1話:哀しい
まだグロくないです
勇者が殺されてしまいました。
私を崇める祭祀場の前で、殺されてしまいました。
誰にも信じてもらえず、辛かったでしょう。首を切り落とされ、痛かったでしょう。
勇者の頰を優しく撫でてみたけれど、冷たくて、それがあまりにも哀しくて、哀しくて。
女神ともあろうものが、涙をこらえることが出来ませんでした。
祭祀場では、私の力で人々を蘇生させることが出来ます。魂が肉体と強く結びついていれば、それをあるべき場所に戻すことが出来るのです。
勇者の魂は、肉体に留まってはいるものの、結びついておらず、ただ縋り付いているだけ。罪人として処刑された者は、私の力でも蘇生させることは出来ません。これは大昔に人間と共に決めたルールであり、私にとって数少ない制約の一つです。
人間に幸あれと決めたルールを、こんなにも恨めしいと思ったことはありません。今にも消えてしまいそうな魂を、元の器に戻す。たったそれだけのことなのに。
私は勇者の魂をそっと手に取り、撫でた。小さな魂を、小さな生き物のように。まだ温かな、心優しい魂。私の愛しき人の魂。
生き返らせることが出来ないのなら、せめて安らかにあれ。
幾重にも折り重ねた、ゆりかごにも似た魔法で魂を包む。外がどんなに過酷でも、私と共にいれば優しい夢を見続けることが出来る。私がいなくなっても安心して死後の世界へと旅立つことが出来る。
それを更に聖石英に封じ込め、紐を通し首にかけた。いつも一緒にいるために。聖石英は私の涙とから生まれる、現世では砕けない奇跡の鉱石。ゆりかごを守る鉄壁の城塞であり、中にいるあなたを見守ることが出来る透明さもある。
しばらくは、このままで。あなたと共に居させてください。あなたには、死後の世界より優しい安らぎが必要なのです。
あなたの魂は、これで大丈夫でしょう。あなたは受けた傷を充分に癒し、守ってくれるこの石の中で、少しの間目をつぶっていてほしいのです。
私が今から始めることを見ないように。