#5「執行は断頭台」
【同日 午前11時40分 / 教室】
《 爆発まで、残り20分 》
な、なんたる絶望だろうか。
今の話が本当なら桜薔薇を殺せたのは…僕しかいない。
改めてマーガリートと櫂の説明を聞いたクラスメイトたちは、疑い、というよりも確信の目を僕へと向ける。
「ぼ、僕が…殺したのか」
二人の話を整理すれば、僕は1時間30分近くも気を失っていたことになる。
その間に、例えばもし僕が無意識に桜薔薇を殺していたら?
夢遊病、人は眠っているときに無自覚のまま行動することがあるらしい。中には気が付いたら料理を作っていた、なんて話も聞いたことがある。
包丁を使い料理を作れるぐらいなら、ナイフを使いヒト一人殺すぐらい可能なのではないか。
「ぼくが…ぼくなのか?」
自分自身すらも信じられなくなる。
「乙木、あなたは人を殺したりしない。絶対にしない」
それでも、ミカンは否定してくれた。
「あなたは犯人じゃない」
なんの根拠も無いのに、僕にしか犯行は不可能だというのに、彼女だけは僕のことを微塵も疑っていなかった。
「だがしかしッ!他の人間に犯行は不可能!煎水作氷!!」
鬼瓦がそう叫ぶ。
そう、水を煎て氷を作れないように、僕以外の人間には不可能。
「あぁ、鬼瓦さん!制服のおボタンが、また…」
冥土が再びボタンを集め、鬼瓦の制服に縫い合わせる。
「あ…あぁ、有り難う、その、あの…いつも…かたじけないな」
「まぁ意外なやつが犯人ってパターンじゃないの?王の座に惹かれて欲望が爆発"しちゃった的なー…きゃはははは!」
『爆発』デス子のその言葉を聞いて僕は思い出す。
それどころでは無くてすっかり忘れていたが、この学園にはもう一つの大きな問題が残されていた。
「爆弾は…爆弾はどうなったんだ!」
教室の時計を確認する。
時刻は『11時44分』
確か、美綺瓊先輩は12時丁度に学園に仕掛けた爆弾が爆発すると言っていた。
爆発まで、あと16分しかない。
「議論をすり替えるつもりか?だが案ずるな、乙木迷太」
萌杉は再び愛刀を僕の首に向けた。
「忘れたか?この学び舎は、案の外の襲撃にも備え付けられておる」
「そうそう」そう言って、デス子は得意げに説明し始める。
「教室ん中にあるボタン一つで窓と扉と壁にガバーって防壁が下りてー」
「シェルター化させることができるっつうかー。これで私たちは爆発に巻き込まれて、デスることは無いっつうかー」
確かに入学時にそんな話を聞いたことがある。
教室をシェルター化すれば、核兵器にも耐えることができると。
「まさに灯・台・下・暗し!!鳳・凰・院・美・綺・瓊!!その策略打ち破ったりだッ!!」
クラスメイトたちはそれで爆弾を防げると思っているらしく、特に心配はしている様子は無かった。
だが、本当にそうなのだろうか?
美綺瓊先輩の噂はなんとなく聞いたことがある。
生徒会長の座を手に入れるために、殺した生徒のその数は44人。
その非道さ、その狡猾さは、学園内でもトップクラスだと。
無論、美綺瓊先輩だって、各教室がシェルター化できることは知っているだろう。
それなのに、本当にこんな方法で爆弾を防ぐことはできるのだろうか…。
「その顔、この部屋に爆弾が仕掛けられているのではないかと、憂いている様子だな」
「万が一にもその可能性は皆無だ。桜薔薇嬢の死体を見つけた時、我等はこの部屋を隈無く調査した」
「貴様以外の人間も、そして、爆弾も見つからなかった」
エドガーが顎を撫でながら萌杉の言葉に続く。
「つまり、僕の推理によれば、この部屋には爆弾が仕掛けられていないということさ」
《 爆発まで、残り13分 》
教室内の空気は完全に硬直してしまっていた。
椅子に拘束されたまま、この絶望的な状況を変える術が全く思いつかない哀れな僕。
愛刀を僕に向け一秒でも早く斬りかかりたいが、ミカンにそれを制されてしまっている萌杉。
硬直したこの空間の中でも、時間だけは残酷なまでに正確に時を刻んでいく。誰かが動き出すためには何かしらの切っ掛けが必要だった。
その時だった。
硬直したこの空気を打開する切っ掛けを作ったのは、このクラスで一番空気が読めない男、やはり櫂であった。
彼は少し慌てた様子で声を上げる。
「なぁみんな、親友が絶体絶命の危機だというにも関わらず、それでも明るさだけは忘れない、そんな俺から一つ提案だッ!」
「はぁー、またおまえかい…」
「まぁまぁ聞いてくれ!このままではラチがあかない。だから、ここは公平に乙木をどうするか多数決で決めないか」
多数決。それは最低の提案に聞こえた。
「ふーん多数決ねー。じゃあ"死刑"が最多だったら、こいつデスってもいいのか?」
「…あぁ、そのときは、そうすればいい」
「おい、櫂!!」
僕は思わず声を上げる。
「だが、みんな思い出して欲しい。俺たちは乙木と10年以上一緒にいたじゃないか!」
「そんなやつを死刑になんかさせていいのか!?」
「・・・」
教室は沈黙に包まれる。
迷っているのか、何も考えていないだけなのか。
「よかろう」
最初に口を開いたのは、やはり萌杉だった。
「おい、図我殿!」
そう呼ばれ、教室の隅で退屈そうにしていた図我が「なんだ」と返事をする。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
