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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
32/43

31.人混み

 カズヤと古物商が港に帰ってくると、通りは何やら大混雑になっていた。


 大きな荷物を背負って船着き場へ向かう親子。

 武器屋に駆け込んで一番良い防具を買いあさろうとする商人。

 トイレットペーパーや非常食を買い込んだものの、荷物の多さに途方に暮れる主婦、など。

 様々な人々が、様々な様子で混乱に陥っていた。


 人々の濁流になんとか方向性を持たせようと苦心している憲兵が、何人も交差点に立っているのが見受けられる。

 そんな彼らのうちの一人に状況を尋ねたカズヤは、案の定というべきか、隣町の旗の件でこのような混沌が生じたのだと知った。


 そして、忙しいので話しかけるなという事で叱責を受けたのだった。


「弱ったなぁ…。」

 混乱に乗じて財布に手を伸ばしてきたスリの腕を右手ではたきながら、カズヤは左手で後頭部を掻いた。


「僕はなんとかあの二人と合流したいんだけど、古物商さんはどうするの?」

 彼は、刀の柄を拵えてもらうために郊外の工房へと向かって行った、シエルラと無道の顔を思い浮かべた。

 まだ装飾職人の工房に留まってくれているのならばいいのだが、向こうは向こうでカズヤのことを探しに出ているかもしれない。

 そうなってしまうと、合流が困難になるのは言うまでもない。


 こういう時のために、簡易魔動通信機を買っておくんだった。

 カズヤはこの後に待つ面倒臭い作業を想像して、心底後悔していた。


「そうだね…。取りあえず、商品を何処かに置けると良いんだけど。ずっと君たちの荷馬車を借りるわけにもいかないでしょ?」

 そう言って、彼女は荷台に積まれた大小さまざまな包みに目を向けた。


「こういう時って、倉庫が空くと思うんだ。手の早い商人連中が、さっさと港町から撤退してってるだろうからね。」

 彼女曰く、この混乱の結果として港はじきに封鎖されるだろうということだ。

 それよりも前に大規模商会の船団や設備・物資に余裕のある船などは港を脱出していくという予想だ。


 実際、海の方を見やると、寄港していた幾つかの船が沖へと向かって出発しているのが見える。


 …いくらなんでも早すぎるのではないか?


「…というか。」

 ここで、カズヤが気付いた。

「僕らの船はどうなるんだろう?」

 港に目を向ける。

 彼らが乗ってきたフェリーは、当然のことながら、船着き場に停泊している。遠目に見る限り、別段変な動きをしている様子もない。

 おそらくは、町の方から何か声明が出るまでは湾内に待機するのだろう。


「まあ、どっちにしろ倉庫まで品物を運んでもらわなきゃだから、いなせなお兄さんに任せるよ。」

 例によって謎の接頭辞を付けてカズヤのことを呼ぶ古物商。

「カズヤです。」

 それにとうとうカズヤがツッコミを入れた。

 別に、気付いていなかったわけではない。どうでもよかったから無視していただけなのである。


「…知ってるけどさ。」

 それに対して、何故か少し嬉しそうに彼女は呟いた。

「ちなみに、お姉さんはジゼルって言うんだ。ジズって呼んでね。」

 そう言って指をV字に立てる彼女…ジゼルの耳は少し赤くなっている。

 むしろ、今までなぜ名乗っていなかったのが疑問だ。商談の場では、初手で()()()交換をするのが鉄則だと聞くが、そんな光景は見られなかったし。

 彼女は自身を明るい人間に演出しようとしているのかもしれないが、根の暗さが時折見え隠れしているように感じるのはワタシだけだろうか?


