これはとある異世界渡航者の物語・特別編「新春短編︰追放勇者と黄泉への扉」
薄暗い部屋の中で1人の男が両手を背中で縛られ椅子に座らされていた。
その男は酷く怯えた表情で目の前に立っている右耳から右目の下にかけて顔に入れ墨をいれている男を見上げる。
「こ、こんな事してどうなるか……わかっているのか?」
そう怯えた声で縛られた男は言うが、目の前に立っている入れ墨顔の男は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「どうなるかだって?はて……どうなるって言うんだ?」
「ぼ、僕は勇者なんだぞ!そしてこれから王都では魔王討伐の凱旋パレードがある!そんな主役の僕が盗賊に拉致されたとわかったらどうなるか想像つかないのか!?」
縛られた男がそう言うと目の前に立っている入れ墨顔の男は腹を抱えて笑い出した。
そして笑い終えると縛った男を見下しながら叫ぶ。
「想像つかないかだって!?まったくつかないな!?貴様の評判が地に落ちるくらいだろ!?魔王を倒しながら帰還の途中に盗賊ごときに拉致られる哀れな男だとな!?そもそも貴様は魔王を倒してもなければ勇者でもない!!聖剣にすら選ばれていないし扱えてもいないだろーが!!」
そう言われて縛られた男は苦虫を噛んだような表情となる。
「貴様は俺から聖剣を奪った。勇者の地位も奪った。そして勘違いしてそのまま突き進み、聖剣も扱えず魔王の足下にも及ばなかったカスでクズでのろまなザコだ!そんな人間の最底辺が魔王を倒した勇者として王都に帰還だ?凱旋パレードだ?笑わせるな!!」
入れ墨顔の男は叫んで縛っている男を蹴りつける。
「ぐ!す、すまないと思ってる!!悪かった!!仕方なかったんだ!!王や公爵からは僕が勇者として務めよと言われていたんだ!だってそうだろ?僕は光属性持ちで君は落ちこぼれの代名詞である無属性……そして聖剣は光属性しか扱えない。誰だって聖剣を扱える勇者は僕だと思うだろ!思って当然だろ!」
そう訴える縛られた男を入れ墨顔の男は哀れな生き物を見るように見下ろす。
「だから俺から聖剣を奪って用なしだと追放したと?」
「仕方なかったんだ!まさか聖剣が無属性の君を選ぶなんて誰も思ってなかったんだ!光属性しか聖剣は扱えないんだ、そう思って当然だろ!?」
「そんな返答で俺から聖剣と地位を剥奪して追放した事を正当化できると思っているのか?」
言って入れ墨顔の男は腰にぶらさげた鞘から剣を引き抜く。
その動作に縛られた男は酷く怯えた。
「た……頼む!許してくれ!!仕方なかったんだ!!たとえ聖剣が落ちこぼれを選んでも何かの手違いで光属性の者が聖剣を手にとれば本来のあるべき姿を聖剣は思い出すと!そう言われたんだ!!」
言って縛られた男は涙を流しながら懇願する。
「悪気はなかったんだ!!そうするしかなかったんだ!!頼む!!許してくれ!!本当にすまなかった!!そうだ!!僕が王都で君の名誉を挽回する手伝いをしよう!!王の御前で!パレードに集まった国民の前で!君こそが聖剣を扱い魔王を倒した勇者だと真実を語ろう!!僕が間違っていたと詫びよう!!だから頼む!!許してくれ!!」
そう訴える縛られた男の言葉を、しかし入れ墨顔の男は鼻で笑い飛ばすと引き抜いた剣を振り上げる。
「ひ!」
「何か勘違いしてるようだな?俺は名誉の回復だとか、勇者への復帰だとか、魔王を倒した英雄と認めてもらうとか……もうどうでもいいんだよ」
「……へ?」
入れ墨顔の男の言葉に縛られた男はキョトンとなる。
そんな縛られた男の馬鹿面を見て入れ墨顔の男は嘲りの表情を浮かべる。
「というか、貴様も含めて王国の連中は何も知らないようだな?」
「知らない?何をだ?」
「この剣の正体だよ……勘違いしているようだがこの剣は光属性にしか扱えない聖剣グランディアなどではない」
「……は?」
「気付かなかったか?だったら教えてやる。この剣の本当の名は無限極剣ヴォイド……無属性にしか扱えない虚無の冥剣だ」
縛られた男はその言葉の意味を理解できなかった。
聖剣ではない?冥剣?どういう事だ?
「何を言ってるんだ?そいつは王城の宝物庫の奥深くに厳重に保管されていた聖剣で、冥府に汚染された冥剣などではないぞ?」
縛られた男の言葉を聞いて入れ墨顔の男は心底可笑しいとばかりに腹を抱えて笑い、そして言い放つ。
「おいおいおい、まさか本当に王国が発表している伝承をそのまま鵜呑みにしていたのか?そもそも本当に光属性にしか扱えない剣なら俺が選ばれる事はなかったし、俺からこの剣を奪った貴様が扱えないなんて事はなかったはずだぜ?」
「……そ、それは」
「まぁ、無理もない。魔王が前回暴れ回っていたのは500年前だ。そして500年間誰もこの剣を厳重に保管されているが故に調査できなかった。わからなくて当然だ。魔王討伐から100年程度は冥剣だと知っていたかもしれないが、それ以降は歴史を隠匿した王家ですら忘れていたんじゃないか?」
「そ……そんな」
椅子に縛られた男は信じられないといった表情で言葉がでてこなかった。
自分の信じてたものが崩れ去ってしまったのだ、無理もない。
「だから無属性の俺を落ちこぼれと言い張って追放し、光属性の貴様に剣を奪わせて勇者を交代させた。まったく滑稽だぜ、もし俺が貴様から剣を取り返してなかったら貴様は歴史上初の聖剣をまともに扱えないマヌケな勇者として名を残し、それを自信満々に送り出した王国は目が節穴なゆえに魔王に滅ぼされたマヌケな国家として未来永劫語り継がれたんだろうからな!あー愉快愉快!」
そう言って振り上げた剣を下ろし笑う入れ墨顔の男に椅子に縛られた男が恐る恐る尋ねる。
「なぁ、君の目的は何なんだ?僕を拉致して一体どうしようって言うんだ?」
問われた入れ墨顔の男は笑い終えると口元を歪めて縛られた男を見下す。
「目的ねぇ……まぁ、復讐なんて言ったらチープだけどな。そう思ってくれても構わねーよ?」
「……だったら!僕はその復讐を手伝おう!王の首をはねたいなら王に近づけるように計らおう!!だから頼む!許してくれ!!」
そう懇願する縛られた男を見て、入れ墨顔の男は鼻で笑うと問う。
「だったら俺のために貴様は何でもするのか?」
「あ、あぁ!!するとも!!何でもする!!だから……!!」
「じゃあ死んでくれよ」
「へ?」
「今何でもするって言ったよな?だったら死んでくれ」
「い、いや……待ってくれ!!頼む!!僕は君のためならなんでもする!!償う!!だから!!」
「今更媚びるなよ?……もう遅い」
入れ墨顔の男は剣を真横に素早く振って椅子に縛っていた男の首をはねた。
男の首がコロコロと転がっていくが、入れ墨顔の男はもはや目の前の死体に興味はなかった。
剣を振るってついた血を飛ばすと鞘に収め、そのまま踵を返す。
その表情は狂気に歪んでいた。
「あぁ、そうとも……もう遅い!!もう遅いんだよ何もかも!!今更泣いてすがって許しを乞うてきたところで俺の意思は変わらん!!こんなクソな世界は俺がぶっ壊してやる!!」
入れ墨顔の男の歩く先には彼の仲間が数名立っていた。
彼らは動き出す。
魔王を倒した勇者一行ではなく、自分達が世界を滅ぼす魔王となるために……
王都のメインストリートはいよいよ始まる凱旋パレードで活気づいていた。
いや、メインストリートのみならず王都中がどこもお祭り騒ぎだ。
無理もない、何せ長く人々を苦しめてきた魔王を討ち取り、世界に平和をもたらした勇者が凱旋するのだ。
そりゃ静かに落ち着いて過ごせというのが無理な話だ。
何せ世界は魔王から解放されたのだから!
