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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
20/43

20.港での一夜

 漁村を出た一行は、まる3日かけて港町ワンガンポートまでたどり着くことができた。


 道中でいくつかトラブルが起こったりしたが、特記すべきほどのこともなかったので割愛するものとする。


 さて、ワンガンポートに着いた一行は、渡船場に来ていた。


「よう。どこまで行くんだい?人数は?」

 白髪交じりの水夫が乗船チケットを求める客の列を捌いている。


「大人3人、目的地は…どこまで行くんでしたっけ?」

 カズヤは、カモフラージュのためにエビ老師の格好を取ったシエルラに問いかけた。


『どこまで行くんですか、ブドウちゃん?』

 いつぞやのように手帳にセリフを書いて意思疎通を行うシエルラ。


「え、私に聞かれましても。……もしかして、どこに向かうのかも考えていないまま、港まで来たって事ですか…?」

 呆れたような顔で2人を見る無道。


 カズヤはシエルラの旅に同行しているつもりなので、別に目的地などはない。


 シエルラは王国外に出ることが出来さえすればいいので、行先はカズヤと無道任せのつもりだった。


 無道はこの世界の地理に詳しくないのと、カズヤとシエルラに拾ってもらったことから、とりあえず2人に付いていく算段だった。


 要するに、他人任せが3人集まっていたのであった。


「なんだ、買わないのかい。次の奴が待ってるから、用がねえなら捌けてくれねえかな。」

 受付の水夫は、怪訝そうな顔で一行を見ている。


 カズヤ、シエルラ、無道は顔を見合わせると、右拳を突き合せた。


「僕なら北、シエルラさんなら東、キフさんなら南、あいこなら西です。」


 掛け声に合わせて繰り出された右手の結果は、無道の勝利に終わった。


 一行の次の目的地は、南方に向かって一番初めの国という事になった。


 


