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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
29/43

28.イアイ・バットー・スタイル

 船は港町を離れ、次の港への航路を進んで行く。


 次に寄港するのは明日の早朝となる。


 一組の集団が船を降り、それと入れ替わるように乗り込んできたのは冒険者パーティの一団だ。

 なんでも、遠方に出現した『魔王』を名乗る者を討伐するための装備を作る道中なのだとか。


 『恒炎の勇者』を名乗るパーティリーダーの男、すなわち恒炎の勇者がそんなことを語っていた。


「彼は本当に勇者なのでしょうか?」

 美貌を買われてか、しつこくパーティへ勧誘されていた無道がげんなりした顔で言った。


「間違いなく、本物の勇者ですね。あの背負っていた剣、たしかブルトガングというのではなかったですっけ。」

 同じく回復役として誘われていたシエルラがカズヤに尋ねた。


「シエルラさん、詳しいですね。その通り、あの剣はブルトガングという名前の聖剣ですね。無道さんは知らないみたいだし説明しておくと、聖剣を使える者を勇者と呼ぶんですよ。」

 無道に解説するカズヤには勇者からのお呼びがかからなかった。



 聖剣を聖剣足らしめている存在・聖剣の精霊に認められない限り、聖剣を抜くことすら叶わないのだ。

 また、聖剣使いを騙ろうとすれば精霊に五体を引き裂かれて死ぬことになる。


 そのため、勇者を名乗る者はほとんど必然的に本物の勇者となるのだ。



「まあ、聖剣の性能もまちまちで、強い勇者や弱い勇者がいるって聞くけどね。ブドウさん的には、武器に強さを左右される勇者ってどうなんです?」

 カズヤは、背中に先日購入したばかりの刀を背負う無道に問いかけた。


「難しい所ですね。きちんとした技術を身に着けている者どうしで戦わせられた場合、優れた剣を使う方が勝つでしょうね。良い剣ほどひずみが少なかったり頑丈だったりするので。」

 そう言って、背中の布袋を撫でる無道。


 ちなみに彼女曰く、恒炎の勇者の所有していた聖剣ブルトガングと同じくらい、彼女の持つ『滄溟』は良い剣らしい。


 性能の差と言えば、精霊が住んでいるかいないかぐらいとのことだ。


「まあ、この子にも早い所、ちゃんとした服を着せてあげたいものですが。」

 そんな『滄溟』も、柄の部分が壊れているのだから使い物にならない。


 残念ながら、北方刀の刀工が港に居なかったので、修理に出せないのだ。


「上等な木材と縄さえあれば、一時しのぎのものをこさえることが出来るのですが…。カズヤかシエルラ、いい木を持っていたりしませんか?」

「木こりじゃないんだから持ってませんよ。」

 首を横に振って答えるカズヤ。


「調合に使う香木ならありますけど…、それじゃあダメですよね。」

 私物の詰まった布袋から細い木の枝を取り出して見せるシエルラ。

 木材としての利用を想定されていないそれは、容易くぽきぽき折れてしまう。


 もちろん、使いようがない。


 そういうわけで、無道が『滄溟』を使えるようになるまでには、まだ暫くかかりそうなのである。


「というか、まだ杖も取れてないのに刀なんて振れるんですか?」

 カズヤは無道の歩みを支える松葉杖に目を向けながら言った。


 杖を突きながらひょこひょこと歩く姿を見る限り、まだまだ激しい動きは出来そうにないだろう。



 しかし、無道はさも意外そうな顔を彼に返した。


 そして、松葉杖を。


 バルコニーの手すりにもたれ掛からせて。


 両足だけですっくと立ちあがった。




 …あれ?




()()()()()()()()()()()()?」

 カズヤの驚く様子を見て、逆に驚きながらシエルラが言った。


 …え、もう治ってんの?