「うーん、こうどこも露店で賑わってると商人としてそわそわしてくるんだよね!」
そう言って歩きながら街の賑わいを観察するのは金髪の少しクセ毛がかった後ろ髪をポニーテールでまとめている少女だ。
名前をケティー・マーシャントという。
その隣では小柄なまだ10歳かそこらといった風貌の幼い女の子がどこかの露店で買ったのか、リンゴ飴のようなものを美味しそうに食べ歩いている。
彼女の名はリーナ、見た目にはわからないが人間と吸血鬼のハーフだ。
「でもケティー、この露店で並んでる商品には興味ないんだろ?」
そう聞くとケティーは何を今更といった表情でこちらを見てくる。
「そりゃそーでしょ!この賑わいは勇者の凱旋パレードのおかげなんだし、王都にいる市民が魔王から解放されて平和になったってお祭りなんだから、私が求めるような物珍しい商品を交易商に売ろうってコンセプトの祭じゃないから並んでる商品に惹かれる物なんてあるわけないよ!」
そうケティーが言うと隣でリンゴ飴のような何かを食べ終えたリーナが笑顔で答える。
「でも美味しい物はいっぱいあるよ!」
「はいはい、そうだね……でも露店で売ってる食べ物は長期保存が難しいからねー」
そう言ってケティーはリーナの口元についた食べ残しをハンカチで拭き取ってあげる。
そんな光景を見ながら何やらそわそわしだした少女がいた。
巫女装束に身を包んだその少女の名はフミコ。
実はなんと倭国大乱の世を生きた弥生時代の人間なのだが、色々あって今は共に旅をしている大切な仲間だ。
「かい君……あたしも口元に食べ残しあるから取ってほしいな?」
「フミコ何言ってるんだ?フミコは何も食べてないし、食べ残しもついてないぞ?」
そう言うとフミコがむっとした顔になる。
「そんな真面目に返さないでよ!イチャつくための口実でしょ!じゃあ今から何か食べるからちゃんと口元拭いてよ?」
「いや、それを言っちゃうのどうなの?って思うけど……」
呆れた顔で言うとフミコの背後にカジュアルなジャージ姿の栗色の下ろした髪をひとつに束ね、三つ編みにしている少女が現れてそのままフミコに抱きつく。
「も~先輩ったら!先輩の食べ残しは歩美はおいしくいただきますよ!」
「ちょっと歩美!だからいきなり後ろから抱きつくのはやめてっていつも言ってるじゃない!」
フミコは嫌がるが抱きついた少女はお構いなしにそのままフミコの頬に自分の頬をすりすりさせる。
その少女の名は寺崎歩美。
色々あって共に行動する事になった異世界渡航者の後輩だ。
と、自分の回りにいる人物を紹介してきたが、ではそういうお前は誰なのか?と言われるとこう答えるしかない。
この物語の主人公、川畑界斗と。
地球壊滅の危機を救うため数多の異世界を旅して回っている異世界渡航者だと。
異世界渡航者とは何なのか?
地球壊滅の危機とは?と疑問に思った方は自分達の旅の記録に目を通して欲しい。
本編を読めば理解できるはずである……っと少しメタな発言になってしまったが話を戻そう。
今回この異世界に来たのはいつも通り、転生者なり転移者なり召喚者なりを見つけ出し能力を奪って殺すためなのだが、今回に限っては少し事情が違っていた。
それは……
「楽しそうに談笑してるところ悪いがそろそろのようだぞ?転生者が近づいてる」
「白亜!」
そう言って自分を含めた全員の注目を浴びたのは中国の宋朝時代の皇帝を思わせる漢服に身を包み、仮面で顔を隠した女神の白亜だ。
白亜は親指を立ててグイっと後ろを指すと。
「時間だ。郊外にでるぞ」
そう言って踵を返す。
そんな白亜の態度に思うところはあるが一様は従って後に続く。
「それにしても今回に限っては何で最初から転生者の情報を開示してんだ?」
王都を出て街道を歩きながら目的地に向かう途中で尋ねると白亜がため息をついた。
「転生者の情報を提供するって事はそれだけ緊急性があるってことだとわからんか?」
「わからん」
「あっそ……まったく少しは空気を読めよ」
「読んだらどうにかなるのか?」
「さてな?……それより、転生者の位置は把握してるか?」
白亜に言われて、リーナの方を向く。
リーナは頷くと右手を掲げ、人差し指にはめている千里眼の指輪の効力を発動する。
「探知開始」
リーナが呟いたと同時に頭上に掲げた右手の人差し指にはめられた千里眼の指輪から波動のようなものが周囲に広がっていき敵の位置をリーナの脳内に伝える。
「マスター、相手の位置がわかりました!」
その者たちは警戒したり隠れたりすることなく、堂々と真正面から王都に向かっていた。
しかし、その足取りが止まる。
「ん?どうしたリベル」
大柄な男がそう尋ねると、リベルと呼ばれた入れ墨顔の男が前を指さす。
「お客さんだ。思ったより早かったな」
「まじかよ?もう勇者を殺したのがバレたのか?」
「さてな?……まぁ凱旋パレードに半日以上遅刻してりゃ不審にも思うわな」
言ってリベルと呼ばれた入れ墨顔の男は腰にぶらさげた鞘にしまっている剣の取っ手に手をかける。
「まぁ、バレてようがバレてまいがどっちでもいいや……この距離なら王都には十分届くしな!」
「ならもう決行するか?」
「あぁ……はじめようぜ!!パーティーをよぉぉぉぉ!!!!」
リーナの報告を受けてその場所に向かうと、そこには数名の旅人の一行がいた。
ただし、普通の旅人の一行にはとはても見えないし、帰還途中の勇者パーティーにも見えなかった。
見るからに殺気を発しているところからも盗賊の類いと思われる勢いだ。
「なるほど……こいつらが転生者一行ってわけか」
そう言うと仮面で表情は窺えないが、白亜がどこか楽しそうに答える。
「そういう事だ……まぁ頑張れよ?わかってると思うが王都は崩壊させるなよ?あいつらの目的以前に次元の亀裂の拡大がより一層広がるぞ?」