「じゃあ、ジズさん。一旦、港の方に向かってみようか。倉庫の管理会社が混乱してないといいんですが。」

 こうしてカズヤと古物商・ジゼルは、一旦倉庫に荷物を置きに行くことにした。

 ただ、町は何度も言うように大混乱である。

 人通りが普段の何倍にも膨れ上がった通りを荷馬車が進んで行くのは一苦労であり、一番近くの倉庫に辿り着くまでに1時間近くかかってしまったのであった。


 まあ、ジゼルの予想通り、倉庫に空きが出来ていたのは不幸中の幸いと言うべきか。

 混乱に乗じてぼったくられた話は割愛しておこう。



 さて、荷馬車とジゼルの荷物を置いたカズヤは、郊外にあるという装飾工房の方へ向かってみることにした。

 豆がたくさん入った缶をぶちまけた時のように無秩序に混乱する人々を秩序立てようと粉骨砕身する憲兵がいたので話を聞いたところ、目的の装飾工房は団地から少し外れた目立つところにあると教えてくれた。

「3つ首の蛇の看板が目印だ。」

 忙しい中、親切にも話を聞いてくれた憲兵は、そのように言っていた。


 仕事を邪魔してしまったことに謝罪をしたカズヤは、人の流れに揉みくちゃにされつつ工房へと足を進めるのであった。


 ジゼルはというと、そんなカズヤの服の裾を掴んではぐれないようについてきている。

 別に彼女がシエルラと無道の事を気に掛ける道理は無いと思うのだが、会話をしたという義理があるらしい。


「こんなことになるなら、飛行呪文の講義を受けておくんだったな。」

 混んでいる地上と打って変わって、快適そうな空を見上げながらカズヤがぼやいた。

 鳥やコウモリの亜人など、翼で飛行できる亜人たちが地上の混沌をよそにすいすいと行き来しているのが見える。


「え!?今何て!?」

 彼が何かを言ったのが耳に入ったのだろう。ジゼルが大声で聞き返した。


「ジズさん、飛行魔法使えたりしない!?」

 このような状況になっている時点で答えは分かり切ったことではあるが、カズヤは一応ジゼルに問いかけた。


「どっちも適性がないんだ!ごめんね!!」

 申し訳なさそうな大声で、ジゼルは答えた。


 …申し訳なさそうな大声というのは、一見矛盾していそうな表現だ。


「分かってましたし、別に大丈夫ですよ!!それにしても、この町ってこんなに人が居たんですね?!」

 それに大声で返したカズヤは、つま先立ちになった。

 平均的な身長をしている彼が、この人ごみの中で辺りを見回すためには、背の高さを少しでも稼がないといけないのである。


 そんな平均的な彼が背伸びをして辺りを見渡すと、少しばかり人の量が少ない脇道が見えた。

「お。あっちまで行けば、多少は人ごみもマシになりそうですね!…今、バキッて聞こえましたけど?」


 カズヤは、後ろで服の裾を引っ張っているはずのジゼルを、厳密には、彼女の傍から聞こえた、太い枯れ木が折れたような音のした方を向いた。


「いや、その…。痴漢だったからさ。」

 申し訳なさそうな顔をして尻を押さえるジゼルがカズヤを見返した。

 そして、そんな彼女の傍には、蹲って尻尾の先を押さえるトカゲ亜人の男が居た。


「…。」

 カズヤはこめかみを押さえると、ため息をついた。


 ◆


「カズヤ君が拘留されたってマ?です。」

「語弊がありますね。僕は第三者ですし、どっちかというと被害者です。悪いのはジズさん…じゃあないか。痴漢おじさんのせいですね。」

 ニヤニヤしながらそう言ったシエルラに、カズヤは疲れた顔で返した。


 ジゼルがトカゲ亜人の尻尾の骨をへし折ったことが原因……、正確に言えば、トカゲ亜人が痴漢をしたことが原因で、2人は憲兵の詰め所で聴取を受けることになったのだった。


 ちなみに、この港町では痴漢が重罪らしく、ジゼルに関しては正当防衛でお咎めなしという事になった。

 まあ、怒られはしたが。


「私たち、びっくりしたんですよ…。憲兵団の方が工房までいらっしゃって、『お連れの方が云々』って…。」

 苦笑気味に語る無道の背には、北方刀・滄溟の入った袋がない。どうやら、柄や鞘を拵えてもらえる事になったらしい。

 滄溟の修理を頼んだ後、フェリーに戻ろうとした所で、憲兵団に召集されたとのことだ。


 ちなみに、憲兵団はフォースマの亜種で、翼を持つペガーシュという魔物の舞台を持っているらしく、工房から詰め所までの道のりも快適だったらしい。

 ずるいなぁ。カズヤはそう思った。


「ところで、ジズさんというのは?他の女ですか?」

 シエルラが部屋の中を見渡しながら言った。

 部屋には、カズヤ、無道、ジゼル、無道とシエルラを詰め所まで連れてきた男性憲兵、その補佐の女性憲兵、そしてシエルラの計5人が居る。


「そりゃ、あなた以外の女でしょうよ。」

 カズヤは呆れ顔を浮かべ、()()()の方を見た。


「えっと、私。ジゼルです。」

 控えめに片手を上げる他の女、つまり古物商ジゼル。

 彼女は少し照れた顔で。

「その…、ジズって呼んでくれると嬉しいな。」

 そう言った。


「古物商のお姉さんがジズさん…。はっ!?まさか、私がずっと心配してたように、カズヤ君と2人っきりになってた間になにかあったんですね?!そうじゃないと、愛称で呼び合う仲になんてなるはずが」