「ただ、切創は相変わらず治りが遅いですね。激しい動きは、カズヤ君も言うようにダメです。」

 むしろ、切り傷の治癒の方が、骨が繋がるのよりも早いように思われるのだが…。


 と、ともかく。


 無道の足の骨折は、杖無しでも歩ける程度には回復しているらしい。


「あれ?じゃあ、なんでずっと杖を突いてるんですか?」

 置かれた松葉杖に、もう一度目を向けるカズヤ。


「ああ、これはですね。癖と言うかなんというか…。」

 答えにくそうに、こめかみを掻きながら無道は続けた。


「この世界に来る前の世界で、交通事故に遭ったと言いましたね。」

 …と、ここでキョロキョロと辺りを見回す無道。


 事情を知らない人間に聞かれたら、一体何を言っているのかと思われてしまうからだろう。


「…その交通事故で、歩行に支障が出るほどの大怪我を負ったのです。それっきり、松葉杖をついていないと落ち着かないと言いますか。」

 確かに、無道の話を初めて聞く者からすれば、その話は荒唐無稽がすぎるだろう。


 こちらとしても相変わらず荒唐無稽だと思う。


「なるほど…。よくわかりませんが、癖というわけでふね。ひょっと、ひえるらふぁん?」

 無道の話に相槌を打っていたカズヤの頬を、突然、シエルラがつつきだした。


「うーん、肌年齢がお若いですねえ。カズヤ君の肌をブドウちゃんに移植すれば、或いは…。」

 何やら不穏なことを呟くシエルラ。


 だが、カズヤは知っている。


 この不穏な呟きはフェイクで、彼女はただただ、突然カズヤのほっぺたを突いてみたくなっただけなのだと。


「まあ、お二人に血縁関係があるわけでもありませんし、定着せずに終わりですかね。冗談ですよ、冗談。」

 そう言って彼女は、パッと開いた手を、ひらひらと振るった。


「それで、ブドウちゃんの切創の話なんですけど。」

 その場を誤魔化したつもりのシエルラが、無道に目を向ける。


「昨日から、調合し直した軟膏を塗ってあげています。皮膚同士の結束が早くなるバランスで作っていますから、そろそろ剣の素振りぐらいはできると思いますよ。」

 置かれていた松葉杖を取り上げて、剣を振るマネをするシエルラ。


 しかし、膂力と握力が足りていない。


 上段に振り上げられた松葉杖は、振り抜かれた際の遠心力で彼女の手からすっぽ抜けた。


 カズヤの頭の横を掠めた松葉杖は、船の壁に当たって甲板の上に落ちた。


「…シエルラさん。」

 真顔で甲板の上に転がる杖を見つめるカズヤ。


 そんな彼の冷えた声を聞いて。


「すみませんでした。」


 これまで見た彼女の中では一番素早い動きだったのではなかろうか?


