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ラブリーキスキス・デスアンドチョコレート  作者: 岩崎シネマ
1章「これを絶望と言わずに何と言うんだ!」
8/20

#7「繰り返すは絶望」

【同日 午前11時20分 / 1年HELL組教室】

《 爆発まで、残り40分 》


「おと……目をさま………おい…乙木………」


ーーーおい!目を覚ませ!乙木!!ーーー


暗闇の中で誰かの声が聞こえた。

僕は目を開ける。


そこは、教室だった。

1年HELL組の教室。

そして、僕は椅子の上に座らさせられている。


時計の教室は"やはり"11時20分を示していた。


「・・・」


ロープで椅子に固定された僕の体。

そして、僕の周りを囲むクラスメイトたち。

その顔は見覚えがある。人殺しを見るような軽蔑、そして怒りに満ちた顔。


「ようやく目が覚めか…乙木迷太殿」


そう言って萌杉は普段から腰に据えた刀『我永薔薇桜』を抜くと、僕の首へと突きつけた。

普段から丁寧に研がれた刀の切先が僕の首の掠め、涙のように一滴の血が伝う。


これはなにかの冗談なのか。

それとも悪夢。それともついには狂ってしまった僕の頭が作り出した幻想。


視線を動かしミカンを探す。

彼女は僕を心配そうに見つめていた。

僕のことを最後まで疑わず、信じ続けてくれたミカン。


視線を動かし櫂を探す。

彼も僕のことを心配そうに見つめていた。

つまらない喧嘩なんて何度だってした。でもそれ以上にくだらない冗談を何度も言い合った、僕の親友。


「何も発さぬか…、つまり覚悟は出来ているということだな」


「ならば斬るのみぞっ!!」


そう言って萌杉は刀を振りかぶる。

だけど、僕の視線は萌杉に向けられてはいなかった。


僕が見ていたのは机の上の花瓶。


『ガシャン!!』

教室にガラスが割れる音が響く。

どうやら、花瓶を割ったのは萌杉の声に驚いたキヨスクだったらしい。


一週間前に自殺した小石照 ルカ(こいして るか)の机にぶつかり、その花瓶を割っていた。


「あ…あぁ…ご、ごめんなさい…」


キヨスクが小さな声で謝る。

僕は萌杉に視線を向けた。


「なぁ、萌杉。桜薔薇を殺したのは僕じゃない」


一体何が起きているのか僕には分からない。

何故もう一度あの時を繰り返しているのか分からない。


もしかしたら、これは僕の作り出した幻想なのかもしれない。

でもそんなことどうだって良いことなのかもしれない。


だって、あまりに馬鹿げていて、あまりに非現実的過ぎて、どんなに都合よく考えたとしても、理解なんて出来るはずが無いのだから。


それに、今はこんな超常的な出来事に僕が持ち合わせる稚拙な常識を当てはめ、無理やり自分を納得させ誤魔化しているよりももっと大切なことがあった。


僕は今ここで生きている。

クラスメイトたちが今ここで生きている。

僕の親友が今ここで生きている。


「白を切るつもりかっ!貴様が…貴様が殺めたーーー」


萌杉は僕の言葉に反論しようとする。

だが、僕はそれを制す。


「萌杉、僕は桜薔薇を殺した真犯人を知っている」


「…なっ!?」


それは半分本当で、半分ハッタリ。


「何を言っておる!?桜薔薇嬢を殺めることができたのは、お主のみだッ!!」


あの暗闇の世界で僕は事件の真相について考えていた。

そして、一つの可能性へと辿り着いていた。

到底、信じられない…いや、信じたくもない可能性へと。


桜薔薇を殺し、僕に罪を着せた真犯人の正体…。


証拠は何も無い。

あくまでも現時点では僕の憶測、仮説に過ぎない。

それに、僕が導き出した可能性は…。


だけど、そこから目を背けるわけにはいかなかった。

絶望的な結果が待ち受けると分かっていても、確かめる必要があった。

何故なら、僕がそうしないと…。


