1.一般的な冒険者
カズヤ・マシーナリーは一般的な男性冒険者だ。
少しばかり腕に自信があるので、十三歳の春に故郷の小村から飛び出してきた。
長男のくせして、実家の家業であったワイン醸造業の跡取りの座を弟に押し付け、城下町の外れにある古本屋の二階に下宿をとった。
自分の才能を信じて上京してきたはいいものの、同期になった冒険者仲間は、自分と同等かそれ以上にできる奴らばかりだった。
自らの限界を感じた彼は、腐りこそしなかったものの、等級をむやみに上げようと努力したりはしなかった。
金級冒険者になるという夢こそ捨てた。
とはいえ、焦って自分の実力に合っていないクエストに挑んで再起不能の傷を負った同僚を見た。
生き急いで休憩もおろそかにクエストを受け続け、事故死した先輩も見てきた。
彼らを見ていたら、自分のような生き方でも良かったのだと安心することができた。
カズヤはそうやって自己肯定に浸っているうちに、臆病になっていった。
とはいえ、臆病は冒険者にとって必ずしも悪いことではないのかもしれない。
実際のところ、カズヤのクエスト成功率は実数値にして九十五パーセントを超えていた。
また、本人やパーティーのメンバーとなった者の負傷率もかなり低い値をマークしていた。
上京してはや五年。カズヤは銅級冒険者に留まったまま、十八歳になった。
「「おはようございます、カズヤさん!」」
二人組の少年男性冒険者たちが、そろった動きでカズヤに頭を下げた。
「おはよう、ギルにバス。今日は蛇狩りだっけ。」
カズヤは、つい最近銅級にあがってきた二人に微笑んで返す。
カズヤのことを万年銅級と侮る冒険者もいたが、そういう輩はほんの一部だ。
カズヤは長い銅級生活とクエスト成功率を買われ、半ばギルドの職員のような扱い、詳しく言ってみれば新人の教育係のような位置に就いていた。
花級冒険者資格試験を一発で通過したという、その豊富な知識量も同様に買われており、同定が困難な動植物の採取クエストでも重宝されていた。
「ちょっと、カズヤ。遅いわよ。」
受付窓口で頬杖をつきながら、若い女性職員が彼に声を掛ける。
実際のところ、冒険者の出勤に早いも遅いもない。
時刻を指定された任務や、短い間でしか採取できない植物などを採取したい場合は別だが、クエストを受注する時間は自由だし、目くじらを立てられることはない。
「いやぁ。ちょっと寝坊しちゃったよ。」
しかし、カズヤは頭の後ろを掻きながら、詫びるように受付嬢にそう言った。
実はこの二人、付き合っているのだ。
まあ、カズヤとしては、ちょっと口うるさくて生意気な彼女に飽きてきたところなのだが。
カズヤは受付嬢としばらく話をした後、ギルドの屋内を見回した。
二人の銅級冒険者はクエストに出ていったようだ。
魔法使いの鉄級冒険者の女と剣士の鉄級冒険者の女が卓を囲んで口論している。
そんな二人を気まずそうに見守る、大剣を背負った男性冒険者は、彼女たちのパーティーリーダーだったはずだ。
酒瓶を抱えて床に座り込む禿げ頭は、このギルドの管轄区内に七人しかいない銀級冒険者の一人だ。
クエストボードの前でしきりに首をひねるメガネの彼は、銅級昇級試験に該当するクエストに手を伸ばしたり下ろしたりしている。
カズヤは、鉄級と銅級で構成されたパーティーに恋愛トラブルの大変さを語り、銀級ハゲに水を持ってきてやり、メガネの鉄級冒険者に最近の業績を聞いたりして時間を潰した。
クエスト更新の時刻まであと30分ほど。なにか面白いクエストでもあればいいが。
覚悟を決めてゴブリン五体の盗伐クエストを受けることにした鉄級冒険者の少年をカウンターへと押し出してやったカズヤは、外回りの仕事から帰ってきた支部長に呼び止められた。
「よう、マシーナリー君。今日もやっとるようだな。」
「ええ。ピージャーくんに試験を受けさせることにしました。きっと明日から、一人銅級冒険者が増えますよ!」
話のタネにされ、少し照れている少年の肩を軽く叩き、カズヤはギルドマスターの方に体を向けた。
「時期的に、ナミノハナですか?それとも、リアラツリー?」
「さすが、察しがいいな。」
支部長は、日焼けしたいかつい顔を綻ばせる。
カズヤは最近、なんとなく支部長に頼みごとをされるタイミングが分かるようになってきた。
「リアラの群生地までの案内及び護衛任務だ。ただ、道中で薬草やらも集めたいらしい。」
「なるほど。」
「花級資格を持ってて、現時点で手が空いてるのはオメエだけだ…!頼んでいいよな?」
カズヤは、正直面倒くさいなぁ、と思った。しかし、この支部長には恩義がある。
一瞬考えを巡らせたあと、カズヤは目の前の支部長に、笑いかけながら親指を立てて見せた。
さて、ここで冒険者の等級制度について軽く触れておこう。
冒険者の資格は鉄・銅・銀・金級の四段階に加え、冒険者見習いに当たる木級、そして、採取資格にあたる花級に分かれる。
