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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
18/43

18.冒険者と刀

マオウクエは寝かさない方がおいしい(進行の都合上)

 ジュージューと、鉄板の上で音を立てる魚肉の塊。


 シンプルに塩コショウを振られただけのそれは、香ばしくて美味そうな匂いを立てている。


 シェフが(うやうや)しい手つきで、それを3等分に分ける。


 皮目が綺麗な焼き目に彩られたそれは、レアに焼きあがっている。


 シェフは魔法のような動きでそれをひっくり返す。


 一層大きな音を立てて焼けていくマオウクエの切り身。そこに、芳醇なバターがとろけていく。


「マオウクエのステーキ、お待ちどう!」

 レモンと揚げた芋とともに盛り付けられたステーキが、3人の前に置かれる。


「え、やべえ。」

 思わずポケットに手を入れて何かを取り出そうとしたカズヤは、中に鍵しか入っていないことを思い出した。


「こ、これは…!」

 ごくり、と涎を飲みこむシエルラ。

 彼女は、無道の方を見やる。


「おお、なかなか美味しそうです。」

 魚介類を食べ慣れている様子の無道は、目を細めて巨大なステーキを眺めている。


「え、やべえ。」

 こんなものを食べていいのだろうか?

 カズヤは、釣った張本人である無道を見つめる。


「…。」

 一言も発さないシエルラは、きっと口の中が涎で大変なことになっているのだろう。


 隣の席だけでなく、奥の席の客も、食堂の従業員さえも固唾をのんでステーキを見ている。


「いただきます。」

 大して気にしていない様子の無道は、ステーキを一口頬張ると、ようやく周囲の目線に気付く。


「…冷える前に食べてください?」

「「いただきます!!!」」

 待ってましたとばかりにがっつく二人。

 周囲の席からは、ため息すら聞こえてくる。


「意外と脂がのっていますね。」

 ゆっくりと味わう無道。


「…。」

 息を漏らすのも惜しいという様子で無言になるカズヤ。


「…。」

 川魚しか食べたことなかったシエルラは、宇宙を感じていた。


「なるほど、これは確かにクエですね。私の地元で獲れるものよりも、ずっと旨みが強いですが。」

 味の感想を漏らすのは無道のみ。

 ギャラリーは、その感想と漂う香気からしかその味を想像できないのだ



 無道から得られる少ない情報だけで想像しなければならないというのは、なんという拷問か。



 ちなみに、無道が釣り上げたマオウクエの大部分は、今頃港町や領主の元へと運ばれていることだろう。


「マオウクエのもつ汁、お待ち!この揚げた鱗をクルトンみたいに使ってくれ。」

 慎重にもつ汁を配膳したのは、昨日の青年店員。

 つまみ食いを我慢したその強い自制心を称賛せねばならない。


「クエは内臓まで美味しいですからね。…うん。塩と内臓だけとは思えないほどの味が出ています。」

 椀を両手で持って、ずずず。

 少し音を立てながら汁を啜った無道。

 彼女は椀から唇を離すと、ほう、とため息をついた。


「…!」

 揚げた鱗だけをサクサクと齧ったカズヤは、その特有の芳香と強いコラーゲンの旨みに目を見張っている。


「…!!!」

 脂ののった肝を口に入れたシエルラが、あたかも気でも狂ったかのように手を振り回している。

 言葉では表現しきれないほどの味わいだったのだろう。


 他の客や店員からの羨望の眼差しを受けつつ、一行はマオウクエ料理を楽しんだ。



「いやあ、美味しかったですね。」

 満足したように腹を叩く無道。


「こんな美味いものがあったなんて…。」

 呆然として呟くカズヤ。


「花なんて食ってられませんよ。これからは魚食です。」

 口の中に残る余韻を楽しみながら、シエルラが漏らした。


 彼らの食事に触発された客たちは、いつもよりも一品多く頼んでいったのだという。



 食堂を後にした一行は、借宿に戻ってきた。


 髪がベタベタするのが気になるらしいシエルラは、真っ先に風呂を浴びに行ってしまった。


 残ったのはカズヤと無道。

 無道は、楽しそうに本日の釣りの様子を語っている。


 昨日に続いてずいぶんと良い思いをしたらしい。


 聞きなれない釣り用語を聞き流しつつ、カズヤは適当な相槌を打っておいた。


「これで、刀を買えるようになったんです。」

 ひとしきり話した無道が、ぽつりとこぼす。


「…刀、ですか?」

 急に出てきた武器の名前に、カズヤは思わず聞き返す。


「漁師の方に、カズネのことを知らないか聞いてみました。」

 突然切り替わる話題。