「シエルラ…。あなた、工房に居た間はカズヤのことなんか忘れて、熱心に職人さんから装飾の話を聞いてたでしょう…。ジズさんが困ってますよ。」

 シエルラの冗句に()()()()になっているジゼルを見かねて、無道が口を挟んだ。


 そして、無道はジゼルの方を向き直ると、丁寧な動作で腰を折った。

「改めまして、ジゼルさん。鬼歩無道と申します。先日は良き取引をどうも。」

「あ、その…。こちらこそどうも。ジゼル・グローザ・オーティスです。」

 無道の北方諸国風挨拶に対し、ジゼルは慣れない動きで同じ動作を返したのだった。


「ねえ、カズヤ君。最近、ブドウちゃんまでカズヤ君みたいになってきた気がします…。」

「おーよしよし。ブドウさんも、シエルラさんの扱いに慣れてきたんでしょうね。良いことです。」

 仲良し二人組はそんな彼女たちの傍ら、じゃれ合っている。


「あのね、君たち。仲がいいのはおいさんも非常に嬉しいんだけどもね。ここって実は、憲兵団の詰め所なのよね。」

 このようにガヤガヤと騒いでいたら、憲兵の男性に叱られてしまった一行である。


 これ以上の長居も無用だったので、彼らはフェリーまで戻ることにした。



「お帰りなさい。」

 船に戻ってきた彼らを出迎えたのは、航海の途中で顔なじみとなった水夫だった。


「お疲れ様です。どんな感じですか?」

 3人分のチケットを彼に手渡したカズヤは、船の今後の運行状況を尋ねた。

「ちょうど、航海士たちが会議をしている所です。ですが、おそらく最低でも1日は出発が遅れることになるでしょうね。」

 3人分のチケットを確認し終えた水夫は、それをカズヤに返した後、後ろで列を待っているジゼルに手を伸ばした。


「乗客の皆様にはご迷惑をお掛けします。」

 ジゼルのチケットの確認を終えた水夫は、そう言って頭を下げた。


「まあ、別に急ぎではないので大丈夫ですよ、僕たちは。それよりも、対応ご苦労様です。」

 疲れた顔の水夫にアイテムストレージから取り出した清涼飲料水の瓶を手渡したカズヤは、船室に戻って行った。


 そのすぐあと、背後から、大声でクレームを言う船客と平謝りする水夫の声が聞こえてきたのだった。



 さて。

船室に戻ってきたカズヤは、まるで盛り上がったライブのボーカルが観客席にダイブするかのようにベッドに飛び込んだ。

 行儀が悪いと咎める無道を意に介さず、うつ伏せに寝ころんだまま、カズヤは脳内の整理を始めた。


 隣町に向かおうとした所、隣町では緑旗が掲げられており、そのすぐ後に紫旗が掲げられた。遠目から見る限り、町の様子におかしいところはなかった。


 先ほど憲兵団詰め所で得た情報によると、緑旗が最初に掲げられた、そのたった10分後に紫旗が掲げられたのだという。

 つまり、カズヤとジゼルの馬車は、緑旗と紫旗が掲げられるまでの10分間に隣町が見える所まで到着していたことになるわけだが、これは正直どうでもいい。


 ともかく、魔物が隣町に侵入してから10分程度で死傷者が多数出たということになるわけである。救援を求めて被害を押さえるよりも前に大きく被害が出てしまったのだ。

 これは蛇足だが、死傷者の内訳は死者が12名、重傷者が38名、軽傷者が100名超となっているらしい。

 それでいて、隣町から入った連絡では、侵入した魔物の姿が見られてすらいないのだという。


