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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
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38.呼び出し食らってやんの

はやく旅路に出たい


追記:2020/10/22 タイトル追加

 狩猟依頼から丸1日が過ぎた。


 町内で商業を行う許可証を無事手に入れたカズヤ・シエルラ・ジゼルの三名は、さっそく荷馬車を出店のように使って民間向けの薬や素材などを売り始めた。


 竜人の作った薬というだけでも需要があるのに、価格はお手頃で誰でも買うことが出来る。

 ついでにその作者が絶世の美女だというのだから集客効果がすさまじい。


 船乗りや商店街の男衆は勿論のこと、買い出しの主婦たちや冒険者パーティもこぞってシエルラの薬を買いに来た。


 初めはシエルラとカズヤの接客に対し、たまに指導という名の茶々を入れながら寝転がっていたジゼルも、あまりの盛況ぶりに商魂を刺激されてしまったようだ。


「こりゃあ、うかうか寝てられないね…。」


 荷台の一角に、何に使うのかわからないような骨董品を並べ立て、尤もらしい注釈をベラベラと語り立てる。

 そうして瞬く間に在庫を処分してしまったのである。


 確かにシエルラという規格外の美女が客寄せの一番の要因になったことは間違いないだろう。

 だが、系統は違うもののジゼルも間違いなく美人の部類に入る。


 それに、商人特有の商品を買わせるための話術はメンバーの中でも随一だ。


 カズヤは内心、そんなふうに彼女のことを評価していた。

 だが、あえてそれを口には出さなかった。

 なんせ…。


「やー、なかなか捌けないツボがあって困ってたんだけど、助かったよ!」

 この町で買える最高級の赤ワインの瓶を片手にニマニマしているジゼル。

 ご機嫌なのは何よりだが、そもそも彼女の金儲けの目的は旅費を稼ぐためだったのではないのか。


 べろんべろんに酔っぱらった彼女に襲い来る送り狼たちを追い払いつつ、カズヤは心の中の記帳のジゼルの欄に、【自己管理能力:×】と書きしたためたのであった。




 さて、隣町の事件は未だ解決こそしていない。

 だが、初日ほど目立った大きな被害は見られなくなってきた。

 近隣の魔物が荒れている事を除けば、概ねいつも通りと言っても差し支えないだろう。


 未だに海に出ることを制限されてはいるものの、議会では規制を緩和することを考えているようだ。

 早ければ3日以内に大型船舶の出航許可が出るだろう、と精力剤を買いに来た楽器屋の店主が言っていた。


 カズヤ達が利用しているフェリーも、許可が出次第出港する予定となっている。


 隣町の事件の真相が解らないままこの町を去ることになるのだけは心残りだが、いずれ冒険者ギルドから出ている報告書で耳にすることもあるだろう。


 当面の目的地であるアロアロ群島は飯が美味いし海が綺麗な場所らしい。


 白砂の砂浜に埋もれているかもしれない機械文明の残り香に想いを馳せるのもまた一興だ。

 というのも、アロアロ群島は古代文明における海上貿易の中継地点となっていたのだから。


 カズヤがそんなふうに新たな地への期待を膨らませつつ荷物を整理していた矢先に、再び事が起こったのである。




 午後、カズヤが店番をしていた時のこと。


 シエルラは間食を買いに行くと言ったきりなかなか戻ってこない。

 ジゼルは二日酔いでベッドから立てないようだったので船に置いてきた。


 本日も昨日と同じ広場に馬車を止めての商売である。


 客入りは多く、売り子がカズヤ1人になっている現在は長蛇の列が体長を伸ばし続けている。


 ちなみに、今日の客層は心なしか女性が多い気がする。


 漸くシエルラが戻ってきたころには、薬の在庫が少なくなっていた。

 すなわち、アイテムストレージにしまい込んでいる在庫を取り出し、並べるために一旦店を閉めていたタイミングである。


「カズヤ君、見て見て。」

 彼女は買ったばかりの号外をカズヤに手渡してきた。


 薬を売った金で新しい服を買ったらしく、いつもの地味なシャツの上から複数の魔法が付与された薄手のコートを羽織っている。

 無道が世話になった工房の親戚筋の職人作らしい。


 カズヤはそんなちぐはぐな成金じみた格好の彼女から受け渡された号外に目を通した。


「マジか…。マジかぁ…。」

 そして彼は思わず肩を落とした。


 よほど慌てて発刊されたのであろう。

 見出しにでかでかと誤字が掲載されている。


『ネクストポート町、再び()惨状!!解決は再び遠のくか?!』


 これである。

 どうやら見出しから察せられる通り、再び謎の魔物が隣町で暴れまわったらしい。


 初回の襲撃の際と同様、魔物の姿は目撃されていないらしい。


 前回の被害を踏まえて、憲兵団や自警団、冒険者ギルドが合同で河川や運河に警戒態勢を敷いていた。

 そのはずなのだが、それにも関わらず姿を確認することはおろか、攻撃を防ぐことは出来なかったのだ。


 今回は民間家屋と幾つかの船工房、そして運悪くも多数の児童が登校していた学校が被害に遭った。

 死者数は川沿いの倉庫番が3名のみに減少したが、建物の崩壊に巻き込まれて多数の負傷者が出た。


