0.プロローグ
【ケナシの街】
「さーて、今日も狩るぞ!」
そよ風が吹く緑が豊かなケナシの街を細身の男、オスカーが歩く。
各地で人々の生活を脅かす怪物、異形。それらから平和を守る組織【異形討伐隊】に所属するオスカーは、自慢の槍を背中に担ぎ、任務の為に、街のギルドへと入る。
「やあ」
ギルド内で座っていた三人の仲間に声をかける。筋骨隆々なパーティーリーダーのアレス。白く美しい肌が特徴的な紅一点の回復役ルリアーン。小柄で無口な弓使いカズヤ。オスカーはいつもこの三人とパーティを組み、任務に挑んでいる。
「みんな、待ったかい?」
「いいえ、私たちも丁度来たところー」
オスカーの言葉にルリアーンは爽やかな笑顔で返す。
「それじゃあ今日も、ドカンと異形退治に行くとするかぁ! 行くぞぉ!」
アレスは建物の床を思いっきり、ぶん殴りながら叫ぶ。床の木材が衝撃でバラバラに砕けちって、木片が辺りに散らばる。周りにいた人々がそれを見て唖然とする。
「ちょっ、ちょっと何やってんのぉ!? これ、弁償ものだよ!」
「まぁまぁ、いいじゃあ無いかぁ! 今日の依頼を達成すれば、ここの床代を百回弁償してもお釣りが来るくらいの報酬が貰えるのだからなぁ! ガッハッハ!」
あわあわとするオスカーにアレスは豪快に笑って見せる。
「全く、アレスは大胆なんだからー」
その姿を見てルリアーンは小さく微笑んだ。
「それじゃあ、任務受注の受付をしてくるぞぉ! ちょっくら待ってな」
そう言ってアレスは上機嫌に受付の方へと向かって行く。その背中を三人は笑顔で見送る。
「いやー! 楽しみだねぇ! 僕、危険度Sの異形を狩るのは初めてだよ!」
オスカーがウキウキした表情で、ルリアーンとカズヤに話す。この世界に存在する異形は、弱い方からD、C、B、A、Sの等級で分けられている。
今回、一行が討伐しに向かうのは、十年以上の戦闘経験を持つプロがやっと倒せるほどの強さを持つ、S級の異形である。オスカー達は異形狩りを始めて三年も経たないが、各々の天性の才能と息の合った連携で、A級の異形は何なく倒せるほどの実力だ。
「よぉーし! 早速出発だぁ! 行くぞ、お前たちぃ!」
受付を済ませたアレスはドスドスと大きな音を立てながら走り、皆を引き連れ村の外へと飛び出す。
【ルドーの塔】
ケナシの街から、一時間ほど歩いた末、討伐目標の異形が待ち構えていると言う、ルドーの塔までやって来た一行。
「何だかちょっと不気味で怖いよー」
ルリアーンが体を震わせながら歩く。塔の中は廃墟と言ってもいいほどに所々の造形物や床が崩れており、薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。
「凄く、それっぽい感じでワクワクするなぁ!」
「そうだなぁ! 俺の筋肉も疼くぞ!」
怯えるルリアーンを他所に、胸を高鳴らせるオスカーとアレス。それを静かに見ていたカズヤも、言葉には出さないが、ウキウキとした表情をしていた。
「みんなー怖くないのー? 私はめっちゃ怖いよー。 そうだ! 気を紛らわすために今日の晩御飯の事でも考えよう! オスカーは今日は何食べたい?」
「カニかなー、やっぱ」
「この任務を完遂すればカニなんぞいくらでも食べれるぞぉ! 俺が奢ってやるぅ!」
皆で夕食の献立について話しながら塔の螺旋階段を昇る。パーティ雰囲気も先ほどよりさらに明るくなり、ルリアーンの恐怖も少しずつ薄れていった。その時、ガタッ! と、何かの崩れる様な音が聞こえた。
「ッ......くる!?」
