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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
22/43

22.深夜の指名依頼2

 カズヤはコクロウノイグスリを調べた後、しばらく木の幹や葉を調べたりしたが、特に異常は見られないことに気付いた。


「異常と呼べる異常は、あの実を除けばとくに見られませんね。ただ、その件の実なんですが、早いうちに除去することをお勧めします。」

 カズヤはそう言うと、樹皮に垂れた果汁をさじで掬い取った。


 さきほどシエルラ印の解毒剤を用意したうえで果汁を舐めてみたところ、強い甘味の後に、猛烈な渋みと苦みがやって来ることが確認された。

 渋みと苦みはおそらく、リアラの神木が分泌した免疫物質の一種であると予想された。


 さらに精査したところ、樹液の免疫物質量が増加しており、それは果実の生った枝に近いほど多くなっていた。

また、樹液内で妙な菌体も発見されなかったため、原因は異様な果実でしかないだろう。


「後患を断つためにも、出来ることならば今日のうちにあの果実を取り除いておくことをお勧めしますが…。そうすると、この村の観光資源が失われてしまいますよね?」

 カズヤは、団体長と、遅れてやって来た町長に目を向けた。


「団体長。私はこの際、収穫してしまえばいいと思うのだがどうだろうか。収穫した実を加工して保存しておけば、それはそれで観光資源になるのではなかろうか。」

 白髪をオールバックにした町長が、杖で果実を指しながら言った。


「同感です。いずれにせよ、果実部はおそらく腐り落ちてしまうでしょうから、種子だけでも保存しておきましょう。今後の保全に役立つ可能性があります。折角ですから、カズヤ先生に立ち会っていただいた上で、この晩のうちに解剖してみるというのは?」

「なるほど、次に花級の方が居る機会となると、次はいつになるやらわからんからなぁ。」

 といった様子で、当のカズヤ本人の意思抜きで進んで行く会話。


 これは、今夜は徹夜だろうなぁ。

 カズヤはそう思いながら、前にシエルラに作ってもらった眠気覚ましの丸薬を口に含んだ。

 痺れるように辛いそれには、ミンダハの葉やエナンモの果汁が用いられている。


「よし、そうと決まればさっそく解剖していきましょう。ハルタさん、なにか必要なものはありますか?」

 話し合いが終わったらしく、団体長が先ほどの草本学者のエルフを呼び寄せる。

 

