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愛というのは 1

 クリフォードは、リリアンナが帰ったと聞き、すぐに部屋を訪れていた。

 彼女が、ソファに座る間もなく、足早に歩み寄る。

 

「うまくいったか?」

「はい。なにも問題はありませんわ」

 

 リリアンナの笑顔に、心から安堵した。

 これで、ジョザイア・ローエルハイドに、ひと泡吹かせてやれる。

 そう決まったも同然だ。

 

 大きく息をつきながら、リリアンナの肩を抱く。

 一緒に、ソファへと腰をおろした。

 

「きみに、こんな頼みをするなんて、気が引けたよ」

「そんなふうに仰らないでください。クリフ様の、お役に立つことができて、私は嬉しく思っているのですから」

 

 リリアンナの優しさには、心が癒される。

 事も順調に運んでおり、少しではあるが、屈辱感が薄まった気がした。

 その日が来れば、立場は逆転する。

 自分に対する周囲の目も変わるはずだ。

 

「同情されるのは不本意だが、見下(みくだ)されるよりはマシだからな」

「同情だなんて……きっと、皆様、クリフ様のご温情に感心するでしょう」

「かもしれないな」

 

 なにしろ「あんな女」を娶ってやったのだから、感心されて当然だと思う。

 婚姻の解消は、正当なものだった。

 シェルニティから誘っていなくても、不義には違いない。

 夫以外の男と関係を持った、との事実は、(ゆるが)せにはできないのだ。

 

「しかし、あんな女を気に入るとは、奇怪な嗜好だとしか言いようがない」

「好みや嗜好は人それぞれ違いますし、理解できないものもありますわ」

「確かにね。私は、いたしかたなく、あの女と婚姻するはめになったが、そういう理由でもなければ、考えもしなかっただろう」

 

 リリアンナの手を持ち上げ、その手の甲に口づける。

 クリフォードは、すっかり肩の荷が降りたような気分になっていた。

 あと半月ほどの辛抱だ。

 それを過ぎれば、状況は、がらりと変わる。

 

 当日のことを考えるほどに、機嫌が上向いた。

 王都での最悪な出来事も、些細なことに思えてくる。

 

「結局、あの女との婚姻は解消できたのだし、文句はないさ。邪魔者を引き取ってくれた公爵に感謝したいくらいだ」

 

 その公爵も、早晩、落ちぶれる予定だ。

 クリフォードの中では、そうと決まっていた。

 邪魔者はいなくなり、自分に恥をかかせた男には報復できる。

 すべては、自分の思い通りになるのだ。

 

 ならば、いっときの恥など、たいしたことはない。

 自分は正しい選択をしたのだ、とクリフォードは、思う。

 

「それにしても、きみは、ずいぶんと、うまくやったようだね。公爵は、あの女をいたく気に入っていたから、心配していたのだよ」

「意外なほど、すんなり通してもらえましたわ」

「なにか口やかましく言われたりは、しなかったか?」

「いいえ、なにも。私がお願いすると、家から出てくださったほどです」

 

 クリフォードは、眉をひそめた。

 上向きかけた機嫌が、一気に傾く。

 

「素性を隠して、公爵が、女遊びに興じていたのは事実だ。ここ数年は見かけなくなっていたけれどね」

 

 クリフォードは、18歳の頃からサロンに入り浸り始めている。

 当時から「彼」は、有名だった。

 写真を見て気づかなかったのは、髪と目の色が違ったからだ。

 クリフォードがサロンで見た「彼」は、濃い金髪に琥珀色の瞳をしていた。

 いかにも、上品で優しげな印象を持っていて、女性を惹きつける魅力にあふれていたのだ。

 

 クリフォードですら「彼」には敵わないと感じた。

 おそらく、20歳かそこいらだったように思う。

 2,3歳しか変わらないのに「彼」には、若者特有のはしゃいだところはなく、とても落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