 さて、一行の乗る予定の船は翌日の昼間に出港する予定となっているらしい。


 準備という準備もない一行は、早々に宿をとった。

そして、ここまでの道中の慰労会をすることにした。


 宿に付属したレストランの個室に集まった3人は、アルコールを交えつつ、今後の予定を考えていた。


「僕は、シエルラさんが気に入る土地があったら、そこを一旦の目的地とするつもりです。その後、どうするかはまだ考えていませんが。」


 度数の高いハイボールの入ったジョッキを傾けつつ、カズヤは語る。

「一人で旅を続けるのもいいと思いますし、道程で得られた何かを使って商売するのも悪くなさそうです。」


「えー、一緒に暮らしましょうよ。どうせ私は薬師をやっているでしょうから、専属の採取師として雇ってあげますよ~?」

 甘いバードベリーのリキュールの原液をジュースのように飲むシエルラが言った。

 宿のスタッフはシエルラの事情を知っていたようなので、今は老師の格好をしていない。


「なんですか、プロポーズですか?気色悪い。」

 彼女の言葉に、カズヤは苦々しげに顔を顰めながら言った。


「カズヤ、飲みすぎなのでは…。口が悪くなっていますよ。」

 そう諫める無道の顔が一番赤くなっている。


 彼女は、ショットグラスに入った米酒をカパカパと呷っている。


 厨房で目を眇めながら大量の小魚を捌くシェフのおすすめメニューは、ベルドーの稚魚のフリッターだ。

 繊細な身質で雑味の少ないベルドーの稚魚をつまんで、カズヤは他二人の顔を見た。

「…シエルラさんは全然酔っているように見えないな。キフさんはもう真っ赤だけど。」


「よくウワバミって言われるんですよ。竜人だけに、ね。」

 ぴたん、と尻尾の先で床を叩いてシエルラはキメ顔で言った。


「竜人としての素性を隠していたのでしたら、いったい誰がそんな呼び名を…。それはそうと、次の目的地はどういう国なんですか?」

 既に1Lの瓶を空けていた無道は、瓶の注ぎ口が真下を向くまで傾けながら問いかけた。


 無道の言葉に、カズヤはアイテムストレージから地図を取り出した。

そして、机の上の空き皿を重ねてスペースを確保すると、それを広げた。


零れたリキュールが地図の海上に新たな島を作り出したのを見て、彼は不快そうな顔をした。


「……今回乗る船は、こういう感じのルートでぐるーっと回り込むように大陸の沿岸沿いを進んで行きます。途中でこの国の…っと失礼。」

 ゲップが出そうになった彼は、途中で言葉を切って口元を押さえた。


「航海の途中で何か所かの港に寄港しますが、それは全部この国の一部です。船が国外に出るのは、最後の港から終点のアロアロ群島に向かう時だけですよ。」

 そう言ってカズヤは、人差し指で4つの島が密集した辺りをぐるぐると囲った。


「アロアロ群島…、なんだかハワイアンな響きですね。ヤシの木と白い砂浜が目に浮かびます。」

 無道は、常夏の島に想いを馳せている。


「たしかに、本島を囲む3つの島に関しては概ねそんなイメージで合ってますが、一番大きな本島は純人間の国の王都よりも都会なぐらいみたいなんですよね。地下に魔石列車が通ってるらしいですし、巨大建築の並ぶ街並みは()()()と呼ばれているようです。」


 ぐしゃぐしゃになったガイドブックを取り出したシエルラが、アロアロ群島のページに書いてあることを読み上げた。


「ますますハワイアンですね…。ハワイに地下鉄が通っているかは知りませんが。しかし、これから暑くなっていく時期だというのに、南国に向かって大丈夫なのでしょうか…?」

