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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
9/43

9.ゾンビじゃない人と宿場町

今回も微妙に残酷な描写がございます。

苦手な方はご注意くださいませ。

「ぞ、ゾンビ!?」


 この辺りで死体系の魔物を見ることは珍しい。

 近辺でまず見ることのないゾンビを想像したカズヤは、慌ててずた袋から距離を取る。


 幸いにも、袋に入れられたゾンビ(?)は自由に動くことはできないだろう。

 

 カズヤは、ゆっくりとゾンビ(?)に近づく。


 剣を鞘ごと抜いて、鞘にゾンビによく効く聖属性を纏わせる。

 その聖なる鞘でつんつんとつついてみる。


 袋の口から覗く腕は、触れてくる鞘を求めるように動いている。


 その反応には、なんだか生気があるようで。


 ゆっくりと近づいていく。

 剣はいつでも抜けるようにしてある。


 慎重に腕の傍にしゃがみ、もう一度手首を掴んでみる。

 グローブを外し、手首の内側の親指側に指を当ててみる。


「大変だ、脈があるぞ。」


 緩慢だが、動脈から鼓動のリズムを感じた。


 ずた袋の口を縛るロープを切り、中身を引っ張りだそうとするも、滑って上手く引っ張り出せない。


 なので、傷つけないように注意しつつ、ナイフで袋を裂く。


「うっ。」

 カズヤは思わず息を止める。

 ずた袋から出てきた女性の惨状に、吐き気を催したのだ。


 カズヤは襤褸布のような服を纏った彼女を背負うと、大急ぎで幌馬車のもとに戻った。




「老師様、老師様!!」

 カズヤはシエルラを揺り起こそうとする。


「ぐーぐー、むにゃ。」

 シエルラは起きない。


 シエルラもまた怪我人なのだが、今は緊急事態だ。


 天に向けられた、巨体のわりに小さな後ろ足を拘束し、足の裏をくすぐる。


「きゃんっ!?あ、あっ?んあっ!?」


 涎を垂らしつつ、悩ましい声を上げてシエルラは跳ね起きた。


「シエルラさん、急患!!起きてください!」


 勢いよく目の前を通過した角を避けつつ、カズヤは急き込むように言った。


「ですから、カズヤ君!?竜人族にとって後ろ足はですねえ!!!……急患?!」


 耳まで真っ赤になりながら抗議しようとしていたシエルラは、カズヤに背負われたボロボロの人物を見ると、とたんに顔を引き締める。


「路上に倒れてたんだ。見てやってください。」




「…私に出来るだけのことはしました。後は、この方の体力次第ですね…。」


 シエルラの迅速な手当てで、ずた袋に閉じ込められていた女性はなんとか一命をとりとめた。

 大きな傷は縫い合わせたし、高価な薬もふんだんに使った。

 しかし、意識は未だ戻らないし、危険な状態だ。


「最寄りの町までは3時間でしたか?それなら、一旦この方の体を温めないといけませんね。」


 体内の温度を測っていたシエルラは、指を拭きながらそう言った。


 湯を沸かしたカズヤは、それに水を混ぜて人肌より少し熱い程度まで冷やす。

 そうしてできたぬるま湯を、水を漏らない皮袋に詰め込む。


 即席の湯たんぽを作ったのだ。


「毛布、毛布…。」


 整理が苦手な性格が災いしたようで、シエルラは荷物をひっくり返しながら毛布を探している。


「これだけあれば、足りますかね?」


 一方で、アイテムストレージのスキルを持ち、それをきれいに整頓していたカズヤは、清潔な毛布を5枚ほど取り出していた。


「そ、そんなにどこから…。十分だと思います!」


 シエルラはカズヤから毛布を受け取ると、それを横たわる女性に掛けていく。


 女性は、生きていたのが信じられないほどの重傷だった。


 明らかにリンチを受けたであろう打撲傷、踏み砕かれた指骨、鈍器で強く殴られたことによるいくつもの骨折。


 刃物で切られたのか、幾つもの切り傷が付けられている。

 子はもう成せないだろう。


 額から右頬を深く切り裂いた切創は、眼球まで到達していた。

 傷を負ってからずっとあの状態だったのだろう。

 壊死が酷い右眼球は、摘出せざるを得なかった。


「…。」

「…。」


 二人は沈黙した。


 外は真っ暗だ。

 雨音は少し弱まっている。

 二頭のフォースマは、慌ただしい人間たちに対して、我関せずといった様子で眠っている。


「…。」

