13.何を求めて
「ふんふんふ~ん♪」
機嫌がよさそうなシエルラが、鼻歌を歌っている。
ごりごりごり。
薬研で擂り潰されているのは、乾燥した薬草と、何かの種子だ。
「今度は何を作ってるんです?」
カズヤは、幌馬車の操縦席からそれを覗き込む。
シエルラが鼻歌を歌いながら何かを擂り潰している時。
それは大体なにか新薬を作ろうとしている時だ。
「これはですねえ。」
シエルラは嬉しそうに説明を始める。
一行を乗せた馬車は、港町ワンガンポートへと、のんびりと進んでいた。
だいぶん傷の調子が良くなってきた無道は、今日もシエルラの尻尾に腰かけて、熱心に地図を眺めている。
傷が治ってきたからよくわかるのだが、無道はなかなか身長が高い。
姿勢もいいので物凄くすらっとしているように見える。
「…で、魔力生成を司る酵素をコードしている遺伝子の発現を抑制することで、過剰魔力漏洩症候群を防げるのではないかとですね。」
「ふーん。」
専門的な話をまくしたてられても、カズヤはただの素人だ。
宇宙人か、未開の土地の魔族と会話している気分にでもなってくる。
「そういえば、ちょっとお聞きしたいことが。」
シエルラの長話を断ち切ったのは無道。
松葉杖を支えにしながら、カズヤの目の前に地図を広げる。
「こちらの島は、どうして隔離されているのでしょうか。」
彼女が指差した島は、地図の隅っこに作られた枠の中に納まっている。
「ああ、浮島。この単語の一括りで『空に浮かぶ』、後半の3文字が『群島』を意味しているんですよ。」
この世界の文字が読めない無道に文字をレクチャーしてやりつつ、カズヤは隔離された島について教えてやる。
「とすると、こちらの島は空を飛んでいるということですか?」
その名を聞いた無道は、その糸のように細い目を輝かせた。
キラキラキラ。
「そうなんですよ。確か、高度500mの上空を飛んでいるんだったかな?」
「私の旅の目的地の一つです。」
機嫌よく薬を作っていたシエルラが、カズヤの説明に口をはさんで言った。
「ほほう、浮島に行って、何をなさるのです?そもそも、お二人は何故旅をなさるのです?」
そういえば聞きそびれていたな。
無道はそう思って尋ねてみた。
「えっと、実は…」
カズヤはシエルラの旅に同行することになった経緯を説明する。
「それで、その時エビ老師様が。」
「ああ、いえ。そういう話ではなくてですね。」
だいぶん長くなってきた話を止める無道。
彼女は、思ったよりも気が弱い人間なのかもしれない。
「お二人の旅の目的は何なのか、と聞きたかったのです。」
「ああ、なるほど。」
それなら早く訂正してほしかったよ。
カズヤはそんなことを呟きながら、頭を掻いた。
「私の目的は、伝説の生き物、エビを見つけることですよ。」
シエルラが答える。
「王都での私の通り名、というか屋号が『エビ老師』だったんです。というのも、誰かが私の姿を見て、伝説の瑞獣『エビ』みたいに腰が曲がってるって言い始めたんですよ。」
王都で見たエビ老師の腰は、たしかに『つ』の字に近い角度で曲がっていた。
「あれ、どういう姿勢になってたんですか?」
ふと疑問に思ったカズヤが尋ねる。
「いやあ。二足歩行形態になろうとすると、体の構造上ああなってしまうんですよ。」
「へー。シエルラさんの場合、エビはエビでも白エビって感じだよね。」
カズヤは冗談交じりにそう言った。
「シロエビというエビも、シラサエビというエビもいましたよ。どちらも、釣りの餌にピッタリです。」
無道は、故郷の世界を思い出しながらそう言った。
「え、ブドウちゃんの世界には『エビ』が存在しているんですか!?しかも、釣りの餌に使えるほど!?!?」
目を皿のように見開いたシエルラが、掴みかかるように無道に身を寄せた。
「で、ですから、そのブドウちゃんというのは…。そのいんとねえしょんでは果物の葡萄ですってば…。昔、趣味でよく釣りに行っていたのですが、どちらもよく釣れましたね。」
懐かしいなぁ。無道はそう漏らした。
「話が逸れてしまいましたね。それで、シエルラは、どうして自分に似た『エビ』を探そうと思ったのですか?」
話を戻したのは、話を逸らした張本人である無道。
「ああ、そうでした。えっと、先ドンブリア時代の文献によると、『エビ』は、とある事の吉兆として現れる瑞獣であると記されています。肝心の『とある事』に当たる部分が欠損していて、解読されていないんですけども。」
古文書の重要なところが欠けるのは、お約束だ。
「ともかく、私が予想するに、『とある事』というのは不老不死の人間の出現なのではないかと思います。というのも、『エビ』の出現したとされる時期と、不老不死伝説の出現時期が被っているからです。」
