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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
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36.カズヤ先生のクエスト演習 ~討伐編~

 カズヤが背後2mの距離まで近づいたところで、ようやくソードテイルウルフは彼の気配に気づいたようだ。


 食事を中断して振り向くと、剣のような尾を振り上げて威嚇してきた。


 低い唸り声を上げつつ、口の端からダラダラと涎を垂らすこの個体は雄だろう。

 耳の先の毛が濃紫色に染まっているのは、雄のソードテイルウルフに特徴的な婚姻色だ。


「な、なかなかに可愛らしいじゃないですか…。」


 毛皮を逆立てて威嚇する姿は、見ようによってはモフモフしていて可愛らしい。

 実際、ソードテイルウルフを品種改良して飼育する愛好家も存在しているようだ。


 無道もこういった、全身を柔らかい毛に包まれた魔物がツボなのだろう。


 口元を覆い、普段は細められている左目をほんのり開けながらふるふると体を震わせている。


 ただ、相変わらず開かれた左目はどんよりと濁っている。


 彼女の死んだような暗い瞳に見据えられたソードテイルウルフは、姿勢を低くして唸り声を大きくしている。

 明らかに無道に対して怯えている。

 犬語が判らなくてもこれぐらいは見て取れる。


「すごい。繁殖期のソードテイルウルフがビビってる…。ブドウさん、動物に嫌われやすかったりしません?」

 攻撃する前からヘイトを吸われてしまったカズヤは、苦笑いを浮かべながらもソードテイルウルフから目を逸らさない。


 無道に威嚇し続けるソードテイルウルフはこの中では(比較的)与しやすそうなカズヤかジゼルに襲い掛かってくるかもしれない。


 なんせ、ジゼルは武装していないし、武装しているカズヤには覇気がない。


「パーティを組んで交戦する場合は、今みたいに気が逸れている隙に攻撃すれば簡単に倒せますよ。まあ、今回はソロでの戦闘を想定するので、正面切って戦ってみますね。」

 カズヤは何やらブツブツと呟いている無道にそう言った後、長剣の刀身を手のひらでなぞった。


 気味の悪いヒィィィン、という摩擦音が刀身から響く。

 死霊レイスの呻き声のようにも聞こえる金属音に引き戻されたかのように、ソードテイルウルフはカズヤの方に長い鼻づらを向けた。


「クライングブレードだね。長剣スキル持ちなら誰でも使えるスキルだよ。剣で気持ち悪い音を鳴らして魔物の気を引く技なんだけど、剣が汚れてたりサビてたりしてたらうまく音が鳴らないらしいよ。綺麗好きの技とも呼ばれてるね。」

 嫌そうにしながらも説明役を買って出たのはジゼル。

 へそが出るぐらいの短い丈のシャツに、生足剥き出しの短いパンツ。

 明らかに森の中に入るべきでない服装のジゼルは、帽子の広いつばを揺らしながら無道の手を掴んだ。


「ほら、邪魔になるからブーちゃんは下がってようね。」


 ブーちゃん。

 おそらくは無道の無の字を取ってブーちゃんなのだろうが、女性の身としてはあまり好ましくない呼び名なのではないだろうか。


「…その呼び方はやめてくださいと言ったでしょ。ですが、そうですね。どうせ私はわんちゃんに嫌われますよーだ。」

 どうやらカズヤの冗談が的を射てしまったらしい。


 まるでシエルラのような拗ね方をしつつ、無道は少し離れた木の陰に腰を下ろした。


 スカートじゃなくてよかったね。

 あまりにも豪快な座り方だ。


「よいしょっと。まあ、今回の依頼はソルフの“討伐”だからね。下手に懐かれるよりは嫌われる方が精神的に楽じゃない?」

 腰を労わるように無道の隣に腰を下ろしたジゼル。


 文脈的にご理解いただけるとは思うが、ソルフというのはソードテイルウルフの略語である。


 さて、ジゼルが無道を宥め賺している間にも、カズヤとソードテイルウルフの戦いは続いていた。


 にらみ合いの状況から、先に動き出したのはソードテイルウルフ。


 食べ残したヨコアナウサギの死体を名残惜しそうに見ていた彼は、心残りを断ち切るかのように一際強く唸ると、剣のように鋭い尻尾を真横に立てながらカズヤ目掛けて飛びかかってきた。


「おーい、ブドウさん。ちゃんと見てくださいよ?次はあなたがやるんですから。とりあえず、孤立しているソルフの攻撃で1番気を付けるべきなのは、この突進です。」


 拗ねている無道に注意を促したカズヤは、慣れた動きで突進をひらりと交わした。


 この突進、真っ直ぐ飛びかかって噛みついてくるのかと思いきや狙いはそこではない。

 飛びつきに怯んだり身構えたりした獲物の横を通り過ぎ、剣尾で膝の腱を切断する攻撃なのだ。


とはいえ動きは素早いものの単純な直線軌道だ。


この攻撃の際にはソードテイルウルフが尻尾を真横に立てるので分かりやすいし、注意していれば躱すのも容易なのだ。


「慣れてきたらすれ違う勢いを利用して尻尾を切り飛ばすことも出来るようになりますよ。尻尾の付け根にある斑点に刃先を当てるイメージです。まあ、今回はやりませんけど。」

