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いつもの不幸せ 4

 クリフォードは、シェルニティを呼ぶつもりはなかったのだ。

 が、リリアンナに頼まれたので、しかたなく呼びに行かせた。

 礼儀として挨拶をしておきたい、と言ったリリアンナの心遣いを尊重している。

 

 およそクリフォードは、人の言うことに耳を傾けるような男ではなかった。

 公爵家には並び立てないものの、侯爵家としてレックスモアは、それなりの地位にいるのだ。

 同じ爵位であれば、(おもね)る必要などない。

 

 それに、公爵家の子息に、クリフォードほどの美形は、ほとんどいなかった。

 サロンにおいては、彼の独壇場と言える。

 彼に、女性を「融通」してくれと頼んでくる公爵子息もいるくらいだ。

 王族の容姿には敵わないが、王族はサロンになど来ない。

 従って、クリフォードは、人の言うことを聞く必要がなかった。

 

 けれど、リリアンナは別だ。

 彼女とは、街で偶然に知り合っている。

 サロンに行く前に立ち寄った、宝石店の店先でぶつかった。

 必死で詫びる彼女は、とても愛らしかったのだ。

 今までベッドをともにしてきた、どんな女性も霞んで見えた。

 

 ひと目で、虜になったと言ってもいい。

 純真さの宿る大きな瞳も、美しく輝く髪も、なにもかもに惹きつけられた。

 クリフォードらしくもなく、まるで初心(うぶ)な青年のように、たどたどしく、彼女を食事に誘ったが断られている。

 そのせいで、よけいに彼女に夢中になった。

 以来、サロン通いは、きっぱりとやめている。

 

 リリアンナは男爵家の令嬢ではあるものの、あまり裕福ではなかった。

 だから、会うたびに宝飾品を贈ろうとしたが、それも断られている。

 

(金とは無縁で、私と親しくなりたい、などと言って……いじらしいものだ)

 

 その時のことを思い出し、クリフォードは暖かい気持ちになった。

 リリアンナは、彼自身を好ましく思ってくれたのだ。

 サロンに来ているような女性とは違う。

 

 いよいよ、クリフォードは、リリアンナにのめりこんでいった。

 会って食事をしたり、夜会に行ったりと、毎日のように彼女と過ごしたのだ。

 実のところ、彼女とは、まだベッドをともにしていない。

 それも、クリフォードにとっては、初めてのことだった。

 

 彼女の真摯な愛情を裏切りたくない。

 遊びでつきあっているのではない、との証を立てようとしたのだ。

 

 が、しかし、リリアンナを妻にはできなかった。

 爵位の問題は、どうにでもなる。

 クリフォードのほうが、高位にあたるからだ。

 さりとて、クリフォードは、すでに既婚の身。

 

 正妻である、シェルニティがいる。

 

 彼は、ひどく迷った。

 側室なんて言ったら、リリアンナを苦しめることになるのではないか。

 不誠実だと思われ、自分の元から去ってしまうのではないか。

 そんな不安から、なかなか言い出せずにいた。

 

(リリーは、本当に、素晴らしい女性だ)

 

 彼女は、そんなクリフォードの苦しい胸の内を理解してくれている。

 なにしろ、リリアンナのほうから「側室」の話を切り出してくれたのだから。

 

 『私は、クリフ様をお慕いしております。正妻でなくとも……側室であっても、クリフ様の、お(そば)にいさせてくださいませんか』

 

 そして、クリフォードさえよければ、と言葉を付け足したのだ。

 もちろん、クリフォードに否はない。

 側室とすることに、罪悪感すらおぼえている。

 

(あいつさえいなくなってくれれば、リリーを正妻にしてやれるものを)

 

 視界に入れたくもない女だ。

 いっそ死んでくれればいいのに、と思う。

 とはいえ、直接に手をくだすことはできないし、シェルニティに、自死の意思はなさそうだった。

 

 ならば「それなり」に扱い続けるしかない。

 生活に困らせようものなら、実家が黙ってはいないだろう。

 シェルニティの「公爵家令嬢」との立場が、本当に忌々しく感じられる。

 

 あとは、シェルニティが、なにか罪でも犯してくれることに期待するだけだ。

 もっとも、彼女は、日がな部屋にいることが多く、罪を犯すようなきっかけすらないのだけれども。

 

「シェルニティ様は、毎日を、どうお過ごしですか?」

 

 リリアンナが無邪気に訊く。

 どんな相手にも分け隔てなく声をかけるということに感心した。

 本当に、リリアンナは、心の優しい女性なのだ。

 彼は、ちらっと視線をシェルニティに向けた。

 答えるように、目だけで促す。

 

「部屋で、本を読んだりしております」

「この近くにある森を散策なさったりはされませんの?」

「私は、あまり外には出ないものですから」

「ですが、たまには気分を変えませんと、心が暗くなりますでしょう? せっかく木々が色づく季節ですし、散策もしてみてくださいね」

 

 シェルニティが、黙ってうなずいた。

 そのことに軽く苛立ちを覚えたが、リリアンナの手前、我慢する。

 リリアンナの優しい気配りを無駄にしたくなかったからだ。

 

「シェルニティ、明日にでも散策に行ってくるといい」

 

 シェルニティの部屋は、クリフォードの部屋とは離れている。

 とはいえ、屋敷内にいると思うと、気が滅入るのだ。

 思い出すのも嫌だった。

 

 どうせなら、シェルニティを屋敷から離れさせて、心置きなく、リリアンナとの関係を深めたい。

 悪くない考えだと思った。

 

「馬車は、私が手配しよう」

「あら。でしたら、お食事も、ご用意してさしあげてはいかがでしょう? 自然の中で食事をすると、とても気持ちが良くて、いつもより食せるものです」

「そうか。では、食事も用意させておく」

 

 リリアンナが、クリフォードを見て、微笑んだ。

 嬉しそうな表情に、すっかり目を奪われる。

 心優しく、気立ても良く、見た目にも可愛いリリアンナが愛しかった。

 リリアンナを妻にできたら、どれほど幸せだったか、と思う。

 

 クリフォードは、貴族らしい貴族だった。

 

 実のところ、シェルニティに、なにかされたわけではないのだ。

 憎まれ口を叩かれたとか、物を投げつけられたとか。

 そういうことは、一切ない。

 クリフォードが、シェルニティを嫌っている理由は、ただひとつ。

 

 醜い、ということだけだった。

 

 貴族は、外見にこだわる者が多い。

 爵位が優先されることもあるが、同じくらい見た目を重視している。

 婚姻しても、シェルニティは、夜会に連れて行くこともできない女だ。

 一緒に歩いているところすら、誰にも見られたくなかった。

 

 唯一、彼にとって前向きになれるところがあるとすれば、それは爵位だ。

 シェルニティとの婚姻で、レックスモアは公爵家と、ほぼ同格となっている。

 後ろにブレインバーグがいるとなれば、たとえ公爵家であろうと、クリフォードに物申すのは容易いことではない。

 リリアンナを知った今、そんな気はないが、仮に、公爵子息の妻を寝取ろうが、誰にも文句は言われない立場になったのだ。

 

(その程度の価値しかない女だがな)

 

 彼は、不快感を遠ざけるため、リリアンナの手を握る。

 とたん、気分が良くなった。

 明日は、リリアンナと2人きりだと思うと、胸も高鳴っている。


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