョザイア・ローエルハイドが姿を現している。
遠目からでも、あの「痣」が目に映った。
(よくもまあ、連れて来られたものだ。どれだけ着飾ろうと醜さは隠せないがな)




