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冤罪の功罪 1

 

「なぁに、怒っちゃってんの、お前」

「別に、怒っちゃいませんよ、にーさん」

「怒ってんじゃねーか」

「にーさんの放蕩は、いつものことじゃありませんか。今さら、僕が何を怒るっていうんです?」

 

 ぷんっとした言いかたに、リカが怒っているのが、アリスには、わかっている。

 そもそも、怒っているから、目も合わせようとしないのだろうし。

 

 夜も遅い時間。

 王宮にある、宰相の執務室だ。

 相変わらず、リカは遅くまで真面目に仕事をしていた。

 どうせ、ここにいると思い、アリスは屋敷に戻らず、こちらに顔を出したのだ。

 

(もうちっと、手抜きすりゃいいのにサ。できねーんだよな、こいつは)

 

 リカは堅物で、真面目に過ぎる。

 仕事なんてものは、肝心なところだけを押さえ、あとは「流し」でいい。

 アリスは、そう思うのだが、弟のリカは、それができずにいた。

 いちいち確認せずにはいられない性格をしている。

 人任せにすることもできやしないのだ。

 

 2人は、ほとんど外見も同じ。

 髪と瞳の色がブルーグレイなのも、その目がキツネのように尖っているところも、ほぼ同じと言えた。

 しゅるんとした細い眉も、その位置だって、違いはわからない。

 が、性格は真反対。

 

 アリスは、リカの真面目さが理解できずにいる。

 おそらく、リカにも、アリスの自由奔放さは理解できないだろう。

 理解できない、という点では、お互いの心境は一致しているのだ。

 

「おい、リカ」

 

 執務机の前に、アリスは立っていた。

 その上に広げられている、いくつもの書類に、ザッと目を走らせている。

 書類は、リカのほうに向いているため、アリスから見ると、逆向きだった。

 が、それは、アリスには関係ない。

 書類を指さして言う。

 

「この馬鹿、またバカやってるぜ?」

「馬鹿……?」

「金洗浄だよ。どっかの貴族に、いいように使われてんだろ」

 

 リカが、アリスの指さした書類を手に取り、首をかしげていた。

 アリスからすると、一目瞭然なのだが、それはともかく。

 

(まー、少しくらいは機嫌取っとかねーとな)

 

 リカは、アリスに指摘されるのを好むところがある。

 なにか「兄らしさ」を感じるらしい。

 

「そこはアンバス領だろ? 辺境地だぜ? なのに、なに、その税収? そんなにあるわけねーじゃんか」

「あ……そうですね。ええ、にーさんの仰る通りです」

 

 リカのまとう空気が、ふわっと変わった。

 かなり、ひん曲がっていた機嫌が、この程度で直るのなら安いものだ。

 ザッと目を走らせただけでも、指摘する場所が、いくつも見つかっている。

 

「それとー、そっち。その辺りは、魔術師を雇える貴族がいねえ。ちょいと、王宮魔術師を動かしとけ」

「なぜです?」

「こことここ、それに、ここ。魔術師に、虫の駆除させてんだろーが。流れ的に、そろそろ、その辺りでも虫が出る」

「確かに……魔術師がいなければ、畑が荒らされますね」

 

 それから、さらに何ヶ所か指摘すると、リカは、すっかりご機嫌になった。

 やれやれと、アリスは、内心で溜め息をつく。

 弟のところに顔を出すと「仕事」をするはめになるのが面倒くさいのだ。

 さりとて、リカの機嫌を取るのは、嫌いではない。

 嬉しそうにしている姿を見ると、アリスも、ちょっぴり嬉しくなる。

 

「さてと、そんじゃ、本題な?」

「はい。ちゃんと、にーさんに言われた通りにしていますよ」

「なにか問題か?」

 

 リカの表情が、少しだけ曇ったのを、見逃さなかった。

 こんなふうに、アリスは、弟の異変には過敏になる。

 どれほど些細なことでも、気にかけずにはいられない。

 

 なにしろ2人は、魔術が使えない。

 しかも、リカは、アリスのような特殊な能力も持っていなかった。

 アリスは飛んで逃げられても、リカは危険を回避できないのだ。

 ある意味、リカを守るのは、自分の使命だと、感じている。

 2人は「2人で一人前」だから。

 

「こちらを、どうぞ」

 

 リカが、封書を差し出してきた。

 受け取って、中を確認する。

 アリスのキツネ目が、意地悪く細められた。

 

「ふぅん」

「にーさんに言われたように、引き伸ばしてはきたのですが」

「わぁかった。もう、いいよ」

「よろしいのですか?」

「うん。問題が起きたからな」

 

 動くのは、問題が起きてから、だ。

 そして「問題」は起きた。

 つまり、動くべき時がきた、ということ。

 

「その紋章は、レックスモアですよね?」

「そーだよ」

「辺境地にある侯爵家でしょう?」

「そーだな」

 

 アリスは、封書を、ぽいっと執務机の上に投げ返す。

 詳細を話していなかったため、リカは、わけがわからずにいるのだ。

 が、これから、具体的な話をするつもりでいる。

 でなければ、堅物のリカが納得しないと、わかっていた。

 

「いつも通り、オレも出る」

 

 年に数回もないことだが、時々は「審議」の申し立てがある。

 裁定を下すのは、重臣たちだ。

 その仕切りをするのが、宰相の役目となっている。

 基本、話すのはリカなのだけれども、常に、アリスは寄り添っていた。

 

 リカの宰相としての「腕」を見(くび)られたくなかったからだ。

 侮られれば、馬鹿にされる、という程度ではすまない。

 慣例に甘んじていても、宰相の座を狙う貴族は少なくなかった。

 リカが吊し上げられたり、下手をすれば、命を狙われたりする可能性がある。

 

 そのため、アリスが「補助」していた。

 リカだけでは、切り抜けにくい場面になると「耳打ち」をしている。

 

「あの……にーさん……」

「なぁんだよ?」

 

 リカが、しょんぼりした顔をしていた。

 いつものことなのだから、気にする必要はないはずだ。

 

「にーさんが、僕を支えてくださっていることには感謝しております。ですから、まことに申し上げにくいのですが」

「回りくどい言いかたすんなよ、面倒くせえ」

「………虫が……」

「は……? 嫌なのか?」

 

 リカが、恥ずかしげに体を小さくして、うなずく。

 体を丸め、うつむいていた。

 

 目立つわけにはいかないので、アリスは変転して虫になり、リカの髪に隠れて、必要なことを伝えていた。

 が、そういえば、と思い出す。

 

「そういや、お前、虫、キライだったっけ?」

「はい……にーさんだとわかっていても、見た目が……」

 

 アリスは、虫でもなんでも平気だ。

 対して、リカはさわるどころか、見ることすら嫌がる。

 どうやら、ずっと我慢してきたらしい。

 

「しゃあねーなあ。そんじゃ、トッパーでもかぶってりゃいいだろ」

「トッパー?! シルクハットをかぶって審議に出ろと仰るのですか?!」

「リカ? 嫌なら、虫だぞ? トッパーのがマシだろ?」

 

 言うと、弟は大人しく、そして、小さくうなずいた。


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