「わかってるよ……自分を追放した王国への復讐の阻止だろ?ったくお約束すぎて反吐が出るぜ」
言って一歩前に出る。
すると向こうも剣を腰に差した入れ墨顔の男が一歩前へと出た。
そして問いかけてくる。
「王国からの刺客か?まさかこんなに早く来るとは思ってなかったぞ?」
「いや、俺たちは王国とは関係ないぞ?」
こちらの返答に入れ墨顔の男は怪訝な表情を見せる。
「あ?なんだ?ただの冒険者一行か?」
「それも違うな……俺たちは異世界渡航者。地球の危機を救うために数多の異世界を旅して回ってる者だよリベル。いや……転生者、齋藤幸太!」
「……っな!?」
入れ墨顔の男のリベルは転生前の名前を言われて驚いた表情を浮かべた。
そしてリベルの周りにいた彼の仲間は怪訝な表情を浮かべる。
「……貴様、どうしてその名を!?」
「言っただろ?地球の危機を救うために数多の異世界を旅して回ってるって……だからあんたの事も調べてある」
そう言うとリベルは驚いた表情から一変、大声で笑い出した。
「くっくっく……あーはっはっはっはっは!!数多の異世界を渡ってる?地球の危機を救う?なんだそれ!?意味がわかんねーよ!!……まぁいい、それで俺に何のようだ?地球を救う英雄さんよ?」
リベルは小馬鹿にした口調で言ってくるが挑発に乗るつもりはない。
そもそも自分がやっているのは英雄的な行為ではまったくないのだから……
「そうだなリベル、いや齋藤幸太か?まぁどっちでもいいか、一様は説明しないとな……まずはこいつを見てくれ」
言って懐からスマホを取り出して動画アプリを起動しリベルへと投げる。
それをリベルは怪訝な表情でチャッチし、画面を見る。
動画アプリはあの日のニュース映像を流し出した。
それから一通りの経緯と旅の目的と何をしてきたかの説明をしたが、説明が終わってもリベルは黙ったままだった。
そんな反応のないリベルにため息まじりに声をかける。
「とりあえずスマホを返してくれ」
リベルは素直に応じ、スマホを投げ返してくる。
そして、ようやく口を開いた。
「つまりあれか?地球の人類のために俺に死んでくれと……そういう事か?」
「端的に言えばそうなるな?」
そう言うとリベルは下を向いて震え出す。
それは恐怖からのものではない、心の底から可笑しいという笑いが堪えきれないためのものだった。
直後、リベルは顔を上げて天に向かって大声で笑い出す。
それから数秒、狂ったように笑い続けた。
そして笑い終えたリベルはゆっくりとこちらを見据え、小さな低い声で言ってきた。
「……ふざけてるのか?」
「ふざけてるように見えるか?」
「なめんじゃねーぞ!?地球が怪物に襲われて大変です!その原因は地球から異世界にいった連中のせいです、だから責任とって死んでください!それで地球は救われます!そう言われてハイ、そうですか!じゃあ責任取るので殺してください!と言うとでも思ってるのか!?バカかお前は!?なんで俺が地球のために死ななきゃならん!!あんなクソな世界のためになぜ死ななきゃならん!せっかく転生して解放されたんだぞ!?地球の危機だ?知ったことか!!まぁこの転生した世界だってクソだったがな!!だから今から壊してやろうっていうのに前の世界の事なんざ知るか!!異世界にいった連中のせいだ!?勝手なこと抜かすな!!出て行ったやつのせいにすんじゃねー!てめーらのけつはてめーらで拭け!!」
リベルは怒鳴りちらして怒りを爆発させると、再び感情を抑えてニタリと笑う。
「地球の惨状を訴えたら協力的になると思ったか?残念だったな?俺には響かねーよ?悔しいか?はーっはっは!」
そんなリベルを見ていると哀れになってくる。
思わずため息も深くなるというものだ。
「はぁ……つまらない回答だったな」
「……あ?」
「つまらないと言ったんだ三流悪役。あんたの回答は予想通りのありふれたテンプレ回答で実につまらなかったよ。その程度の回答なら今まで何回でも聞いてきたし、あんたを見た時から思ってた返ってきそうな返答の予想通り、そのままで面白くも何ともない……驚きがない、なんとも発想が貧困すぎて涙がでるレベルだったぜ」
「な……き、貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう言われてリベルはブチ切れたらしく腰に差していた鞘から剣を引き抜く。
「バカにしてんじゃねーぞガキィィィィィ!!!!ぶっ殺してやる!!!!」
「そうかい、だが殺すのは俺のほうだ。あんたの能力を奪ってからな!」
言って懐からアビリティーユニットを取り出しレーザーの刃を出す。
それを見たリベルは剣を頭上に掲げ叫んだ。
「調子に乗るんじゃねーぞ?王都と貴様、同時にぶっ殺してやる!!!!術式起動!!生け贄を喰らえ!!」
するとリベルが頭上に掲げた剣、無限極剣ヴォイドの剣身が禍々しく光り、剣先からビームが上空へと放たれ、空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
それと同時に大きく地面が揺れだした。
「な、なんだ!地震!?」
「あーっはっは!!見るがいい!!生け贄の祭壇の誕生だ!!」
「何!?」
直後さらに大きな振動が発生、振り返ると王都を取り囲むように不気味なガイコツのレリーフが掘られた巨大な柱がいくつも地面から生えだしていた。
それら巨大な柱の頂点から禍々しいエネルギーが上空に出現した魔法陣へと放たれる。
それらのエネルギーが上空に浮かんだ魔法陣に吸収されると魔法陣は怪しく光り輝いて次元の歪みとなった。
「何だよあれ……もしかしてあれは次元の狭間に繋がるゲートか!?」
しかし、その考えを白亜が否定する。
