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わけがわからず 1

 シェルニティは、家の外に出て、嬉しくなっている。

 入り口から横に回ったところで、アリスの姿が見えたからだ。

 

「アリス」

 

 駆け寄って、その体に、ぴとっと両手をつき、頬もくっつける。

 1人きりなのが、心もとなかったので、アリスの存在に、ホッとしていた。

 

 審議の日に着ていた、室内用より、少しマシなドレスを身につけている。

 夕食までには帰ると言っていたが、今日は、彼がいないのだ。

 どこに出かけるのかは、聞いていない。

 

 出会ってから、ひと月余り、彼とは、ほとんど一緒にいた。

 が、彼が「放蕩」をやめたのか、シェルニティは知らずにいる。

 クリフォードは、彼女を置いて、毎日のように王都に通っていた。

 父にも、そういうところがあったと、記憶している。

 つまり、男性は、多かれ少なかれ「放蕩」を好むもの、との認識をシェルニティは持っているのだ。

 

 彼とシェルニティは「恋人関係」にはない。

 

 なので、たとえ、彼が放蕩していたとしても、(とが)める謂れもなかった。

 そもそも、シェルニティには、そうした発想もないし。

 

「いい子ね、アリス。あなたに、お願いがあるの。私を乗せてくれない?」

 

 なぜかはわからないが、アリスには言葉が通じている気がする。

 明確に理解はしていなくても、伝わってはいると思えるのだ。

 そのため「説得」を試みている。

 

「あなたは、賢い子よ? だから、わかるでしょう? 私が、あなたに乗せてもらいたがっているということが」

 

 アリスの体が、ぴくっとした。

 見れば、顔をシェルニティのほうに向けている。

 青みがかった瞳に、彼女が映っていた。

 

「私、行かなくちゃならないの」

 

 本当には、行きたくないと思っている。

 けれど、行く必要があった。

 

 レックスモアの屋敷に。

 

 半月ほど前に、リリアンナが、この家を訪れた時のことだ。

 シェルニティは、1通の封書を渡されている。

 封蝋(ふうろう)には、レックスモアの印璽(いんじ)が押されていた。

 

「お願い、アリス」

 

 アリスが、ブル…と、なにか困ったように鼻を鳴らす。

 それから、首を振り、辺りを見回すような仕草をした。

 きっと「彼」の姿を探しているに違いない。

 シェルニティがアリスに乗る時は、いつも彼と一緒だったので。

 

「今日は、1人なの」

 

 実のところ、彼がいない日を狙ったのではなかった。

 単に、彼のいない日が「今日」だっただけなのだ。

 そして、シェルニティは、彼に「今日」のことを言い出しかねていた。

 というのも。

 

「これは、私の問題で、彼に、なにかしてもらうことではないのよ。あなたは気にしないでしょうけれど、私の痣を、みんな、気にするわ」

 

 アリスの体に、すりすりっと頬を摺り寄せる。

 アリスは動物で、外見を気にしたりはしない。

 自分を気に入ってくれているようでもあるし、安心して頬ずりだって、できる。

 

「お願いよ、アリス。私は、まだ1人では、あなたに乗ったことがないでしょう? どうにか乗せてもらえないかしら?」

 

 いつもは、彼に抱き上げられ、アリスの背に乗せてもらっていた。

 知識として「(あぶみ)」に足をかけたりしながら乗ることは知っている。

 さりとて、アリスは鞍もつけていないし、鐙もない。

 だいたい知識だけでは、実生活で役に立たないことも、もうわかっていた。

 

 アリスが、頭を上にしたり下にしたりしている。

 まるで「うーん」と悩んでいるようで、ちょっぴり笑いたくなった。

 同時に、アリスを困らせている気もして、申し訳ない気持ちになる。

 

 アリスの体から少し離れ、正面に回った。

 顔を両手でつつみ、青みがかった瞳を覗き込む。

 やはり、アリスは、とても「美男子」だと思った。

 

「あなたを困らせているわよね? お詫びになるかは、わからないけれど」

 

 そして、アリスが喜ぶかも、不明なところだったけれども。

 

「私の初めての口づけを、あなたに」

 

 ぴくぴくっと、アリスの耳が動く。

 尾が、ゆるく揺れていた。

 喜んでいるような、気もする。

 

(アリスは、本当に、いい子だわ。私の口づけを嫌がらないなんて)

 

 思って、口づけようと、顔を近づけた。

 

 ひょい。

 

「え……?」

 

 急に、アリスとの距離が離れる。

 腰へと巻きついたものに視線を落とした。

 

 腕だ。

 

 ゆっくりと顔を上げ、振り向く。

 

「いけないね。そういうものは、大事にとっておくべきだ」

 

 しかつめらしい表情で、彼が不機嫌そうに言った。

 いつの間に帰ってきていたのか、どうやら、シェルニティとアリスを引き離したのは、彼だったらしい。

 

「少なくとも、放蕩馬に、捧げるべきものではない」

 

 アリスが、蹄をカッカッと鳴らしている。

 彼も彼で、なにやらアリスを小さく睨んでいた。

 シェルニティは、状況がうまく理解できずにいる。

 

「アリス、一線を越えるようなら、きみの尾に火をつける」

「まあ! 酷いわ! アリスは、なにもしていないのに!」

「なにもしていなけりゃ、火をつけたりはしないね」

「私がアリスに口づけたかったのよ?! この子は、せがんだりしていないわ!」

 

 自分のせいで、アリスの尾に火がつけられては大変だ。

 あまりに可哀想過ぎる。

 

「それに! それに……」

 

 言いかけて、少し冷静になった。

 彼を見上げ、わずかに首をかしげる。

 

「アリスは、馬じゃない」

 

 シェルニティ自身は飼ったことはないが、貴族には動物を愛玩する趣味もある。

 小さな動物に口づけたりすることも、めずらしくはない。

 たまたまアリスは馬で、体格はいいけれど、動物は動物だ。

 人に口づけるのとは、意味が違う。

 そのくらいは、シェルニティにも、わかっていた。

 

「それは、まぁ、そうなのだがね」

 

 ばつが悪そうに、彼は、シェルニティの腰から手を離す。

 アリスは、そっぽを向くように、右斜め上のほうに顔を向けていた。

 

「あ~……ところで、きみの、その格好に、私は、いささか興味を持っている」

 

 指摘に、あ…と思う。

 当初の目的は、彼のいない間に、レックスモアの屋敷に行くことだったのだ。

 

「レックスモアの、お屋敷に行くつもりだったの」

 

 この心理が、どういうものかは、よくわからない。

 ただ、シェルニティの声は、小さくなっている。

 顔を隠すためでもないのに、うつむいていた。

 その顎が軽く掴まれ、くいっと引き上げられる。

 

「いいかな? 今から、私は、きみを脅すよ?」

「え……?」

 

 彼が、にっこりしつつ、アリスを指さして、言った。

 

「きみが私の納得のいくよう説明をしてくれなければ、アリスの尾に火をつける」


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