 シエルラはものすごい速度で頭を下げた。


「ま、まあ…。シエルラ(こども)の手の届く位置に杖なんて置いていた私が悪いですし。」

 フォロー(?)を入れた無道は、少し考えこむような素振りを見せる。


「どうしたんです?」

 そんな無道に、シエルラの頭頂部に軽くチョップを入れたカズヤが尋ねた。


 叩かれたはずのシエルラが目を(><)のようにしながらも、どこか満更でもなさそうなのは何故だろう。


「カズヤ、木刀を持っていたりしませんか?無ければ、1m20cmぐらいの木の枝でもよいのですが…。どちらかがあれば、売って下さい。」

「ああ、なるほど…。学生の頃に使ってた木剣が幾つかありますし、中古でよければあげますよ。」

 無道の意を汲んだカズヤは、アイテムストレージの中から、古い木剣を引っ張り出していく。


 1本、2本、3本…、次々に出てくる。

 同じぐらいの長さの様々な形の木剣が、合計で7本出てきた。


「これが直剣タイプ、これが北方刀タイプ、これがカトラスタイプですね。」

 素人目にはよくわからないが、直剣が3本、北方刀とカトラスがそれぞれ2本ずつの計3種類となっているらしい。


 どれも非常に使い込まれているが、全てが丁寧に手入れされている。


「すごいですねえ…。木剣集めが趣味なんですか?」

 刀剣に関してはてんで門外漢なシエルラが、感心したように尻尾で甲板を叩いて言った。


「王都にいた頃、後輩の冒険者達に手解きを求められることが多かったので。ちなみに、同じカテゴリの木剣も、全部メーカーが違ってたりするんですよ。」

 カズヤの言う通り、たしかにロゴの入っている位置や刃の角度が微妙に違っているのが見て取れる。


「どうせ、今後使うことは無いですからね。好きなのを持ってってください。」


 住処を定めず旅をしていく道を選んだ以上、“後輩”が出来る事はないだろう。


 どうせアイテムストレージの肥やしになるのならば、とカズヤは2本の北方刀型の木刀を無道に差し出した。


「…ありがたく使わせてもらいます。」

 差し出された北方刀のうち、反りが強い方を受け取って、無道が深々と頭を下げた。




 さて、カズヤから受け取った木刀をさっそく構えてみる無道。


 痩せぎすな彼女が剣を上段に構えたり中段に振り抜いたりする姿は、お世辞にも強そうには見えない。


 なんだか、冒険者に憧れる子どもが冒険者ごっこをしている姿にすら見えてくる。


 以前、この世界の冒険者の戦闘レベルが低いと高説を垂れていた割に…。

 カズヤは内心そう思ったが、それを口には出さなかった。


「何か違和感があると思ったら、今は()()()()()()()があるのでしたね…。それを加味した立ち回りが求められそうです。」

 一通り木刀を振るった無道は、腰に木刀を持って行こうとした。


 おそらく、刃を鞘に納めようとしたのだろう。


 しかしながら、鞘のない木刀である。


 そのことを途中で思い出したのか、無道は誤魔化すようにショートパンツのベルトに木刀を挟んだ。


 そんな彼女の姿を、カズヤは生暖かい目で見ていた。



「せっかくだし、カズヤ君に模擬戦の相手になってもらうというのはどうですか?」

 直剣型の木剣を弄りまわしていたシエルラが、ふと思いついたように言った。


「冒険者として魔物と戦うための剣術と、武術として人と戦うための剣術は違う。そんな話を、昔、王さ…貴族の方に聞きました。カズヤ君は教え上手みたいですし、ブドウちゃんが冒険者になる時に役に立つ小ワザを教えてくれるかもしれませんよ。」

 武術と冒険者剣術は違うと言っておきながらも模擬戦を提案するシエルラ。


 きっと彼女は、2人の対人戦を見てみたいだけなのだろう。


「それは願ったり叶ったりですが…。カズヤさえよければぜひお願いしたいです。」

 体が鈍ってきているのが気になっていたのか、無道はやる気に満ち溢れている。


「別に良いけど。無理はしないで下さいよ。」

 カズヤとしても断る理由は特になかった。


 なので、二つ返事で了承した。


 とはいえ、ここは船上。

 2人が木剣を交えることのできそうな広い場所は甲板ぐらいしかないだろう。


 甲板の上でもスペースを確保するのは一苦労。

 見晴らしの良い甲板は一種の憩いの場となっており、乗客たちが思い思いにノンビリしている。


 ただ、延々と続く海の景色に飽きてきた船客たちは、カズヤ達の交渉に快く応じてくれた。


 というか、完全に見世物である。


 退屈が高じた乗客たちがぞろぞろと集まってきて、カズヤと無道を囲う円形のリングとなった。


 その中には、例の恒炎の勇者の姿も見られる。

 聖剣に選ばれた勇者だけあって、剣術に関しては並々ならぬ関心があるのだろう。

 トロピカルジュースのカクテルとポップコルン(コルンの実を弾けるまで熱した菓子)を買って戻ってきたシエルラをつかまえて、カズヤと無道の冒険者としての素性について尋ねていた。