「違う!あれは異世界と繋がってはいるが、そもそも繋がっとる先のベクトルが違う!」
「どういう事だ!?」
「あれは単純な次元の通路じゃないという事だ!まずいぞ!お前達の数多の異世界への移動は次元の狭間を超えると言っても物質世界の中の話でしかない!でもあのゲートは物質世界と繋がっていない!いうなれば魂の彷徨う場所、虚無の世界だ!!」
「な!?」
「あいつ、まさか虚無の冥剣をここまで使いこなしていたとは……こいつはちょっと想定外だ!これは悠長にしている暇はないぞ!!」
白亜は焦った口調になった。
聞いていた話ではあの転生者がこの異世界の勇者が倒すはずの魔王を倒して復讐心から勇者まで倒してしまったからためにこの異世界からの次元の亀裂が角速度的に増しているという話だったが、どうやらそれだけではすまない状況になってきた。
「虚無の世界と繋がったらどうなる!?」
「もれなくみんな黄泉の国へとご招待されちまう……生者も死者も区別がなくなって生命がこの地から根こそぎいなくなってしまうぞ!!」
「……なんだよそれ!?そんな事になったら!」
「あぁ、次元の亀裂どころの騒ぎじゃない。この世が冥府になっちまう!とにかくさっさとあの転生者を倒すんだ!!能力を奪うのはこの際二の次でいい、全力でやつを殺せ!!」
白亜は言って小さくつぶやく。
「まったく……冥府の対処なんてのはこいつの弟の役目だろうに」
その言葉は誰に聞かれる事もなかった。
その頃、王都では突然上空に浮かび上がった魔法陣に、地震に、王都を取り囲むように出現した柱に、さらに上空に浮かんだ魔法陣が怪しく光り輝いて歪みだした事に街中がパニックとなる。
凱旋パレードのおかげで街中に人があふれかえっていた事もあって、至る所でドミノ倒しが発生するなど目も当てられない状況だ。
そんな中、光り輝き歪む上空が突如猛威を振い出す。
立っていられないほどの暴風が空の歪みから発生すると、街中にいる人々の体が浮かび上がり、そのまま上空の光り輝く歪みへと吸い込まれていったのだ。
その事に人々は恐怖し、身近にあるものにしがみつくが、どれだけ必死にしがみついても圧倒的な吸引力の前に為す術なく引きずり込まれ、空へと吸い込まれていく……
王都中が恐怖と悲鳴で包まれた。
その様子はリベルと対峙している郊外からでも確認できた。
まるで人が掃除機に吸い取られるゴミのように次々と上空の歪みへと呑み込まれていく。
その様を見てリベルは愉快に笑う。
「あーっはっはっは!!見ろ!!これぞまさに人がゴミのようだ!というセリフを体現したような光景だ!!さぁもっと人間を吸え!!黄泉の国への供物だ!!」
そんなリベルの言葉を聞いて怒りが湧いてくる。
「何が供物だ!てめー!何を考えてやがる!!」
「何をだと?決まっている!!復讐だ!!こんな世界俺がぶっ壊してやる!!これは世界に対する復讐だ!!」
「ち!何が世界に対する復讐だ!!」
叫んでレーザーブレードを振るってリベルに斬りかかる。
「てめーの復讐したい相手はてめーを追放した勇者を殺した今、国王とその周囲の人間だけじゃないのか!?王都に住む人々を!ましてはこの異世界すべてを巻き込む必要はねーだろ!!」
リベルは掲げていた無限極剣ヴォイドを下ろしてレーザーの刃の斬撃を受け止める。
「貴様が俺の復讐する相手を勝手に決めるな!!俺は復讐する!!それは何もかもすべてに対してだ!!この世界をすべて滅ぼして初めて俺の復讐は完遂する!!あれはそのための第一歩だ!!」
「何が第一歩だ!!復讐と破滅願望を一緒くたにすんじゃねーぞ!!」
叫んで互いに激しく斬りつけ合う。
無限極剣ヴォイドとレーザーブレードが何度もぶつかり合う音が響く。
「かい君!!あたしも一緒に戦うよ!!」
そんな自分とリベルの斬り合いに割って入り、加勢しようとフミコが銅剣を構えて駆け寄ってくるが。
「リベルの邪魔はさせねーぜ!?」
大柄な男が自分の体と同じくらいの大きさの大剣を振り回してフミコに斬りかかる。
「ち!」
「嬢ちゃんの相手は俺だ!」
「かい君の手伝いに行こうとする邪魔するなんて!ただですむと思うなよ?」
「言うじゃねーか嬢ちゃん。面白れー!だったら力尽くで通ってみろ!!」
大柄な男が大剣を振り回してフミコへと迫る。
それを見た寺崎歩美が懐からまるでバイクのハンドルを連想させるような外観のアビリティーユニットGX-A04を取り出してフミコの援護に向かう。
「先輩!!一緒に戦いますよ!!」
しかし、直後目にも止まらぬ速さで何かが寺崎歩美へと襲いかかった。
「!?」
これに寺崎歩美は素早く反応、バイクのハンドルのような外観のアビリティーユニットGX-A04のスイッチを押してレーザーの刃を出して襲いかかってきた何かを斬りつける。
しかし……
「ダミー!?」
斬ったのは丸太だった。
「忍者か何かか!?」
言って寺崎歩美は周囲を警戒すると、後ろに1人の女エルフが立っていた。
「あなたの相手はわたくしですよ」
「へぇ……面白いじゃない!後悔しても知らないよ!!」
言って寺崎歩美はレーザーブレードを構えて一気に女エルフへと斬りかかる。
「うーん、みんなそれぞれ戦いだしたけど私たちどうしよっか?」
ケティーがそうリーナに話しかけるとリーナは両手をぐっと胸の前で握ると鼻息荒く。
「わたしもマスターや皆さんの役に立ちます!!戦いますよ!!」
そんな事を言い出したのでケティーは困った表情になってしまう。
「まじ?」
「ケティーお姉ちゃんは下がっててください!!わたしも役にたつところを見せないと!!」
言ってケティーはナノマシン他、多くのシステムの制御装置である手袋「コンソールグローブ」をはめて腰にぶらさげていたダガーナイフを引き抜くと大きく深呼吸し。
「システム起動!!ナノマシン、ブレード形成!!」