 一体、どうやって緑旗が上がる事態だと判断したのだろう。


 そもそも、本当に魔物が侵入したことが原因で起こった事態なのだろうか。

 隣町の役所が人災ではないと断定したのは何故だったのだろうか。


 少なくとも、魔物災害を専門に学んでいたわけでもないカズヤには、さっぱりわからない事態だった。


「よっこいせ、っと。」

 カズヤは、うつ伏せになったままアイテムストレージに腕を突っ込んだ。


「あ、またカズヤ君の腕が消えてます。」

 それを見たシエルラが、薬草の種を擂る手を止めて言った。

 彼女は、隣町で傷薬などが足らなくなることを見越して、憲兵団に提供するための薬類を調合しているのである。


 アイテムストレージからひっこ抜かれたカズヤの手にあったのは、冒険者ギルドが発行している魔物図鑑の4巻だった。


 魔物の種ごとに、亜種だけでなく変種に至るまで事細かに記されている図鑑なのだが、そのせいでページ数が膨大になっているのが難点か。

 花級冒険者レベルの専門職でも参照することがある優れた図鑑ではあるが、持ち運ぶにはあまりに重たいのだ。カズヤのような運搬系ユニークスキルを持つ者や、一部の酔狂な者以外が持ち歩いて任務に出ることはまずない。


 彼が取り出した魔物図鑑の4巻には、タコやイカのような、一部の軟体動物系の魔物について記載されている。

 これらタコ・イカは、水中に潜むものや空を飛ぶものが居たり、大きな屋敷と同じぐらい巨大なものが居るかと思えば顕微鏡サイズのものが居たりと、様々な環境に適応できるような様々な種が存在している。

 『事件を見ては烏賊蛸を疑う』ということわざがあるように、何か魔物による被害が出た場合は、とりあえずこれらの魔物を調べてみると手掛かりが見つかることが多いのだ。


 カズヤもその例に則って、今回の件をイカタコ被害に見立てて考えることにしたのだった。


 誰も魔物の姿を見ていないが魔物が町に侵入したということが判った、という話から、姿かたちを背景に溶け込ませることが得意な科を調べてみる。

 おそらく、魔物侵入に気付けたのは、侵入した魔物が町内で魔法を使ったからだろうと仮定した上だ。


 魔物も当然人間と同じ生き物なので、魔法を使うことが出来る種がほとんどだ。ただ、魔物の魔法と人間の魔法は言語の有無が理由で全く異なった体系のものとなっている。

 そのことにより、魔法を使用した際の残留魔素の形式がほんの少し異なっているのだ。

 その結果、魔物が魔法を使った場所に魔法を使える人間が通りかかると、何か違和感を感じるのである。


 それがどうイカやタコに関係してくるのかというと、それは彼らの生態上の特徴である。


 イカやタコの仲間は体表の皮膚細胞にある色素胞を使って体色を調整することが出来る。岩場にいる彼らを見つけるのが困難な理由はそれである。

 しかし、一部のタコの中には、色素胞による体色変化に加えて一種の光魔法を利用して光の屈折率を変化させることで姿を隠す習性を持った種が存在しているのである。

 この種のタコかその近縁種、あるいはこれに類する能力を持った魔物ならば、あるいは視認されずに町の中に侵入することも可能かもしれない。


 カズヤは、そんなタコの特徴が記されたページに付箋を挟んだ。

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