カズヤが言葉を発する。彼はパーティーの中で最も五感が優れており、異形の気配にすぐに気が付く事が出来る。一行は戦闘態勢を取る。グチャ......グチャ......という足音が上から迫ってくる。階段を大きな何者かが降りているのだと、皆感じ取った。
「このまま狭い螺旋階段で戦うか、さっき通った広間におびき寄せるか......どうする?」
「ここじゃあ連携も取りずらいよね。広間までおびき出す作戦で行こうよ!」
オスカーの問いにルリアーンが答える。アレスとカズヤも小さく頷く。四人はわざと、物音を立てる様に階段を降り、広間の方へと向かう。相手もそれに気づき、こちらに向かってきているのか、先ほどよりも足音が早くなる。
「うぉおし! ここまでくれば問題ないだろう! いつも通りの連携で、奴を倒すぞ!」
アレスが渇を入れる。四人は広間でこちらに向かってくる何者かを待ち構える。
「何という禍々しい殺気......こんなの初めてだ!」
腰が抜けるほどの殺気を感じ、たじろぐオスカー。彼は確信する。今からこちらに向かってくる相手は、今回の討伐目標の異形である事を。異形がついに、一行の目の前に姿を現す。
人の形をしていた。しかし、それは形だけの話である。その姿は黒い靄に包まれており、顔に値する部分には八つの大きな眼球がまばらについていた。両足のふくらはぎに値する部分には、人の頭蓋の様な物がくっついていた。
「俺が牽制する」
カズヤがそう言って、矢を異形に向かって放つが、それらは全て黒い靄に吸い込まれた。異形本体は全く傷を負ってはいなかった。それを見たカズヤは表情を歪ませる。
「なんなんだよ......なんなんだよコイツ!?」
「僕が行く!」
訳の分からない状況にパニックになり、足を震わせながら大声を上げるカズヤを落ち着かせるように、オスカーが声をかける。オスカーは異形の方を向き、背中に担いだ槍を掴み、構える。
「アレス! 追撃を! ルリアーンは援護を頼む!」
オスカーはそう述べ、異形へと向かって槍を構えながら突っ込んでいく。異形の体を貫くように槍を突いたオスカーだったが、カズヤの矢と同様、槍は黒い靄に吸い込まれる。確かに槍は異形に触れたが、命中した、と言う感覚はオスカーには無かった。
「まずい! クッ......」
一旦距離を取ろうとするオスカーの腕を、異形の靄が包み込む。アレスとルリアーンがそれを止めに入ろうとするが、その時には、もう手遅れだった。靄はそのままオスカーの体を伝い、口の中へと入り込む。
「くぁ......たす......け......」
「オスカー!」
そう名前を呼んだルリアーンの声はもう、彼には届かなかった。オスカーの体が黒く滲み、瞳が灰色に濁る。あまりの恐怖に、周りの三人は体を動かす事が出来なかった。
「逃げ......ろ......」
闇に体を蝕まれたオスカーは辛うじて、仲間たちにそう伝えた。三人の頭の中には、彼を何としてでも助けると言う思いがあったが、体がそれを否定する。今の自分たちでは、この異形に傷一つつける事さえ出来ない。立ち向かった先に待っているのは死......だけだと。そう本能が告げているのだ。
「嘘だよ......こんなのって......」
仲間を助けられない己の弱さと不甲斐なさを嘆きたい気持ちを抑えながら、そう言葉を述べ、ルリアーンはオスカーに背を向け、塔の出口へと走っていく。
「すまない......」
アレスも、オスカーにそう述べ、恐怖のあまり固まってしまったカズヤを担いで、ルリアーンの後を追うように逃亡する。オスカーはその背中を見ながら、優しく微笑んだ。
「僕だけで......良かった......」
ちょくちょく暇なときに書いて行きます。応援してくれたら嬉しいです。