 果実への執刀は、彼女が行うことになったらしい。


「よく切れるナイフと、水漏れしないシート、お湯と真水をひとまずはお願いします。カズヤ先生、他に何か必要でしょうか?」

「え?えーと…。多分大丈夫じゃないかなぁ、とおもいますよ。」

 眠気覚ましを舐めながらぼうっと果実の様子を眺めていたカズヤは、急に話を振られて焦りながら答えた。


「わかりました。では、私は自宅から鉗子などを取ってきます。10分もあれば戻ってこれますので、少々お待ちください。」

 カズヤと団体長、町長に頭をペコリと下げたハルタは、駆け足でその場を立ち去った。


 あれよあれよという間に、解剖の準備が進んで行く。


 まずは果実を傷つけずに木から降ろす必要があるのだが、これだけ大きな果実だと、そうするにも一苦労だ。


 ああでもない、こうでもない、と団体長を筆頭に管理団体員たちが議論しながら収穫の準備を進めていく。


 なんだか冒険者学校の学園祭準備を思い出しながら、カズヤはぼんやりと果実を眺めるのを再開する。


 その時、彼は何やら違和感を覚えた。


 果実は依然、真っ赤な果汁を垂れ流している。

 かなりの量の果汁が流れ落ちたはずなのにも関わらず、あふれ出す果汁の量も色も変わらない。


 果実も萎んでいる様子もなく、未だに球形を保っている。


 先ほどと何ら変わらない様子の果実なのだが、しかし、カズヤはどこか引っかかる所があった。


 果実の角度が少し変化しているような気がする。


「どうか、したんですか?」

 睨むように果実を凝視するカズヤに、団体員のうちの一人が声を掛けて来る。


「いや、何でも…、ちょっと見てくれ!」

 カズヤは、果実を指差して叫んだ。


 慌ただし気にワイワイと準備を進めていた面々がしん、と静まり、カズヤの方を見る。

 そして、彼の指差す先、つまりは果実に目を向ける。


「今、動きませんでしたか?」

 彼の言葉に、その場にいる全員が目を凝らして果実を凝視する。


「動いたか…?」

「さ、さあ?」

「そういわれてみると、ちょっとだけ、位置が、かわったような…。」

 顔を見合わせてざわざわと話しだす団体員たち。


「あっ!動いてる!?」

 人ごみの向こう側で誰かが声を上げる。


「本当だ、動いたぞ?!」

 ほかの方向からも共感の声が上がる。


 一瞬だけ、丸い果実の果皮がほんのわずかだが、歪むように膨らんだのだ。


 言うなれば、まるで()()()()()()()()()()()かのように蠢いた。


「やっぱり魔物か…?それにしては、状況と噛み合わないし…。」

 見間違いでなかったことを確信したカズヤは、顎に手を当てて考えこんだ。


 管理団体員たちから聞いた話によれば、果実には花芽が形成された時点で、常時魔よけの魔法による結界が張り巡らされていたはずだ。

 強力な魔物だろうと容易くは近寄れないと言っていたのは、管理団体の魔法担当だ。


魔よけに加えて忌避剤も併用されているという話だったので、飛行型の魔物がこの木の周りを避けて通るのだそうだ。


そうだとしたら、ますます謎は深まるばかりだ。


いったい、果実の中で何が起こっているのだろうか?


「ひとまず、各自警戒態勢を取っていてください。団体長さん、念のため銀級一人以上の冒険者パーティに協力を要請してください。」

 万が一ということを考えて、カズヤは周囲の人々に指示を投げかける。


 必要以上に人がいると、何か不測の事態が起こった際に対処しづらい。

 仕事のある者以外は帰らせる。


 結果、監督役のカズヤと執刀のハルタ、立ち合いの団体長と団体幹部2名、記録係1名に、協力を要請した冒険者パーティ3名という編成になった。


 なお、町長は大事があってはいけないということで退避してもらっている。


「ほう、本当に真っ赤ですなぁ。」

 銀級の魔法使いの老人が、樹上の果実を眺めて言った。


「儂は草木についてはてんで門外漢なものでな。リアラの実とはこれほどに赤くなるものなのですかな?」

 彼は、長い白髪の眉毛面をカズヤに向けながらそう問いかけた。


「ここまでになるのは珍しいことですが、前例がないわけではありません。リアラの実は、過熟が進むにつれて赤味を増して行くものですから。…ですよね、先生?」

 カズヤの代わりに魔法使いの疑問に答えたハルタ女史は、上目遣いにカズヤの顔を覗き込みながら言った。


「一部の改良品種を除けば、そうですね。赤くなるほど糖度が増しますが、同時に腐敗速度も加速していきます。この実ほど赤くなったというケースが少ないのはそういう理由ですね。」