手袋をはめた左手を突き出して叫んだ。
するとナノマシンの群れがどこからかあふれだし、ダガーナイフの刃に群がってそのまま長い刀身になる。
「ナノブレード展開完了!!これでわたしも戦うよ!!」
「リーナちゃん、やめたほうがいいと思うけど」
ナノブレードを持って戦う気満々なリーナをケティーはなだめようとするが、直後リーナとケティーの目の前に巨大な人型の牛が現れる。
「え?」
「牛さん?」
「牛じゃねー、ミノタウロスだ」
巨大な人型の牛は鼻息荒く凄みがきいた低い声で言うがリーナとケティーは顔を見合わせると。
「「ミノ・タン・ロース?」」
そう聞き返した。
その言葉にミノタウロスがブチ切れる。
「ミノタウロスだ!!そして禁句ワードを連呼して間違えるんじゃねー!!」
ミノタウロスは怒鳴ってそのまま大地を揺らしながら突進してくる。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!リベルの邪魔はさせねーぞ!!」
その恐ろしい光景に思わずリーナは涙目で叫ぶ。
「わ!?ケティーお姉ちゃん、これはちょっと無理そうですー!!」
「そりゃそーでしょ!!リーナちゃん、護衛ドロイドだよ!!」
「あ、そうでした!!光学迷彩解除!!お願いティーくん!!」
リーナが手袋をした手をかざして叫ぶとリーナの背後の空間が歪み、先程までそこにいなかったはずの2メールくらいの高さはありそうな大きさのロボットが現れる。
それは警護ドロイドTD-66。
リーナの身の安全を守るためにかつてケティーが買い与えたものだ。
「いっけー!!」
リーナの指示を受けて警護ドロイドTD-66は目にも止まらぬ速さでミノタウロスの目の前へと移動し、その突撃を食い止める。
「なんだと!?」
「ティーくん!!負けるな!!」
ミノタウロスと警護ドロイドTD-66の戦いが幕を開けた。
それぞれが戦いを開始する中、白亜は少し離れたところで様子を窺う。
「まさか冥府に手が届くところまで能力を進化させてたとは……しかし、だからこそそれを討ち倒せばあいつの経験値も跳ね上がるだろう」
そう言って白亜は経緯を見守る。
しかし仮面で表情が隠れているため、その表情は窺う事はできない……
レーザーブレードと虚無の冥剣、無限極剣ヴォイドがぶつかり合う。
それだけではない、リベルは時に剣を突き出してビームを放ったり、巨大なエネルギー弾を放ってきたりする。
しかし、これらはすべて魔術障壁で防ぐ事ができた。
こちらもお返しに魔法の能力で炎弾や雷の槍、風の刃を放つ。
しかし、これらもすべてリベルが生み出した虚無のシールドによって防がれる。
「ち!だったらこれはどうだ!!」
レーザーの刃をしまい、アックスモードに変更してグラビティーを発動するがリベルが重力に屈する事はなかった。
「ふはははは!!無属性の俺にそんな攻撃は効かんぞ!?」
言ってリベルは無限極剣ヴォイドを大きく振りかぶって地面に突き刺す。
すると地面から禍々しいオーラが湧きだし、直後リベルの周囲を除いた地面が大爆発を起こす。
「ぐわぁ!?」
咄嗟に魔術障壁を展開するが、それでも爆発の威力は受け止めきれず後ろに吹き飛んでしまう。
「がはぁ!?」
地面に激突し、激痛でのたうち回ってしまうが、その隙にリベルは地面から無限極剣ヴォイドを引き抜き頭上に掲げる。
「いよいよ時が来たぜ!?」
「……な、何だ?」
リベルが無限極剣ヴォイドを頭上に掲げたのと同時に周囲の空気がひんやりとしだし、寒気が増していく。
そして空を突然どこからか現れた暑い黒い雲が覆いだし、一瞬にしてまるで夜のような暗さになってしまった。
その事に満足してリベルは笑う。
「黄泉への扉がかなりの人数を吸い取った。これだけ供物を捧げれば呼び出せるはずだ!!ひひ!!あー呼び出せるぞ!!」
「呼び出せる?何をだ?」
「黄泉の剣……極死剣ヴァーレ」
リベルはそう言って掲げていた無限極剣ヴォイドを下ろすと剣を持っていない左手を掲げる。
「とくと見るがいい!!これが無属性最高峰の神秘!!黄泉の国を……死後の世界を彷徨う魂をこの世に降ろし、この地にいるすべての生命を貪り喰らわせる秘技!!それを実現せしめる究極の剣だぁぁぁぁぁ!!ひゃーはっはっは!!」
狂気に満ちた顔で笑うリベルが手を掲げ見上げる先で、禍々しいまでの剣が王都の上空の空間の歪み……そう黄泉への扉から産み落とされる。
形容するのが難しいほどにその外見は異様で不気味で直視するのを体が拒絶する。
まるで、それを直視したら正気を保てないような、そんな気さえしてしまう。
「まずいな……あれはガチでまずいぞ!」
言って立ち上がる。
あれをリベルが手にする前にリベルを倒さなければとレーザーブレードを構えて駆け出す。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!させるかよぉぉぉぉ!!!」
リベルに一気に斬りかかるが、しかし……
「残念」
「!!」
王都上空に出現したばかりの極死剣ヴァーレは一瞬にしてリベルの掲げる左手に移動していた。
リベルは迷うことなく極死剣ヴァーレを握り一気に振り下ろす。
「くたばれ!!ひゃははははははは!!!!世界も何もかも消え失せろぉ!!!ぎゃーはっはっはっは!!」
振り下ろされた極死剣ヴァーレは怪しく光ってリベルを中心に一気に周囲へと広がっていく。
「くそ!?」
回避する事もできず、その怪しい光に呑み込まれてしまった。
これは……さすがに詰んだな。
そう思う。
死者の世界をこの世に降ろす攻撃が直撃したのだ。
即死といって間違いないかもしれない。
死者の世界とこの世を一体化する攻撃を食らって死んだら、それは結局どうなるのだろうか?
