#3「散る花は薔薇」
【同日 午前11時20分 / 教室】
≪ 爆発まで、残り40分 ≫
「おと…目…覚ま……おい………」
ーーー おい!目を覚ませ!乙木!!ーーー
暗闇の中で誰かの声が聞こえた。
まるで怒鳴りつけてくるかのようなその声に、僕は目を開ける。
霞んだ視界、上手く働かない思考。
何十時間も寝続けた後のような体の怠さ。
「ここは…」
教室だった。僕は椅子の上に座っている。
「・・・!?」
いや、座っているわけじゃない。
正確には、椅子の上に”拘束”されていた。
何重にもロープで巻かれ、椅子に固定された僕の体。
手も足も自由が効かない。
そして、僕の周りを囲むのはクラスメイトたちだった。
だが、その顔は僕への心配というよりかは、まるで”人殺し”を見るような軽蔑、そして怒りに満ちた顔。
「ようやく目が覚めか…乙木迷太殿」
そう言って萌杉は普段から腰に据えた刀『我永・薔薇桜』を抜くと、僕の首へと突きつけた。
普段から丁寧に研がれた刀の切先が僕の首の掠め、涙のように一滴の血が伝う。
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1年HELL組 男子 出席番号20番 16歳
『萌杉 謙信』
紺色に、袖口は白い山形のだんだら模様の羽織型の制服を着用。
いつも腰に『我永薔薇桜刀』と名付けた刀を据え「桜薔薇親衛隊長(自称)」を名乗る、熱烈的な桜薔薇ファン。
その愛は海よりも母よりも深し。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「おいおいおい!ちょっと待ってくれよ!いきなりどうしたんだよッ!」
状況が全く理解できない。
だが、萌杉は今にも『我永薔薇桜』で僕の首を斬る寸前であった。
「なるほどな、貴様は白を切るというのか…ならば斬るのみぞッ!!」
そう言って萌杉は刀を振りかぶる。
その目に躊躇いはない。覚悟を決めた漢の目だ。
この男は状況を全く理解できていない、クラスメイトの首を今ここで容赦なく斬り捨てるつもだ!
彼がよく言う切捨御免というやつだ!
『ガシャン!!』
大きな音が教室に響く。ガラスが割れる音。
反射的にそれを見る。
どうやら萌杉の声に驚いた誰かが、机にぶつかり、その上に置いてあった花瓶を落とし割ってしまっていたようだった。
「あ…あぁ…ご、ごめんなさい…」
でも今はそれどころではない!
「なんなんだよっ!一体なんだよこれは!」
僕だってこんな意味も分からないままに斬り捨てられるなんて御免であった。
「事情も!状況も!状態も!僕には全く分からないんだよッ!」
「なんで僕が殺されそうになってんだよッ!!」
僕がそう叫ぶ、しかし、萌杉は振り上げた刀を降ろすことは無かった。
「拙者は…拙者は、貴様だけは許せん!絶対に許せんのだっ!!」
「切捨御免!!」
刀が振りかざされる。僕を目を閉じた。
「・・・」
しかし、いくら待てど暮らせど首に刀で斬られたかのような痛みは走らなかった。
死ぬってこんな感じなのだろうか。
こんなにあっさりとしたものなのだろうか。
恐る恐ると目を開けてみる。
すると、萌杉の刀は僕の首、寸前のところで止まっていた。
その距離僅か2cm。時間が止まったかのように萌杉の刀を握る手が、そこからぴたりと動かない。
僕に残された走馬灯…。
残された2cmの命の時間…いや、そうでは無い。
白くて細い腕が、彼の振りかざした腕を止めていた。
その腕はミカン。彼女が萌杉を制してくれていたのだ。
「な、何をするミカン殿、お主、まさかこやつを庇うとでもいうのか?」
「庇う?そんなの当たり前。乙木は私の親友だから」
そして、ミカンは萌杉を睨みつける。
「もし、乙木を殺そうとするなら、私があなたを殺す」
小柄の少女から放たれる物とは到底思えない鬼が如くの気迫。
彼女の言葉に偽りはない。
萌杉は一瞬たじろぎ、ミカンの腕を振り払おうとするが、彼女の力の前ではそれも不可能であった。
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1年HELL組 女子 出席番号12番 15歳
『食瑠実 甘』
あだ名は"ミカン"。櫂と同じ、幼い頃からの僕のもう一人の親友。
小柄で、感情をあまり表に出さないタイプだが、その少し"特殊な生まれ"もあってか、絶対に怒らせてはいけない女の子であった。
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「しかしだ!ミカン殿、お主もあれを見ただろ!こいつが…こいつが殺めた以外に有り得んのだッ!!」
萌杉と憎しみの目が再び僕へと向けられる。
でも、やっぱり状況が全く見えてこない。
殺した?一体なんのことを言っているんだ…?