「なるほどのう。」

 ハルタとカズヤの解説に、魔法使いの老人は興味深そうに頷いた。


 ハルタはカズヤの解説を聞いてメモを取っていた。


「要は、あの実の中にいる奴に対抗して、神木が作り出した免疫物質があるおかげで、この実が熟れても腐りにくくなってるってことでしょ?」

 軽薄そうな銀級剣士が言った。

 見た目のわりに察しがいい。


「なるほど、深いですね。要するにどういう事です?」

 眼鏡を掛けた知的そうな女騎士が、堂々と頷きながら言った。


「また動いた。だんだんと頻度が高くなってきているようですね。魔法使いさん、さっそくお願いしてもいいですか?」

 そんな彼女を無視して、カズヤは指示を出した。


 老魔法使いは、B クラスの風魔法スキルを所持している。

 Bクラスともなると、風を器用に利用して様々なものを運ぶことができるのだ。


 直接触れて運ぶこともないので、今回の件においては非常に心強い魔法であると言えよう。


 短い詠唱を唱えた老魔法使いは、素早く左手を払って、風の刃を飛ばした。


 緻密な角度計算が為されたそれは、神木を傷つけることなく、神木と果実を繋ぐ枝を最小限に切り離した。


 巨大な果実が神木から離れ、自由落下を始める。

 それと同時に、彼は空気を持ち上げるように右手を動かす。


 重力加速に従って速度を増していた果実は、空中でスーッと動きを止めた。


 ふわふわと漂うそれは、老魔法使いの手の動きに合わせて、カズヤ達の方へと向かってくる。


「そら、キャッチの準備を。」

 老魔法使いは、カズヤ、チャラ男剣士、眼鏡騎士の方を向いて声を掛ける。


 3名は、管理団体の面々が急ごしらえで作った、3方に持ち手のある布のそれぞれの持ち手を持って広がる。


「ポン子、もちっと左へじゃな…。よし、良かろう。下ろすぞ。」

 細かい指示で調整を行った老魔法使いは、ゆっくりと掲げた腕を下ろしていく。


 だんだんと高度を下げてくる巨大な果実、それに伴って強まってくる強い芳香。


 芳香を巻き込んだ甘い風が、彼らの前髪を巻き上げる。


「うおっ、やっぱり重てえ…!ポン子、離すなよ?」

「そんなに重たいですか?あと、ポン子と呼ぶのをやめろと何度言ったら…。」

 言葉の応酬をし合う銀級2名。


「無事に受け止められましたね。では、あちらの仮設解剖台へ持って行きましょう。」

 カズヤは、シートの敷かれたテーブルを顎で示した。

 仮設の解剖台と化したテーブルの周りには、メスや鉗子の入ったバットが広げられており、傍らでハルタがスタンバイしている。


 ゆっくりと運ばれた果実は、キャッチ用の布ごと解剖台の上に乗せられた。


「よし、第一段階は完了、と。そういえば、運んでいる最中はあまり動きませんでしたね。」

 手をプルプル振るいながら、カズヤは言った。

 風魔法で運ばれている最中は蠢いていた果実だが、布に乗せられて運ばれている最中にはあまり動きを見せなかった。


「では、解剖していきますね。とりあえず、果皮を剥いでいきます。」

 ぎこちない手つきで果実にメスを入れていくハルタ。

 丸く膨らんだ果実に刃を入れるその様は、まるで帝王切開を施しているかのようだ。


「思ったよりも硬いですね…。先生、刃が通りません。」

 鋸を使うかのようにぎこぎことメスの刃を上下させながら、ハルタはカズヤに顔を向けた。


「ちょっと貸してみて。…確かに、切れないわけではないけど、この調子だと時間が掛かりそうだ。この裂け目からメスを入れてみましょう。」

 ハルタからメスを受け取ったカズヤは、様々な角度からメスを突き立て、果実への通りを確認して言った。


 神木から生っていた際に果実が流れ出ていた裂け目からの延長線状のラインには、比較的刃が通りやすいことがわかった。


 ハルタは指示に従って果皮を剥いでいく。


 少しずつ剥がれていく果皮から覗く果肉は、まるで皮膚の下の筋組織が現れてくるようだ。


「ちょっとグロいですね。」

 眼鏡の女騎士が、眉を顰めながら呟いた。


「果肉まで真っ赤なんですね。…まるでススモの実のように見えます。」

 ハルタの手元を覗き込むように見ていた団体長がそう言った。


 ハルタは、果皮を剥がし終えると、メスをナイフへと持ち替えた。


 ここからは余計な果肉を剥がしていくフェイズであり、刃渡りの短いメスではやりにくいのだ。


「今のところ、動いていたヤツには出くわしていませんね。果皮の下に、幼虫でも潜り込んでいるものかと思っていましたが。」

「そうですね。果肉に被食痕は見られませんし。」

 ハルタとカズヤの専門家2人は、顔を見合わせて首を傾げた。


 ハルタは、注意深く果肉を削いでいく。


 球状の果実の中央に近づいていくにつれて、果肉は少しづつ硬くなっていく。

 普通のリアラの実の中央には、丸い形のゴツゴツした種子が入っているものだが。


