番外編1:味噌
sumahodekakimasita
今日は、私の故郷の調味料である醤油を作りたいと思います。
赤味のかかった、透き通った黒色の液体のような見た目をしていて、しょっぱくて豊潤な旨みを持つ、香ばしい香りのする発酵調味料です。
色んな料理に使えて、日本人なら必ず毎回の食事でお世話になると言っても過言ではありません。
…そうでもないのかな?
食文化もだんだんと移り変わっていると聞きますし。
ともかく。
作るとは言っても実際に作った経験があるわけではありませんし、そもそも作り方を知っているわけでもありません。
ただ、豆を発酵させて作るということだけ知っているので、それを頼りに試行錯誤しつつ作っていこうと思います。
故郷では確か、大豆という豆をどうにかして発酵させていたようです。
この世界には残念ながら大豆がないようですので、大きさが同じぐらいのレックスビーンズという豆を使ってみようと思います。
…そもそも発酵ってどうすれば良いんでしょうか?
今のところ、乾燥していて水気が無さそうですね。
水にふやかして置いておけば良いのかな?
…
あれから1週間。
なんとレックスビーンズから芽が出ました。
おかしいな…?
友人のカズヤに聞いてみた所、普通は豆を茹でて発芽できなくするんじゃないか、とのことでした。
とりあえず、芽が出たレックスビーンズはもう少し育ててみて、豆苗として使おうと思います。
ええと、水につけて一晩置いたレックスビーンズを茹でて…と。
どのくらい茹でれば良いんでしょう。
とりあえず1時間半、いや2時間?
煮豆を作る時よりも柔らかくなるまで茹でてみます。
ん?
どうしたんです、カズヤ。
「2時間も火の番をするのか」?
「どうやってそんな大量の薪を持ってくるのか」?
…。
ま、まあどうにかしますよ。
(無道は2時間半の間、豆を茹で続けた。その間中、なんだかんだで暇だったカズヤは、森中から薪になりそうな枝を運んできた。)
すごい。
豆ってこんなに柔らかくなるんですね。
つまみ食いしてみたら、舌で簡単に潰せるぐらいの柔らかさでした。
これを冷まして適当に置いておけば、豆が溶けて醤油になるんでしょうか。
この桶に隙間なく詰めてっと。
ええ、シエルラ。
今回こそはうまく行きそうですから、もうしばらく待っていて下さい。
美味しい醤油を食べさせてあげますから!
…
……
臭いものには蓋を。
桶ごと廃品回収に。
あれだけ丹精を込めて茹であげたレックスビーンズにカビが生えてしまいました。
青や赤や黒のフワフワした塊が表面を覆っています。
食べたらお腹を壊すこと間違いなしですね。
発酵を手伝ってくれるのもカビと同じく菌の仲間だと言いますし、こう見えて意外とうまく行っているんじゃないでしょうか。
先程、そんな一縷の望みを掛けながら、ぐじゅぐじゅになった豆をひっくり返してみました。
すると、中では見るも凄惨な光景が…
どこから入ってきたのか、蛆虫が湧いています。
黒ずんで異臭を放つ豆の塊を見て、シエルラは排泄物を連想したようです。
こんなはずじゃなかったんですけど…。
実家がワイン農家だっただけに、発酵関係には詳しいのでしょうか。
カズヤがまたアドバイスをくれました。
発酵するだけではおそらくしょっぱさが出ないのだそうです。
塩を加えることで、味付けと防腐作用が得られるのだろうという話です。
そして、発酵に関わる菌は他の雑菌と比べて塩分に強いそうで、えーと、全体の何とかパーセントの塩が入っていても生きられるそうです。
くっ。
理系教科が苦手すぎるあまり文学部に逃げた仇が…。
醤油のしょっぱさって勝手に出てくるものじゃなかったんですね。
単純に塩のしょっぱさだったとは。
カズヤに大笑いされてしまいました。恥ずかしい限り。
それにしても、カズヤは凄いですね。
醤油なんて見たこともないはずなのに、私の曖昧な説明からスラスラと対策を考えてくれます。
ちょっと生物学の講義を担当していた教授を思い出しました。
冒険者の識字率は高いという話でしたが、もしかしてみんなカズヤぐらい勉強が出来るんでしょうか?
