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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
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2.奴隷とエビ

「てめえっ!」

 憤怒の形相をした中年男が、鞭を振りかざす。

 バシンッ!

 風切り音を鳴らしながら振り下ろされたその鞭が、地面にうずくまった男の右肩甲骨あたりを強く打つ。


 地面にうずくまる男の頭には、丸みを帯びた、ネズミの耳が付いている。

 腰の尾てい骨にあたる辺りからは、灰色の細い尾が生えている。


「父さん、その辺にしときなよ。」

 中年男の娘が野菜を並べながら、店先の父を窘める。

「獣人なんて馬鹿なんだから、何べん叩いてもわかんないよ。早いとこ、矯正所にでも持っていこうよ。」

 平べったい球状の葉野菜を並べ終わった彼女は、そう言って店の奥に引っ込んでいった。


 中年男は忌々しげにネズミ男を見、舌打ちし、もう一度鞭で強く打った後、店の奥へと入っていった。


 倒れ伏すネズミ男。

 しかし、だれも彼を助け起こそうとしたりしない。

 亜人の奴隷に手を差し伸べるものがいないのも当然だ。



 この国は、長きにわたって、隣国である亜人の国と戦争を続けている。

 こちらが純人間種のみを優遇するのに対し、あちら側は亜人種全てを優遇する。

 宗教上の対立が、この二つの国の争いの種となっているのだ。


 戦争は膠着状態にあり、両陣営の勢力が拮抗したまま、はや80年の月日が経とうとしている。

 争いもいつしか国境付近での鍔迫り合いだけとなってしまった。


 終わらない戦争に苛々している国民たちは、今日も亜人の捕虜奴隷でその積もり積もった鬱憤を晴らしている。

 差別意識はますます根深く根強く根づき、純人間の国をどんどん排他的にしていく。


 たまにやって来る他国からの使者でもなければ、足を踏み入れた途端に叩きのめされるだろう。



「稼がないとなぁ。」

 カズヤは、そんな街の様子を見ながら、ため息まじりに呟いた。


 彼は今、依頼人であるエビ老師がやってくるのを待っている。

 依頼人を迎えに行こうにも、その依頼人の住所が不明なのだ。


 エビ老師に指定された噴水広場に1時間前に集合したカズヤは、自作した地図とその写しを再確認しながら時間を潰す。

 彼は最近、国を出ようかと悩んでいた。


 昇級こそできないものの、冒険者ギルドではそれなりに重用されている。

 故郷の家族たちには実質上勘当されたようなものだが、城下町での生活で、尊敬する先輩や大切な友人はできた。


 それでも、カズヤはこの国を好きになりきることができなかった。


 暗澹として続く戦争はもちろん嫌だ。自分が徴兵されることはまずないとしても、いつ自分のところへと戦火が広がってくるかわかったものではない。


 それに、この国は小さい。


 特別、産業で盛り上がっているわけでもないし、権益上有利な鉱山があるわけでもない。特産品は実家でも作っている安物のワインぐらいだし、外貨を稼ぐ一番の産業が隣国との戦争で得られた亜人奴隷ぐらいなものだ。


 賢い商人はもう出て行ったし、学者やその卵たちは、より有益な研究のできる東の帝国や西の共和国の機関へと行ってしまった。


この国はやがて衰退していき、近いうちに侵略戦争にさらされることとなるだろう。


そうなる前に金が溜まるといいなぁ。カズヤはそう考えていた。



「「おおっ!」」

市場で歓声が上がる。

 さっき八百屋に打ちのめされていたネズミ男の奴隷が、跪いて頭を下げている。

 跪くことができるまで回復した彼の前には、空き瓶を持った異様な人物が立っていた。


 その人物は、目元をベールで覆い、口元から首の付け根をマフラーで隠し、その上から黒いローブのフードを目深に被っている。


 フードの両側頭部には大きな穴が開いており、そこから巨大な角のような装飾が2本、突き出している。


 長いローブの袖は、その指先まで届くほどの長さだ。調合の邪魔にならないのだろうか?


 ふくらはぎの半ばほどまでローブの裾は伸び、その下からはこれまた異様に長いズボンが引きずられている。


 異様に腰が曲がり、もはや前傾姿勢とでもいえるような姿勢を、複雑な装飾のなされた杖で支えるその者こそが、エビ老師だった。


 エビ老師はどうやら、往来の多い道に倒れ伏す奴隷を回復させ、道行く人の障害物を取り除いていたのだろう。

 八百屋の財産である亜人奴隷を修理しつつ、道を塞ぐ障害物を取り除くクレバーなやり口に、商人たちは思わず歓声を上げたらしい。

 八百屋の主人は満面気色で、エビ老師に金貨を一枚手渡す。

 老師は手帳を取り出すと、それにになにやらさらさらと書くと、ページを破いて八百屋の主人に手渡した。

 そして、文鎮代わりに銀貨数枚をその上に置いた。おつりということだろう。


 エビ老師は八百屋から離れると、噴水広場をキョロキョロと見回した。

 噴水広場は待ち合わせ場所として人気だ。今日もカズヤ以外にも多くの人が待ち人を待ちつつ立っている。

 カズヤは、そんなエビ老師のもとに駆け寄った。


「はじめまして、老師様。今回依頼の方を受諾させていただきました、王都第三支部の方から派遣された者です。カズヤ・マシーナリーと申します。所持等級は銅級と花級です。何卒よろしくお願いします!」

 笑顔で自己紹介したカズヤは、そう言って老師に頭を下げた。


 エビ老師はそんなカズヤに礼を返した後、手帳を取り出してなにやらサラサラと書き記した後、それをこちらに見せてきた。

『エビと呼ばれている者であります。薬師をやっております。何卒よろしくお頼み申す。』

達筆な文字でそう書き記されていた。


 エビ老師は手帳のページを捲る。

 次のページには、本日採取したい薬草の類がリストアップされていた。

 どれも、冒険者ギルド王都第三支部の管轄地区内に自生する固有種だ。

 どの植物も、この近辺の植生を知り尽くしたカズヤにとっては容易く採取することができるだろう。


「かしこまりました。では、ヤーク草、ドクケスィ草、マヒナーオル茸、ポルチーニ、リアラツリーの順にご案内いたします。ナミノハナはこのあたりですとシーズン初めですし、あまり期待できないかもしれませんがご了承ください。さあ、お荷物を。」

 おそらく薬品や採取キットの入ったリュックサックを受け取り、カズヤはエビ老師を伴って噴水広場を後にした。


 非番だったカズヤの彼女の受付嬢が屋台でサンドイッチを買ったのは、ちょうどそのすぐ後だった。

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