「どんどん匂いが強くなってくるな。それに…、何だこの臭い?獣くせえぞ?」

 チャラ男剣士が、服の袖で鼻を覆いながら言った。

 確かに、雨に濡れた犬か狼のような臭いが、明確に感じ取れる程度に漂い始めている。


「あ、カズヤ先生。種が見えました。」

 ハルタがそう言ってナイフを置いた。


 果実の隙間から覗く種子は、皴が入ったような表面をしている。

 また、削ぎ取った果実の量から推定して、だいたい果実の体積の半分はありそうなほどの大きさがありそうだ。


「種子…?にしてはデカいし形も変だ。」

 カズヤは首を捻りながら、手袋を着けた手で巨大な種子に触れる。

 そして、その直後、彼は物凄い勢いで触れていた手を離した。


「なんだこれ!?ブヨッブヨだ!」

 彼は、顔を顰めながら人差し指で種子の表面を突く。


 指に押された種子は、ぶにょっと沈み込む。


「ふむ、腐っているのではないか?」

 老魔法使いもハルタから手袋を借りて、種子の表面を突いてみている。


 それに触発されたのか、団体長とチャラ男剣士も種子を触り始めた。

 それに続いて、ハルタのサポートをしていた団体員たちや記録係も、恐る恐るといった様子で種子に触れる。


「私も!私も触りたいです!」

 最後まで躊躇していた眼鏡女騎士も、他の面々が種子を弄っているのに仲間外れとなるのが嫌だったらしい。

 恐る恐る、種子に指を伸ばした。


「うえぇ…。なんだか、爬虫類系の魔物の卵みたいな感触ですよ。」

 気持ち悪そうな顔をして、彼女は手袋を外した。


「うわ!?物凄い動きをし始めましたよ!?」

 ハルタがサッと果実から距離を取った。


 種子のうち、大気に露出した部分が、ぐにぐにと不気味な蠕動を始める。

 蠕動の傍ら、時折、内側から突き上げるように出っ張ったり引っ込んだりを繰り返し始める。


「まさか、種子じゃなくて蛹…、いや卵なのか?!団体長さんとハルタさん、あと他の非戦闘員の皆さんは下がって下さい!」

 管理団体員たちを背後に庇うと、カズヤと銀級冒険者3名はそれぞれの武器を構える。


 片手で剣を構えたカズヤは、もう片方の手で果実を削ぐのに使っていたナイフを拾い上げた。


「中にいる奴が毒液を噴霧してくるかもしれません。皆さんは、警戒を解かないで。」


 カズヤはアイテムストレージからガスマスクを取り出し、装備しながら言った。

 このガスマスクは、花級冒険者になると任意で支給されるものである。


「今、どこから出したんですか…?と、ともかく了解です!先生、お気をつけて…!」

 タオルで口元を覆ったハルタが、もごもごとくぐもった声で言った。


 カズヤは、慎重にナイフの切っ先を種子の表面に当てる。


 その状態から少し押し込むだけで、種皮に簡単に穴が開いた。


 少し刃をずらすと、種子から気体が漏れ出てくる。

 ガスマスクに施された魔術メーターでは、大気中の毒素量に変化は見られない。

 その代わり、魔力量のメーターが少しだけ増加しているようだ。


「思ったより柔らかいな。あと、種皮の層が薄い。中身はやっぱり空洞になってますね。」

 記録係がメモを取れるよう、カズヤは所感を述べていく。

 記録係の団体員に加え、団体長とハルタもメモを取っている。


「ナイフの先が押し返されました。…コイツですね。浅めに切り開いて、中にいる奴を引っ張り出してみます。」

 カズヤはナイフを下ろすと、深呼吸をして意識を落ち着かせる。

 植物寄生型の魔物にそれほど危険な種はいない。

 だが、今回神木の実に宿った者はその例に当てはまるのかどうかすらわからない。


 既存種なのかもわからないし、もしかしたらまだ発見されていなかったり、新たに誕生した新種なのかもしれない。


 仮に既存種だったとしても相当な珍種であることには変わりがないであろう。

 この場にいるのは冒険者と学者。


 有識者である彼らが誰も同定できていない以上、危険種であったとしても対策が取れないだろう。

 死ぬことはないだろうが、怪我を負ったり未知の毒に襲われる可能性がある。


 そういった危険に対して覚悟を決めたカズヤは、勢いよく種皮に切り口を入れた。


 そして、切れ込みから片手を突っ込むと、中で蠢く何かを掴んだ。


「激しくぬめぬめしている…!」

 手袋越しに伝わってくる気味の悪い感触に毛穴が逆立つのを感じながら、カズヤは掴んだモノを種子から引っこ抜いた。


「な、何だコイツ!?」

「こ、これは…!?」

「まさか…そんな!?」

「ふむ…。」

「うーわ、ヤッベ!」

「美味しくはなさそうですね…。」

 中から出てきたものの姿を見た彼らは、各々の抱いた感想を思わず漏らした。

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