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2.5話:魔王の失望

魔王視点の番外です。まだグロくない。

というか魔王視点はそんなにグロくならないと思います。

勇者が死んだ、との報せが入った。


忌々しき人間共の中で特段まともだった男の死に、我々は疑問を抱いた。


「魔王様、これはどうするおつもりで…?」


我が右腕、黒騎士のドゥージオが言った。ただただ困惑の声だった。無理もない。我輩でもこの報せの意味がわからぬからだ。


「…どうもせぬ。勇者が死んだ以上、この協定は無かったことになるだけだ。我々が勇者との会合の秘匿を望んだ以上、王国側に伝えることは何もない」


勇者と我々はある協定を結ぶつもりであった。人間と魔物の和解。これ以上争うこともなく、お互いに肩を並べ、共に生きようという協定だった。我々は拒否するつもりだった。人間と共に生きることなど、到底不可能だというのが魔物の考えであるからだ。


大昔の厄災を、女神、人間、魔物が力を合わせて倒した際、女神から提案を受けたという。女神の加護の元で、人間と魔物が仲良く暮らすようにと。人間と魔物は快諾したが、一緒に暮らしているうちに、人間の下劣さ、卑怯さに目がいくようになった。騙し合い、暴力を振るい、どのような時でも子を成し増えていく。いつしか魔物を従えようとさえしたので、魔物達は人間と袂を分かち、こうして国を作り人間に反して生活するようになったというのが我々の歴史の始まりである。


我々と人間では根本的に違うものだ。分かり合うことは出来ない。奴らは我々を獣のようだと蔑むが、我々には奴らが悪魔の写し身としか思えない。痩せた体、毛もなく血の透けた肌、狡猾な性格、繁殖力の高さ、そして女神すら軽んじる無知さ。度重なる「勇者」の冒険や襲撃を通し、今を生きる魔物たる我々ですらその劣悪さに吐き気がするほどだ。


そのような人間達の中で、この勇者というのは特別な者だった。人間の善性を多く持ち、常に希望を抱いていたあ奴は、魔物を殺さず、隣人として接したいと言う。人間のしてきた数々の非礼を詫び、我々のしてきた侵攻に対しては水に流そうと言う。


なんたる不敬か、と我輩は思っていた。女神と王国中からの寵愛を受け甘やかされ、どんな悪い者達とでも友達になれると勘違いした甘ったれの発想だ、と思った。しかし、それは思い違いであった。勇者が王国から見切りをつけられてもなお、我々と交渉をした理由はただ一つ、争うことにもう意味がなくなってしまったからだ。


人間と魔物の間で起こった争いの末、人間の数は減り、一つの王国を除いて滅びてしまった。魔物に至ってはもう200人もいない。お互いに、厄災で生き残った者達の半分にも満たない数しか生き残っていないのだ。


しかし我々は人間と共には暮らせぬと言えば、勇者は、王国にはとても優秀な姫君がいる、彼女の治める国であれば君達に害を与えずよき友人として振る舞えるようになるだろう、と言った。その姫君と一度だけ直接会談する機会があったが、確かにあの姫君であれば人間の悪性を抑える事が可能であろうな、と感じた。


あの二人は人間を善なるものに変えようとしている。時間がかかるだろうが、きっと成し遂げられるだろう。人間と魔物とがもし本当に手を取り合う未来があるのなら、それはとても素晴らしいものだ。厄災後のわずかな間、女神と人間と魔物とが肩を寄せ語り合った優しい世界の夢物語が叶えられるなら、魔物の王として協力するのもやぶさかではないと思ったのだ。


我輩も出来るだけのことをした。和平の意思と、勇者の立ち位置とを配下の者達に伝えると、反対する者もいたが概ね賛同してくれた。反対した者も、勇者と姫君に対しては好印象で、彼らを我々の国に引き抜くのではいけないのか、という者すらいた。


勇者と姫君は我々にとっても希望だったのだ。


それがなぜ死んだのか、全く理解が出来なかった。






事の詳細を聞いたが、失望という他になかった。


仮に我々と交渉していた勇者を裏切り者として見ていたのなら、姫君を殺す意味がわからない。姫君は交渉の要だからこそ、勇者が姫君を殺すことはないだろう。であれば、誰かが勇者に罪を着せたことになるが、それが処刑に繋がるほど真実味が出るとは思えない。勇者と姫君を疎ましく思う者が起こした謀反であるならば、ここまでつつがなく処刑が遂行されるとも思わない。そもそも姫君が死んでから勇者の処刑までが早すぎる。まるで犯人を探す上で必ず存在する疑念や違和感を全て無視したような早さだ。国を挙げて讃えていた勇者を犯人と指名するなら、必ず犯人であるという証拠を用いて、裁判から行うはずであろう。