そんな事を意味もなく考えていると誰かの声が聞こえてくる。
こんな時に聞こえる声だ。きっと自分にとって大切な人の声だろう。
普通はそう思う、しかし……
その声は親しい人や愛しい人、例えばフミコやケティーの声などではなかった。
それは憎き相手の声であった。
「こんな所で死ぬとは情けねーな?あぁ?俺様を殺すんじゃなかったのか?」
その声に怒りを覚える。
黙れと叫びそうになる。
腹が立ってくる。
「ふざけるんじゃねーぞ!!死に際に聞く声があのクソッタレの声なんて腹立たしくて泣きそうになるぜ!!まったく……よくも不快な気分にさせてくれたな!!!」
叫んで無我夢中でレーザーブレードを振った。
そして目の眩しい光のような、何もない無を斬り裂いた。
「うおらぁぁぁぁぁぁ!!!!ふざけんなぁぁぁぁ!!!!!」
「何だと!?」
リベルは極死剣ヴァーレが発した死者の世界をこの世へと広げる光の攻撃を斬り裂かれた事に驚きの表情を浮かべる。
「バカな!?どうして!?」
「バカはてめーだ!クソッタレが!!!」
叫んでそのままレーザーブレードをリベルへと一気に振り下ろす。
リベルは慌てて左手に持った極死剣ヴァーレと右手の無限極剣ヴォイドを交差させてこれを受け止めるが。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ぐ!?」
勢いそのままに押し込んでいく。
そして、押し込みながら懐から拡張パーツであり、強化ユニットであるアブソーブ・コネクターを取り出し素早くアビリティーユニットのグリップの底に取り付ける。
アブソーブ・コネクターを取り付けた事により全能力のリミッター解除モードが使用可能となり、そのままレーザーブレードを押し込むのを続けながら懐からアビリティーチェッカーを取り出して素早く取り付ける。
そしてすぐさま全能力のリミッター解除モードを選択肢し3つの能力のエンブレムをタッチする。
選択した能力は「聖剣」「魔法」「補助」。
これらの能力が同時に最大限の状態で発動する。
補助が魔法を何倍にも跳ね上げ、それが聖剣の力を最上級に引き上げる。
レーザーの刃が目を開けてられないくらいの眩しさを……極死剣ヴァーレが放った怪しい光など目じゃないくらいの光量を放つ。
「くらいやがれクソッタレ!!!シャイニングストラッシュ!!!!!!」
力一杯にレーザーの刃を振って極死剣ヴァーレと無限極剣ヴォイドを弾き飛ばし、そのままリベルを極大の光の刃で斬り裂いた。
「がはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そのままリベルは光に飲まれて消えていく。
そのはずだった。しかし……
「まだ死なせねーぞ!!能力は奪わせてもらう!!」
叫んで再びアビリティーチェッカーのエンブレムをタッチする。
タッチしたのは「超加速」のエンブレム。
普通なら超高速の移動に留まるところだが、全能力のリミッター解除モードのおかげでそのスピードは神速の域に達する。
おかげで、自分以外のすべてが超超超スローモーション、いやほぼ静止しているといってもい状態となる。
そのため、リベルが光に完全に飲まれて死んでいない状態に追いつけた。
そんなリベルを見て思わず唾を吐き捨ててしまう。
「クソッタレが!能力は没収だ!冥土になど持っていかせるかよ!」
言ってアビリティーチェッカー上の一番大きいエンブレムをタッチする。
『Take away ability』
アビリティーチェッカーが音声を発し、グリップをリベルへと向ける。
直後、リベルの体から光の暴風があふれ出しグリップへと吸い込まれていく。
しばらくして、すべての光をグリップが吸い込むとアビリティーチェッカーの液晶画面の上に新たなエンブレムが浮かび上がった。
それはリベルから無属性の冥剣の能力を奪った証だ。
新たなエンブレムを確認してからアビリティーチェッカーをグリップから取り外す。
そして最後にリベルを見下ろした。
「これで終わりだ。とっととくたばりやがれ!」
言ってグリップの底に取り付けていたアブソーブ・コネクターを取り外す。
アブソーブ・コネクターが取り外された事により全能力リミッター解除モードが終了する。
直後、時間の加速が元に戻りリベルは呆気なく光の中に呑み込まれて跡形もなく消えさった。
リベルに極死剣ヴァーレと無限極剣ヴォイドが消え去った事により王都を取り囲んでいた柱は崩れ落ち、その事により王都上空に出現していた空間の歪み、黄泉への扉も消滅していた。
黄泉への扉に呑み込まれた人達がどうなったかはわからないが、ここから先は異世界渡航者の介入すべきではないだろう。
能力も無事奪えた事だし、もうこの異世界に用はないはずだ。
「他の皆はどうなったんだ?」
そう思って周囲を見回すと、誰もがそれぞれの戦いに勝ったようであった。
「まぁ、負けるわけはないわな……さて、それじゃあ帰るとするか!次元の狭間の空間に」
そう言って気を抜いた直後だった。
電子音声が鳴り響いた。
『Take away ability』
「は?」
思わずフミコと寺崎歩美のほうを見る。
アビリティーユニットを持っているのは自分とフミコと寺崎歩美の3人だけだ。
しかし、音声は彼女たちの方角からはしていない。
では一体誰が?
直後、何かが自分の手元に飛んできた。
それは自分が手にしているアビリティーチェッカーに当たるとそのまま光の暴風を引き起こして何かのデータを吸い取っていく。
(こいつ!!奪ったばかりの能力を吸い取ってやがる!?)
すぐに手を振るって奪ったばかりの能力を吸い取っていた何かを振り払う。
それはメモリースティックよりも少し大きいくらいの大きさのガジェットであった。
「なんだこれ!?」
振り払われたガシェットはそのままどこかへ飛んでいった。
その方向を目で追うと、1人の女性が立っていた。
その女性は手にナイフのような物を握っていた。
しかし、ただのナイフではない。
柄のグリップにはスイッチのようなものがついており、まるで銃の引き金のようであった。
スペツナズ・ナイフかとも思ったが恐らくは違う。
刃の長さがナイフと呼ぶには少し長く感じるし、何より刃の一部から柄にかけて斜めに何かを差し込むような窪みが存在しているからだ。
そんなナイフなのか何なのかよくわからないものを持っている女性は戻ってきたガジェットを掴むとそれをそのまま刃の一部から柄にかけて斜めに存在している窪みに装着する。
するとガジェットから電子音声が鳴り響いた。
『冥府、リロード』
直後、ナイフの刀身に禍々しいオーラを放つ靄が浮かび上がる。
そこまで見てしまうと、バカでも気付くだろう。
彼女が持っている物が何なのか……
「アビリティーユニット……君、異世界渡航者か!?」
その問いかけに彼女は答えない。
代わりに今まで戦闘を傍観していた白亜が自分の隣にやってきて答える。
「彼女は異世界渡航者しゃないよ」
「は?何言ってるんだ白亜!だってあれは」
「確かにアビリティーユニットだな?とはいえ彼女は紛れもなくこの異世界の現地人だ」
「どういう事だよ?」
白亜の言葉に困惑していると、白亜はため息をついて答える。
「恐らくは彼女が異世界渡航者を殺して奪ったのだろう……まったく、裏切ったとはいえ連絡がつかないと思っていたらまさか現地人にやられていたとは情けない」
「裏切った?」
「まぁ、その辺りの事情は気にするな……こちらにも色々あるということだ」
「気にするなと言われてもな」
言って思い出す。
そう言えば初めて地球でカグから説明を受けたとき、それっぽい事を臭わせてたな。
正義感が強いがゆえに現地の事情に飲まれたとかなんとか……
まさか、その裏切ったやつが現地人に殺されてアビリティーユニットを奪われたのか?