「確かにな―あの状況だー」
そう言って声を挟んできたのはデス子だった。
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1年HELL組 女子 出席番号14番 15歳
『デス山 デス子( ですやま ですこ )』
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「なぁ乙木?おめえがデスったんだろ?まぁこの状況じゃ言い逃れは不可能だな…きゃはははは!!こりゃあ傑作だな!!」
「先手必勝!!勇往邁進!!」
さらに、近くにいた鬼瓦も声を荒げる。
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1年HELL組 男子 出席番号5番 16歳
『鬼瓦 我此処仁有丿介』
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「乙木のやったことは間違っていない。否、国王選挙が始まった今、むしろその行為は真っ当!!」
「だがその罪、明かされてしまえば、責任取るのが道理。それが漢!!」
「なぁ、その通りだろ!乙木迷太よぉおおッ!!!」
彼の声は教室中に轟き渡る。
膨れ上がった胸筋によって制服の第一から第三ボタンまでが勢いよく教室の隅へと弾け飛ぶ。
「あぁ、鬼瓦さん!制服のおボタンが…」
そんな様子を少し離れた位置から覗いていた冥土が、すかさず弾け飛んだ鬼瓦のボタンを拾い集めた。
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1年HELL組 女子 出席番号19番 15歳
『冥土 看冶家』
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「鬼瓦さん、少し動かないでくださいね」
冥土は3つのボタンを集めると、鬼瓦の制服に、どこからか取り出した裁縫道具で手際よく縫い直していく。
鬼瓦が制服を着た状態のままで裁縫しているため、二人の距離は自ずと急接近している。
「あ…あぁ、有り難う、その、あの…いつも…かたじけないな」
赤くなった顔で、鬼瓦は含羞を誤魔化すように後頭を掻く。
正面を向けばすぐそこに冥土の顔があるため、視線に迷い無意味に天井を見上げる。
いつもの光景、普段ならこの後、二人をからかっては笑う流れだが、今はとても笑ってなんかいられない。
「だから、みんな何を言ってるんだよ!殺したって…一体何があったんだッ!」
「・・・」
沈黙。全員が黙り込む。
そして、不条理と違和感に包まれたこの空間で、最初に声を発したのは櫂だった。
「いやぁー、みんなそんな歪みあって、黙りこくっちゃって、暗い暗い、Don’t cryよ!」
「ほら、こんなときは俺でも見て元気を出したまえ、こんな陰鬱な教室を照らす眩い太陽のようなこの俺をッ!」
こうなると誰かが舌打ちをするか、全員が無視をするかの二択。
今回はデス子が舌打ちをするという結果で落ち着いたので、全員に無視されるよりかはまだマシな方かもしれない。
「チッ…またおまえかい、次余計なことを喋ったら、乙木より先にお前からデスるぞ、ごらぁあ!?」
ひっ、そんな小さな悲鳴が、櫂の最後の言葉だった。
「分かった…貴様がそこまで知らぬ存ぜぬと言うなら、”あれ"を見よ」
萌杉はそう言って、僕の視界を開くように横に退いた。
「”あれ"を見ても、まだそのようなことが言えるのかッ!?」
