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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
6/43

6.挨拶回りと号外

一旦六話まで。

気が向いたときに不定期で更新します。

「本当に、出ていくのね。」

「うん。どうせ引っ越すつもりだったんだ。その予定が早まっただけだよ。」

 カズヤは荷造りをしている。

 引っ越し手伝いという名目で遊びに来ていた受付嬢は、ベッドの奥から出てきた絵を眺めながらそう言った。


「これ、何の絵?」

「電子基板だよ。」

「なにそれ。普通、こういうのってエロ本とかが出てくるんじゃないの?」

 受付嬢は、呆れかえったように電子基板の絵をピン、とはじいた。


「オカズには違いないよ。よいしょっと。」

 カズヤは処分予定の本棚を、重たそうに持ち上げた。


「ああ、重い重い。」

 よろよろとよろめきながら、木製の本棚が階段を下りていく。


 頬杖を突きながらベッドの上に腰かける受付嬢は、ため息をついた。



 チンピラ達からの損害賠償で、カズヤの貯金は目標額へと達した。

 エビ老師の後釜として期待されていた彼だが、実際のところ、エビ老師ことシエルラに製薬を学んだわけではない。


 また、5人の武器を持ったチンピラをモップ1本で撃退した話が、尾ヒレを付けて回遊しているらしい。


 必要以上に買いかぶられるようになってしまったし、不良たちによくケンカを売られるようになってしまった。

 


 どんどん居心地が悪くなっていく王国に、カズヤはさっさと出て行かないといけないなぁ、という思いを募らせた。。



 元カノの受付嬢は、魔動通信機のアドレスを手渡したのち、仕事があるとかでギルドに帰った。


 引っ越し手伝いとして実家から末の弟が派遣されてきたが、見え透いた魂胆が嫌だったし、もうほとんど準備が完了していたので、交通費の金貨3枚を握らせて帰らせた。



「本当に、出てっちまうのか?」

 支部長が、名残惜しそうな顔でカズヤを見た。


「ええ、まあ。ずっとそのつもりでしたから。この町には5年もいましたけど、まあ色々ありましたねぇ。」

 カズヤも、5年間世話になった支部の建物を眺めてみると、いまさら懐かしさが押し寄せてきた。


「君、覚えてるか?世間知らずのガキンチョが、『僕を冒険者にしてください』っつって。」

 長々と昔話を始めようとした支部長に、他も回るからと頭を下げてギルドを出る。


「…ったく。アタシは魔動装置に負けたってワケ?はあ。」

 支部長とカズヤのやり取りをカウンターから見ていた受付嬢は、頬杖を突きながら大きなため息をついた。

「そんなでかい溜息ついてたら、幸せが出てっちゃいますよ。」

 事故で相棒のバスを失ったギルは、そう言って彼女の肩を叩いた。



 カズヤは世話になった人々に、挨拶をして回った。


 どの人も、カズヤがこの国を出ると聞いて淋しそうな顔をしていた。


 実家のワイン蔵からその身一つで城下町に飛び出してきた少年は、もう立派な成人になっていた。



「さて、あとは…と。」

 カズヤは長い挨拶回りのうちに腰が痛くなってしまった。

 昼飯も食いそびれてしまったし、噴水広場の屋台で何か買って休憩することにした。


「いただきます。」

 周りには誰もいないが、なんとなく昔からの習慣で呟く。

 今日の昼食は、マガラボアというイノシシの魔物のステーキサンドだ。どこの肉を使ってるだとか、詳しい部位は気にせずに、大きな口を開けてほおばる。

 酸味のきいたソースが、ドライエイジングされたマガラボアの深い旨みを引き立てている。

 カンバーという、ぱりぱりとした触感が心地よい実のピクルスも入っており、青臭い風味が肉の香りと混然一体となって入ってくる。

 ソースもピクルスも酸っぱいが、マガラボアの強い脂に太刀打ちするにはこれでちょうどいいのだろう。これを、全粒粉の薫り高いパンが包み込んでいるのだ。


 一つの世界が、そこにはあった。


「美味い。」

 カズヤはまるでグルメ小説のような感想を思い浮かべながら、サンドイッチをほおばった。


 腹八分目まで食べたころで、紅茶を一服する。


「号外だよ、号外号外!」


 市場の傍にある、新聞社の建物から男が出てくる。

 彼は大声を張りながら、群がる人々に号外を売りつけている。



 カズヤは、この新聞社にいい印象を持っていなかった。


 この新聞社は、カズヤとシエルラの関係に関してあることないこと書き立て、今日のようにバラ撒いたという前科を持っている。

 

 どう考えてもつじつまが合わないこじつけばかりだったから、町の人々の反応はさんざんだった。

 冒険者ギルドだけでなく商人ギルドの方からも圧力がかかったと聞く。

 なにより、王家からも何らかの圧力を受けたらしい。


 記事を書いた記者と号外を担当した編集長は辞職し、生地の出た三日後に謝罪文が発表された。

 

 その後、新聞社は悪びれる様子もなく、フェイクニュースまじりの新聞記事を出し続けている。


 マスゴミの鑑だ。


 ちなみに、その事件の際に送られてきた謝罪料も、カズヤの引っ越しの旅費となったのだが。


「おう、兄さん。号外見たか?」

 花屋の店長が、興奮した様子でカズヤの横に腰かけた。


「僕はあの会社の新聞を取らないようにしてるんだ。で、なんかあったんです?」


 店長の差し出した新聞をのぞき込む。


『エビ老師、国外追放か!?』

 

 デカデカと大仰な文字でそんな見出しが書かれていた。


「ふーん。」

 カズヤは記事をざっと流し読むと、すぐに店長に返した。


「あんまり驚かないんだな。老師様とは仲良くしてたと思ったが?」

 花屋の店長は、意外そうな顔で彼の顔を見つめた。


「まあ、そうですけど…。それよりも、老師様が亜人だったのに、みんな冷静ですよね。おじさんも?」


 亜人との戦争は、未だ続いている。

 純粋な人間種しかいないこの国では、亜人に対する差別意識が根強い。


 そんな中で、エビ老師、すなわちシエルラだ。

 彼女は、その素性が知れ渡っていても、あまりマイナス感情をぶつけられてないように感じる。


「そうだなぁ。老師様は、俺が子供んときから世話になってたし、亜人って感じがしないんだよなぁ。それに、あの方の種族は竜人って言うんだろ?神様となんか関係があるのかと思っちゃうじゃねえか。」

 店長はそう言って、頭に手をやった。

 今年で31だという話だが、その毛髪はかなり後退してしまっている。


 この世界の法則を司る神は、竜だ。


「それにな、兄ちゃん。」

 口元に手を当て、店主は小声で語り掛ける。


「ずっとみんな、老師様は爺さんだと思ってたんだ。中からあんな綺麗な娘さんが出てきたら、怒る野郎なんていねえよ。」

 男はある意味、単純な生き物である。


「そんで、老師様だけど、この国を出なさるらしいな。しかも、それが明日ってことらしい。」

「へー。」

 カズヤは適当に相槌を打っておいた。



 そうして、しばらく店主のおじさんと世間話をしているうちに、腰の痛みも治まってきた。

「そろそろ僕は行きますね。アイスごちそうさま。」

「おう!うちの店にもまた寄ってくれよな。」

 店主は、そういって軽く手を上げた。


「あ、そうだ!僕、この国を出るんだった。おじさん、5年間ありがとうございました。機会があったらまた会いましょう。」


 そうして、挨拶回りが終わったカズヤは目覚まし時計をセットして就寝した。

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