5話:僧侶セマ
長ぁいかもしれないです。
人が潰れますし死にます。
勇者の強化が終わったところで、ちょうど昼時。
民にとっては憩いの時間の一つ。昼食を頂き、談笑し、高く昇る陽の恩恵を受ける時間。
セマであれば、この時間は家族の元にいるでしょうか。
私は拠点をぐるりと囲む、空間の壁の前にいます。ここからは、王国を見渡すことが出来ます。実際のこの土地は何も動いてはいないのですが、あたかも祭祀場の上空に浮いているかのように見える。これは女神の視点。今まで見てきた視点に近いものです。
この視点をもって、セマを探します。
セマは元々孤児で、聖職者家族に引き取られ、我が子のように育てられました。血は繋がっていなくとも、家族からも、そして仕事場である祭祀場の面々からも、愛されて育ってきました。故に、祭祀場と聖職者家族の住まいが、彼女にとっての家族の家なのですが。
いませんね。
他にいそうな場所といえば、城や商店街といった重要施設か、教会などの宗教施設か。あまり探すのに手間取りたくはないのですが。
勇者は生きていた頃の持ち物を持っていないので、セマから与えられたであろう物から探知することも出来ない。
どうしたものかと首をひねっていると、少しおかしな事に気付きました。
第七処刑場に、誰かがいる。
王国内、城下町などの中心部から離れた村には教会があり、教会の規模によっては罪人を裁く権限が与えられています。処刑場というのも、本来はそういった教会の地下にあるものです。
第七処刑場は城下町の中にあります。第一から第七まであった処刑場は、まだ国が複数あった頃の名残り。人間同士の戦時中、裏切り者や悪しき者を裁くために、国ではなく民が建てたものです。粗悪な小屋に、私刑を行うための雑な器具。家具も殆どなく、照明も少ない。まだ私がもっと広い範囲を見守っていた頃でも、その悪しき建物は確認していました。
今や取り壊され、元は宗教施設だった第七だけが残りました。立ち入り禁止の術式があり、聖職者しか入れない。戦時中から、建物の中を私の目から隠すための術式がまだ残っているらしく、注視しないと誰が何をしているかはっきり見えないのですよね。誰かがどのように動いているかはわかりますし、注視すれば丸わかりになるのですが。
さて、偶然目に留まりましたが、第七処刑場にいる聖職者であろう者。目に留まれば、必然注視をする事になります。
そこにはセマがいました。建物の真ん中で、ボロボロの椅子に座り、何やら少々痩せ細っていますね。なぜこのような所に?
ですが、セマを見つけることが出来ました。早速向かいましょう。
空間の壁に触れ、行きたい場所を念じれば、そこに転送される。勇者を連れて行きたいので、勇者も壁に触れさせます。
第七処刑場へ。セマに復讐を。
無事到着、勇者もちゃんと一緒です。
第七処刑場内、入り口前に出ました。小さな小屋、流れた血などは綺麗に片付けられたものの、血の跡は罪と共に消えることはない。ところどころそういったもので汚れた、気味の悪い建物。
ちょうどセマが目の前にいます。セマは私に気がつくと、驚いた素振りも見せず、私の前で跪きます。
「女神様…。私めの前に姿を現していただき、ありがとうございます。勇者様のお身体は、あなた様が持っていらしたのですね…。祭祀場から消えたと伺っていましたが、あなた様がお持ちになるのなら、安心です…」
か細い声でそう言ったセマは、震え、怯えているのが伝わります。
「私が何故ここに来たか、わかりますね?」
そう問うと、セマは両手を胸にきゅうと抱き、いっそう震えました。
「はい、姫様と、勇者様を、見殺しにした私を、罰しに参られたのでしょう…?」
顔を上げず、私とも目を合わせない。
「その通りです。…何故、聖職者たるあなたが、そのようなことを…?」
「…私めは、ご存知の通り、王族の方々や勇者様のお仲間に、何か口を挟めるような権限はありません。ご覧になったように、彼らの凶行は私めの言葉などでは止まらぬほど、そうすべきという勢いが強すぎました。姫様も、勇者様も、なす術なく殺されてしまう…」
ぼたぼたと涙を流しているようです。一つ一つ、恐る恐る言葉を口にしている。
「私めは、彼らが姫様を、勇者様を殺そうと画策しているのを見て、なんと、なんと愚かで救いようのない者達であろう、と…!」
泣きながら、セマは顔を上げた。その顔を見れば、彼女の気持ちは伝わってくる。これは、怒りと失望でしょう。
「私は!!彼らが許せません!!あの者達は、勇者様のお気持ちを、姫様の願いを、全て踏みにじった!!国王陛下は姫様を自らの野望を果たす道具としか見ていなかった!!第二王子様は、あんなにも姫様を愛しておられるようだったのに、儀式の話が出た途端、手のひらを返すように、冷酷に…。勇者様のお仲間は、私利私欲のためだけに、尊きお二人を売り渡し…処刑の時にあっても、悪びれることもなく…!!」
