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16.オルペウスの詩

 黒の番犬(ケルベロス)入団試験は、参加者の切り裂きジッパーの侵入、異形(ヴァリアント)化、試験官のへブロスの暴走、度重なるイレギュラーによって中断された。アレスは、参加者たちにこれらの出来事を話した。参加者達はざわつきアレスに対して質疑するが、騒ぎ立てる者はいなかった。話を受け入れた上で皆、仲間や自分自身の治療を行い始めた。ここまでの戦いでアレス達の中で様々な疑問と推測が生まれる。


「人間の異形ヴァリアント化......それを見た俺達を消そうとしたへブロス。黒の番犬(ケルベロス)が何かを隠している事は確かだ......本当に、残念だがな......」

 子供の頃の憧れであった黒の番犬(ケルベロス)が抱える、大きな闇の片鱗を味わったアレス。憧れは消えた。アレスの顔色は悪いが、どこか自分の中で納得させようと努力している様子だ。


「ねぇ、これからどうしようか。へブロスが倒された事、ここでの事を黒の番犬(ケルベロス)に知られたらきっと、奴らは私たちに接触してくるはず。場合によっては始末される事だって......」

 オリオンを魔法で治療しながら、ルリアーンは今後の予測をする。今までも黒の番犬(ケルベロス)の秘密に近づいた者はこうやって始末されたのだろう。自分の兄もそうだったのではないかと考えるルリアーン。周囲で話を聞いていた試験参加者達の中にも、一体どうすれば良いのか困惑する者、恐怖に怯える者がいた。


「俺達は恐ろしい何かに巻き込まれてしまったようだ......だが!俺はもう引き返す事は出来ない!もう知らないふりは出来ない!真実から目を反らす事は出来ない!!もう......オスカーの為だけではない!!ここで逃げたらきっと......俺は俺ではいられない!!」

 アレスの声は、少し震えているようだったが、勇ましく強かった。呼吸が乱れているのは、先ほどの戦いのせいか、これから向かう未来への恐怖か。アレスは大きく息を吸い込んで、試験参加者達の方へ身体を向ける。


「俺は!!黒の番犬(ケルベロス)の本拠地に突入し、奴らが隠している秘密を暴く!!だが、俺一人では返り討ちだ!だから、仲間が欲しい!勇気がある者!共に来てくれる者は!拳を空へと上げてくれ!!」

 アレスの大声が荒野に響く。周囲の人々の中には悩む者や目を背ける者、様々だ。少しの沈黙の末、一人の男が拳を空へと突き出す。


「僕も......僕も行くよ。だけどアレス、僕は君程強くない。もし、僕がまた逃げそうになったら、殴ってでも止めて欲しいんだ」

 カズヤがアレスの隣でそう話した。アレスの瞳が少し潤んだ。アレスはカズヤの腕をぐっと掴み、更に空へと引っ張った。カズヤは少し痛そうにしながらも、笑っていた。ルリアーンも拳を上げる。


「勿論、私も行く。秘密暴いて......約束通りオスカー助けて、皆でカニ食べようよ!!」

 オスカーが石になった日、皆で夜はカニを食べようと約束していた。それはあの日、叶う事は無かった。しかし、全てを終わらせた後ならば......


「あぁ!!カニなんぞいくらでも奢ってやる!!」

 アレスの顔に笑顔が戻った。アレス、カズヤ、ルリアーンは澄み渡った空を見上げる。そこから少し間が空いてから、いくつかの拳が空へと突き上がった。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!俺も行くよ!!」


「フフ、まさか入団しようとしていた黒の番犬(ケルベロス)と、戦う事になるとはな」


「いいよ、どうせ奴らに命を狙われるんなら、戦ってやる」


「元々死ぬ気でここまで来たんだ!怖くなんかねぇぞ!」


黒の番犬(ケルベロス)を倒せば、俺達が新しい英雄だぜ!!」

 気を失っている人間を除いた全員が拳を空へと突き上げる。また、後に目を覚ました者達も全員、戦いに参加する意志を見せた。


「私も......覚悟決めなくちゃ......」

 チヨコも小さな声でそう囁いた。


「ああ!皆!!感謝してもし足りないぞぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」

 気絶したまま拘束されているへブロスをアレスは担ぎ、皆をつれモリスの元へと戻る。カズヤ、ルリアーンに加え、アレスについて行く事を決めた試験参加者達が、後ろをついて行く。


【ザゼンタウン異形討伐隊スレイヤーズギルド】

 丁度、日が沈むころアレス達は、モリスが待つザゼンタウンの異形討伐隊スレイヤーズギルドへと帰ってくる。ギルド地下の拠点へと降りていく。


「お帰りなさいませ。よくぞご無事で!」

 モリスの顔色がホッとしたような顔で一同に駆け寄る。モリスはアレス達がこのギルドを出発した後からずっと、彼らの身を案じていたのだ。


「おう!無事に帰って来たぞ!」

 アレスの声と共に、一同が部屋内の椅子や床に座り込む、オリオンも完治とは言えないが一人で歩ける程には回復していた。


「色々聞きたいことはございますが、まずはご無事で良かったです」

 モリスはギルドに来たもの全員に小さくおじぎをしながらお茶を配っている。ひと段落したところで、アレスとルリアーンはモリスに対して今回の黒の番犬(ケルベロス)の入団試験であったことを話した。引き裂きジッパーの異形ヴァリアント化の事、へブロスとの戦闘の事、新しい同行者たちと今後の動きの事。全ての出来事、情報をモリスへと話した。