1年HELL組 男子 出席番号10番 16歳
『工作院 図我』
図画工作クラブ期待のルーキー。
彼の手によれば、大抵のものは一瞬で作り出されてしまう。
本人曰く、唯一作れないものはあとは”人間”だけらしい。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「お主、断頭台は造れるか?」
「30秒だ」
「よし、材料は…そうだ、キヨスク殿、お主持ってはおらぬか?」
「え…わ、わ、わたしですか…」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
1年HELL組 女子 出席番号6番 15歳
『キヨスク 猫子』
自分の倍以上の大きさはある巨大なリュックサックをいつも背負った小柄な少女。
臆病な性格だが、彼女が背負っているリュックには何でも詰め込まれている。
「まるで異次元だ…」人は彼女のリュックから頼んだものが何でも出される様を見て、思わずそう呟いてしまうという。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「えーと…だ、だ、断頭台…ギ、ギ、ギロチンの材料になりそうなものは…えーと、これと…あれと」
キヨスクはリュックから次々にギロチンに使えそうな材料を取り出していく。
ロープ、木材、巨大な刃。
相変わらずのことだけど、やっぱりまるで異次元だ…。
そしてその材料を受け取った図我があらよあらよとギロチンを制作する。
30秒…いや、20秒でギロチンは完成した。
しかも、ご丁寧なことに、小粋な装飾まで施されている。
「完了だ」
僕のすぐ横にそれはそびえ立つ。
人間の首を切断する為の塔。
僕だけの為に造られた、僕専用のギロチンだ。
《 爆発まで、残り10分 》
腕と足の拘束は解かれた。
だが、今後は僕の首が固定される。
教室の畳の上で四つん這いの状態。
頑丈な木材で僕の首は拘束され、僕の頭上では、僕の首を今にもはりきって切り落とさんばかりに構える巨大な刃。
刃を支えるロープさえ切断すれば、刃が急降下、一瞬のうちに僕の体と頭部は切り離されることになる。
僕は死ぬ。このままだと僕は死ぬ。
感じたことの無い恐怖が僕を支配する。
「乙木、大丈夫だ!どんな絶望的な状況でも、希望を忘れないこの俺を、そしてみんなを信じるんだッ!」
櫂はそう言って僕へ力強く微笑みかける。
だが、僕には分かっていた。これからの結果を。これから何が起こるのかを。
だって、じゃあ、どうしてギロチンを造ったんだ!?
これを造り終えた時点で結果は決まっているじゃないか!!
「では決を採ろうではないか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!僕はやってない!僕は桜薔薇を殺してないんだッ!!」
「桜薔薇嬢を殺した罪で、乙木を死刑と処することに賛成の者は挙手を願おう」
「・・・」
その結果を恐れることなんて無かった。
だって、初めから答えは分かっていた。
ミカンと櫂、そしてキヨスクだけだった。
僕を除けばこのクラスの生徒の数は19人。
全員が10年前からの友達だった。
一緒に過ごしてきたかけがえのない僕の友達だった。
でも…ミカンと櫂、キヨスク以外の16人が僕の処刑に挙手をした。
なんの躊躇いもなく。なんの疑問もなく。なんの罪悪感も感じずに。
「こんなのおかしい。乙木は、乙木は絶対に殺していない」
ミカンがギロチンの前へやってきて、ロープを切ることを阻止しようとする。
「乙木を殺そうとするなら、私がお前達全員を…殺す!」
だが、鬼瓦を始めとする複数の生徒によって取り押さえられては、いくらミカンでもロープの切断を阻止することはできなかった。
「離せッ!乙木を殺したら、私がお前達を…お前達を絶対に殺すからなッ!!」
ミカンの怒声が教室の中に響き渡る。
僕はもうそれで十分だった。
最後まで親友に信じてもらえているだけで、それで十分だった。
「結果は明白だな。乙木迷太、その罪、死を持って償ってもらおう」
萌杉が愛刀を振り落とす。
「乙木!!」
ミカンが必死に藻掻きながら叫んでいる。
刀はいともたやすくギロチンの刃を支えるロープを切断した。
こういうときって…死ぬ直前って、どうでもいいことばかり目に入ってくる。
ミカンがつけている首輪とか。
あいつ、あんな鉄製のいかつい首輪いつもつけてたっけ…。
櫂の白のワイシャツ姿とか。
あいつが学ラン脱いでいるところ初めてみたな、いつ脱いだんだろ…。
そういえば、今朝、ミカンからチョコレートを貰ったっけ。
ポケットに入れたままだ。死ぬ前に食べておけばよかーーー。
首に一瞬の違和感が走る。
だが、そのときにはもう僕の視界は暗闇の中だった。
なんたる絶望だろうか。
だけど、もう疲れた。もうどうでもよかった。
どれだけ必死に抗い続けても変えられないことはある。
「…ッ!!」
悲鳴。ミカンの悲鳴。というよりも絶叫。
教室の床に、乙木の頭が転がり落ちる。
まるで机から落ちた果物のように、不規則にグラグラと揺れながらその動きを遅めていくと、やがて静止する。
顔は天井を向いている。
そしてその表情は、何故か今までになく安堵に満ちていた。