…この先やっていけるか不安になってきました。
あ、カズヤ。噂をすれば影ですね。
どうしたんですか?
え、なんですかこの白いモワモワした塊は…。
こうじ?作った?
ええっと、これは何に使うんです…?
…へえ〜。これが発酵を手伝ってくれる菌なんですか。なんだか白カビみたいですね。
何々、乳酸菌と酵母菌が…?
べーたあみらーぜ…?ぐるこし…?
あ、あの。
知恵熱が出そうなんでもう結構です。
…
……
………
味噌やん。
あれから半年。
カズヤ、シエルラ、ジズと別れて冒険者学校に入学した私は、毎日欠かさず醤油になる『予定』の豆の世話をしてました。
カズヤに安易に助けを求めることもできない状況なので、最後に一緒に作ったものを腐らせないよう、乾燥させないようにと頑張って手入れしてきました。
気温の高い日には、食堂の地下室に置かせてもらったりしました。
側から見れば私のやっていることは奇行に他ならないはずですが、食堂のお姉さん方は案外快く受け入れてくれました。
どうやら、たまに私のように故郷の味を再現しようと厨房を使いたがる学生がいるようです。
異世界の人間もやはり私と同じ人間。
たまにツノや尻尾が生えていたり、耳が4つあったりしますが、心は同じです。
彼らも遠い故郷に郷愁を感じるのでしょう。
さて、そうやって丹精を込めて世話をし続けてきたレックスビーンズの塊。
前回腐らせてしまった時と比べて、明らかに腐っているという感じはしませんし、発酵食品独特の香りもします。
明確に故郷で嗅いだことのある香り。
そう、朝ごはんの時にピカピカの白米とフワフワした甘めの卵焼きと一緒に出てくる、ワカメと豆腐の入った味噌汁…
味噌やん。
そう。
醤油を作っていたはずが、味噌が出来上がっていたのです。
少し舐めてみると、しょっぱさの中にレックスビーンズの柔らかい甘味がふわりと漂い、最後に乳酸発酵によって出てきた僅かな酸味が舌の奥をくすぐって行きます。
舌の上には強い旨味が残って…
うん、味噌やん。
使っている素材が大豆じゃないせいか、それとも細かい工程が違っているのか。
若干普通の味噌とは違う風味ですが、間違いなくこれは味噌です。
ただ、味噌としては悪くなくとも、醤油と呼ぶにはどうも香ばしさが足りません。
これもまた勘違いしていたことなのですが、どうやら醤油は豆が溶けて出来るものではないようです。
カズヤ曰く、完全に液状になる前に液体を絞って作るのではないかという話です。
とはいえ、この味噌を絞ったところで醤油にはならないでしょう。
またカズヤに手紙を送ってみて、何かアドバイスを貰えたらそれを参考に再挑戦してみましょう。
出来た『失敗作』の味噌も一緒に送ってみたら良いかもしれませんね。
シエルラなんかは、またうんちみたいだと喜ぶんでしょうか。あの子は小学生みたいなところがありますから。
ジズは食わず嫌いだからきっと食べたがらないでしょうね。
実際のところ、醤油には醤油麹というものが使われていたり、麦が使われていたりします。
これが醤油の独特の香ばしさを作り出しているようです。
また、製造工程もなかなかに手間がかかっていて、伝統的に作られてきたものだからこその絶妙で複雑な作り方で作られています。
フィーリングだけで素人が知識なしに再現できるものかと言われると難しいもので。
無道が失敗したのはそんな理由です。
では、なぜ醤油を失敗したのに味噌になったのか?
これは無道のユニークスキル『普通料理EX』が悪さをしたためです。
スキルに関して、詳しくは本編をご覧ください。




