20.覚悟
巨大な突風に吹き飛ばされ、仲間達は散り散りになった。マテロ地方の各地にアレスの仲間達とバデスが生み出した元黒の番犬の異形達がそれぞれの場所で争っている。カズヤは、小さな湖の横に吹き飛ばされていた。直ぐに起き上がったカズヤ。彼の目の前には、バデスの側近である『竜拳のラドゥーン』が目をつぶり、瞑想しながら戦いの時を待っていた……
「りゅ……竜人?実在したのか……」
「もうこの世に竜人はワシしかいないだろうが、古の時代には当たり前のようにいたのだよ」
「お前は生き残りってわけか」
「ああ、ワシは竜人の末裔、最後の待ち人だ。さぁ、そろそろ始めようでは無いか……」
ラドゥーンは構えを取った。大地を両足で強く踏みしめ、右指先をカズヤの方へと向ける。(来る……)カズヤはラドゥーンが接近する事を感じ取り、咄嗟に弓を構える。しかし、その動作の途中で、すでにカズヤは吹き飛ばされていた。左足で踏み込み、右手を思いっきり突き出し相手を突き飛ばす。発勁である。大地を転がりそうになるカズヤだったが、空中で体勢を立て直して、咄嗟にラドゥーンへと矢を放つ。ラドゥーンは涼しげな顔で矢を避けていく。中途半端な攻撃は通らない。
「これが……竜人!」
「さぁ、続けよう」
「……ああ」
カズヤが弓を何本も高速で放つ。ラドゥーンは素早く回避していくが、何本かは避けきれず、自身の手で弾き飛ばした。ラドゥーンの反撃に対してカズヤは咄嗟に回避する。間一髪で避けられたような攻撃が多く、あと少しでも反応が遅れれば、攻撃は当たってしまうだろう。
「……このままでは!」
近距離を詰められながらも弓を撃つカズヤ、しかし、一向に当たらない。ラドゥーンが急接近した瞬間、カズヤは懐から暗器を取り出し突き刺そうとするが、暗器の先端がラドゥーンの身体に触れると同時に距離を取られてしまう。
「触れたか!?」
ラドゥーンの身体に暗器を突き刺す事は出来なかったが、小さな傷を付けることは出来たようだ。この暗器にはヘブロスとの戦闘の際にも使った睡眠毒をより強力にしたものが塗りたくられていた。これが身体中に回れば、ラドゥーンも眠りの世界に誘われるだろう。カズヤは今後時間稼ぎに徹すれば良いだけだ。しかし……
「ほれ!」
カズヤはラドゥーンに顔面を鷲掴みにされ、そのまま地面に押し倒される。 頭を完全に押さえつけられるカズヤ。
「オヌシ、攻撃の手を止めたな?諦めたのか?」
毒を送ったから後は時間を稼ぐだけ、というカズヤの思考が彼の立ち回りを消極的にしてしまった。そこをラドゥーンにつかれたのだ。
「諦める……そんなわけないだろ!!」
地面に押さえつけられ、起き上がる事も出来ない。しかし、それでもカズヤは抵抗し続けた。その姿を見たラドゥーンは微笑み、カズヤに言葉をかけた。
「ホッホッホ!面白い!その威勢、何処まで続くかな?試させて貰おう」
更に地面に強く押し付ける。カズヤの身体が押し付けられ、少し地面が凹んだ。カズヤは歯を食いしばる。ただそれだけだ。ラドゥーンは更に力を込め、体重をかける。
「オヌシ、このままでは死ぬぞ?降参しても良いのだぞ?」
「いや……だ……」
カズヤの目が充血している。今にも意識を失いそうだ。ラドゥーンはその姿を見て少しだけ力を弱め、改めてカズヤに問いかける。
「死が……恐ろしくないのか?」
それに対して何かを言い返そうとするカズヤだったが、もう口を動かすのも困難な様子であった。ラドゥーンは勝ちを確信したのもあり、一度カズヤから手を話し、カズヤが口を開くのを待った。意識を朦朧としながら、カズヤが話し始める。
「いいや……恐いよ……だけどさ……決めたんだ……もう逃げないって……」
声を振り絞って話すカズヤ。オスカーの石化を、ペポル族の虐殺風景を目の当たりにし、一度は旅から逃げたカズヤだったが、彼は変わった。もう彼は知っている。目を背けたい恐怖と戦う事、立ち向かう事で変えられる物があるという事を。
「ほう……やはり、人間というのは面白いな。オヌシのような者に出会えて良かったと思っているぞ。さらばだ……」
ラドゥーンが右腕を大きく上げ、カズヤの心臓に向かって突き出す。
(アレス……ルリアーン……俺、今度は逃げなかったよ……オスカー……君の事はきっとこの後……二人が助けてくれるから……みんな……今までありがとう……)
「あー、キモいキモい。やっぱりキモいねぇ!死んだら終わりなんだよぉ!!逃げればいいのにさぁ!!」
何処からともなく、声が聞こえる。カズヤを貫こうとしていたラドゥーンの右腕は、灰になって飛んでいっていた。右腕の感覚が無いことに気がついたラドゥーンは右を向いたが、そこに自身の腕は、やはり無かった。
「!?」
「まさか君の事を助けるだなんて、思ってもみなかったよ。カズヤ!なんでだろうねぇ!?」
「なんだ……オヌシは……」
声の正体は、チャーリーだった。チャーリーはラドゥーンの元にゆっくりと歩いてくる。近寄るにつれて、ラドゥーンの左脚、右脚、左腕、ついには胴体が灰になっていった。残っているのは頭だけだ。チャーリーが地面に落ちたラドゥーンの頭を持ち上げる。
「やめろ……ワシはまだ……」
と何かを言い終える前に、ラドゥーンの頭は灰となって飛んでいってしまった。そして、チャーリーは倒れているカズヤの横にかがんだ。カズヤは、安心するべきかそれとも更なる脅威がやってきたとするべきか分からず、特に表情を変えずにいた。どんな気持ちであれ、身体は動かないが。
「そうだ!君は僕に思い出させてくれた。気持ち悪い程に大切な物を守ろうとする心を……ね!」
チャーリーはカズヤ達に初めて出会ったあの日から、カズヤの動向を気にかけていた。彼を見ていれば何かを思い出せる。そう、漠然とした何かを抱いていたチャーリーはカズヤを影で追跡していたのだ。
「カズヤ!君は僕の壊れた心を直してくれたんだ!」
「あら?ならまたワタクシが壊して差し上げましょうか?」
深い緑色の女王のようなドレス。身体に巨大な蛇を這いずり回らせている女性。バデスの側近の一人『黒煙のヒューラ』である。ねっとりと身体をしならせながら歩いてくるヒューラ。その姿をチャーリーは睨んでいた。
「やぁ!4年ぶりかなぁ?僕の事をまだ覚えていたんだねぇ!?わざわざ殺されに来たのかな?」
チャーリーとヒューラが一定の間合いを保ちながら、大きな円を描くように歩き始めた。次の戦いが、始まる。
次回、チャーリー