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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
8/43

8.ずた袋

ちょいグロかもしれません。

 カズヤとシエルラを乗せた馬車は、ゆっくりと進んでいく。

 二頭のフォースマは、もっと速く走りたくてうずうずしているようだが。


 天気は深い霧の出た曇り。


 街道を挟んでいる木々の真っ黒な影が、なんだか気味悪い。

 

 風の音か、生き物の動く音か。

 たまに得体のしれない何かが、ガサガサと音を立てているのが聞こえてくる。


 カズヤはたまに2頭のフォースマに指示を出す。

 テイマーの適性があるものであれば、魔物と意思疎通ができるというが、残念ながら彼の場合はそうはいかない。


 たまに森の中の何かに気を取られるフォースマたちに鞭を食らわせて操作している。


 一方でシエルラはというと、仰向けに寝そべりながら、調合に使う素材を潰している。


 蛇のように長い下半身を用いて、袋に入れた素材を砕いているのだ。



 たまに馬車の前に飛び出してくる魔物たちを追い払うこと以外に、なかなか変化が見られない道中である。



「あー、この調子だと降ってきそうだ。早いとこ宿場町に辿り着きたいですね。」


 生暖かい風を感じたカズヤは、後ろで作業をしているシエルラに声をかけた。


「さっき、今日は降らないって言ってませんでした?」


 鉱物の入った袋を器用に締め付けながら、シエルラは答える。

 ビシビシ、バキバキという音を立てて、硬い鉱石が砕けていく。


「けっこう締め付けが凄いんですね。」

「…なんかセクハラみたいに聞こえるんですけど。」

「そんなつもりはないんだけどなぁ。」


 カズヤは、電子機器に欲情するタイプの人間である。



 二人を乗せた馬車は、のんびりと進んでいく。



「こりゃダメだ。本格的に降ってきた。」


 バラバラと幌に当たって弾ける雨粒。


 カズヤは思わず呟いた。


「おかしいなぁ、今日は晴れると思ったんだけど。」


 冒険者ギルド王都第三支部では、カズヤの天気予報は当たらないことで有名だった。


 シエルラはというと、雨音を子守唄に眠ってしまったようだ。


 幌馬車は静かに進んでいく。


「宿場町までは遠いし、民家も無い。一旦どこかで止めるかな。」


 雨合羽を着せられた2頭のフォースマは、機嫌が悪そうに体を震わせている。


 運良く街道の湧きに開けた場所を見つけたカズヤは、そこに馬車を止める。


 アイテムストレージから、長い棒と撥水加工された大きな布を取り出す。


 四苦八苦しながら建てたテントは、フォースマたちが入っても余裕がある。

 昼食はドライフルーツと干し肉で済ませたので、夕食は少し手の込んだものを作ることにした。


 さっき倒したマガラボアのレバーと腿の塊を袋から取り出す。

 幌馬車の中に積んでいたので、取りに行くときにシエルラの尻尾を踏んづけてしまう。


「あぶねー。」


 シエルラが起きなかったのでセーフ。


 ついでに、粉末の岩塩と乾燥した香草を数種、布袋から取り出す。


「なんだこれ。」


 シエルラがなんでもかんでも雑多に放り込んだ布袋からは、色々な変なものが出てくる。


 あとで整理しておいてやろう。