ーーー40分後、ここにいるみんなが死ぬことになるのだからーーー


真相を暴き、ここにいる全員を救う。

それが僕がもう一度この世界を繰り返すことになったただ一つの理由だと信じて…。


「では、ならば聴かせてもらおうではないか、桜薔薇嬢を殺めた真犯人が誰かを」


「然れど、少しでも矛盾があれば貴様を斬るのみッ!!」


「あぁ…分かってるよ」


本当に僕を殺すつもりだということは痛いほど理解している。

この身をもって経験している。

失敗は許されない…。


「でも先ずは一体何が起きたのか、みんなが知っていることを教えてくれないか?」


「なんだと?」


念の為にもう一度聞きたかった。

僕の仮説が正しいか確認するため

そして、間違いである可能性に賭けて…。


「…よかろう」


そう声を上げたのは、マーガリートだった。


「このクラスの問題は、このクラスの長たる私の責任」


「この国の問題は、次なる王たる私の責任」


「ならば、高貴な血筋の私自ら語ろうではないか」


マーガリートはそう言って櫂に視線を送る。


「櫂、お前も当事者。一緒に説明を手伝ってはくれないか?」


「あ…あぁ!もちろんだよ!」


「よいか皆の衆、よく聞け。今から語るは私が目撃した全て!この事件の全貌なり!!」


そして、マーガリートと櫂はあの時見たことを説明する。

その説明は前回と一言一句何も変わらない。


《 爆発まで、残り30分 》


「では乙木迷太、そろそろ説明してもらうぞ、誰が桜薔薇嬢を殺めたのか?」


僕は僕の考えた仮説が間違いであって欲しいとどこか願っていた。

無意識の間に、僕が桜薔薇を殺した…その方がよっぽど楽な真実だった。


でも二人の話を聞いて確信する。やはり僕以外に桜薔薇を殺すことができた人物がもう一人いることに。


「一つ確認してもいいかな?」


僕は声を絞り出す。


「マーガリート、お前以外に守衛がこの教室の鍵を貸したことはないと言うのは本当なのか?」


「そのようなことか…」


マーガリートに代わり萌杉が溜め息を漏らしながら僕の質問に応じる。


「無論、裏は取っている。マーガリート殿が嘘を吐いていれば、あやつにもこの部屋を密室にすることは容易に可能だからな」


「そうか…」


落胆。そして絶望。

それは決して僕の考えが間違っていたからではない。


マーガリートが嘘ついている可能性は最初から低いと分かっていた。

彼が嘘をつけば簡単に密室を作り上げることは可能で、そんなことにみんなが気づかないはずが無かったからだ。


僕が落胆した理由は、僕の考えがやはり間違いでは無さそうだったから。僕の中で生まれた最低最悪の考えが着実に確立し始めていたから。


「推測が外れていて残念だったな、他に何か言い残すことはあるか?最後に一つだけは聴いてやろう」


矛盾。真実を暴かなければ全員が死ぬことになる。だけど真実を暴いたところで待っているのは絶望。


信じたくはない。信じられるはずがない。

でもいくら悲観していたって状況は何も変わらない。


絶望に身を沈めていたって希望なんて降りてはこない…だから僕に出来ることは最後の可能性に賭けてみることだけであった。


「桜薔薇を殺した真犯人は30分後に分かる」


それが僕に出来る唯一の賭け。

僕以外に密室を作り上げることが出来た、"あいつ"が犯人じゃないと証明する最後の可能性への賭けであった。


「30分後?一体何を言うか?」


「ふーん…そうか、なるほどねー」


蛇邪丸が僕の前に立つ。


「乙木、お前はつまらない時間稼ぎをするつもだな」


「時間稼ぎじゃない…12時になったとき、真犯人は自ずと正体を明かす」


「ほう…それは一体どうして?」


「それはまだ言えない…。でももし、12時になっても真犯人が正体を明かさなければ…そのときは僕を殺せばいい」


「乙木ッ!!」


ミカンが声を上げる。


でもそれは僕の覚悟。