「ほう、なるほど。この人たちは我々の協力をしてくれると......そして、黒の番犬(ケルベロス)最強格の男、へブロス......よくこの男を相手に生き残る事が出来ました」

「沢山特訓したからな!ガッハッハ!!それに、カズヤが助けてくれたから」

 モリスは笑うアレスのを見ながら微笑んだ後、気絶しながら拘束されたへブロスの姿を睨みつける。黒の番犬(ケルベロス)への強い恨みを募らせた瞳だ。そこで丁度、へブロスは意識を取り戻した。


「みんな!構えて!」

 ルリアーンが声を張る。気を取り戻したばかりかつ拘束されているとはいえ、へブロスは恐ろしい存在だ、ここから拘束を破壊して襲い掛かって来る事だってあり得る。武器を取り上げてはいるが、きっと体一つでも凄まじい強さを誇るだろう。周囲を見渡し現在の自身の状況を察した後、へブロスが口を開く。


「そう構えるな、私はもう敗者だ。醜く抗う事はしない。勝者である貴様に従う。これから尋問などするつもりだろうが、全て答えてやる」

 へブロスは周囲の予想とは反し、暴れ回ろうとも逃げようとすもせず、カズヤとアレスの元へと目をやった。どうやら、何も隠すことなく、全てを話すようだ。アレスはこれまでの旅で不可解であった事を整理し、順番にへブロスへと問うた。


「なぁ、何でお前達はぺポル族の集落を壊滅させたんだ!?いや、ペポル族だけじゃない!異形(ヴァリアント)ではない、普通の人々を隠れて殺していたんだ!!」

「我々にとって不都合な事実を隠す為だ。情報を持つ者を片っ端から司令官バデスの指示によって殲滅していた」

「不都合な事実!?それってなんだよ!!人間が異形ヴァリアント化する事か?それがなんでお前達の不都合になるんだよ!!」

「オルペウスの詩......」

へブロスがその単語を口にした時、モリスが反応する。モリスはへブロスの目の前に駆け寄り、問いかける。


「そうだオルペウスの詩!!それを隠す為に貴様らは暗躍しているのだろう!!一体何なのだ!!」

 モリスは黒の番犬(ケルベロス)について調べている中、組織はこの「オルペウスの詩」についての情報を最重要機密として守っているという事に勘づいていた。


「お前はなんだ、お前に話す筋合いなどない」

 へブロスはモリスを睨みつけた。どうやらへブロスは自分の事を負かしたアレスとカズヤとしか口を聞こうとしないらしい。強き者だけを認めるへブロスの信念だろうか。それを理解したカズヤは、自身からへブロスへと問いかけた。


「それで、オルペウスの詩というのはなんなんだ?」

いにしえより伝わる、異形ヴァリアント化した人間を元の姿に戻し、異形ヴァリアントによってかけられた呪いを解く事の出来る詩だ」

それを聞いたアレス、ルリアーン、カズヤはハっとした。そしてルリアーンが一番にアレスとカズヤが思い浮かべた事を口に出した。


異形ヴァリアントによってかけられた呪いを解く......それってもしかしてオスカーの石化も治す事が出来るって事!?」

 それを聞いたアレスとカズヤが笑顔になる。少し頷いた後、カズヤがへブロスへの質問を再開する。


「そのオルペウスの詩は、どんな呪いでも治す事が出来るのか?」

「ああ、異形ヴァリアントから受けた物なら例外なくな。何度も実験を繰り返している。これは確実に言える事だ」

 三人の旅に希望が見えてきた。オルペウスの詩......それを使えばオスカーの呪いは治せるのだと、期待で夢を膨らませている。アレスは前かがみになりながらへブロスへと大声で問いかける。


「なぁ!それでそのオルペウスの詩?の歌詞?を教えてくれよ!!」

「それは私も知らないな。知っているのは、私たちが今まで殺して来た者たち、そして黒の番犬(ケルベロス)の頂点に立つ者、司令官バデスのみだ」

 アレスは今まで殺されてきた人々の事も思いながらも、へブロスへの怒りを抑え立ち上がる。そしてルリアーン、カズヤ......皆の方を向いて、声を上げた!


「司令官バデスを倒し、オルペウスの詩について聞きだせば!異形ヴァリアントになった人達を救い出せる!!それにオスカーの石化だって解くことが出来るんだ!これはもう行くしかないよなぁ!!」

 皆アレスの言葉に賛同している。相談の結果、早急に各地のギルドに黒の番犬(ケルベロス)とオルペウスの詩についての真実を伝え仲間を募り、黒の番犬(ケルベロス)の本拠地へと突撃し、打倒バデスへと望む事になったのであった。


「ここまで話してくれてありがとうな」

 アレスが、本来憎むべきヘブロスに対して礼をする。


「お前達は勝者、私は敗者。私の信念に乗っ取り、敗者として当然の事をしたまでだ」

「話してくれた理由はそれだけじゃないだろう!?お前だってもう、全て終わらせたいんだろ?こんな後ろめたい事!!一緒に戦おうぜ!!バデスとさ!!」


「バデス司令官は恐ろしく強い。この世全ての生物の中で一番と言っても良いだろう。それでも本当に挑むのか?」


「ああ!!もう俺は立ち止まらないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 アレスはへブロスを拘束状態のまま大きく上に持ち上げた。へブロスは、天井ギリギリに持ち上げられながら、小さく笑った。

タイトル回収

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