そういった強硬な手段が取れるのは王族のみであろうが、王族の誰かがこのようにして姫君と勇者を殺そうと企んだのだとしたら、まるで子供の癇癪に大人が付き合っているような雑さだ。


この処刑にはとても大きな違和感がある。


真実だと思えないほど馬鹿馬鹿しい、ひどい戯画のようだ。






我々は頭を抱えた。


「ここまで人間は愚かでしたっけ…?」


「わからん、何もかも…」


今この場にいるのは我輩と、黒騎士ドゥージオ、魔導師ガウンの三名のみ。その三名ともが、えもいえぬ頭痛のような失望を抱えていた。


「魔王様、やはり人間を信用するのは間違っていたんですぞ。早々に彼奴らをこちらに招き入れていればこんな事には…」


「ガウンよ、何も言うな…。今となっては、もう…どうすることも…。女神に掛け合って蘇生を試みますか?姫君だけならば救えるかもしれませんし…」


ドゥージオの言葉に、我輩ははっとした。


女神はどうした?何をしている?


我々はこの件に関して動くことはない。協定が白紙に戻っただけだ。王国への説得は勇者がやると言った、このような状況ではその成果は出なかったのだろうと察しはつく。であればこれは我々と勇者だけの問題。勇者がいなくなり協定の問題がなくなったのなら、これまで通り、攻められれば殺すのみ。


だが女神は別だ。奴にとってあの勇者はまさに虎の子だ。交渉の場において、勇者は、和平は女神の意思でもあると言った。今までの勇者、すなわち人間に害を与えすぎた魔王を倒し、我々の配下である従魔の生成を止めさせる為の防衛機構たる勇者とは違うのだ。女神が我々に与えた希望でもあり、人間に与えた先導者でもあったはずだ。それを殺されたのなら、奴はどうする?


「…ガウン、ドゥージオ。よく聞いてくれ。これは勅命である」


勅命と聞けば、二人は覇気を取り戻し、我輩の前に跪いた。我輩もまた、事の重要さを受け冷静に命を伝える。


「我々は人間に対してこれまで通りの対応となるが、この一件で女神がどう出るか、よく見極めなくてはならない。女神が人間達をどの程度観察しているかはわからないが、あの勇者は女神の中でも取り分けて重要視されたものである。怒りか、悲しみか、感情は動かされずとも何か考えを改める可能性もある。それらがこの世界にどのように現れるのかを、よく警戒せよ」


「はっ!」


「ガウンよ、貴様ら魔導兵隊は、気象、環境の観察にこれまで以上に力を入れ、王国内の密偵の数を増やせ。ドゥージオは対女神用に我輩が力を貸し与える。その力を含めて、機動兵隊の練度を上げよ。女神が人間達のみに矛先を向けるだろうという安易な考えを抱く者達がいればすぐ改めさせよ。女神の影響力は人間達の領域内に収まるものではない。我々が判断を間違えば、すぐこちらにも目が向けられることを忘れるな」


「はっ!!」


「以上、行けッ!!!」






二人が部屋を出て少し経てば、城中が慌ただしくなっていく。そうでなくては。


怒りから、全ての火山が噴火し死の世界になるかもしれない。悲しみから雨が降り続き、誰も住めなくなるかもしれない。あるいは、女神が降りてきて、人間も魔物も等しく統治すると言い出すかもしれない。


何が起こるかわからない、だからこそ恐ろしい。


魔物を統べる王として、魔物だけでも救わねばならない。これからはそういう戦いになりそうだ。







そして、我輩は、魔王としてではなく、魔物の歴史を受け継ぐ一族の末裔として、やらねばならぬことがある。


女神に人間を滅ぼさせてはならない。


女神は今や信仰がなければ生きていけない。かつて厄災との戦いで力を弱めてしまった際、人間と魔物、つまり我ら地に生きるもの達の信仰を糧に生きるよう自己を設定している。それを魔物が袂を分かった折に人間の信仰のみで生きるよう再設定した。そして、人間との間にルールとして決めた様々な事と共に自己の定義として書き終え、二度と書き換えられなくした。


人間の信仰がなければ生きていけないはずの女神が、人間を滅ぼそうとすることは自殺行為に等しい。女神の傷心がいかほどのものかはわからぬが、結果として人間が滅ぶような災害を起こすようであれば、止めなくてはならない。


女神が死ねば、世界は終わる。


女神は恵みを司り、太陽や星々のある空の世界と繋がっている。そのため女神が死ねば、空の世界が閉ざされてしまう。日の差さない世界では何者も生きてはいけない。地上から生命が無くなれば、死後の世界にある魂は二度と地上へ登り新たな命となることが出来なくなる。つまり世界の死だ。


守るべきものを、守らねばならない。






「あぁ、女神よどうか乱心召されぬよう…」


我輩は小さく祈った。

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