クラスメイトを疑った僕が負わなければならない責任。


もしあいつが本当に真犯人なら、12時になったときに必ず行動を起こすはずだった。


現時点ではあいつが真犯人だという証拠は何もない。

ここであいつにも犯行が可能だったことを説明したところで、状況はより複雑になるだけだ。


だからこの賭けをする。

12時になっても誰も何も動かなければ、僕は死ぬ。クラスメイト達に殺される。


でもそれはそれで良い。あいつは犯人では無かったということなのだから。

そして、みんなが死ぬことも無いということなのだから。

むしろそれが一番良いのかもしれない。


だけど、もし12時になったとき、あいつが動いてしまったら…。


「同意しかねる!!拙者が何故貴様なんかに30分などそんな猶予を与えなければならない!?」


「質・実・剛・しち・じつ・ごう・けん!!まぁ待て萌杉、吾輩は気に入ったぞ!乙木の漢気、気に入ったぞッ!」


「だが、鬼瓦殿…」


「良いではないか!乙木がここまで言っておるんだ。12時まで待って、何も起きなければこやつの言う通り、好きに斬ればいい!」


鬼瓦は僕に力強い視線を向ける。


「なぁ乙木、お前も漢。それで二言は無いのだろ?」


「あぁ…」


僕は首を縦に振る。

そこに躊躇いは無かった。


「それにだ、爆弾は教室内には仕掛けられてはいなかった。シェルター化すれば防げるのだろ?あと30分ぐらい屁でもないじゃないか」


「・・・」


萌杉は何も答えない。だが、その愛刀は未だ僕へと向けられている。


「くはははははっ!!最高だよ乙木迷太ッ!!」


蛇邪丸が教室に響く笑い声を上げた。


「俺も鬼瓦に賛成だ。こんな面白いショー見ないまま終われない!なぁそうだろ?」


「乙木、見させてもらうよ。30分後、お前はただのハッタリ野郎で首を斬られて死ぬのか」


「それとも完全密室を作り上げた真犯人が、馬鹿みたいにわざわざ自らの正体を明かすのか…くはははははっ!!」


「・・・」


それでも萌杉は何も答えなかった。だがその代わりに抜いていた愛刀を鞘へと戻す。

それは無言の承諾だった。



-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-※-

【同日 午前11時50分 / 1年HELL組教室】

《 爆発まで、残り10分 》


あれから20分ほど経過した。

教室の中は張り詰めた空気が漂っている。


それもそうだ。

僕が12時になったら真犯人が正体を表すと言ったんだ。


僕の言葉は半信半疑だっただろう。

だが、時間が経つにつれ、クラスメイトたちは自然とお互いの行動に視線を向け合い、まるで監視し合うような状態になっていた。


依然として僕は椅子に拘束され、身動きはとれない。

でも、ギロチンに拘束されるよりかはよっぽどましであった。


「下手な行動をすれば斬る」そう言い残した、萌杉は僕のことを教室の隅からじっと監視し続けている。


「乙木、大丈夫?」


そう言いながら、僕のところに来てくれたのはミカンだった。

彼女の手には水の入ったペットボトルが握られている。

僕の腕は自由に動かせないため、ミカンに飲ませてもらう。


そういえば、何時間もずっと水分をとっていなかった。

乾いた口に水分が染み込む。


「ありがと」


「うんうん、別に」


そういえば、僕は前から気になっていたことをミカンに尋ねてみることにした。


「お前、そんな首輪つけてたっけ?」


ミカンの白く細い首には似つかわしくない金属製のいかつい首輪。

彼女の和服調の制服にはもっと似合っていない。


「これ?」


そう言って、ミカンはそっと首輪を持ち上げる。

よく見ると、正面にはなにか液晶表時示できそうな小さなディスプレイが取り付けられていた。

今は電源がついていないのか、暗く何も表示されていない。


「今日登校したとき、机の上にあった」


机の上にあった…?