魔物を倒す、護衛任務を受ける、採取任務を受ける、…、というように、冒険者ギルドから発注された様々なクエストを受けることができ、なおかつギルドから出ている保険等福利システムに入ることができる資格のことを鉄・銅・銀・金級の四段階資格、いわゆる金属等級と呼ぶ。
一方で、花級冒険者資格は特殊枠である。
花級冒険者資格は、金属級と同じ福利システムを受けることができる一方で、ギルド管轄区での狩猟・護衛等といった武力の行使権が含まれない採取専門の資格である。
採取や解体のスペシャリストと言えばわかりやすいだろうか。
難関の筆記試験を受けることで獲得できる資格だ。
狩猟の資格はないものの、解体や採取で高品質の素材を入手することができるプロフェッショナルであるため、パーティーに一人いると喜ばれる。
この資格をとることのメリットとしては、重要な素材の採取における信頼度度が高くなることで報酬が跳ね上がることだろうか。
例えば、採取時の手法によって品質が著しく変化する『マンドラゴラ』という植物であれば、花級冒険者資格所持者とそうでない者が採取したモノの買取価格を比較すると、だいたい三倍~五倍ほど違う。
いわば、一種のブランドみたいなものが付くイメージであろうか。
ちなみに、花級資格と金属級資格は同時に所持することができる。
カズヤの場合だと、銅級冒険者資格と花級冒険者資格を両方とも所持していることとなっている。
そうするとどうなるかというと、護衛任務と採取・ガイドの両方を同時に一人でこなすことができる。
つけ加えて言うと、カズヤはこの系統の仕事は何度もやってきたベテランだ。
人件費を節約しつつも、フィールドワークをこなしながら貴重な素材を採取できるということで、研究者たちからの需要は非常に高い。
そういったところも見込まれたうえでの支部長からの誘いだったのだろう。
閑話休題。
カズヤは、支部長についてギルドの二階へと上がる。
支部長直々の任務ということは、それなりに重要なクライアントからの案件ということだろう。
しっかりと打ち合わせを行い、詰めていかなければならない。
「さて、今回の依頼人だが、なかなかすごいぞ。」
支部長は、カズヤに椅子を勧めながら言った。
「でしょうね。それで?国立研究所の方ですか?それとも海外の研究者の方ですか?」
丸メガネの秘書が入れてくれた紅茶を受け取り、ミルクは要らないというジェスチャーをしながら、カズヤは言った。
「それがな。国賓レベルだ。」
「…まさか?」
どんな大物が来ても冷静であろうとしていたカズヤだったが、ギルドマスターの言葉に、思わず身を乗り出す。
「そう、『王の薬箱』老師様だ。」
『王の薬箱』とは、凄腕の薬師の老人だ。
エビ老師とも呼ばれている。
先々代から現在の王に至るまで、王家に仕えてきた謎の老人。
あらゆる難病を、その卓越した調合技術で解放へと導いた天才。
齢90に近い先々代王が、今も元気に球技を楽しめているのも、まず彼の功績だろう。
そんな凄腕の薬師だから王侯貴族からの信頼は非常に厚い。
また、彼は、平民にとってもまるで聖人君子かのように尊敬されている。
王家や貴族からの仕事がないときは、古びて半壊しかけたあばら家で民間向けの処方箋を行っているのだ。
価格も非常に良心的で、彼に救われたという民も少なくはない。
「ぜひ受けさせていただきたいですね。しかし、僕だけで大丈夫でしょうかねえ…?」
思わぬ大物の名前に珍しくワクワクしてしまうカズヤだったが、それほどの大物ならばもっと高ランクの護衛を大勢付けることもできるのではないかと疑問に思った。
「うーむ。まあ、そうなんだがな…?老師様の方から、護衛は一人が良いと指定されたもんで、だな。」
顎髭をいじりながら、ギルドマスターも腑に落ちていない様子だ。
「まあ、大方、大人数だと何か、採取の支障が出るとかなんだろうよ。あのような天才の考えなど、わからんからなぁ。」
『王の薬箱』、もしくはエビ老師には多くの謎が付きまとっているという。
老師は、先々代王の治世中、だいたい50年ほど前にふらりと現れたらしいが、その時にはすでによぼよぼの老人だったらしい。
彼が日頃、薬屋として使用しているあばら家も、彼の家ではないという話もある。
顧客の規模が多いだけに、金を持っていそうなものだが、彼の口座は空っぽに近しいとも噂される。
彼の素性や行動に関しては謎が多いのだ。
民衆は、それをエビ老師が天才ゆえのことだ、と理解することにしている。
王家からも、彼に関してのことを深く掘り下げることを禁じられている。
…ちなみに、老師のその急角度に曲がった腰を伝説上の生き物『エビ』に例え、尊敬の念を込めて『エビ老師』と呼び出したのは先代王だったと聞く。
そんな老師であるから、
「なるほど、それもそうですね。」
カズヤはそう納得せざるを得なかった。