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 仕事中、ふと見下ろした窓の向こう。そのひとの姿を見つけて、サラはつい窓辺に近づいた。

 

 活き活きとした緑のなか咲き誇る薔薇を背景に、金髪青目の偉丈夫が立っている。


 –––王弟殿下だ。


 隣にいる強面の補佐官相手に甘い笑顔を見せるそのひとは、物語の王子さまに色香をてんこ盛りにして渋みを加えたような姿をしている。年齢も、王子さまというには少々年かさだ。

 けれど内面も、外見を裏切らない人格者だと話に聞いた。


「すてきね……」


 遠い王子さまの姿を見つめながら、サラはほう、とため息をついた。


 王子さまに憧れを抱いているけれど、サラは四十回目の誕生日を迎えるおばさんだ。

 自分のことを王子さまが迎えに来るだなんて夢は見ないし、王弟殿下のとなりに立ちたいと思ったことさえない。


 それどころか、この歳になっても独り身の自分は、生涯独身を貫くことになるだろうと覚悟を決めていた。

 独身以前に天涯孤独、身寄りのないサラを祝ってくれるのは、今年もただひとり。サラの幼なじみのカルゴだけだ。




 誕生日を迎えた今日、勤め先の城のそばにある寮の裏手に呼び出されたサラは、すこし遅れてやってきたカルゴと向き合って立っていた。

 

「サラ、祝いの品だ」

「まあ、ありがとう。うれしい」


 平坦な声とともに差し出されたのは、四角くてすこし厚みのある紙包み。きっとサラが読んだことのない本だろう。

 カルゴから受け取る三十個めのプレゼントに、サラはこんなおばさんに贈り物をさせるなんて、と申し訳ない思いを抱えながらほほえんだ。


 彼との付き合いはもう三十年。

 ちいさかった少年が見上げるほどに大きくなって、それでもまだ自分と親しく付き合ってくれているとは、出会った頃には想像もしていなかった。

 時の流れに思いを馳せたサラは、七歳のカルゴがはじめてくれたプレゼントを思い出してくすりと笑う。


「なにを笑っている」


 眉間にしわをよせ、くちをへの字にしたカルゴがじろりと見下ろしてくる。

 多くのひとに恐れられ、影では「ガーゴイル」とあだ名されるだけのことはある怖い顔だが、サラにとっては見慣れた顔だ。


「あなたがはじめてくれたプレゼントを思い出してたの。手のひらいっぱいのダンゴムシ」


 くすくす笑いながら言えば、カルゴの眉間のしわがますます深くなった。ぎりぎりと噛みしめた歯までむき出しにすれば、いよいよ城の外壁に彫られた石像の怪物、ガーゴイルじみてくる。


