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(旧)阿呆の旅路と司書  作者: 野山橘
1章 旅路
12/43

12.普通オブ普通

やや短い。

このぐらいで書きたいです。

 宿場町ナードウを出たら、しばらくは街道沿いに進んでいく。



「次の目的地は港町のワンガンポートですねー。お魚がおいしい所らしいです。」

 骨折が快癒したらしいシエルラは、幌馬車の床に、うつ伏せでぐでっと寝そべっている。


 その押しつぶされた大きなたわわを、まるで書見台のようにして、ガイドブックを眺めている。


「港町ですか。私と妹が育った町も、魚が旨い港町でした。」

 寝そべったシエルラの尻尾に腰かけている無道は、懐かしそうに微笑んでいる。


 まあ、目を開いていても糸目なので、ある意味では常に微笑んでいるように見えるのだが。



 最近、寝ながらフォースマを走らせる方法を発見したカズヤは、ウトウトしながら御者を務めている。

 夢の中には、ちょっとくさい美人に化けた、ドラゴンゾンビが出てきた。



 初夏から盛夏へとうつりつつある木々は、新緑の青々しい残り香をまだ残している。


 木々に止まった虫の魔物は、『眠、眠、眠』と鳴いている。


 リアラの花もほとんど舞い散って、花托が丸い実の形に膨らもうとしている。



「食べ物の話をしていたら、お腹が空いてきました。ブドウちゃんはどうですか?」

「ですから、そのブドウちゃんというのは…。まあ、確かに、小腹が空いてきましたね。」


 食べ物の話で盛り上がっていた女子二人(23歳と203歳)は、輪唱しているかのように腹を鳴らす。



 夢の中でドラゴンゾンビと戯れているカズヤは、転んでドラゴンゾンビの尻尾の付け根に顔をぶつける。


 湿度の高い爬虫類小屋で、肉が腐ったような臭いが鼻腔に充満する。


「なんか猛烈に臭え!?」


 そうして、彼は飛び起きた。

 顔に止まった虫の魔物が、嫌な臭いのする分泌液を噴射して飛んで行った。




「なんだかお世話になってばかりですし、今日は私がお昼を用意します。」

 無道が手を挙げた。


「え、いいの?体は大丈夫なんですか?」

 正直、自分の腕に自信がなくなってきたカズヤは、しめしめといった様子をおくびにも出さない。


「ブドウちゃん。私は、生野菜かリアラの花があればいいですからね。」

 生野菜と花が大好きなシエルラは、そもそも料理をした経験がない。


 彼女は、道端に生えている謎の花を食べてもびくともしない頑丈な胃の持ち主だ。


「リアラの旬はもう過ぎてると思うけど…。食材の下処理ぐらいなら手伝いますよ。」

 カズヤは下処理だけは丁寧な男だ。


「では、お願いします。」


 無道が頭を下げたところで、調理が始まった。



 カズヤが少し前に作っておいた、マガラボア腿肉の塩漬けを切り取る。

 空気に当たって変色したところをトリミングして、薄切りにしていく。


 近くに生えていたリック(無道はニンニクと呼んでいた)の鱗茎をナイフの腹で潰し、細かく刻む。


 種子油を敷いたスキレットで、香りが出るまで炒めていく。

 焦げやすいので注意が必要だ。


 リックのみじん切りに色が付き始めたところで、薄切りにして適度に塩を抜いた塩漬け肉を加える。


 肉に軽く火が通ったところで、花級資格を持つカズヤが太鼓判を押す野生の茸を放り込む。

 勿論、虫出しは抜かりない。


 しっかりと火が通ったのを確認したところで、塩とスパイスで味付けをする。

 かなり濃いめの味になったのを確認したら、スキレットを上げ、水の入った鍋と入れ替える。


 水が沸騰してきたら、塩を入れ、そこにパスタを加える。


「こちらの世界でも、パスタはパスタと言うんですね。」

「このタイプはスパゲッティって呼ばれてますよねー。」


 アルデンテで茹で上がったら、速やかに湯からスパゲッティを取り上げる。


 煮汁をおたま1杯ぶんほど、先ほど作った塩漬け肉と茸の炒め物に加えて延ばす。

 そうして出来上がったソースにスパゲッティを和えたら完成だ。


「おお…!」


 シエルラが目を輝かせている。


 きらきらと日の光を反射する茸が、うまそうに湯気を立てている。

 皿の底に溜まった、すこし茶色がかったソースは、マガラボアと茸の旨みをたっぷり溶かしていることだろう。


「うーん、いい匂い。」


 漂ってくる芳醇な香りに、カズヤも思わず呟いてしまう。


「さあ、冷めないうちに食べましょう!」


 無道は、笑顔で自作のパスタを勧める。


「「「いただきまーす!」」」

 三人は、フォークでパスタを巻き取ると、それを口いっぱいに頬張る。


「「「おいしーーーー……」」」

 揃った動きで美味さを表現しようとした三人は、しかし途中で動きを止める。


「「「…?」」」


 三人は首をかしげる。

そして、顔を見合わせると淡々と食べ進める。


「「「…。」」」


 三人は淡々と食べ進めていく。


「「「…。」」」


 三人は同じ感想を抱いた。


(((なんか普通だ!!)))




