表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/80

帰りたいのは 3

 

(にーさん、僕、もう帰っていいですか?)

(いいわけねーだろ、もうちっと辛抱しろよ)

(僕は、馬鹿な奴が大嫌いです)

(ああ、知ってるよ。オレだってキライだね)

 

 クリフォード・レックスモアは、稀と言えるほどの「馬鹿」だ。

 双子の意見は、一致している。

 

 ローエルハイドを相手に、選択肢なんてありはしないのに。

 

 アリスは、シルクハットの端から、わずかに顔を出す。

 リカに虫は嫌だと言われたので、小さなネズミに変転していた。

 ほかの重臣たちは、さすがに理解しているらしい。

 全員、石像のように固まっている。

 顔色も真っ白だし。

 

 時々、こういう「馬鹿」がいるのだ、とアリスは思った。

 ローエルハイドの本質を、ちっともわかっちゃいないのだ。

 ウィリュアートンが屋敷としている城の地下道の土壁にも、その「見本」が、未だめり込んでいる。

 もう3百年が経とうとしているのに。

 

 クリフォードの動向に、全員が注視していた。

 なので、リカと内緒話をしている。

 2人は、魔術師ではないため、魔術を使っての会話はできないのだ。

 

(いっそ消されてしまえばいいのに)

(お前、そーいうトコ、物騒だよな。堅物のくせに)

(堅物だからですよ。虚偽の審議申し立てをしたのですから、罰せられて当然ではありませんか)

(まぁ、そう言うなって。もうすぐ終わるだろ)

 

 立ちあがっている彼に、視線を向ける。

 口元に、薄く笑みを浮かべていた。

 それを見て「ふぅん」と思う。

 その表情から、彼の心情を察したからだ。

 

(にーさん、公爵様は、ずいぶん不愉快になっておられますね)

(あの人は、お前より“馬鹿”がキライなのサ)

 

 元々、クリフォードなど、どうでもいいと思っていたのだろう。

 なのに「馬鹿」が、わざわざ彼の癇に障ることを言った。

 周囲の反応を見ていれば、己の取るべき行動はわかってしかるべきなのに。

 

(しかしねえ、にーさん。公爵様は、はっきり“気に入り”だと仰ったのですよ? 黙って引くのが当然ではありませんか?)

(ローエルハイドを伝説みたく思って、舐めてる奴もいるからな)

(正気とは思えません)

 

 ローエルハイドは、貴族でありながら、何者にも縛られていない。

 王宮どころか、国ですらも、彼にとっては、どうでもいいのだ。

 いつでも国替えのできる立場でもあった。

 

 普通、魔術師は「与える者」である国王から魔力を授かっている。

 国王と契約しなければ、魔力は与えられず、いずれは魔力を失うのだ。

 つまり、魔術師は、否応なく契約に縛られることになる。

 が、彼は、その契約を必要としない。

 

 彼自身が、どんな魔術師よりも大きな魔力を持っている。

 魔術も自由自在だし、彼にしか使えないようなものも多かった。

 その気になれば、彼は、この国の、いや、世界の頂点に立つこともできるのだ。

 王宮魔術師や近衛騎士が総がかりでも、彼の指先ひとつで簡単に消されてしまうだろう。

 

 とはいえ、彼だけでなく、ローエルハイドは、基本的に表舞台には立たない。

 普段は、とても、ひっそりしている。

 いるのだかいないのだか、といった具合だ。

 そのせいか、ローエルハイドを伝説のものとしてしか見ない者もいた。

 

 史実に記載されている内容も、王族の「騙り」によるものだと思っている。

 

 隣国との戦争を、たった1人の魔術師が、魔術1発で終結させただなんて。

 今となっては、伝説とされてもしかたがないような話だ。

 実際に、見ていないのだから、信じられない気持ちもわかる気はする。

 さりとて、実際に見た者に、明日は来ない。

 

(そろそろかなー)

 