「…。」


 二人は無言で女性を看病する。

 時たま、シエルラの指示の声が飛ぶ。


「…よし。後は安静に寝かしておきましょう。いたたた。」


 伸びをしたシエルラは、うっ、と呻いて胸を押さえる。

 彼女もまた怪我人、無理は禁物なはずだ。


「だいぶん良くなっては来たんですけどね…。カズヤ君、いったん休憩しましょう。ごはん、食べませんか?」


 シエルラは、沈鬱そうな表情のカズヤにそう言って、立ち上がった。


「そういえば、まだだったんだ。準備するのでじっとしてて下さい。」


 あの惨状を見た後ではあるが、飯は食わなくてはならない。

 立ち上がったシエルラを座らせると、カズヤは作っておいたスープを盛り付けた。


「洗い物が面倒なので、炒め物はこの皿からつまんでください。パンはいい感じに焼けてると思いますよ。」

「おー、美味しそうですねー!じゃあ、いただきまーす。」


 ランタンのほの暗い明かりで照らされた炒め物は、ほんの少しまともに見えた。


「…。」

「…。」


 スープのすじ肉を口に含んだシエルラと、レバーと野草を同時に口に放り込んだカズヤは沈黙した。


「…婉曲的に言って、あんまりおいしくないです。」

「十分ストレートだと思うけど…。不味いのは認めます。」


 噛み切れないすじ肉と、生臭く脂っこいレバーは不快でしかなかった。




 朝焼けの中を幌馬車が走る。


 石畳の隙間に潜む虫を啄んでいた鳥が慌てて飛び立つ。


「揺れてません?」


 御者であるカズヤは、包帯でぐるぐる巻きの女性の傍らに座るシエルラに尋ねる。


「衝撃吸収機構がいい仕事してますねえ。大丈夫そうですよ。」


 女性の無事な方の瞼(無事とはいっても腫れあがっている)を上げ、意識が戻っているかを確認しながらシエルラは答えた。


「意識はまだですね。でも、思ったよりも安定してます。絶対に、近いうちに意識が戻るはずです。」


 彼女は50年間培った経験から、自信をもってそう言った。


 間もなく、教会の尖塔が見えてきた。



「すみません、重症の人がいるんです!」


 町の入り口を守っている鎧姿の男性に、カズヤは訴えかける。


「どれ、見せてみろ。」


 門番の彼は、重症と聞いて幌馬車の中を覗き込む。

「こ、こりゃひどいな…。よーし、入ってくれ!俺は医者を呼んでくる!!!」


 男性は、包帯でぐるぐる巻きにされた女性の姿を見ると、大急ぎで走って行った。


 『なんだなんだ』、と、近くに住む住人たちが出てくる。

 早朝と深夜に入ってくる旅人は、たいてい町に何か刺激を持ち込んでくるものだ。


 町人たちは、馬車の中に横たわる怪我人を見て息をのんだ後、その傍に座る美しい竜人を見て息を吐き出す。

 朝日の中で、灰白色の長髪と鱗が神々しく光っている。


「ああ、どこかで見たと思ったら、老師様か!」


 シエルラのことを新聞で知ったのだろうか。

 純人間の国の外であるのにも関わらず、彼女を知っている様子の野次馬が声を上げる。


「ああ、本当だ。噂に違わずお美しい…」

「とすると、この御者は…」

「こんな冴えない男が…?羨ましい…」


 好き勝手なことを言い出す野次馬たち。


「どれが急患じゃ?あんたか?」

 駆けつけてきた白髪の医師が、野次馬の一人を指差す。


「え、い、いや。」


 刺された町人は、まごまごしながら他の野次馬の後ろに隠れる。


 奇しくも、馬車の前に道ができるかのように野次馬たちが避けていく。


「全く…。さあ、見せてみなさい。」


 垂れた犬の耳を動かしながら、医師は診察を始めた。


「ふむ…。よし。みんな、道を開けろ!!うちの病院まで案内する!」




「素晴らしい処置でした、老師様。」

「い、いえ。手元に運よく道具があったものですから。」


 医院の持ち主の医師が、シエルラに頭を下げている。

 シエルラは正直、素顔を晒した上で老師と呼ばれ続けることに、モヤっとしていた。


「骨折部位はともかく、打撲傷や切創はもう治りつつある兆候が表れております。老師様は、王都の方でも摩訶不思議な薬で症状を直してきたと聞きおよんでおります。」

「そ、そうですか。」

「こちらのお嬢さんも、あと3週間も安静にしていれば、歩けるようになるでしょうな。」


 心底感心したように、犬耳の老人医師はシエルラの手腕を褒めちぎる。


 王国でもよくあったこととはいえ、ずっと褒められ続けていると、なんだか居心地が悪い。