「とにかく、彼女が持っているのはアビリティーユニット・プロトタイプB00。複数作られた試作品のひとつだ……試作品ゆえに適合者は存在せず誰でも使用できる。だから奪った彼女は使えるわけだ」
「まじかよ、色々と問題点多過ぎじゃないか?」
「そう言うな、あのプロトタイプは能力をアビリティースティックに吸収する。そしてアビリティーユニットにアビリティースティックを取り付ける事で奪った能力を発動できるわけだ」
「なるほどな……」
「ちなみにアビリティースティックが吸収できる能力はスティック1本につき1つだけ……能力を奪うたびに新しいスティックを用意しないといけないし、戦闘中に別の奪った能力を使いたかったらその都度新しいスティックを取り出さないといけないんだよなあれ……奪った能力が増えれば増えるほどアビリティースティックもどんどん増えていって持ち運びが不便になる代物なんだよ」
白亜の言葉を聞いて思わず微妙な顔をしてしまう。
「え?何それ?効率悪くない?なんでアビリティースティックの容量増やさないの?いや、どういう仕組みかはわからないけどさ?奪った数だけスティック増えたらさ、戦闘に持ち運ぶの大変だし、戦闘中にいちいち探すの?大量に持ち運んでるスティックの中から今使いたいやつを?そんな暇戦闘中にあんの?」
「その質問は特撮作品へのツッコみと考えていいか?」
「いや、そういう話今するの?」
「まぁ、ハーフダルムやザフラの使っているスキルオーダーと似たようなものだ。というかプロトタイプでの実用データからGX-A03はアビリティーチェッカーを大容量にして1つで済むようにしたんだぞ?」
白亜の言葉を聞いて連中の嫌な顔を思い出し納得する。
「あぁ、なるほどね」
「何にせよ、あれを現地人が所持しているのはよろしくない。すぐにあのプロトタイプを破壊するんだ!」
白亜はそういうが、どうにも乗り気にはなれなかった。
「それ、裏切られた上に現地人に奪われたって失敗の後始末をこっちに押しつけてないか?」
「そう思うか?」
「いや、誰だってそう捉えると思うけど?」
「まぁ、そう思うのは勝手だが向こうはこちらがどう思っていようが関係ないみたいだぞ?」
白亜が楽しそうに言ってその場から一瞬で姿を消してしまう。
「あ!くそ!どっかに隠れやがったな!?」
言って周囲を見回すが白亜は見当たらない、思わず舌打ちしてまうが次の瞬間にはプロトタイプを持った女性が剣先をこちらに向けてグリップのスイッチを押す。
すると刀身に纏わり付いていた禍々しいオーラを放つ靄が剣先に収束してエネルギー弾となり、自分に向かって飛んでくる。
「おっと!」
慌てて回避行動を取り、これを避けるが女性は続けざまに何度もグリップのスイッチを押してエネルギー弾を放ってくる。
これを回避しながら女性に問いかける。
「ちょっと待て!!なんで攻撃してくる!!君の目的はなんだ!?リベルの仲間なのか!?」
すると、プロトタイプを持った女性が初めて口を開く。
「リベルの仲間か?だと……ふざけてるのか?」
「……違うのか?」
「当たり前だ!!リベルは私の仇だ!!殺すべき相手だった!!私の恋人……勇者アルクを殺したやつなんだからな!!」
女性は叫ぶ。
ようやく話が見えてきた。
彼女はリベルが殺した勇者の恋人か何かだったのだろう。
だからその恋人の勇者を殺したリベルが許せなく、復讐するためにアビリティーユニット・プロトタイプB00を奪って殺しにきたのだ。
彼女は一体いつ、どのタイミングでプロトタイプを手に入れたのかは不明だが、何にせよ復讐する相手を横取りされて怒っているのだ。
(しかし面倒だな?復讐すべき相手がもう殺されたのならそれでいいだろうに……自分で殺せなかったからってこちらに突っかかってこられても困るんだが)
思ってレーザーの刃を出して構える。
何せよ、頭に血が上ったタイプは何を言っても聞く耳は持たないだろう。
なら訴えかけるだけ時間の無駄だ。
(彼女は現地人、壊すのはプロトタイプだけでいい!だったら速攻で終わらせる!!)
女性がエネルギー弾を放ってくる前に一気に懐に入るべく、一気に駆ける。
しかし、女性の反応も素早かった。
エネルギー弾を撃つのを止め、プロトタイプを振るってレーザーブレードの斬撃を受け止める。
「なるほど!元は勇者パーティーの一員だったってか?戦闘慣れしてるな!!」
言って女性から離れて再び斬撃を繰り出す。
今度はアビリティーチェッカーを装着して「超加速」と「魔術障壁」の能力を発動してからの攻撃だったが、しかし。
「な!?」
女性は超加速を発動したこちらより更に速いスピードでプロトタイプを振るってこちらにエネルギーの刃を放ってくる。
しかもそれはさきほど奪われた冥府の力が込められたエネルギーの刃であり、咄嗟に発動した魔術障壁をいとも簡単に破壊する。
「まじかよ!?」
魔術障壁が砕けきる前に慌てて横に退避しレーザーブレードを構えるが、女性は素早い動きで新たなアビリティースティックを手に取りプロトタイプに装着する。
『発火能力、リロード』
電子音声が鳴ってプロトタイプの刀身に炎がまとわりつき燃え上がる。
そして、炎の刀身をこちらに振るってきた。
「ち!」
アビリティーチェッカーをセットし、魔法のエンブレムをタッチ、こちらもレーザーの刃から火炎の刃に切り換えてこれを受け止める。
2つの炎の刃がぶつかり合い、周囲に爆炎が激しく飛び交う。
プロトタイプとはいえ奪った能力の上限値は引き出せるようで、その威力は中々に強烈だった。
そこから彼女は複数のアビリティースティックを使い分けてこちらを翻弄し、なかなか決定打を与えることができないでいた。
(くそ!この女、アビリティーユニットを相当使い込んでるな?扱い慣れてやがる!!)