全員の視線が中央へと集まる。
僕も当然それを辿る。
嫌な予感がしないわけがない。最悪の予感。
見てはいけない…そう本能が悲鳴を上げている。
でもこの状況で"それ"を見ないわけにはいかなかった。
ゆっくりと動かされていく僕の視線。
萌杉を越え、ミカンを越え、櫂を越え、その後ろにいるクラスメイトたち、机と椅子…。
そして僕の視線はそこでぴたりと静止する。
教室の中央、机と椅子に囲まれるように畳の床に横たわる…それは死体だった。
「そ、そんな…」
そんなはずがなかった。
そんなことありえるはずがなかった…。
でも、生きているか確認するまでも無い。
蒼白な顔面、教室の床には畳一畳分にまで広がった血。
そして、彼女の真っ白な制服はそれこそ薔薇のように深い赤色で染められている。
「なんで、なんで…」
さっき話したばかりで。
さっき手を握ったばかりで。
「貴様が…貴様が殺めたのであろうッ!!」
そこで死んでいたのは、さっき僕と口付けをしたばかりの…。
ーーー 桜薔薇 蝶だった ーーー
「なんなんだよこれッ!!一体なにがあったんだよッ!!」
人の死なんて今まで飽きるほどたくさん見てきた。
親しい人、友人、隣人、今まで多くの人間の死をこの目で何度も何度も見てきた。
でもこれはあまりに唐突で、そして、受け入れるにはあまりに残酷過ぎた。
「ぼ、僕じゃない!僕は殺してない!第一、僕に桜薔薇を殺す理由なんてーーー」
「理由だって?くはははっ!!なに寝ぼけた事を言っているんだ?」
蛇邪丸が拘束された僕に顔を寄せる。
その目は鋭利で冷たく、それに反して口元は愉快と言わんばかりに醜く歪んでいる。
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1年HELL組 男子 出席番号15番 15歳
『沼丿底 蛇邪丸』
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「始まったんだよ国王選挙が!桜薔薇は国王候補の一人とも言える女だった。だから始末したんだろ?国王になりたいが一心でッ!!」
蜜のような欲望にベタベタに塗りたくられた蛇邪丸の顔、そこに映るは甘美なものを見つめるような笑み。
それが僕を捉えては離さない。
「お前が桜薔薇を殺したんだろ?その手で刺したんだろ?心臓を突き刺したんだろ?なぁ、そうなんだろ?くははははっ!!」
「違う!僕じゃない!僕は殺してなんかない!!」
「ふーん、だけどな有り得ないんだよ。桜薔薇を殺したのは"お前しか"有り得ないんだ」
僕しか有り得ない?
そうだ、ようやく僕は気が付いた。
みんな確信している。僕が桜薔薇を殺したと。
そして、その確信は僕を躊躇なく殺そうと出来るほど揺るぎの無いもの。
僕がいくら無実を訴えようとも意味がない。
みんなが確信に至った理由を払拭しない限りは…。
「迷える子羊たち諸君、こんなときだから、一度落ち着こうじゃないか」
そう勇ましく声を上げたのは櫂だった。
「はぁー、またおまえかい。さっき言ったよな?私確かに言ったよな?次喋ったらデスるぞってッ!!」
「だ、だが、みんな乙木のこと知ってるだろ!?10年の付き合いだ、こいつが人を殺すような奴じゃないとみんな知ってるだろ?」
「まぁ…それは…」
デス子が珍しく口籠る。
櫂、お前にしては珍しくナイスだ!
1年に1度しか無い奇跡のヒットが櫂から放たれた。
そしてこれはチャンス。
一体、この教室で何が起きたのか知る為の…!
