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 カルゴに手紙を押し付けられてから三日、サラは抱えていた書物を机に置いてふう、とため息を吐いた。


「サラさん、重たい物があったら僕に言ってくださいよ」


 そのため息を疲れからと取ったらしい、上司の青年ルクロスが声をかけてくれる。見回りついでに仕事を手伝ってくれる彼は、年増にもやさしいできた上司だ。


 たしかに若いころよりも疲れるのが早くなったが、いまのため息は違うと、慌ててサラは首を横に振った。

 

「いいえ、ちがうんです。本は言われたとおり分けて運んでいるから重たくないんですけど」

「けど? なんか困りごとっすか? 僕でよければ相談に乗りますよ。これでも書庫主任っすから、部下の悩みを聞くのは仕事のうちっす」


 からりと笑って言ってくれるルクロスは年若く親しみやすいが、こう見えて貴族だ。

 サラの悩みに解決の糸口を与えてくれるかもしれない。悩みを聞くのは仕事のうち、と言ってくれたことばに背中を押されて、サラはおずおずとくちを開いた。


「あの、王弟殿下に関係することなんですけれど……」


 伴侶探しについてルクロスがどこまで知っているかわからなくて、サラの口調はついはっきりしないものになる。

 カルゴが重要な秘密を漏らすとも思えないが、万一ということもある。探るようなサラの物言いに、ルクロスは気を悪くしたようすもなく「ああ」とうなずいた。


「そろそろ結婚するとかで、招待状を配ってるらしいっすね。なんでも庶民限定だとか」

「ええ、そうなんです」


 ルクロスが知っていたことにサラがほっとしたところで、彼はぽんと手を打った。


「あ、もしかしてサラさんにも来たんっすね? 招待状」

「はい、それで……」

「それで悩み事っすね。だったら仕事というか、王家に関することですからますます僕が聞かないわけにいかないっすね。こう見えて、貴族っすからね!」


 にこっと笑ったルクロスに促されて、サラは書庫の入り口付近に移動した。開け放たれた扉のそばには、本を借りる者が待機する用の机と椅子が置かれている。

 お客さま用だから、と遠慮するサラの肩を押して座らせたルクロスは、扉に背を向けてサラの向かいに腰を下ろすと話を進める。


「それで、何を悩んでるんすか? 意中のひとがいるから参加できない、とか?」


 にこにこと嬉しそうに言うルクロスにサラはいいえ、と首を横に振った。


「いいえ。殿下からのご招待をお断りできるとは思ってないです。ただ、参加するにしても何を着て行けばいいのかと……」


 サラの悩みを聞いたルクロスは、なぜか笑顔のまま固まった。いや、悩みを聞く前、サラが首を横に振った時点で固まっていたような気がする。


「おわ、まずった。片思いだったのかあのガーゴイル。あんな凶悪な顔して牽制してるくせになにしてんだ」

「あの、どうされました?」


 固まった笑顔のままぶつぶつとつぶやきはじめたルクロスに、サラは首をかしげた。

 途端に、はっとしたルクロスがにこーっと笑顔を深くして首をぶんぶんと横に振る。


「いやいやいやいや、なんでもないっす! それで、着ていくものでしたっけ? だったらあの、サラさんと仲の良い王弟補佐官がいたと思うんですけど」


 急に声を大きくしたルクロスに目をぱちくりさせながらも、サラはこくりとうなずく。

 サラとカルゴが親しくしているのは周知の事実だ。


「カルゴですね。相談しようと思ったんですけど、なかなか会えなくて。お茶会の会場の手配をしなくちゃいけないと言ってたので、お仕事が忙しいのかな……」

「あー……はいはい、なるほどなるほど」


 サラの説明を聞いてルクロスはうーん、としばし悩んでいるようだった。

 

「日頃はガードが固いくせになんでこう大事なところで抜けてるのかな、あのガーゴイル。お茶会の参加者がお仕着せでいくわけにいかないし、かと言って僕がサラさん連れて服買いに行ったなんて知れたら縊り殺されるし……」


 ひとりごとをつぶやいたルクロスは、ぺちん、とひざを叩いて顔を上げた。


「わかったっす。僕が場所と仕立て屋を手配するっす」

「え?」


 年下上司の思わぬことばにサラは目を丸くした。

 そんなサラに構わず、ルクロスは続ける。


「僕の婚約者に頼んでいっしょに服を買いに行ってもいいんすけど、サラさん気おくれするでしょ。だから、僕が仕立て屋を呼ぶんでサラさんは時間と体だけ空けといてもらって……」

「なんの話をしておいでか」


 ルクロスのことばを遮って、ぬっと姿を現したのはガーゴイル、ではない。眉間のしわを通常の三倍に深くきざんだカルゴだ。


「げっ、ガーゴイル……じゃない、カルゴ・イール第二補佐官!」


 飛び上がったルクロスの引きつった顔に、カルゴが怖い顔をずいと近づける。


「書庫統括主任におかれましては、ご機嫌麗しいようでなによりです。つかぬことを伺いますが、ただいまサラ第三書庫整理係となんのお話をされていたのでしょうか? 私の耳が確かなら、体をどうのこうのと」

「ままま、待ってください! 誤解っすよ! 誤解! ねえ、サラさん!?」


 ずいずいと詰め寄るカルゴが強面とは裏腹に丁寧に問いかけると、ルクロスの顔はぐんぐん青ざめていく。

 その理由に気が付いて、サラはうしろからカルゴの腕に手を伸ばしぎゅっと握った。


「手が冷たい……カルゴ、あなた寝不足ね? くまができて怖い顔がますます怖くなってる。ルクロスさまも驚いてる。お仕事はまだ休めないの?」

「いや、終わらせてきた。きょうはもう帰って寝られる」

「よかった! じゃあ、はやく帰って休まなくちゃ……?」


 疲れをため込んだ幼なじみの背を押すべく、彼の腕から離した手を握られてサラは声を途切れさせた。

 腕だけではない、カルゴは昔とは比べものにならないおおきな図体でサラにのしかかるようにしてくる。


「あー、はいはい。サラさんは王弟殿下からの招待状に関することで早退っすね。許可しますから、あとで補佐官のサインくださいっすよ。あと、大事にしすぎて手を出せなくなるのはどうかと思うっすよ」


 覆いかぶさるカルゴのせいで見えないが、呆れたようなルクロスの声だけが聞こえる。

 重たいカルゴを支えるので精いっぱいのサラは返事ができないし、カルゴは「ぐ……」と唸るような声をもらすだけだ。相当に疲れているのだろう。

 サラはルクロスの好意に甘えてカルゴを住まいまで送っていくことにした。

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