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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
34/43

33. 諸用

9/9 サブタイトル追加

「町中に魔物ですか?どんな奴です。」

 カズヤは怪訝そうな顔を無道に向けた。


「ああ、そういえば微妙に意味合いが違ってくるんでしたっけ。ええっと……、そうそう。魔獣です。魔獣が出たんですよ。」

 カズヤのそんな反応を見た無道は、慌てて言い直した。


 魔物と魔獣は基本的には同じ意味の語句だ。

しかしながら、この2つの言葉は使われている状況によってニュアンスが異なる場合がある。

というのも、魔物は魔獣よりも広い範囲を定義する言葉なのだ。


 『魔物』は『魔素配列霊魂保有生物』の略語であり、基本的にこの世界に存在する生きとし生けるもの全てを指す。もちろん純人間や亜人種も含まれる。

 一方で、『魔獣』は魔物の中でも極小魔物群や魚類、そして人間種を除いた『魔物』のことを指すことが多い。

まあ簡単に言えば、毛むくじゃらだったり鱗の生えていたりする陸生魔物のことを魔獣と呼ぶ、ということだ。


ちなみに、『生物』という言葉自体が『魔物』を定義する過程の帰無仮説において使用された自己複製モデルを指し示す言葉だったはずなのだが、何故か魔物という言葉よりも先に存在していたのだ。


その理由に関する考察は諸説あるのだが、ワタシが思うに、学問よりも先に宗教が存在していたことが原因なのではないだろうか。

宗教的概念でよく用いられる『生きとし生けるもの』という言葉が省略されたのだろうと考えている。


どうでもいい話が長くなったが、無道が言葉を正したのにはこういう背景があるのだ。



 さて、無道から町に魔獣が出たことを聞いたカズヤは顎に手を当てた。

 言葉による反応を返さないカズヤに、無道は困惑した顔を向けた。

 しかし、彼がなかなか口を開かないので少し気まずくなってきたので、彼女はなんとなく部屋の中を見回した。


「えーっと。どんな魔獣が出たんです?」

 カズヤの向かい席に座って、ずっと彼がノートを纏めているところを眺めていたシエルラが彼の代わりに問いかけた。


 反応が帰ってきて安心した無道は、ほっとした様子で話を続けた。

「確か、スケイルビッグホーン?とかいう胴体に鱗が生えた牛でした。2~3メートルはありそうなのが町の真ん中に急に現れたので、びっくりしましたよ。」

 彼女は、手でスケイルビッグホーンの角の物真似をしながらそう言った。


 町中に侵入してきたスケイルビッグホーンは、気が立っている様子で一番近くに立っていた老婆に突進していったのだそうだ。

 腰が抜けた老婆をジゼルが間一髪で救い出し、ぶつかる相手が居なくなって体勢を崩したスケイルビッグホーンを無道が木刀で両断したのだそうだ。


…硬い鱗を持つ魔獣をただの木刀で両断?


 相変わらずインチキな腕前をしている。


 町の人々はジゼルの勇敢な行動を称えた後、無道の異様な木刀捌きにドン引きしていたのだというがさもありなん。


「ああ、水牛。水場が近い所だと出ることが多いんだよね。多分、近くに水路でもあったんじゃないですか?」

 カズヤはようやく顔を上げた。

 スケイルビッグホーンこと水牛なら彼も何度か依頼で狩猟したことがある。

 支部の管轄区に出没した繁殖期の水牛を罠で討伐したのだった。


「ふうむ。言われてみれば、立派な水門が印象的だったように感じます。ということは、その水門に繋がっている水路を伝って、町の中に入ってきたのでしょうか。」

 無道は納得したように頷いた。


 実際、スケイルビッグホーンが水路から町に侵入する事例は少なくない。

 というのも、流動的かつ大気よりも抵抗の大きい水中に探査魔術を常時展開するのは困難なのだ。

 それゆえ、水棲の魔物は魔物探知網に引っかかりにくいと言われている。

 もしも対策を取るとするならば、水路の入り口に格子を仕掛けるなどして、物理的な障壁を作るのが一番である。

 だが、漂流物がぶつかって頻繁に壊れるし、詰まって水の流れる妨げになることも少なくない。人手の足りない自治体などでメンテナンスが疎かになるのは残念ながらよくあることだ。