セマの胸中を、怒りと共に訴えかけてくる。それは、さぞ辛かったのでしょう。自分の無力さに、胸が張り裂けそうであったのでしょう。
「…私めの力では、到底、止めることなど出来ませんでした…」
きっとセマは、自らの罪を自覚している。裁かれるために、ここに赴いたのでしょう。ですが…。
「…ですから、奴らにあなた様のお怒りを、受けさせるべきだと思ったのです」
えぇ、やはりあなたは許せない。あなたの罪は、無力さなどではないのだから。
「…セマ。私は、あなたが無力でも、姫や勇者を救うべく奔走していれば、許すつもりでしたよ。それがたとえ芳しくない結果だったとしても、二人を救うことが叶わなかったとしても」
「…はい。…私めは、裁かれるべきと思っております。あなた様のお力になれなかったこと、強く後悔しております…」
違う。あなたは力になれなかったのではない。
なるつもりなどなかったのです。
「あなたは、言いましたね?彼らが許せないと。あなたは心優しい子でした。ここまでの言葉が出てくる、ということはそれほど辛い思いをしたのでしょう。ですが、その怒りを、私にだけぶつけました。自分では難しいことなら、ライヤや他の神官達に相談したらよかったのではありませんか?」
「それは…そうですが…」
セマは言葉に詰まった。思いつきもしなかったのでしょう。あるいは、そうしても無駄だと思っていたのでしょうか。
「あなただって神官の端くれです。直接私に告げてくれれば、あなたを通して何か出来たかもしれません。あの時、祭祀場に閉じ込められた私にも…」
セマの表情が強張り、崩れる。怒りの顔から、悲しみの顔に変わる。
「誰にも相談することなく、一人で戦うこともせず、あなたはただ見ていただけ。無力だから、二人を救うことが出来ないから、ではありません。愚かしい人間達を、あなたは殺すつもりでいただけ。国王は姫を利用した、と言いましたが、あなたは私の力を利用して、自らの怒りをぶつけようとしたのです」
「…あ、ぅ…」
悲しみの顔から、絶望の顔に。呻くだけで、もう言葉も出ない。私に言われてやっと、自らの過ちに気付いたようです。
怒りに狂い、しかしその怒りすら他人に代行させる。その未熟な憤怒こそ、あなたの罪。
ならばあなたには、自らに怒り、潰れてもらいましょう。
私とセマ、そして勇者は、転送魔法であるところへとやってきました。
セマの故郷、城下町からやや遠いマトスンク村です。その村の小さな教会。年老いた夫婦と5人の孤児たちのいるここが、彼女の家。ちょうど教会の前に転送出来たので、早速ドアを開けてみましょう。
祭祀場にて女神たる私に会った人間でなければ、人の似姿を取った私を女神だと感じることが難しいようです。いきなり現れた来訪者が、勇者と思われる男と自分の娘を連れている。この光景に、夫婦は戸惑っています。
「…このような小さな村ですが、ようこそお越しくださいました。あの、失礼ですが、あなたは一体…?」
夫の方が私に声をかける。勇者にドアを閉めてもらって、結界をかけます。これで、私達がこの中でどうなろうとも、外からは何も感じなくなります。何も聞こえず、ドアも開かず、しかしそのことに疑問を感じず。
「あー!勇者様だ!」
子供達が勇者に群がる。勇者は最早しかばねでしかないのですが、一応生前のように気にさせましょう。微動だにしないのも不自然ですしね。
抱えていたセマを解放し、伝える。
「セマ、あなたは私の側で座っていなさい」
疑問を感じながらも、私の隣にぺたんと座る。あぁ、愛おしい。私の教えや神官としてのルールに反しなければ、人の言うことはとりあえず承諾してしまうその素直さが愛おしい。今から何をするのか、怯えながら私を見つめるその目が愛おしい。愛おしいあなた。憎らしいあなた。
今から私は、あなたの家族を殺します。
魔力を貯め、打つ。まずは夫を、次に妻を。あなたの育ての両親に、魔法を放つ。
魔力の塊を光と共に発射する。鈍器で殴るような、物理的な攻撃の魔法。一度打ったくらいでは死なないけれど、骨は砕け、肉は潰れる。
最初の一撃を夫婦に放ったところで、セマは状況を理解したようです。
「…ッ、ぁ…女神様…何をなさるんです…?」
セマは私にしがみつく。夫の方は肩に当たったようで、吹っ飛んで頭を打っていた。妻の方は、頭に当たったようで、昏倒している。子供達はいきなりのことに呆然と立ち尽くしている。
「おやめください、家族は関係ないでしょう…?」
震えた声で、縋るように言うけれど。
あなたはこれからどうするのでしょうね。
起き上がってくるのを潰して、痛みに悶える様を潰して、光をまとっただけの魔力の塊でもって、殴って、殴って、殴り続け。