 体制を崩すことなくソードテイルウルフの攻撃を躱したカズヤは、剣の腹でソードテイルウルフの尾の付け根をぽんぽん叩きながらそう言った。


 切られたと思ったのか、キャインと鳴いて飛び退るソードテイルウルフ。


 しかし、いつの間にか後ろ足に絡みついていたロープに気づかぬまま逃げ出そうとした結果、盛大に体勢を崩してしまう。


 カズヤはソードテイルウルフに絡みついた投げ縄を手繰り寄せると、後ろ足を掴んで逆さ吊りに持ち上げた。


「よいしょっと。ソルフの急所は、とりあえず心臓と魔素胞ですね。心臓はこの辺、魔素胞はこの辺にあります。ここを潰すか、頭を潰せば即死します。」

 指でソードテイルウルフの急所を示したカズヤは、こともなさげにそう言うと、後ろ足に絡みついた縄を解いた。


 その様子をポカンとした様子で見ていた無道。

彼女は、ぎこちない動きでジゼルに顔を向けた。


 ジゼルは解説を求めるような無道の表情に、頭を掻きながらこう答えた。

「あー…。冒険者やってたら、みんなこれぐらいできるようになるもんだよ。」


 一見すれば離れ業のように見えるカズヤの動きも、ソードテイルウルフと何百回と戦ってきたからこそ身に付いたものだ。

 今でこそ流れ作業のように仕事をこなしている彼も、冒険者になったばかりのころは何度も失敗して怪我してきたのだ。


 流された数々の血を養分にして咲いた花がこれなのである。


 ソードテイルウルフの後ろ足の縄を解いたカズヤは、一旦ソードテイルウルフを開放した。

 そして、引き続き立ち回り方を無道にレクチャーした後、再び後ろ足を掴んで身動きできなくした。


 最後に、先ほど説明した通り急所である魔素胞を直剣で貫いて、ソードテイルウルフにとどめを刺した。


 ◆


「全ての母、偉大なる大地の竜があなたの帰りを待っています。どうか、足元に気を付けて、良き旅路を。」

 ジゼルが絶命したソードテイルウルフを弔っている。


 どうやら彼女の出身地は大地竜信仰の盛んな地域らしい。

 大地竜が臥すと言われている西南西の方角に祈りを捧げると、ソードテイルウルフの死体の目元に手を当てた。


「…よし、おっけー。バラしていいよ。何ならお姉さんも手伝おうか?」

 祈りが済んでしまえば敬虔な信徒は鳴りを潜め、取り残されたのはいつも通りのジゼルだ。

 カズヤから解体用ナイフを受け取った彼女は、慣れた手つきでまだ温かい死体を捌き始めた。

 彼女は、毛皮と筋肉の間の組織に刃を入れ、ぞりぞりと剥いで行く。


 ソードテイルウルフの毛皮は安価だが、丈夫な袋の材料として重宝されている。


「解体技術は別にどうしても覚えないといけないわけじゃないんですよ。討伐した個体を丸ごとギルドに持って行けば、素人がやるよりはよっぽど綺麗に解体してくれます。お金は取られるけど。それに、最近は解体士たちが作った解体士ギルドなんてのもあるみたいだね。」

 カズヤはカトラスのような形をした尻尾を切り取りながら無道に言った。


 魔物を解体していく様に見慣れていないのか、無道はその様子を遠巻きに見守っている。


 瞬く間に臓器、毛皮、尻尾、肉と骨に分かたれたソードテイルウルフの死骸。


 商品価値のある毛皮と尻尾、そして魔素胞の中心に形成される魔石だけを回収したカズヤは、残った肉や骨もアイテムストレージに放り込んだ。


「後は、飛び散った血の跡を土で隠して…っと。よし、これで完了です。ブドウさん、やれそうですか?質問があったら今のうちに言ってもらえると。」

 一仕事終え、額の汗を拭うカズヤ。

 ソードテイルウルフ狩りにも、新人へのレクチャーにも慣れてはいるが、工程が増える分疲れるのだ。


 一連の流れを見た無道は、少し何かを考えていた。


 そして、考えが纏まったのか、口を開いた。


「…正直、冒険者という仕事をなめていたかもしれません。以前出会った冒険者たちも、恒炎さんも、その…言いにくいのですがカズヤやジゼルも、剣の腕だけで見ればあまり巧いとは言い切れなかったので。」