 まあ、この町はそれなりに栄えているようだしメンテナンス不足ということはなさそうだが。


「あ、誤字はっけーん。カズヤ君、『認識阻害魔術』が『認()阻害魔術』になってますよ。」

 カズヤのノートの誤字を見つけたシエルラは、鬼の首を取ったように喜んだ。

 そんな指摘にイラっとしながらもカズヤは無言で二重線を引いた。


「ふと思ったんですけど、隣町の事件も水路から入ってきた魔物の仕業なんじゃないですか?この記事を見るに、ちょうど水路が町の真ん中を通ってますし。」

 満足そうなシエルラは、カズヤが誤字を修正し終えるのを待った後、ページを2枚捲って隣町の事件に関する記事を指で指した。


そこには隣町の地図が掲載されている。


「あー、確かに。被害が出ている建物も水路沿いですね。でも、この壊れ方は水牛なんてレベルじゃないと思うけど…。」

 カズヤはさらにノートのページを1枚捲った。

 先ほどの記事とは違う新聞社の出している号外の切り抜きに被害家屋のデッサンが掲載されている。


 3階建ての建物がさながらドールハウスのように真っ二つに崩壊していて、崩れた断面から各部屋の中が見える。


 そんな様子で壊れている建物が計7軒。


 スケイルビッグホーンも決して矮小な魔物だとは言えないが、彼らが暴れたところでここまでの被害が出るとは考えられない。

 もっと巨大で強力な魔物が荒れ狂っていたというのならばまだ信じられるだろうが、そうなってくるとどこから町に入ってきたんだという話になってくる。


「被害に遭った建物も、食糧庫だけじゃなくて銀行とか一般家屋、果てにはソー…風俗店、だって。魔獣が遊びに行くはずもないし、こんなに無秩序に壊して回るのもおかしいと思う。」