子供達の泣き声も、セマの制止の声も、何も気にせずに殴り続けて、とうとう二人は潰れて動かなくなりました。
「女神様ぁ!!やめて、やめてください…!!どうかおやめください!!」
泣き縋るあなたの声。ですがそれはどうでもよいのです。
次は子供達。「光の露」の魔法を5人に当て、あなた達もこれから殺すのだという意思を伝える。
子供達は逃げ回ったり、勇者の影に隠れたり、そのまま崩れて泣き叫んだりしている。
「セマおねーちゃん、助けてぇ!」
そう言って駆け寄ってきた一人の子供を、夫婦と同じように射抜きました。ぐしゃりと脆く潰れました。
セマは、絶望して、その光景を見続けていました。
あぁ、やはりあなたは。
「…あなたは動かない」
逃げ回る子供達を追うように、しかし当てぬよう、魔法を打ち続ける。
「関係のない家族を攻撃されているとわかっていて、あなたは動かない。あの時の私と違って、動けないわけではないのですよ?あなたはただ座っているだけ。動かないだけ」
「ち、がう…わたしは…」
「私に縋り付いて声を上げて、止められないことがわかって何故まだこうしているのです?」
攻撃で崩れた教壇や椅子の一部で、逃げていた子供が転びました。そろそろ潮時でしょう。這いずる姿を見せる間も無く潰して殺しました。
「…あと二人、子供が残っていますね」
そう言って、勇者の影に隠れていた子供に向けて魔法を放ちます。
勇者であれば簡単に避けられます。勇者に見捨てられた子供は、あっけなく潰れて死にました。側にあと一人。それに向かってまた魔法を放ちました。
「やめてぇ!!!」
セマが立ち上がり、子供を抱きしめ庇いました。背中に魔法が当たり、呼吸が苦しそうです。それでも、子供をぎゅうと抱き、身代わりになろうとしている。
少しだけ、安堵しているのが伝わります。子供を一人でも守れるから、でしょうか。私にああ言われるほど自分は臆病で卑怯な人間ではないと感じることが出来たから、でしょうか。
「いだい、よ、おねぇちゃ…」
子供から弱々しく声が聞こえ、セマはその子供をばっと離した。
そんなに強く抱きしめたら、いけませんよ。最初に子供達にかけた魔法「光の露」、これは人を傷つける魔法ではありません。物の密度を一時的に下げ、脆くして加工しやすくする魔法。芸術家などが、鉄や石など限定した物にかけられるように、私が加護として与える魔法。人に使えばこのように、抱きしめただけで骨が砕けてしまいます。
もう遅かったのです。親すら救わなかったあなたが、勇気を出すには遅すぎた。
あなたには自分が傷ついてでも何かにぶつかっていく意思がなさすぎる。勇者のように、姫のようにとは言いませんが、例えば神官ライヤなら、最初に親を攻撃されたとわかればすぐに彼らを庇い、私に反抗してみせるでしょうね。いいえ、例えばそれがあなたの育ての両親さえ、私が女神と知っていたとしても、子供が攻撃されるとあっては庇うでしょう。
そのような弱い意思でもって、女神の怒りを自らの怒りの体現にしようとした。あまりにも、身の程知らずの不敬者。それがあなた。
あなたの腕の中でひしゃげてしまった子供を見て、あなたはどのような気持ちでいるのでしょう。
あなたの腕から離れた子供が、勇者によって刺し殺されたのを見て、あなたはどのような気持ちでいるのでしょう。
失望、怒り、悲しみ、愚かしさ。それらが自分自身に向けられていく。あぁ、その顔こそが、その怒りこそが、私の復讐。
「あ、ぁ…」
目の前の子供が勇者に貫かれたと理解した瞬間、声を漏らし、膝から崩れて、脱力し、事切れたように動かなくなりました。
最後に勇者の聖剣で、セマの首を刎ねる。信仰を失ってはいなかったので、せめて死体は綺麗に。
これで、終わり。
セマは苦悩のまま、死後の世界へと導かれるでしょう。
さて、後片付けが面倒ですね。
家族は潰してしまいましたし、不敬者セマの死体は使いたくないので、死体は一つも手に入りません。
潰れてしまったものは肉団子にしてバクちゃんにあげるとしても、荒らしてしまった建物のお掃除が大変です。
教会を燃やして、綺麗さっぱり無くしてしまいましょうか。
拠点へ帰ると同時に、教会から勢いよく火の手が上がる。
それを空間の壁から見える景色で確認し、バクちゃんに肉団子をあげ、小休止。
次はどこに行きましょう。あぁ、そういえば、セマが言っていましたね。
姫を溺愛していた第二王子が手のひらを返した、と。
愛、とはいえ私の愛とは違う人間の愛。移ろいやすいとは聞いていますが、私でもわかるほどの溺愛ぶりだった第二王子が何をきっかけに裏切ったのか。
私にはわかりません。
であれば、知らなければ。
次の行き先は第二王子、ファロン・クリムシフォーの元へ行きましょう。