「お?なんだ、喧嘩か?」

 端的に『下手くそ』呼ばわりされ、ジゼルが笑顔になった。

 彼女のこめかみには青筋が浮かんでいる。


「す、すみません。でも、実際木刀での試合では私から一本も取れなかったでしょう?」


「それを言われてしまったらぐうの音も出ない。」


 ジゼルはどうやら無道と試合したことがあるらしい。

 反応から察するに、ボコボコにされたのだろう。


 カズヤも特に何も言い返す気はないのか、苦笑しながら話を聞いている。


「…すみません。私が知り得るこの世界など、せいぜい一つまみの砂ぐらいのものだと思います。恒炎さんも自分より強い勇者が何人も居ると言っていましたし、私が知らないだけで強い戦士がいるのかもしれません。でも、この世界では剣で負ける気がしないんです。」


 傍から聞けば、驕り高ぶった若者の戯言か。

 突拍子もないような事を、しかし確信をもって言い放った無道。


 実際のところ、彼女の剣筋を目で追える者がいったい何人いるのだろうか。

 その剣閃を受け止める事のできる者が存在しているのだろうか。


 そんな恐らくは地上最強の剣士、無道は、カズヤとジゼルを見据えた。


「でも、今日2人の説明を受けて本当に良かったと思います。カズヤの危なっかしい動きも、この世界に存在するスキルなる法則を織り込んだ、この世界ならではの戦技なのだと知ることができました。」


 無道の言う危なっかしい動きというのは、先ほどカズヤが無理矢理体勢を崩しながらも放ったとどめの一突きの事だろう。


 カズヤの不意を突くように背後に回り込んできたソードテイルウルフに対し、逆に隙ありとばかりに放った突き。


 振り向きざまに放たれたことで重心がずれ、バランスが崩れていたが、直剣の尖った先端は正確にソードテイルウルフの左脇腹を貫いた。


 これはカズヤの持つ直剣スキルを上手く利用した一撃であった。


「まあ、確かに戦闘スキルによる補助がある以上、素の戦闘能力が低くなっちゃうのかもね。」

 実際、自分の実力に限界を感じているカズヤは無道の言葉に相槌を打った。


「ブーちゃ…ブドウが妙なお料理スキルしか貰えなかったのはある意味運が良かったかも。戦闘スキルが乗っちゃったら、完成された剣技が崩れちゃいそうだし。」

 今はだらけ切っているが、元はそれなりに名のある銀級冒険者であったジゼル。

 数々の冒険者たちを後方から見てきただけに、その言葉には実感が伴っているようだ。


「折角カズヤに教えて貰った手前、出来る事なら教わった通りの立ち回りで戦うことが出来ればいいのですが…。生憎、まだ体が言うことを聞きませんし、ジズの言うようにスキルの助けを貰うこともできません。」


 大暴れしているので忘れがちだが、無道は一応怪我人だ。

シエルラから激しい動きにドクターストップが掛けられているはずである。


 あれ?

 今回の依頼に関してはどうしてストップが掛からなかったのだろうか?


「今回は、カズヤに教わった知識を元に、自己流で戦ってみようと思います。もしも失敗したら、何卒フォローをお願いします…。」

 意外にも少し不安そうな表情で、無道はそう言った。


 ◆


 無道のソードテイルウルフ討伐は、一言で言い表すとするならば…。


 ゴリ押しだった。


 カズヤが討伐した個体と同様、何らかの肉を貪っていた若い雄の個体。


 一心不乱に獲物に食らいついていたその個体は、じりじりと近づく無道の気配に気づくと、跳ね上がるように3m近く飛び退った。


 そして、間髪入れずに無道に向かって飛び掛かろうとした彼は、無道が無造作に振るった滄溟に両断されてしまった。


 右半身と左半身に真っ二つ、である。


 硬い頭蓋骨や脊椎、細い尾骨とついでに雄の証拠のサムシングに至るまで綺麗に真っ二つ。

 学校にでも寄付してやれば分かりやすい標本として大事にされていたかもしれない。


 地面に落下した2つの線対称な遺骸は、辺り一帯の地面に血の花をブチ撒けた。


 ソードテイルウルフは種の特徴として血圧が高い。


 そのため、血しぶきの広がり方はなかなかに凄いことに。


 一番近くに立っていた無道は勿論、少し後方でサポートの体勢に入っていたカズヤも、離れた所で膝を抱えていたジゼルまでもが、漏れなく血塗れになってしまった。


「す、すみません…。」


 心底申し訳なさそうに頭を下げる無道。

 カズヤに借りた皮鎧も勿論のこと真っ赤に染まっている。


「いやあ、派手にやらかしましたね…。でも、これで勉強になったじゃないですか。なぜ人はソードテイルウルフを刺し殺すのかってね。ね、ジズさん!」


「いや、あたしは許さないけどね。」


無道は何故男性用の皮鎧を着けることが出来たのか…?


あっ…。

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