「一体誰が置いたんだ?」


「分からない」


分からないって…。


「でも付けろってメモもあったから」


「ふーん、なんか変な話だな。それにお前、それ似合ってないぞ」


「うるさい」


ミカンは少しふてくされた様子で僕を睨みつける。

別にファッションでつけてるわけじゃないんだから、いいじゃないか…。


「ねぇ乙木…本当に大丈夫?」


「えっ?」


「あと少しで12時だけど…」


時計を見る、問題の時刻まであと7分だった。


「もしものときは、私が乙木を殺そうとするやつ全員殺すから」


「櫂も手伝わせて、あいつ弱いけど一緒に乙木を守るから」


「だって私達、親友だから…」


ミカンはそう言ってくれる。

そうだ、前回もミカンは最後まで僕を心配して、信じてくれていた。

どれだけみんなが僕を疑っていても、どれだけ僕が不利な状況で、僕にしか桜薔薇を殺すことが出来ないという結論に至っても、ミカンだけは最後まで疑うことなく、僕を信じ続けてくれていた。


だから、僕はミカンに事前に伝えておかなければならない。

こんなこと伝えたって何もならない。そんなこと分かっている。

こんなこと伝えたって彼女の為にはならない。そんなこと分かっている。


でもミカンだけには、事前に伝えておかなくちゃいけなかった。


「なぁミカンーーー」


そう言いかけたときだった。


「そ…それでは、教室を…シェ、シェ、シェルター化…しますね…」


キヨスクがそう言って、教室の扉付近に設置された液晶ディスプレイを操作し始めた。

数秒もしないうちに、大げさな音を立てながら、教室の窓、扉、壁に分厚い防壁が降りる。


「貴様の運命が決まるまで残り僅かだな」


萌杉はそう言ってより一層の警戒の目をこちらに向ける。

他のクラスメイトたちも微かな話し声にも注意を向け始め、これ以上はミカンと二人で話すのは難しかった。


《 爆発まで、残り5分 》


シェルター化された教室。

これでこの教室からはシェルター状態を解除しない限りは誰も出ることはできなくなった。


「・・・」


途端に静寂に包まれる教室。

12時の爆弾。12時に正体を表す真犯人。

全員がこれから何が起こるのかという緊張感に包まれ言葉を失う。

息を吸うのも躊躇われるほどの沈黙。


《 爆発まで、残り4分 》


全員が全員を監視し合う。

誰も少しも動かず、じっとその時を待つ。


《 爆発まで、残り3分 》


1秒1秒が長く重く感じる。

聴こえるはずのない時計の針の音が教室にこだまする。

動きは何もない。


《 爆発まで、残り2分 》


「…ゴホッ…ゴホッ」


誰かが咳をする。

その瞬間、全員の視線が一斉にそこに向けられる。

耐えられないほど張り詰めた空気。

まだ誰も動かない。


《 爆発まで、残り1分 》


このまま何も起きずにあと60秒経過すれば…心の中で僕はそう願っていた。

でも"そいつ"は唐突にこの静寂の中で声を上げた。


「いやぁーなんだかお腹が痛いなー、ちょっとトイレ…トイレに行ってこようかなー」


白と銀の間の透き通るような色をした髪その男は…。

一見はインテリ系美男子。だが、イケメンには不思議と見えてこないその男は…。


僕の親友。


10年間いつも一緒にいた。

一緒に遊び、ご飯を食べて、好きな女子について話して、たまに喧嘩して、次の日には仲直りして、ふざけあって。

僕の掛け替えのない友達。


ーーー又御万江 櫂だったーーー

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