「「ご馳走様でした。」」

「お粗末様でした。」


 手を合わせて頭を下げるカズヤとシエルラに、無道は頭を下げて返す。


「…。」


「…。」


「…。」


 その場を、微妙な空気が支配する。


 無道のパスタは決して不味くはなかった。

 不味くはなかったのだが、とりわけ美味いわけでもなかったのだ。


 なんというか、異様に「普通」な味だったのだ。


 こういう食材をこうやって調理していったら、絶対にこういう味になるはずだ。


 そんな見た目通りの味がした。


「…わ、私の妹の和音なんですけど、料理だけは下手だったんですよね!」

 取り繕うように無道が口を開く。それで出てくるのが妹disというのはどうなんだ。


「へ、へー。そうなんだ!でも、無道さんすごい手際が良かったですね!料理教室とか通ってたの?」

 フォローするようにカズヤが褒める。


 実際、手際だけはよかったのだ。


「そういえば、カズヤ君とカズネちゃんって語感が似てますよねー。」

 デザートとでもいわんばかりに道端の花を頬張りつつ宣うシエルラ。


「「…。」」


 彼女は、カズヤと無道にジト目で睨まれた。




「あれ?」


 調理で疲れたのか、幌馬車で横になっていた無道が声を上げる。


「ブドウちゃん、どうかしましたか?」


 尻尾を枕にしてやっていたシエルラが、それに答える。

 仰向けに寝ることで重力に支配されているそれは、さながら肉の布団だ。


「ブドウちゃんじゃなくてですね。…いえ、なんだか視界の端に妙な表記が現れまして。」

 自らのささやかな胸元と布団を見比べ、無道はため息まじりに答えた。


「『ゆにいくすきる:普通料理いーえっくす』と書かれております。」

 糸目のまま視界を動かしているらしい無道は、そう読み上げた。


「ユニークスキルですかぁ。…こう言っちゃなんですけど、微妙そうなスキルですねぇ…。」

 シエルラが、微妙そうな顔で説明を続ける。



 この世界にはスキルというシステムがある。


 スキルを所持していると、それに対応した技能を使うことができる。

 大きく分けるると、武器スキル、魔法スキル、その他のスキルの3つに分けられる。


 また、たまに、ユニークスキルと呼ばれる、唯一無二のスキルを持つ人が現れる。


 それぞれの説明は省くが、それぞれのスキルが発現した人は、スキルのレベルに応じた強さ(便利さ)の技能を使用できるのだ。


 スキルレベルはアルファベットのFからS、その上にSS、SSS、EXが存在しているが、発現は稀だ。


 スキルがなくとも武器は使えるが、どんなに人が努力しても、Sクラスのスキルを持った者には勝てないと言われている。


「それだけ、スキルのレベルって大事なんですよ。」


「え、じゃあ、私の『ゆにいくすきる』とやらは最上級ということですか?!やったあ!」


 喜ぶ無道。

 かわいい。


 …しかし、そんなに甘い話ではないのだ。


「スキル名と今日の料理から推測するに、ブドウちゃんのスキルは『普通な味の料理をただただ作ることができるようになる』ってスキルだと思います。つまり、どんなふうに料理しても、失敗はしないということです。」


「なんと!」


 無道は嬉しそうだ。

 糸目がニコニコ笑っているように見える。


「でもですね。逆に考えてみてください。どんなに頑張って料理しても、『おいしい料理』は作れないってことですからね?」


 そう、そうなのだ。


 EXクラスのスキルともなると、それはもはや呪い。

 どんな手を使ってでも、どんなに愛情を注いだとしても、出来上がるのは味気ない普通の料理。


「だから、その…。ご、ご愁傷さまです。」


 伏し目がちに言うシエルラ。


「そ、そんなあ…。」


 目を見開く無道。

 今日もハイライトが無くてこわい。


 見張った左目の端に涙が盛り上がってきて…


「ふー、ただいま戻りましたよっと。…どうしたの?」


 皿洗いから戻ってきたカズヤは、さめざめと泣く無道と、それを慰めるシエルラを見て困惑した。

かわいそうはかわいい


私は『普通料理(EX)』、ほしいです。

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