「あれは忘れろ」

「いいえ、そうそう忘れられない。だってわたしが『かわいい虫』って言ったからって近所中のダンゴムシを集めるなんて」


 両手いっぱいのダンゴムシを見たときは、気持ち悪さについ青くなってしまって彼を困らせたけれど。

 いっしょうけんめいに集めてきてくれた気持ちを思えば、うれしさに胸があたたかくなった。


 それと同時に、いつまでもカルゴの好意に甘えていてはだめだな、とも思う。

 身寄りのないサラを哀れんで、三十年も欠かさず誕生日を祝ってくれる彼を解放してあげなければ。男盛りの彼をこんな年増に縛り付けていてはいけない。

 仕事を得てひとりで暮らしていけるいまをもらっただけで、満足しなければ。


 サラが密やかな決意を固めるのと、カルゴが懐から何かを取り出すのは同時だった。


「なあに?」


 差し出されたのは一通の手紙。

 シンプルながらもセンスのいい封筒には見たことのある封蝋印が押されていた。


「これ……王弟殿下の。でも、どうして宛名がわたしの名前?」

「開けてみろ」


 手紙とともに取り出したペーパーナイフを差し出しながら促されて、恐る恐る封を切る。

 取り出した一枚きりの便箋を広げて、サラは目を丸くした。


「王弟殿下の婚約者探し……? そんな催しに、どうしてわたしが?」


 サラが仕事中につい見とれてしまった王弟殿下は御歳四十三。王たる兄を支えることを第一に、独身を貫いている人格者だ。

 立派な体躯に整った顔を持ち、そこに歳を重ねた者特有の色香を重ねた王弟はひそかにご令嬢がたの人気を集めている。

 そんな貴人の印が押された手紙をカルゴが持っていることに、不思議はない。

 なぜなら彼は王弟殿下の第二補佐官なのだから。本日、仕事中のサラが窓から見ていた王弟殿下のとなりにもカルゴの姿はあった。


 ゆえに、カルゴの持ってきた手紙は本物に違いないが、雲の上の存在であるはずの王弟殿下がなぜ、爵位どころか家名も持たない城の書庫整理を婚約者探しの催しに招待するのか。


 疑問でいっぱいのサラが見上げれば、カルゴは心得たとばかりに答えてくれる。


「先日、王の末子が成人したのは知っているな? 第三皇子だ」

「ええ」

「これで王の直系の三男二女が全員、王位継承の権利を得たわけだ。それを受けて王弟殿下は、継承権を放棄しても問題ないと判断された。そろそろご自身の伴侶を得たい、と」


 王弟殿下が兄王を敬愛していることは広く知られている。無益な王位争いを避けるため婚約者を持たない、と公言されていたことも城勤めの者ならば誰もが耳にしているだろう。

 けれどそれとサラがパーティに呼ばれることと、どう関係するのか。


 ぱちぱちとまばたきをしながら聞いていたサラの様子で、まだ理解できていないと伝わったのだろう。カルゴが続ける。


「殿下は長らく、王侯貴族と庶民との垣根を低くしたいと考えておられた。前王が行った庶民への教育の普及にも、たいへん理解があってな。おかげで俺も起用されたわけだが」

「そうね。とてもありがたいことだった。わたしがいまここで働けているのも、カルゴに出会えたのもその教育普及のおかげなのだし、感謝しなくちゃ」


 孤児だったサラが読み書きを覚えられたのは、その教育普及の先駆けとして行われた試みによるものだ。

 終了後は城で働くことを条件に無償で提供された教育。教育を施す側であった商人の子で生徒にまじり、教わる者としての姿勢を示してくれたのがカルゴだ。


 つまり、前王の試みのおかげでサラは終生の働き口と、強面だけれどやさしい幼なじみを得られたことになる。

 常に抱えている感謝の気持ちのままに顔を緩ませれば、なぜかカルゴはくちをへの字にして横を向く。

 

「そうか、俺と会えたことにも、その、感謝しているのか」

「ええ、もちろん。あなたとは長い付き合いだし、まるで弟みたいに思っているのよ」


 幼いころから互いを知っているカルゴは特別な存在だ。身内のいないサラにとって家族のように思っている、という気持ちを込めて告げれば、なぜかカルゴの眉間のしわがぐっと深くなる。

 それを見上げたサラは、図々しかったかと慌ててことばを付けたした。


「ごめんなさい。あなたがいつもよくしてくれるから、つい」

「いや、いい」


 そう言いながらも、カルゴの顔はまさにガーゴイルのように厳めしくしかめられてしまっている。

 けれどサラが謝罪を重ねるよりも前にカルゴがくちを開く。


「とにかく、殿下は庶民のなかから伴侶を得たいとおっしゃられている。サラのほかに呼ばれるのもみな、商家の娘や教会で教師をしている女ばかりだ。集まって茶を飲むだけの気楽な場だが、俺たち補佐官が会場全般の手配をしている」


 つらつらと告げられる情報を聞き漏らすまいと、サラはうんうんうなずく。

 これ以上カルゴの機嫌を損ねて顔を怖くさせてしまっては、このあと彼とすれ違うひとたちに気の毒だ。


「それなりにきらびやかな場になるはずだ。気楽に参加すればいい」


 言うだけ言って、カルゴは背を向けてさっさと歩いて行ってしまう。

 サラは手の中に残ったプレゼントと手紙を手に、彼の背を見送ることしかできなかった。

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[一言] なんとまあ、初っぱなから気になる展開だ!
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