 腿肉には多めの岩塩と、防腐作用のある香草を擦りこんでおく。

 砕けた香草は、思ったよりも鋭い。

 手を切らないように注意しないといけない。


 まんべんなく塩と香草が行き渡ったら、新しい袋に入れておく。塩漬け肉の仕込みの完了だ。

 これで当分は持つだろう。


 次に、レバーだ。


 足がはやいので、早めに使い切る必要がある。


 大きめにカットしたレバーを、水で薄めた酒に漬け込む。

 余分な血液を抜くためだ。


 血抜きに使った酒は使い道がないので側溝に捨てる。

 雨だし、変な魔物が呼び寄せられることはないだろう。


 血が抜けて灰色っぽくなったレバーは、水気をしっかり切っておく。


 レバーの入ったボウルを持って、二頭のフォースマのいるテントに移動する。


 地面が湿っていて火を起こすどころではないので、アイテムストレージから取り出した小卓の上で火を起こす。


 魔石コンロは便利だ。


 腿の塩漬けの処理の時に出た脂身を炒める。

「結構多いな…」

 少し獣臭いラードが、これでもかというほど滲みだしてくる。


 ラードの出切ったかすは取り出し、捨てておく。

 いったん火を止めて、その辺に生えていた、匂いの強い野草を放り込む。


 …菜物野菜は最後の方に入れるのが鉄則だと、正直思う。


 野草が油でテラテラになったところで、スキレットの脇の方に避ける。

 先ほど下処理をしたレバーを空いたスペースに入れる。


 ジュージューと音を立てて焼けていくレバーと焦げつつある野草。


 仕上げに香草と混ぜた塩を入れ、馴染ませて完成だ。


「できた。レバニラ風。」


 誰に誇っているのか、満足そうな顔でレバニラ風炒めを皿に盛るカズヤ。

 次はスープに取り掛かろうとしている。


 …その順番だと、炒め物が冷めてしまうではないか。


 それに、よく見ると、炒め物から赤いものが滲みだしている。

 明らかにレバーに火が通り切っていない。



 そんなことはつゆしらず、腿を処理したときに出たすじ肉を一口大に切るカズヤ。


 …さっきから見ていると、下処理が丁寧だったり、食材を切る大きさが均等だったりと細かいところで几帳面な割に、重要なところで雑なように思える。


 灰汁の強い野草、スピナチーを茹でる。

 灰汁抜きしているのかと思いきや、そのまま生のすじ肉や根菜を放り込んでいく。


 すじ肉が柔らかくなるころには、スピナチーは溶けてしまっているかもしれない。


 じっくり、弱火でコトコトとスープを煮込んでいく。

 蓋をしていないものだから、どんどん蒸発していく。



 次に取り出したるはパン生地。


 前もって仕込んでおいた記事を、時間が止まっているアイテムストレージで保存していたのだろう。


 ただよく見ると、発酵させる前の生地のように見える。


 …ま、まあ、発酵のいらないタイプのパンを作ろうとしているのかもしれないから。


「お、そうだ。」


 カズヤはポン、と手を打つと、アイテムストレージに手を突っ込む。

 取り出したるは、瓶に入った果物ジャム。

 ジャムパンでも作るのだろうか。


 …よく考えてみると、パン焼き釜があるわけでもない。

 カズヤは器用にデニッシュの形を作ったところでそれに気づいたらしい。

 …普通のパン生地(しかも発酵していない)でデニッシュを作ってもうまくいかないのではないか?