無道とカズヤは、講義でも聞いている気分で座っている。
「さらにこれは根拠が薄い想像なのですが、『エビ』の肉こそが、不老長寿の妙薬か、不老長寿の妙薬の材料の一つなのではないかと考えているのです。」
無道は、故郷の世界の海老に、そんな力は無いということを伝えるか迷った。
迷った末、言わぬが花という言葉に習うことにした。
「なるほど、面白いですね。伝説を追い求めるの、ロマンがあっていいと思います!して、カズヤは?」
「え、僕?」
話を振られたカズヤは、少し考えてから口を開いた。
「僕は、シエルラさんを手伝えればなんでもいいよ。」
「嘘ですね。」
シエルラは、なぜか拗ねたようにその言葉を否定した。
「カズヤ君を見ていればわかります。王都を出た理由、私の怪我ではないんでしょう。」
「何をそんなに拗ねてんの?」
「拗ねてませんけど。…カズヤ君、もともと王国を出るために貯金していたって言ってたじゃないですか。お金を貯めて、どこ行こうとしてたのか白状なさい。」
藪蛇をつついてしまったか。
藪ではなく、直接蛇を突いたような気分という意味だ。
なんだか機嫌が悪くなってしまったシエルラを見て、無道は思わず縮こまる。
「いや、だから、それもあったんだってば。確かに、シエルラさんの言うように貯金してたのは認めるよ。でも、あのタイミングで出発しようと思ったのはシエルラさんを助けたいと思ったからだし…、この話前もしたよね?」
なぜか早口で弁明しようとするカズヤに。
「してません!」
声を荒げるシエルラ。
そんな様子を見た無道が一言。
「な、なんだか痴話喧嘩みたいですね…。」
「「違いますからね。」」
綺麗にハモった二人の言葉は、初夏の風に流されていった。
夕方。
料理を作る無道と、それを手伝うカズヤ。
シエルラはというと、近くの川に沐浴に行った。
「そういえば、さっきの話なんですけど、カズヤはなんで旅に出たんですか?」
無道はふと思い出したように尋ねた。
「ん?ああ、さっきの話なんですね。えっと…。笑わないで下さいよ?」
カズヤは後半、声を潜めて言った。
そこにいるのはカズヤと無道だけなのに、何をそんなに用心しているのだろうか。
「実はですね、僕は『電気文明』というものを探しています。」
電気文明。
魔法か化学現象で引き起こされた電気をエネルギーとして利用し、様々な現象を引き起こしていたという文明だ。
嘗て、電気文明で栄えていた国があったという。
その国では、馬の引いていない馬車が走り、箱からあらゆる音楽が流れ、何度でも再生可能の輝く石板があったのだという。
残念ながら、その国は突然の滅亡を迎え、電気文明で培われた技術は失われてしまったのだという。
「今では、電気魔法の使い手は数少ないし、何をどうすれば電気が起きているのか、みんなよくわかっていないんだ。僕は、砂に埋もれた電気文明を、なんとかして復活させたいと思っているんです。」
「そうなんですね…!立派じゃないですか!!」
失われた電気文明を再興させ、世のため人のために役立てたい。
カズヤのそんな熱い志を汲み取った無道は、嬉しそうに笑っている。
「(まさか、その原理が性的欲求とは言えないもんなぁ…。)」
崇高なものを見るかのような彼女のまなざしに、カズヤは内心冷や汗だらだらだ。
まあ、輝いている眼差しは、相変わらず糸目なのだが。
「うにゃあああああああ!?!?」
森の奥からシエルラの悲鳴が聞こえてくる。
「またか…。今度はホワイトゴーストかな?」
触ると痺れる真っ白な魚を思い浮かべ、カズヤは立ち上がった。
沐浴をするシエルラは、なぜかよく魔物に絡まれる。
「ちょっと見てきますよ。料理の方、後は頼みました。」
「はい!任せてください!」
尊敬の糸目を向けてくる無道に罪悪感を感じながらも、カズヤはシエルラの救出に向かった。
「今日は、シメコブでしたね。」
顔にシメコブの墨のしずくを付けたカズヤが言う。
「何であんなところに、あんなに大きなイカが…?」
顔の下半分から鎖骨にかけて真っ黒に染められたシエルラが、肩を震わせながら言う。
色白な腕には、もともと生えていた鱗に加えて、新たに吸盤の痕が増えている。
「まあまあ。無事でよかったじゃないですか。それよりもシエルラ、服はどうしたんです…?」
二人に濡らしたタオルを手渡した無道は、濡れタオルをもう一枚持った。
そして、シエルラの背中側に着いた墨を落としてやる。
「なんか痒いと思ったら、そんなところにまで!助かります。」
「いえ、ですから、服をですね。」
旅人たちの夕方は、ゆっくりと過ぎていく。
カズヤ→シエルラ…シエルラさん カズヤ→無道…キフさん
シエルラ→カズヤ…カズヤ君 シエルラ→無道…ブドウちゃん
無道→カズヤ…カズヤ 無道→シエルラ…シエルラ