 そう言い終えたカズヤは、両腕を頭上に掲げると、右手首を左手で掴んで伸びをした。

 凝り固まった肩がぽきぽきと音を立てる。


「まあなんにせよ、情報が少なすぎて今はさっぱりわかんないや。今日の探偵ごっこはここまでにしようかな。」

 花級冒険者資格が取れる程度には勉強が出来、なおかつ勉強が好きなカズヤ。

 だが、好きだからといって疲労を感じないというわけではない。

 むしろ短期集中型なのですぐ疲れてしまうのだ。


 ノートを自分のベッドの枕元に置いた彼は、アイテムストレージから石鹸とタオルの入った袋を取り出すと、風呂に入るために大浴場へ向かった。


 ちなみに、タオルも石鹸も、アイテムストレージに幾つか収納してある。

 わざわざ手で持ち運ぶ意味はないのだが、何となく大浴場を利用するときはお風呂セットを持って歩きたいと思ってしまう()()なのだ。



「カズヤは何でこんなに熱心になっているのです?」

 さっきまでカズヤが座っていた席の隣の椅子に腰かけた無道が言った。

 彼女は机の上に伏せてあるカップをひっくり返すと、そこに冷めたハーブティーを注いだ。


「冷めてると渋くないですか?新しく入れますよ。」

 そんな無道のために、シエルラはお節介かと思いつつも布袋に手を突っ込んだ。


「ああいえ、お構いなく。今日は暑いのでね。それに、渋いお茶は好きです。」

 無道は、布袋の中身が混沌としていることを知っている。

 昼に残して夜食にしようと食べ残したサンドイッチと、汗をかいて履き替えた後の下着と、一応小分けに梱包されてはいる薬草等々。

 それらが同時に詰め込まれた布袋から取り出されたハーブが調合され抽出されていく過程は、できれば見たくない。


「ふーん、珍しいですね。」

 そんなことを考えながらカップを傾ける無道を見て、シエルラもカップに残った冷めたハーブティーに口を付けた。


そして際立つ渋みに顔を顰めながら無道の質問に答えた。

「カズヤ君もああ見えて男の子ですからね。」


 カズヤが王都の安定した生活を捨てたのは変わり映えのしない毎日に嫌気がさしたからだ。

どこか達観している彼は、雰囲気にそぐわずまだ18歳。

 ああ見えて、事件の推理や魔物の異常行動に関する考察をするのが大好きなのだ。


 立ち上がってカズヤが置いて行ったノートを拾い上げたシエルラは、無道の正面に座りなおすと、それをパラパラと眺め始めた。


 ◆


 次の日の朝。

 今日も今日とて船室で休んでいた一行は艦内放送で目を覚ますこととなった。


 嗄れ声の船長によると、フェリーの出航は大きく延期され、1週間後の昼頃を目安に港を出ることとなったようだ。


 急ぎの乗客はここで船を降り、山側の隣町から出ているガルーダ便を無償利用できることになったらしい。

 丸1日の遅れとガルーダ便の発着場がある町までの移動時間を考慮しても、十分にお釣りがくる程度には優れた移動手段であるガルーダ便。


 せっかちな乗客たちはこの放送を聞きながら荷物を纏めている所だろう。


「僕らはどうします?」

 部屋に集まったカズヤ、シエルラ、無道、ジゼルの4人は放送を聞いて、今後の方針を話し合っていた。


 時間的余裕のあるカズヤとしてはこのまま船の出航を待ちたく思っている。


 だが、彼には旅仲間がいる。


 彼女らも別段急いではいないだろうが、きまぐれなシエルラなどはガルーダ便に乗りたがるかもしれない。


「よくわからないのでお任せします。」

 土地勘と主体性のない無道は他のメンツに合わせるという選択をとった。


「お姉さんも、急ぎの取引はないからね。どうせ、今回の取引も消えちゃったし…。」

 大幅な赤字を出してしまってどこか悲しそうなジゼルは船の出航を待つつもりのようだ。

 隣町の事件で、ちょうど彼女が取引する予定だった商人が大きな被害を受けたらしい。

 結果、取引どころではなくなってしまったと語っていた。


 気の毒ではあるが、こればかりはどうしようもない。

 肩を落とす彼女を、シエルラと無道が慰めていた。


「私は1週間ぐらいなら待ってもいいと思います。ガルーダにはあまりいい思い出がないので…。ちなみに、カズヤ君はどうしたいんですか?」

 さて、一番の懸念点であったシエルラは子どもの頃にガルーダ便を利用したことがあるらしい。

 彼女の子どもの頃となると、最低でも150年は前のことになるが。

 1世紀半も前からすると、技術革新が何度も起こっているだろうし、事情も変わっていることだろう。

 それでも怯えているということは、よほど衝撃的な何かあったということなのだろう。


 他人任せが2票、ガルーダ便は遠慮したいという1票、もう少し隣町の事件を調べたいという1票。


 一行はフェリーの出航を待つことにしたのだった。


 方針が決まったところで、シエルラが一つ提案をした。

「折角だし、この町でお商売の練習をしてみようと思うのですが、どうでしょう。私は馬車の運転が出来ませんし、協力してもらえると嬉しいんですが…。」

 資金繰りにはまだ余裕があるが、これからのことを考えるとそれもありなのかもしれない。


 それに、原因がわからない事件が隣町で勃発している以上、それに備えたくなるのが人だ。

 王都とは違って薬師としてのシエルラは名が知られているわけではないが、『竜人が作った』薬というだけで需要が見込めるだろう。


 客から隣町の事件の情報を得られることも期待できる。

 カズヤからしてみれば、ある意味願ったり叶ったりだった。


 ジゼルは面倒臭がっているのか人見知りなのか、あまり乗り気のようには見えなかった。 

 ただ、取り急ぎの資金が必要だったということで、是非とも参加したがった。


 無道は装飾工房に預けていた刀を受け取りに行きたいらしい。また、刀の重心に慣れておきたいらしく、別行動をとることにしたようだ。

 どうせアロアロ群島に着いたら彼女は冒険者学校に通うことになるのだし、それに慣れるためにも丁度いいのだろう。


 というわけで、カズヤ、シエルラ、ジゼルの3人は初めての行商を行うこととなった。



 とはいえ、町内で商売を行うためには役所の許可が必要だ。

 昨日シエルラが町で聞いてきた話によると、商業の申請から認可が下りるまではすぐらしい。

 

 ちなみに、許可を得るための手続きがいちいち煩わしいので、行商人向けに商人ギルドから発行されている通商手形というものが存在している。

 商人ギルドに年会費を払うことで商人ギルドの存在する国ならどこでも自由に商売が出来るという便利な証書である。

 純人間の国で取っておけばよかったという読者もいるかもしれないが、生憎シエルラは密入国者という扱いだったので申請が受理されなかったのだ。

 一方で、カズヤは初回会費を払う余裕がなかったので断念したのだった。


「とりあえず、僕は役所で書類を片付けてきます。」

 昨日の喧騒はどこへやら、町は意外にも静かだった。

 その背景には憲兵の努力や新聞社からもたらされた情報などがあったりするようだ。


 何より、今回の事件に魔物が関わっているとはっきりしている以上、恒炎の勇者という名の知れた冒険者が町の中に居ることが一番だろう。


 ちなみに、先ほどカズヤが朝刊を買いに出たとき、当の恒炎の勇者も同じ店でタバコを買っていた。

 無道の一件があって少し仲良くなった彼の話によると、勇者一行もフェリーの出航を待つことにしたらしい。というのも、町長から事件解決への協力のオファーが来たのだそうだ。


「あ、じゃあ私も付いていきますね。昨日作っておいた薬を憲兵団に寄付しておきたいので。」

 シエルラもカズヤに同行することが決まった。


「私は先ほど言ったように、刀を取りに行ってきます。ジズ、もしお暇だったら一緒に行きませんか?」

「お、いいよー。行く行く!」

 手持ち無沙汰にしていたジゼルは、無道に誘われて嬉しそうにしている。


 それにしても、無道とジゼルはずいぶんと仲良くなっているようだ。

 派手な見た目で明るく振舞おうとしているわりに小心者で気弱なジゼルは、大人びていて物静かな無道と相性がいいのかもしれない。


 そんなこんなで二手に分かれて行動することになった一行は、朝食を食べてから拠点の船室を出た。

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