 例の古物商は荒事を見るのに慣れていないのか、ハラハラした顔で2人を見ている。


 フェリーの船員達は、船の設備が壊れることを気にするどころか、自分たちが勝った方の相手になるぞと息巻いている。

 航路を妨げる海魔と戦う船乗りたちは、なかなかに腕が立つということで評判だ。


 さて、当のカズヤと無道はといえば…。


「なんだか大事になってきたなぁ…。緊張しませんか?」

「これでも武道場の師範ですので。人に模擬戦を囲まれることには慣れていますよ。」


 案外落ち着いていた。


「ルールは、相手に木剣を先に当てた方が勝ち、急所狙いは無しといったところで問題ないですかね。ちなみにこれは、冒険者学校の公式戦第一段階ルールとほぼ同じです。」


 木剣とはいえ、当たれば痛い。なんなら、当たり所次第で骨折すらしうる。


 あえて急所狙いを反則にすることで、脚や腕などを狙って相手の動きを止めるという戦術の練習となるのである。


「それで構いません…。ですが、ちょっと試したいことがあるのです。スイカのような果物があればいいのですが…。」

 無道の漏らした呟きを聞いたコックが、小走りで厨房に戻って行った。


 暫くして戻ってきた彼の手には、人の頭ぐらいある大きな果物を持ってきた。

 黄色い果皮のそれは、南国原産の“スイカ”と呼ばれる果実である。


 銀貨一枚でそれを買い取った無道は、テーブルの上にそれを置いた。


「なんだなんだ、スイカ割りか?」

「パフォーマンスかな?」

「夏の風物詩って感じですねえ。」

「どうでもいいから早く始めてくれ!」


 早く打ち合いを見たい観客たちのヤジが飛ぶ。


一寸(ちょっと)、お待ちください。」

 取り巻きたちに頭を下げた無道は、腰に下げた鞘にしまい込むような動きをする。


 もちろん実際に鞘があるわけではないので、あくまでも()()である。


 だが、無道がその動きを終えた瞬間、あたりに漂う空気が変わった。


 ヤジを飛ばしていた観客たちも、一斉に静まり返る。

 恒炎の勇者や、シエルラでさえも、固唾を飲んで無道の姿を見つめる。


 木刀を収め、腰を低くした独特のポーズをとる無道。

 腰を低くするというよりも、ほとんど座っているとでも言うべきかもしれない。

 そんな彼女の背中からは、揺らめく気が立ち昇っているかのような幻視すら見える。


 (しか)して、彼女からは殺気が感じ取れないのである。


「これは…!彼女は武器を仕舞ったのではないわ!これが、彼女の構えなのよ!!」

 町娘のような恰好をした少女が叫んだ。

「昔、古い本で読んだことがある…。彼女の構えはイアイ・バットー・スタイル!剣を鞘から抜く勢いを殺さずに、剣をトップスピードで相手に当てる戦闘スタイルなの!!」


 妙に解説口調であることに疑問を挟む者はいない。


「ジュー・ジュツとソードスキルを融合させた業で、かつて存在した北方のアサシンが好んで使っていたと言われているわ!」

 よくわからないが、そういう事らしい。


「少し語弊があるのですが…。まあ、仰る通り、私が使うのは鬼歩流居合抜刀術。上手く行くかはわかりませんが、一斬りさせていただきましょう。」

 苦笑まじりに反論した無道は、一つ息を吐くと、徐に木刀を振り抜いた。


 あまりにも不意を突いた一撃に、観客たちは何が起こったのか気付くことが出来なかった。


 ただ、剣速自体はそこまで速いものではなく、剣が振り抜かれた軌跡を追うことが出来る程度だった。


「うーん、鈍りましたね。」

 独り言ちる無道。


 その『そこまで速いものでもない剣速』のまま、木刀がスイカを横切ったように見えた。


 明らかに当たったはずの木刀は、途中で止まることもなく、スイカを砕くこともなく通過した。


「…外した?」

「当たった音は聞こえなかったけど…」

「いや、木剣がゴーストみたいに通り抜けたように見えたぞ?」

 ざわざわと話し始める観客たち。


「あ。もう試し切りは終わりましたので。このスイカももう使わないので、よろしければ皆さんで召し上がって下さい。」

 肩を回してぽきぽきと音を立てながら、無道は言った。


「じゃあ、始めましょうか。」

 にこり、と笑った無道は、カズヤの方に向き直った。

 そして、先ほどのように、腰を低くした“イアイ・バットー・スタイル”の構えを取った。


 スイカが砕ける図を予想していたカズヤは、肩透かしを食らったかのような気分になりながらも剣を構えた。


 試合開始の合図を出そうと、腕を掲げるシエルラ。




「うわ!?なんじゃこりゃ?!?!」

 …と、そこに水を差す声が一つ。


 驚いたように声を上げたのは、スイカを持ち上げたコックだった。

剣術とか正直わかりません。

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