こちらが放った雷の槍が避雷針のような能力で防がれると一旦距離を取ってレーザーブレードを構え直す。
(ライフルモードでプロトタイプだけを狙い撃ちするのもありだが、たぶん何かしらの能力で防がれそうだ……能力を変更する時のアビリティースティックを取り外して装着するタイミングが攻め時なんだろうが、その動作も交換するタイミングの判断も早すぎて追いつけない……)
能力のレパートリーの数ではプロトタイプはアビリティースティックの本数に限界があるため、こちらの方が上だろう。
しかし、だからこそ持てる数に限界がある相手はその使いどころと換えるタイミングを熟知している……
本当に厄介な相手だと思う。
だからこそ、プロトタイプだけ壊せればいいという考えを捨てないと勝てないかもしれない。
「……仕方ない。あれをやるか」
言って深呼吸すると懐からアビリティーチェッカーとアブソーブ・コネクターを取り出して叫ぶ。
叫んで呼ぶ。
「フミコ!!寺崎!!」
直後、待ってましたとばかりにフミコと寺崎歩美が飛び込んでくる。
「かい君お待たせ!!」
「いつでもいけるよ川畑!!」
飛び込んできた2人はその手にそれぞれアビリティーユニットGX-A04を持っていた。
それを確認してグリップの底にアブソーブ・コネクターを取り付ける。
「よし!いくぞ!!」
「いつでも!!」
「おっけー!!」
3人同時にアビリティーユニットにアビリティーチェッカーを装着し、新たに浮かび上がったエンブレムをタッチする。
そして叫んだ。
「「「ユニットリンク!!」」」
直後それぞれのアビリティーユニットから膨大な光があふれ出す。
やがてそれは光線となって、3人の持つそれぞれのアビリティーユニットを繋いでいく。
光線で繋がったことによって3つのアビリティーユニットが同調して出力を一気に高め合う。
本来は性能値で劣る量産型のGX-A04にのみ存在する秘技であるが、GX-A03も強引に参加し、さらにアブソーブ・コネクターによる全能力のリミッター解除モードのおかげでユニットリンクの出力は本来想定していたものの数百倍の規模になっていた。
3人のアビリティーユニットから発せられる莫大な光量と暴風に押されてプロトタイプを持つ女は一瞬よろめいて転びそうになり、慌ててアビリティースティックを変更する。
「何よこれ!?あんなのまともにくらったらただじゃすまないっての!」
『冥府、リロード』
冥府の力を刀身に宿して迎え撃とうとした女であったが、すでに勝負は決していた。
「くらえぇ!!」
「はぁぁぁぁ!!!」
「うりやぁぁぁぁ!!」
ユニットリンクによって繋がった3人のアビリティーユニットを力一杯振り下ろされる。
膨大なエネルギーが解き放たれ、プロトタイプを持った女を一瞬にして消し飛ばした。
冥府の力を使おうが、ユニットリンクの最大出力の前には無駄な抵抗であった。
ユニットリンクによって放たれた攻撃が消え去った後、そこには潰れたアビリティーユニットプロトタイプB00と折れたアビリティースティックだけが残されていた。
「はぁ……はぁ……終わったか。さすがにきついなこれ」
「そ、そうだね……この技はできればあまり使いたくはないかな?」
自分と同じくフミコも全身で息をして疲れ切っており、さすがにこれ以上の戦闘は無理だぞ?と思ったのだが、意外と寺崎歩美は汗だくではあるものの、なぜか元気であった。
「歩美は先輩と繋がれるこの技大好きですよ?何なら毎回したいくらいです!先輩といつでも繋がれる……グフフ、あらやだ涎が……」
「歩美……こわい」
フミコは少し引いた顔で寺崎歩美を見ていたが、当の本人は気にしていないようであった。
何はともあれ、プロトタイプを破壊した以上はもうこの異世界に用はないだろう。
「結局、あの女の目的はわかっても名前もプロトタイプを入手した経緯もわからないままだったが……倒してしまった以上はもう聞く事はできないしな」
根っからの悪人ではない現地人を殺してしまった事に少し罪悪感を覚えるが、今更どうしようもない。
振り返ると、空間の歪みが発生していた。
次元の狭間の空間へと帰還する合図だ。
それを確認して皆に帰ろうかと呼びかけようとしたところで、いつの間にか隣に白亜が立っていた事に気付く。
「おわ!?お前いつからいたんだよ?」
「女神に対して失敬だぞ?」
「へいへい、これ以上はもう何を言われても知らないからな?もう帰るぞ?」
そう言うと白亜は仮面をつけているため表情はわからないが、どこか楽しそうに言ってきた。
「期待されても、もうこの異世界にイレギュラーはないよ。それよりも残念だったな?せっかく奪った冥府の力は横取りされて結局壊すはめになって」
「仕方ないだろ?取り返せる隙なんてなかったしな……まぁ死者の世界とこの世を一つにする能力なんて怖くて使えないし、これでよかったよ」
「……そうかい」
白亜はそれ以上何も言ってこなかった。
この自称女神が何を思っているのかわからないが、それを考えても仕方ないだろう。
「さて……それじゃあ帰ろうか」
言って皆に声をかける。
こうしてこの異世界での出来事は幕を閉じたのだった。
カイト達が次元の狭間の空間へと戻り、誰もいなくなったその場所に何者かがゆっくりと歩いてくる。
「ふん、ふん、ふ~~~ん♪」
鼻歌を歌いながら気分がよさそうなその者は上下白のイスラム教というよりはゾロアスター教に近い衣服を身に纏っている男であった。
彼の名はスプル。
ゾロアスター教では最高神アフラ・マズダーに従う七柱の善神である不滅の聖性アムシャ・スプンタの一柱、ゾロアスター教よりさらに古いペルシャの神スプンタ・マンユとして知られる者である。
そんな彼は地面に転がる壊れたアビリティーユニット・プロトタイプB00と、元は冥府の能力を収めていた折れたアビリティースティックを拾い上げるとニヤリと笑う。
「あぁ……いいデータが取れたよ。本当に最高だ!感謝するぜGX-A03の適合者……これでようやく生み出す事ができる……GX-A05をな!」
そう言って笑いながら、彼はその場から姿を消してしまった。
どうも、この短編は筆者が今書いている「これはとある異世界渡航者の物語」https://ncode.syosetu.com/n3408fs/という小説の現在書いているお話より少し先のお話になります。
そんなわけで本編を読んでくれている方には多少のネタバレがあったりなかったりする感じになってますが、本編を読んだことがない、知らないという方にも「これはとある異世界渡航者の物語」という作品がどんなものかとわかる内容になってる……と思いたいです(え
そんなわけで、これを読んで「これはとある異世界渡航者の物語」という作品に少しでも興味を持っていただけたなら、本編も読んでもらえると嬉しいです(宣伝
そして、本編も読んだことあるという方はこの機会に、もう一度本編も読んでもらえたら幸いです