勇者の処刑
「これより、勇者ラゼル・ロードラントの処刑を執り行う!!!!」
王国の祭祀場前にて、勇者の処刑を観る為に大勢の人間が集まった。彼らの目は怒り、哀しみ、そういったもので満ちていた。王国中誰もが、勇者を許さないだろう。
勇者は、あろうことか自分を恋い慕っていた姫君を殺したのだ。愛らしく聡明で、民の事をとてもよく考えてくれた人。王国にとって欠けてはいけない人。誰もが愛した人。そんな姫君を、ただ「邪魔であったから」という理由で殺したのだ。
断頭台にかけられながらも、勇者は言う。
「私は姫を殺してなどいない!」
この発言は、普段であれば信用に値するものだ。産まれた頃から女神の寵愛を受け、誠実に勇敢に育て上げられた彼は、誰よりも優しく、強く、人々に希望を与える存在だった。人間を脅かし、滅ぼさんとする魔王を倒せるただ一人の人間だった。共に行かんとする仲間達との仲も非常に良好、誰にでも好かれる者であった。
しかし、彼は次第に闇に魅入られるようになった。魔王をルーツとする闇の魔法に手を染め、いつしか魔王に仕えようとさえ思うようになってしまったのだ。勇者を制止しようとする仲間を疎ましく思い始め、一人で行動することも多くなった。国王の城へと忍び込み、怪しげな儀式をすることもあった。国の宝をいくつも盗んだ。そして、密かに魔王と会い、協定を結んだ。
勇者は国を捨てたのだ。
民衆から石を投げられてもなお、勇者はいつものように誠実で、まっすぐな声を上げ続ける。
「信じてくれ!私は、私は何もしていない!国を害することもしていない、姫を、シェリエを殺してもいない…いないんだ…信じてくれ…!」
大粒の涙を流し、悲痛な表情を浮かべている。断頭台に拘束され、下を向いた顔からは、ぼたぼたと涙が落ち、下に小さな水たまりを作っている。
かつて仲間だった者たちは、彼の言葉に耳を貸さない。押し黙っている者、悔し涙を浮かべる者、軽蔑の視線をぶつける者…皆、勇者を恨み、処刑が成されるのを静かに待っていた。
国王がローブの裾から何かを取り出し、民に示す。すると民衆がそれに注目した。
それは、国に伝わる国宝の一つ、「真実の石」。相手が悪しき心の持ち主であれば石の色が黒ずみ、相手が嘘をつけばさらに黒く光るというもの。黒い光は悪しき者の象徴であり、罪の証。真実の石は相手の良し悪しを見極める精度が極めて高く、相手の罪を示す為に使われるものである。
かくして、真実の石は黒く淀み、光り出した。勇者の性根は腐り果て、勇者の言葉は真っ赤な嘘であることが証明された。
民衆は沸き立つ。殺せ、殺せと声が上がる。この場の誰もが、裏切り者への制裁を望んでいた。
国王が手を上げる。騒然としていた場は張り詰めたように静かになった。皆が国王の手を、あるいは勇者を見る。
「死刑を執行せよ」
言葉と共に、国王が手を下ろす。それに合わせて、断頭台の刃が降ろされた。ドンという重い音と共に勇者の首が飛んだ。
物悲しく首が落ち、転がる。少しの静寂の後、民衆は声を上げた。勇者は報いを受けたのだ!
勇者は死んだ。誰もが望んだ死であった。
処刑が終わり、片付けられていく。
勇者の死体もすぐに下げられ、民衆も去っていった。
早く勇者の代わりを探さねば、とばかりに足早に進む時間の中、ただ一人だけが取り残されていた。
その者は、埋葬されるために一度切られた首を縫われ、祭祀場地下の死体安置所に横たえられた勇者の前に佇んでいた。