「姿が違うのに、なぜ、お気づきになられたのですか?」

「話しかた……いや、話しぶりかな。彼は、とても独特なのだよ」

 

 皮肉っぽく、それでいて、ユーモアに優れ、機知にも富んでいる。

 その会話を楽しんでいたのは、女性だけではない。

 誰もが「彼」のテーブルに招かれたがっていた。

 とはいえ、たいていは、高位の貴族に取り囲まれていて、クリフォードは、(そば)に近づくことすらできずにいたのだ。

 

 笑い声の絶えないテーブルを、ほかの下位貴族の子息とともに、遠目から、羨むだけだった

 そして「彼」は、いつも、その日、その場にいた全員が最も魅力的だと思う女性と連れ立ってサロンを出て行く。

 そんな「彼」に、クリフォードは、嫉妬と羨望のまなざしを向けていた。

 

 だから「彼」が、数年前から姿を現さなくなり、心ひそかに安堵していた。

 これで2番手に甘んじることはなくなった、と思ったからだ。

 実際、クリフォードが、公爵子息らに「貸し」を作れるようになったのも、その頃からだった。

 

「審議の場では、気づかなかったが、あとで思い出したのさ」

 

 あの話しぶり、言い回し。

 どこかで聞いたことがある、と感じた。

 自分以外の者が標的であれば、多少は笑えたかもしれない。

 皮肉と辛辣さの間にも「彼」は、笑いを織り交ぜていた。

 相変わらず。

 

「公爵の前に出れば、私の放蕩なんて足元にもおよばない」

「それほどでしたの?」

「審議の場でも、得々と語っていたよ。夜毎、女性を(はべ)らせてはいたが、ともに朝を迎えたことはない、なんてね」

「まあ……」

 

 リリアンナが口元を押さえ、驚いている。

 純真な彼女には、刺激が強すぎたかもしれない。

 リリアンナの頬に、軽く口づけをする。

 

「きみが、奴の放蕩の犠牲にされなくて、本当に良かった」

「公爵様は、シェルニティ様を気に入っておられるのですから、私なんて、相手にされるはずがありませんわ」

「どうかな。きみの願いを簡単に受け入れたのは、そういうことかもしれない」

 

 クリフォードは、リリアンナの髪を手で撫でながら言った。

 

「あの女より、きみのほうが、魅力的なのは確かだ。あの男が、きみに目をつけたとしても、不思議ではないよ」

「まさか」

「未だに独り身なのは、まだ遊び足りないからさ。きみを餌食にしようとしている可能性は、大いにあるね」

 

 リリアンナが、少し不安そうに瞳を揺らがせる。

 安心させるため、軽く口づけをした。

 

「私は、きみと出会って、放蕩はやめた。だが、奴は違う。気をつけなくちゃいけないよ、リリー」

「ええ……私の心は、クリフ様だけものです。お分かりでしょう?」

「もちろんさ。心配しなくても、私が、きみの心を疑うはずがないだろう」

 

 話しているうちに、段々と、それが真実に思えてくる。

 シェルニティのことは、所詮、ものめずらしさと好奇心に過ぎなかったのだ。

 そういう感覚は、日ごとに薄れる。

 今では、すっかり飽きているということも考えられた。

 

(あれだけ大見栄を切った手前、引くに引けなくなって、あの女の面倒を見ているだけなのだろう)

 

 だとすれば、リリアンナを次の標的に定めていても、おかしくはない。

 クリフォードの心に、暗い喜びが満ちる。

 

(お前がリリーを望んでも、彼女は手に入らない。リリーは私のものだからな)

 

 かつて嫉妬と羨望をいだき、今回、自分に屈辱を与えた相手に、勝利したような気持ちになった。

 もう「彼」は、自分の敵わない男ではないのだ。

 

「軽く食事をすませたら、きみのベッドに行こうか、リリー」

 

 クリフォードの言葉に、リリアンナが頬を赤くして、小さくうなずく。

 その姿に、クリフォードは、大きな満足感をいだいた。


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