 ただ、今回においては攻撃の瞬間を視認することができた者が複数人いたようだ。

 また、その中には魔法使いも居たらしい。


 彼らの証言をもとに、謎の魔物の攻撃手段は水風複合属性の中級魔法スキルだろうという見解が発表された。


 とある目撃者の魔法使い曰く、「川の中から突然水の塊が飛び出してきたように見えた」とのこと。

 慌てて川の中を覗いてみても、表層を小魚が泳いでいるのが見える程度で怪しい影は見当たらなかったのだという。

 念のために川の中に炎魔法を放ってみたものの、大きな水飛沫を上げて街道をベチャベチャにしただけだったそうだ。


 襲撃を防げなかったという結果はともかく、今回の襲撃では事件解決への進展が見られたと言ってもよいだろう。

 複合魔法を、しかも中級レベルの代物を使いこなすことが出来る水棲の魔物ともなってくると、ある程度の上位種に限られてくるのだ。

 冒険者ギルドは今回得られた情報を元に、公営の研究機関と協力して魔物の正体を特定することに注力するようだ。


「いよいよ、ガルーダ便を使うことを視野に入れないといけませんかね。」

 カズヤは号外を折り畳みながらそう言った。


「……早く解決してほしいですねえ。」

 顔色を悪くしながらシエルラはそう返した。


 ともかく、被害が再び出始めたという事は、緩み始めた警戒態勢を再び厳戒化する事に繋がるだろう。

 当然、それに伴って港の開放はますます遅れることになるわけだ。

 今回はいよいよ、事件が解決するまで港の閉鎖なんてことになるのではないだろうか。


 元々、目的も期限もない旅ではあったが、それはこの2人にとっての話である。


 無道は早く冒険者学校を卒業して妹を探しに行かねばならないし、ジゼルはとっとと旅費を稼いで家に帰らなければならない。

 なにより、アロアロ群島の冒険者学校は今年から年に1回しか入学試験を行わないことになったらしい。


 あと1か月に迫ったこの試験を逃してしまえば、再び1年が過ぎるのを待つ必要があるのだ。

 ある程度勉強しておけばよほど妙なことをしない限り不合格になることもない試験なだけに、期日に間に合わずにスルー、などということになると非常に勿体ないのだ。


 そんなわけで、足並みが揃っていない以上は同じ速さで進む意味もあまりない。


 まあ、そのことを告げられた無道当人が涙目になってしまったので、この話はなかったことになったのだが。


「どうしますか?とは言っても、僕たちがどうこう出来る問題でもないんですけどね。」

 カズヤは肩を竦めながらそう言った。


「まあ、それはそうですよねぇ…。そうだ!ここはやっぱり、カズヤ君がビシッ!と解決するしかないんじゃないでしょうか。」

 さも名案を思い付いたかのように両手を合わせるシエルラ。


「僕みたいな平凡な冒険者に出来る事なんて何もないですよ。ギルドの人たちは僕のことを過剰評価しすぎなんだ。」

 冒険者ギルドからは今日も調査事業への勧誘を受けていた。

 担当者が昨日と変わっていたので伝達ミスなのかと思いきや、どうやらそういう話でもないらしい。

 カズヤの花級冒険者としての実力を見込んで是非とも助力してほしいという一点張りである。


 それはもちろん、カズヤとて人間だ。

 自分の実力を認められ、それに頼られることを不快に感じるわけはない。

 だが、これまでの人生経験上、知り合いでもない人間が力を貸してほしいと言ってきた時には警戒心を抱いてしまうのだ。


 冒険者ギルドは歴史的にも透明性を保証されている、かなり信頼できる機関だ。

 なので、少し気にしすぎなのではないかとワタシは思う。


「こんにちは。膏薬タイプの傷薬の1番大きいのを3瓶、対レイス用抗恐慌剤を5箱、あとはシエルラ殿のスマイルをお1つ頂けないかな。」


 と、カズヤとシエルラがじゃれ合いながら棚出ししていたところに若々しい男の、空気の読めない声が掛かった。


「うわでた。申し訳ありませんが今は準備中なんです、勇者様。」

 あからさまに嫌そうな顔を隠そうともしないシエルラが受け答えした。


 来客というのは読者諸君のご想像通り、恒炎の勇者ことルークス氏である。

 休憩中もご丁寧に列を作って待っていた客たちの集団を追い抜いてのご登場である。


 恒炎の勇者たちがこの町に居る事は知れ渡っているため、数十分単位で並んでいる者たちは自分たちを追い抜かした一団が彼と仲間たちであることを知っているのだろう。


 文句の一つでも言ってやりたいところだが、彼らは隣町を救うために日々奔走しているのだ。

 勇者パーティに良い物資が回れば、それだけ早くこの息苦しい警戒態勢も終わるのだから、特に人々が何かを言うことはない。


 それに、恒炎の勇者一行はなかなかに見目麗しい。

 リーダーのルークス氏は男らしく厳つい筋肉質の体に爽やかなマスク。

 全員が彼の妻だという他のパーティメンバーたちも粒ぞろいの美女たちだ。

 それだけでも許されるというのだから美男美女は得である。


 ちなみに、勇者という存在は各国に抱えられることになり、基本的に爵位を持つことになるので、重婚が許されているようだ。

 ただ、そうだとしてもルークス氏はよほどの面食いらしい。


 シエルラも一応は没落した貴族の出なのでそういった事情には理解があるはずなのだが、恋愛小説の読みすぎか、はたまた別の要因か、自分一人だけを見てほしいという欲求がある様子だ。