 カズヤは訝しみながらも居住まいを正した。


「その漁師さんは、ご親切にも知り合いの魔法使いさんに紹介して下さりました。なにやら、探し人がどこにいるのかを調べることができる魔法があるのだそうです。」

「ああ、サーチングの魔法かな?」

 昔、遭難者を探すクエストを受けたカズヤは、当時の仲間が使っていた捜索魔法を思い出した。


「確かそんな名前でした。その魔法使いの方にカズネのことを探してもらったところ、この星の上にはいないのだそうです。」

 無道はそう言うと、少し顔を伏せた。


 やはり、そうか。

 カズヤは納得していた。



 サーチングを使ってカズネのことを探す、という方法はまず考えついていた。

 しかし同時に、それはうまくいかないだろうことも予想していた。


 サーチングは、魂の魔素配列をマーカーにして人を探す魔法だ。


 距離と大気中の魔素伝導率の関係の話などをすると長くなるので詳しい理論は省くが、魔素の性質上、サーチングの精度はかなり高いものとなる。



 しかし、それはこの世界において『魂』が魔素によって構成されているからこそできる芸当だ。


 無道とその妹は、異世界の住人ということだ。

 無道の話を聞く限り、彼女たちの住まう世界の『魂』は、魔素以外の法則のもと維持されているように感じる。


 そんな、違う法則のもと生きてきた人間たちが、無理やりこちらの世界にコンバートされるように連れてこられると、『魂』を記してきた保存形式が変換されることとなるだろう。


 中身が同じまま本質が変化した魂を、もとの世界の法則での情報をキーとして、サーチングに掛けたらどうなるのか。


 無道が経験したように、該当者を見つけることができないという結果が残るだけだ。



 …カズヤはそこまで難しい考え方をしていたわけではないようだが、直感的に、うまくいかないだろうということを理解していたらしい。


「なるほど。それで、その話が刀とどう関係してくるんですか?まさか、この世界の人を片っ端から叩き斬って行って、生き残った人がカズネさんみたいな…?」

 カズヤは冗談交じりにそう言う。


「まさか。あの子は、剣の腕に関してはさっぱりでした。…どちらかというと、あの子は拳術の方が得意だったので。」

 カズヤの冗談に腹を立てると思いきや、それに冗談で返してくる無道。


「私は、冒険者になろうと思います。」

 彼女は、壁に立てかけてあるカズヤの剣を見やりながら続ける。


「失礼ですが、カズヤの剣筋や他の方々の様子を見る限り、この世界の方々の剣の水準は、さほどでもないように感じられました。」

 大怪我を負いながらも幾つもの組織を潰してきたという無道は、はっきりとそう言った。


「もちろん、私がまだ逢ったことのないほどの剣豪もいるのかもしれません。ですが、これだけは言える。この腕は神をも斬った腕。私であれば、この世界でも名の知れた剣士となり得るでしょう。」


 普段は閉じられている無道の目が開いている。

 相変わらず光が失われているが、その瞳の奥には得体のしれない焔のようなものが揺らめいているように見える。


 自信過剰ともとれるその言葉は、しかし、真実に満ち溢れているように感じられた。


「…す、すごい自信ですね。それで、有名になってどうするんです?」

 言葉の頭が少しがすこし掠れてしまっている。

 無道の気迫に、敵意を向けられたわけでもないのになんとなく気圧されそうになりながら、カズヤは尋ねた。


「…有名な冒険者でしたら、世界に名が知れ渡るでしょう?カズネの方からも気付いてくれるかもしれません。」


 無道は開いていた瞼を閉じる。

 

「それに、名声があれば、権力も付いてくるはずです。権力者に媚び諂いたくはありませんが…。うまく利用すれば、あの子を探す手助けとなりますから。」


 首をくいっと傾けて、少しおどけるように彼女は言った。



「お風呂上がりましたよー。次の人どうぞ………って、どういう空気なんですか?」

 風呂場から、灰白色の長髪に水滴をぼたぼたと滴らせつつ出てきたシエルラは、ただならぬ雰囲気に困惑した。


「ちょっと、シエルラ!?髪はちゃんと拭かないと駄目だと言ったではないですか!この宿だって借りものなんですから…」

 慌てて椅子から立ち上がり、シエルラにタオルを被せに行く無道。


「うわっ、拭いても拭いてもタオルがすぐにびちょびちょです…。カズヤもぼさっとしていないで手伝ってください!」

「あ、うん、はい。わかりました!」


 無道に叱責されたカズヤは、じっとしていても仕方がないかと考えて、アイテムストレージから大量のタオルを取り出した。

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