 経度的には亜人の国と2度もズレていないアロアロ群島だが、緯度で見ると純人間の国よりもはるかに赤道側に近い。

 当然、陽射しの強さも気温も高くなっていくだろう。


「…そう言われてみると、東西南北でじゃんけんをしたのは悪手だったような気がしてきました。フォースマたちが歩いてくれないかもしれないから。」

 カズヤが言うように、フォースマは暑さが苦手な魔物なのだ。


 まあ結論だけ言うと、砂漠でもない限りはちゃんと歩いてくれる魔物なので、心配はいらなかったのだが。


「てっきり馬車と馬は置いていくものかと思っていましたが…。船に乗せられるんですか?」

「最近できた、フェリーという船を使うんですよ。」

 無道の疑問に答えるシエルラ。


 フェリーとは、ここ最近になって運用されるようになった大型船舶である。

 船首側が開閉するようになっており、そこから馬車や車両を積み込めるようになっているのが特徴だ。


 馬車を引くフォースマの排泄物はどうなるのかというと、残飯などと混ぜ合わせて堆肥として利用するようだ。

 屋上や甲板に菜園が設けられていることが殆どで、そこでうまく消費されるようだ。


「船上で菜園が出来るほどの淡水を確保するとなるとなかなか大変そうですが…。そうか、この世界には魔法があるんでしたね。」

 無道の推測通り、船上には水魔法を使える冒険者や魔法使いが複数人控えていることが多い。


 海水から不純物のない飲料水を作り出せる水魔法使いというのは、船上で重宝されている。


 これはちなみに、なのだが…。

 そういった意味において、水魔法使いは船上では一種の特権階級的な地位にあり、それをいいことに雇用料を跳ね上げる傾向にある。


 船員側は魔法使い側に断られればそれまでなので価格交渉で上手(うわて)に出ることができない。

 ゆえに、貧しい船やケチな船は、水魔法使いを一人だけ連れて航海に出ることがある。


 魔法使いにさえ何事もなければ、理論上は長期航海であろうとこれでなんとかなる。


 しかし、水難や流行病、海上の魔物によって水魔法使いが使えなくなった日には、目も当てられないこととなるだろう。


「そうそう。だから、安全に航海したいときにはちゃんと水魔法使いの数を確保している船に乗るか、船団に乗せてもらうのがいいですよ。」

 カズヤは無道にそうアドバイスを送った。


「ところでブドウちゃん。」

 シエルラが、花のような形をした海藻のサラダをつつきながら言った。

「だいぶ顔色が愉快なことになってきていますが、大丈夫なんですか?」


 無道の顔色はもう真っ赤だ。

 もともと肌の色が白いため、色が変わったのが分かりやすいというのも勿論ある。


 だが、これは赤くなりすぎだ。


 一度に飲む量が少ないとはいえ、彼女の飲む米酒はアルコール度数が15パーセント程度ある。

 それでいて飲みやすい。

 それだから、何も考えずに杯を傾けていると、あっという間にアルコール中毒だ。


「故郷のお酒に似ていたものですから…。ちょっと勢いよく飲みすぎてしまったかもしれませんね。ふふ。」

 そう言って、柔らかく微笑む無道。

 酔っぱらった脳裏に、もはや戻ることのできないであろう故郷への想いを馳せているのかもしれない。


「そういえば、そのお酒はライスワインと呼ばれているみたいですね。カズヤ君の実家はワインの醸造所だという話でしたが、ライスワインも作っていたんですか?」


 甘ったるい果実酒に飽きたのか、つまみの海藻サラダを貪りながら言うシエルラ。


「あー…。よく間違われるんですが、ワインとライスワインは全く別物なんですよ。……詳しく話すと思い出したくないことを思い出してしまいそうなんで、勘弁してください。」

 何故か苦々しそうな顔でそう言うカズヤは、ジョッキを回して氷がぶつかる音を立てた。


「まあ、誰にでも話したくないことの一つや二つはありますからね。ふふ。カズヤはカズヤなのですから、昔のことに拘泥されても気にすることはないのですよ。」

 まるで慈母のように微笑む無道。


 明らかにノリがおかしい。


 そんな彼女を見て、カズヤとシエルラは顔を見合わせる。


「無道ちゃんが酔っぱらうと、こうなるんですねぇ…。」

「妹には、笑い上戸とよく言われていましたよ。ふふふ。」

 困惑混じり、好奇心混じりといった様子のシエルラの言葉に、文字通り笑みを深める無道。


 正直、ちょっと気味が悪い。


「笑い上戸…、とは違うと思うんだけど。なんだか、物凄い機嫌が良さそうですね。」

 そろそろ部屋で休ませるべきなのかなぁ。そんなことを考えながら、カズヤはジョッキの中身を一気に干した。


「明日から船なのに、二日酔いと船酔いのダブルパンチなんてことになったら大変だ。支払いは済ませておくので、無道さんは先に部屋で休んでおいてください。」

 カズヤは立ち上がると、無道の脇の下に腕を突っ込んで引っ張り上げた。


 肉の少ない彼女の身体は軽かったが、ぐにゃぐにゃしていたせいで持ち上げにくかった。


「ふふふふ。カズヤ、くすぐったいですよ。ふふ。自分で歩けますから。背負わないで下さい。ふっふふ。」

 酒臭い無道の息がカズヤの耳元に当たる。


「耳元で喋るな。鳥肌が立ちました。」

 ゴースト系の魔物を狩りに行った時の事を思い出して、彼は顔を顰めた。


「そういえば、お酒を飲んだ後って、お手洗いが近くなりますよね。」

 唐突にそんなことを言いだすシエルラ。

「しかも、酔っぱらいすぎると正体が無くなっちゃって、おトイレに行ったつもりだったのに…。なんてことがあるみたいですよ。」


「え…。道中のお世話は出来る限りするって話でしたが…、下の世話までは勘弁してくださいよ。」

 シエルラの漏らした不穏な言葉に、顔を青ざめるカズヤ。


「いや、私ではなくてですね。」

「そう言われてみると、ちょっとお花を摘みに行きたくなってきたような気がします。」

 シエルラの言葉を聞いて、背中の上でブルッと体を震わせる無道。


「え、ちょっと!?()()()とか勘弁してくださいよ!?シエルラさん、僕が女子トイレに入るわけにもいきませんから、手伝ってください!」

「はーい。」



 無道を部屋に送り届けた後、カズヤはもう少し晩酌を続けるつもりだった。


 しかしながら、想像以上に無道が酔っぱらっていたのと、後述するトラブルとでそれは叶わなかった。

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