 そういう感情論と勇者による度重なる求愛に嫌気が差したことが、彼に対する悪感情とカズヤに対する親愛に拍車をかけているのだろう。


「やあ、これは失敬。これから急ぎの用事があったものでね。ついつい声を掛けてしまったのさ。」

 シエルラに無駄に爽やかなウィンクを向けた彼は、荷馬車の隅に隠れるようにしているカズヤに目を向けた。


「えー、カズヤ・マシーナリー殿。用向きというのは君へのものなんだがね。同行してもらえないだろうか。」


「は、ハイ?」


 まさか呼ばれるとは思っておらず、返事の声が裏返ってしまったカズヤ。

 勇者パーティの女たちは、そんな彼のことをクスクス笑っている。


 ムッとしたシエルラがカズヤを匿うように前に出る。


「カズヤ君を脅しても、絶対にあなたのモノにはなりませんよ?むしろ、あなたやご婦人たちが彼に酷いことを言えば言うほど指数関数的にあなたに対する好感が失われていきますので。」


 シエルラの怒りを受けたルークスはきょとんとした顔でシエルラの顔を見返す。


「え?…ああ!違う違う!!さすがの俺も、人として卑怯な真似をするつもりは無いさ!」


 慌ててシエルラとパーティメンバー達に向けて弁解する勇者。


「勇者は人の宝物を奪うんじゃなくて、宝物が自分のものだという正当性を突き付けるものだからね。……いや、そうじゃなくて、カズヤ殿。冒険者ギルドからの言伝さ。至急、ギルドに顔を出すようにって。」


 そう、シエルラは恋愛小説の読みすぎなのである。


 多少女好きが過ぎるところはあるが、勇者ルークスはわりかしちゃんとした人間である。

 1人の女性を巡って小市民を脅すようなことはしないし、意中の女性が少しでも靡かない限りは無理に手籠めにしようとしたりはしない。

 多少、アピールが強すぎるだけなのだ。


「あの、やっぱり隣町の件ですか?」

 カズヤが冒険者ギルドからの呼び出しを食らうとすればその話しかないだろう。

 それに、わざわざ“勇者”をただの“遣い”として使うことで断りにくくしようとしているのだろう。


「人目があるから詳しくは言えないが、有り体に言えばそういう事だね。同行は義務じゃないんだけど、俺からすればこれもお金を貰ってる仕事だからさ、付いてきてくれると嬉しいなあ。」

 この2人が関係を持っていないことを知ってから、少しばかり目つきが柔らかくなったルークス氏。

 だが、相変わらず小型の魔獣程度ならば視線で射殺せそうだ。


「うーん…。年貢の納め時ですかね。了解しました。同行させてもらいます。」

 ここまで熱烈な勧誘を受けるのであれば、断り続けていたら後々ギルドから睨まれることになってしまいかねない。

 相変わらずもやもやしたものを抱えながらも、カズヤはついにギルドの話に乗ることにしたのだった。


「あの、ちなみに私も一応冒険者資格持ってるんですが…。」

 やはりシエルラは彼のことが心配らしい。


 そんな彼女に向かって、ルークスはにこりと笑いかけた。

「別に構わないと思うけど…。そういうことなら、とりあえず今居るお客さんたちを片付けないとね。」

 そうして、ルークスと彼の仲間たちが行列の整理や会計を手伝ってくれた。

 生粋の冒険者たちだったのでどこか不慣れな様子だったが、さすがに高位なだけあって能率が良い。


 普段の2倍近い速度で商品が捌かれていき、あっという間に売り切れとなった。


「なるほど…。ジズちゃんが居なくても、人数さえいればこんなに楽にできるんですね。」

 シエルラは何か思う所があったらしい。

「アルバイトを雇えば…。いや、でも行商するなら毎回別の人を雇うのがややこしいし…。」


 ぶつくさ呟きながら売上高を計算していた彼女は、隣で数字が間違っていないか検算していたカズヤに声を掛けた。

「ブドウちゃんってこういうお仕事を頼んだらやってくれると思いますか?」


「うーん。まあ、やってはくれるだろうけど、得意かどうかは分からないですね。」

 かつては道場で師範をしていたとはいえ、その道場も廃れかけていたのだという。

 果たして、本当に時代の流れが問題だったのか、はたまた無道の対応が悪かったのか。


 廃れ行く道場の様子を実際に見たわけでもないカズヤには知り得ないことなのだ。





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