 リカに指示して、自分が間に入っても良かったのだが、アリスは、面倒を、人に丸投げする主義だった。

 自分以外に引き受けてくれる者がいるのなら、黙っていたほうが楽。

 思うそばから、声がする。

 

「結局のところ、お前の放蕩の結果だということではないか」

 

 国王フィランディ・ガルベリーだった。

 もちろん、アリスは、国王との面識もある。

 ウィリュアートン公爵家は王族とも懇意なのだ。

 

 なぜだかアリスは、真面目で頭もいいのに、どこか間が抜けている、この国王が、ちょっぴり苦手だった。

 アリスの「無礼」に小言も言わないし、変転での王宮の出入りも、自由にさせてくれているのだけれども。

 

「彼女の貞淑さを、彼が疑うなんて、まさかにも思ってやしなかったのさ」

「お前が、誘わねば、こうはなっておらん」

「もっともだね、ランディ。きみは、正しい」

 

 アリスの思った通りの展開になっている。

 今、この場で、まともに彼とやり合えるのは、国王しかいない。

 彼を少しも恐れない、ある意味では、国王らしい国王だ。

 アリスも、彼を恐ろしいとは思っていなかった。

 けれど、彼と国王との間には、特別な絆があるように感じられる。

 

「では、すべては、お前の責だ。そうであろう?」

「嫌味な言いかたをするものじゃないよ。私が、否定しないと知っているくせに、念押しをするなんて、ちょいと意地悪に過ぎやしないかい?」

 

 クリフォードは、まだ「死にそう」な顔をしているが、室内の空気は、がらりと変わっている。

 重臣たちも、呼吸するのを思い出したようだ。

 ただ1人、イノックエル・ブレインバーグを除いて。

 

「ともかく、裁定はくだされている。お前の責であろうが、覆りはせぬのだ」

「だとすれば、私は、どうすればいいのかね?」

「むろん、己が責を取れ」

 

 彼が、軽く肩をすくめる。

 アリスにしてみれば「予定調和」といった感じしかしない。

 打ち合わせてはいなかったのだろうが、これがこの2人のやりかたなのだ。

 お互いに「手の(うち)」を、わずかな会話で見せ合っている。

 

(にーさんの言われた通りになりましたね)

 

 リカが、どことなく嬉しそうに、そう言った。

 アリスに理解できないことがあるとすれば、やはり弟の、この感覚だ。

 先読みをされたり、裏をかかれたりするのは、アリスにとっては不愉快な事態。

 彼のすることですら「ちゃんと」分かっていたい、と思うくらいだった。

 

 常に「解」を持っていなければ、足場がグラついているようで、落ち着かない。

 が、リカは、なんとも思っていないのだ。

 というより、アリスからの指示や、先読みされることを喜んでいる。

 たぶん、生まれた順番ではなく、こういう面で、リカは「弟」なのだろう。

 

(リカ、言っとくけど、オレだって、お前がいなきゃやってけねーんだぜ?)

(わかっていますよ? 僕たちは2人で一人前ってことでしょう?)

(そーいうコト)

 

 やはり、弟に危険なことはさせられない、と思った。

 半身もがれて生きていける人間はいないのだから。

 

「よろしいでしょうか、陛下」

 

 リカの言葉に、国王が、うむと鷹揚にうなずく。

 重臣たちが、とたん、ぎょっとした顔で、リカを見た。

 この2人の会話に口を挟むなんて、というところ。

 

 これで、リカを軽んじる者はいなくなるに違いない。

 この審議におけるアリスにとっての最大の「利」だ。

 だからと言って、クリフォードの馬鹿に感謝なんてしないが、それはともかく。

 

「彼女のレックスモア侯爵家との婚姻は解消されました。そして、ローエルハイド公爵様には、その責がございます」

「で、あろう」

「つきましては、今後の彼女の生活を、公爵様に担っていただく、ということではいかがでしょうか」

 

 国王が、納得したように、うむ、とうなずいた。

 そして、彼は、リカに、いや、アリスに向かってだろう、小さく笑ってみせる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