 シエルラがまだ眠りこけていることを確認して、再び焼く前のデニッシュをアイテムストレージにしまった。


 シエルラの眠り方もなかなかすごい。


 入眠したばかりの時には、「すーすー」という小さな寝息だった。

 眠りが深まった今では、「ぐーぐー」。

 文字通りぐーぐーといういびきをかいて眠っている。


 たまに、2m以上ある下半身がのたうち回っていて、積み荷を崩している。


 寝返りを打とうとしても、頭の角が引っかかって上手くいかないようだ。

 そういえば、シエルラの右の角は、カズヤを庇った(というか、避けようとしたカズヤの前にしゃしゃり出た)時に、欠けてしまっている。

 欠けたところから変な風に折れてしまう可能性があったので、右角は真ん中から切断していた。


 おっと。

 シエルラの方に目を向けている間に、カズヤはパン生地を木の棒に巻き付けていた。


 一口しかない魔石コンロは、スープ鍋でふさがっている。


 カズヤは手に持った棒巻きパンとスープ鍋を交互に見た後、スープ鍋をコンロから降ろした。


 コンロにアタッチメントを接続し、パンを立てる。


 暫くあぶっているうちに、パンから香ばしい匂いが立ち上ってくる。

 串を刺して中が焼けていることを確認して、カズヤはパンを皿の上に盛り付けた。

 スープの入った鍋はもう一度コンロの上に戻ってきた。


 しばらくやる事が無くなったカズヤは、テントの外を眺める。


 樹齢100年は超えていそうな古木の根元には、雨水を吸ってブリリアントグリーンに輝く苔が生している。


 木の幹には穴が開いており、おそらく小動物や鳥の雨宿りに一役買っていることだろう。


 森に積もった腐葉土は雨に晒され、独特の甘いような土のようなにおいを立てている。


 耳を傾けてみれば、リズムを刻む雨音。

 木の葉のそよぐ音。

 ふつふつと沸くスープ。

 フォースマのいななき。

 鳥の鳴き声。

 いびき。

「ぐーぐー。」

 シエルラはぐっすりと眠っている。


 雨音にはヒーリング効果があるというのは有名な話。



「さすがに、人通りが無いな。」


 霧が出ていて雨が降っている。

 こんな悪天候の街道には、盗賊も出てこない。


 やる事が無くなったカズヤは、ストレージから雨傘を取り出した。


「ちょっと辺りを見てくるよ。」


 フォースマたちには通じていないだろうが、一応声を掛けておく。

 

 雨の森は危ないので、街道沿いに歩いて行く。


 街道沿いは開けているので、下層植生が充実しているのだ。

 何か珍しい薬草を補充できるかもしれないので、カズヤは足元を見ながら進む。


 大気は灰色だ。

 

 雨粒を弾く草の葉は、まるで意思を持って踊っているかのようだ。 

 植物にとっては恵みの雨なのだから、ある意味では狂喜乱舞しているのかもしれない。


 舗装された石畳は水に濡れ、まるで鏡のように景色を反射している。


 側溝には勢いよく水が流れている。


「なんだあれ。」


 霧の中、カズヤは少し離れた街道の真ん中に、なにかの影を見つけた。


 落とし物のずた袋か、魔物の死体か。


 馬糞にしては妙に大きな影に、彼は眉を潜めた。


「馬糞なら水に流されてそうなもんだけど。」


 落とし物ならば、商人ギルドに届けよう。


 魔物の死体ならば、使えそうな素材をはぎ取ろう。

 

 人の死体ならば…。


「げ。」


 近づいてみれば、それは膨らんだ、()()()だった。


 ずいぶんと汚らしい袋だ。

 茶色い生地はボロボロで、ところどころ擦り切れたり穴が開いたりしている。

 赤黒い汚れは変色した血液だろうか。


「死んでるかなぁ…。」


 袋の口からは、青痣や擦り傷、切り傷だらけの人の右腕が飛び出している。


 乱暴に踏まれたのか、指の骨は砕けているように見える。


 唯一無事そうな小指から推測するに、女性だろうか。それも武芸を嗜んでいそうだ。

 剣士に特有の豆ができている。


「どうすっかなぁ…。」


 死体を乗せて旅などしたくはないが、宿場町はなかなか近い。


 放置しても魔物に食い荒らされるか、腐敗するかだ。


 …カズヤはこの時知らなかったが、死体はアイテムストレージに入れることができる。



 カズヤは迷った挙句、ずた袋に手を伸ばす。


 袋の口から飛び出した腕は、あきらかに持っていると邪魔になるだろう。


「うーん、ひんやり。」


 冷たい雨に打たれていたその肌は、よく冷えている。

 袋の中に腕を押し込もうと、手首のあたりを掴む。


「…思ったより柔らかいぞ?」


 死後硬直で固まっていると想像した間接は、想像以上に柔らかい。


 思ったよりも新しい死体なのか?

 それにしてはよく冷えている。


 カズヤが首を捻りながら、腕を押し込もうとすると。


「うわっ!?!?」


 ガシッ。


 バキバキに踏み砕かれた指が、カズヤの手首を掴み返した。

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