 女性の容体は安定してきている。


 医院に辿り着いてからは、塗り薬を塗りなおしたのと、消毒を兼ねて包帯を変えたことぐらいしか治療を行っていない。


 医師の言う通り、シエルラの的確な治療行為が実を結んでいるのだろう。


「わ、私の専門は医師ではありませんから、念のためしっかりと検査してあげてくださいね。」


 今にも手を取ってきそうな医師に女性を任せて、シエルラは医院から出た。


 何が起こっているのか気になって仕方がない様子で医院を覗き込む野次馬たちの向こうで、カズヤが朝食を買っているのが見えた。


「毎度ありぃ。こいつはオマケだ。怪我してる嬢ちゃんに食わせてやんな!」

「多分、まだ食いもんは喉を通んないと思うけどね。どうもありがとう。」


 クレープのようなパンのような、よくわからない小麦製品を3つ受け取ったカズヤは、微妙な顔で屋台を立ち去る。


「おーい、カズヤ君。」


 にょろにょろと、その後ろ姿に這い寄るシエルラ。


「…思ったんだけど、老師様をやってた時はどうやって歩いてたんですか?認識阻害魔術?」


 這い寄って来る大蛇のような姿にさらに微妙な顔になりつつ、カズヤは尋ねた。


「いやいや。こうやってたんですよ。」


 シエルラはそう言うと、にょろりと下半身を折りたたんでいく。


「え。き、きも…」


「きも?」

「きも…ちいい朝だなぁ。」

「そうですねー。…そうなんですかね?」


 折りたたまれていく様子を見ていたにもかかわらず、どうなっているのかさっぱりわからない。


 ただ、シエルラは、謎の技術で下半身をあたかも二足かのように折りたたんだ。


「後は、この足をズボンに通せば完成ですよ!」


 シエルラはそう言って胸を張る。


 重そうに揺れるソレに、町行く男だけでなく町娘たちも目を奪われている。


「へー、すげー。…あの人についてはよくわかりませんでしたよ。」


 聞かなきゃよかったなぁ。

 カズヤはそんなことを考えつつ、その話を流す。


 カズヤは、シエルラが医院に行っている間に、重症の女性のことを調べていた。


 どうせこの辺りの人間ではないだろう、と高を括りつつ向かった役所では、案の定何の情報も得られなかった。


 仮に彼が犯人でも、町の住民を、身元が割れやすい近郊の街道に放置したりはしないだろう。


 また、もし彼女のように目立つ人間をわざわざ放置するなら、住む町の傍に捨てる意味は『見せしめ』ぐらいしかない。


 カズヤが拾った女性の髪の色は、外側が黒色に内側がオーシャンブルーのインナーカラーだった。


 この世界においては、ごく稀に地毛がインナーカラーの人間が生まれることがある。

 インナーカラーをもった人間は、たいていの場合、どこかの分野で優れていると言われている。


 極小魔生物を発見したパスツールという男は、赤い外髪に灰色のインナーカラーだったという。



 …話が逸れた。


 ともかく、黒青のインナーカラーを持った女性は、この町の住人ではないのだという。

 この町でその姿が見られたことはないらしいし、近辺の冒険者ギルドや商人ギルド等で活動していたデータもない。


 ちなみに、インナーカラーの者は、冒険者になる傾向が高いという研究データが出ているそうだ。


「…と、いうわけで。この人が何処からやって来たのか、何をしていた人なのかもさっぱりですよ。」


 カズヤは肩をすくめて両手を広げた。


 女性は身元を特定できそうな者をほぼ何も持っていなかった。

 財布もなければ身分証明書もない。

 纏っていたのはボロボロの布切れのような衣服。


 唯一手掛かりになりそうな物といえば、謎の金属板だった。


 その金属板は、6cm×6cm程度の大きさの、丸みを帯びた形をしている薄い板だ。

 表面には花や魚が彫刻されており、中央には細く長い穴が開いていた。


 投擲武器にしては軽いし、貨幣にしては大きすぎ、意匠が凝りすぎている。

 メダルか何かだろうか?


「なるほど、そのメダル?が何か判ればヒントになるかもしれませんね。まあ、あの方が目覚めさえすれば、全部解決すると思いますけど。」


 シエルラはそんな報告を聞いて、思わずため息をついた。

ちなみに、シエルラさんの今の服装は動きやすい黒シャツに長い黒スカートです。

身体の構造上、ズボンを上手く履けないので。

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