13.試験開始
【黒の番犬・訓練場】
極秘任務開始から100日。ついに黒の番犬の入隊試験の当日がやって来た。アレス、オリオン、ルリアーン、チヨコ......四人は数多の異形の討伐、鍛錬の末に強靭な肉体と戦闘技術を身に付けていた。入隊試験は、荒野の中に作られた、黒の番犬の訓練場にて行われる。試験会場に集まったのは、二十八人であった。この試験は、Aランク以上のパーティに所属している事、無所属の個人の場合、Bランク以上の異形の討伐を達成していなければ、参加資格を得られないのだ。それ以下の実力を持つ者は合格の見込みがないとされている。
「我らが組織の入隊試験へようこそ」
黒の番犬内でも屈指の実力を持つ男、へブロスが現れる。彼が今回の試験の試験官である。アレスとルリアーンは一度、サイセンの街で彼に会っている。当時のアレスにとって彼は憧れの一つであったが、モリスによって黒の番犬の悪事を聞いた今、アレスはどのような目で彼をみれば良いのか分からなかった。
「力を持つ者は上に立つべきである。おっと、この言葉を聞いて勘違いしないでくれ。強者はその力を振るう事こそが世界への貢献であると言っているのだよ。決して力を持って弱者を制するべきと言うわけでは無いからな」
へブロスが受験者達の周りを一周するように歩きながら話す。彼の禍々しいオーラと威厳が、受験者達にも伝わっているようだ。彼に対して対抗心を燃やす者、憧れの眼差しを向ける者、漠然とした恐怖を感じる者。なんであれ、へブロスのただならぬ覇気に、人々の心がざわめいている事に違いはない。
「今回の試験の内容を発表する。極めてシンプルだ。参加者同士で刃を交え、最後に立っていた一人を合格とする!以上だ」
ヘブロスの言葉を聞き、受験者たちは困惑する。今までの入隊試験は、周囲に現れた異形の討伐や、身体能力テストを行っていた。しかし今回は、それらとは全くもって違う。受験者同士の戦闘によって決まる試験など、今まで無かったのだ。
「この試験によって起きた、負傷、死亡について我々は一切の責任を取らない。それらを受けいれなれないなら、今すぐここから立ち去れ」
黒の番犬の構成員について、モリスから事前に話を聞いていたアレス達は、このような試験が行われる事となった理由を、察していた。入隊試験の内容を決めるのは、試験管に選ばれた人間である。今回試験官となったヘブロスは、隊の中で最も残忍で冷徹である。その性格故、隊の一部のメンバーから顰蹙を買ってはいるが、精鋭達の集まりである黒の番犬の中でも更にずば抜けた実力を持っているため、彼に異を唱える者は少ないという。ぞもそも異を唱えても、力でねじ伏せられてしまうのだ。
先程ののヘブロスの言葉を聞き、七人が試験から離脱した。命を奪う事さえ許された試験に、立ち向かえる人間の方が少ないだろう。その場に残った二十一人に、ヘブロスは語りかけた。
「さぁ、覚悟を決めた者達よ。始めようか」
それぞれの受験者が、指定されたスタート地点へと移動する。今回のフィールドである訓練場の外に広がる荒野は、二十一人で戦っても、持て余す程の広さであった。
「全員入隊出来たらいいだなんて、話した事もあったな。まさか選ばれるのは一人だなんて。負けても恨むなよ、アレス」
「兄貴こそな!」
それぞれの配置に向かう途中、アレスとオリオンは言葉を交わした。途中までの道は同じだったものの、お互いの初期配置はそれなりに離れていた。
「チヨコ、死にそうになったら逃げるんだよ」
「ええ」
死の可能性すらある今回の試験。ルリアーンは自分自身よりも仲間達の心配をしていた。ルリアーンは近くにいたチヨコに声をかけたが、最も危険な行動を取りそうなのはアレスだ。彼女はアレスの身を心配しながらも、配置へと向かった。チヨコとルリアーンの初期配置は、お互いの姿をはっきり確認できる程の距離であった。
試験開始のサインは、黒の番犬の訓練場から上がる、赤色の狼煙である。それが見えたと同時に、戦闘が始まるのだ。
「さぁ!そろそろだなぁ!」
アレスがそう声を上げた数秒後、試験は開始された。
戦場と化した荒野、最後に生き残るのは誰だ!