「なぁみんな、僕は桜薔薇を殺してない。でもそう言ったところで、信じてはくれないんだろ…?」
「・・・」
「じゃあ変わりに教えてくれないか?どうしてみんな僕が桜薔薇を殺したと思うのか?」
櫂を見る。でも櫂はなんだか説明しづらそうな苦い表情を浮かべている。
説明することすら躊躇う、それほどまでに僕に不利な状況だったとでも言うのだろうか…。
誰が最初に話し出すか、そんな牽制し合う居心地の悪い空気の中、一番最初に口を開いたのはミカンだった。
「乙木、この教室、"密室"だったの」
「前と後ろ、両側の扉に鍵が掛かってて、守衛から鍵を借りて開けたら」
「中にいたのは"桜薔薇の死体"と"あなただけ"だった」
なんたる絶望だろうか…。
もしミカンの話しが本当なら僕だって僕のことを疑ってしまうかもしれない。
「密室の中には桜薔薇嬢の死体と、気絶した貴様のみ。疑う余地など皆無だ」
「で、でも!何かしらのトリックとか、それで密室に仕立て上げた可能性だってーーー」
「往生際が悪いのお、簡潔明瞭!!お前も漢なら潔く罪を認めよ」
話がまるで進まない。
やったと言われればやってないと否定するしかなく、やってないと言われれば彼らはやったと言い返すしか無い。
このままではやったやってないの水掛け論。
濡れて、冷えて、風邪引いて、無駄に体力が減っていくだけのこと。
ーーー 静まれ!静まりたまえ! ーーー
だが、その稚拙で不毛な水掛け合いっこを止める男が現れた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
1年HELL組 男子 出席番号16番 16歳
『マーガリート・バータハ・オナジー二4世』
その男が頭に被るは、金の冠。
その男が着るは、制服にしてはあまりに高貴な衣装。
その品格はどこぞの貴族。どこぞの王。
小太りな腹、小さすぎる身長、そしてその身なりたる貫禄のまるで無さ、その三つを除けばだ…。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「このクラスの問題は、このクラスの長たる私の責任」
「この国の問題は、次なる王たる私の責任」
「このままお互いの主張を言い争っているだけでは、事は何も進まらぬ」
「乙木、お前はもしかしたら何も知らないフリをしているだけかもしれん」
「だがしかし、事を進めるために敢えて語ろう」
「高貴な血筋の私自ら、お前が桜薔薇を殺した犯人だという理由、つまりは私が目撃した全てをッ!」
それは僕にとって好都合な提案だった。
僕が気絶して間、一体何があったのか把握し、この状況を少しでも好転させられることができるのかもしれない。
でも正直、不安だ…。
いや、めちゃくちゃ不安だ…。
バターとマーガリンの違いも分からないような男に、状況説明なんてとても高度なこと上手くできるなんて思えない。
しかし、今の僕には彼を頼るしか無かった…。
僕が助かる道は他に無いのだから。
「否、時間の無駄だ、既に答えは明白」
だが、やはり萌杉はマーガリートの提案をそれでも否定する。
『我永・薔薇桜』が再び僕へと向けられる。
「拙者は今ここでこいつを…斬るッ!」
僕の想像以上だ…。
萌杉の桜薔薇を愛する気持ちは僕の想像を遥かに越えていた。
そういえば、昔から彼はよく言っていた。
『桜薔薇嬢が恋愛することなど有りえぬッ!』
『不埒な男は何人たりとも近づかせぬッ!』
彼の桜薔薇に対する愛は『恋愛』ではない。
それをも越えた言うなれば『恩愛』。
父親が娘に向けるような愛情。
峻厳な世の中、醜悪な男たちから彼女を護りたい、その一心。
逆に言えば一方的な押し付け。
マーガリートもそんな妄信的な萌杉の愛の前では、一歩身を引き、たじろぐことしかできない。
でも、そんな恩愛の超特急暴走機関車を制したのは意外にもこのクラス一番の悪意。僕が首を斬られるのを今か今かと待ちわびていただろう蛇邪丸だった。
「まぁいいじゃないか萌杉謙信。やつの話をもう一度聞いてはみないか?」
「蛇邪丸…何故ゆえ急に乙木の肩を持つ?」
「肩を持つ?いいや違うね」
蛇邪丸は悪意に満ちた笑みをこぼす。
「完全密室の教室。その中にいたのは桜薔薇と乙木の二人だけ」
「俺は見てみたいんだよッ!」
「そんな疑う余地も無い圧倒的絶望を突きつけられた人間の姿を」
「それでもなお、自分の罪を否定し抗い、生に縋り続ける最底辺の人間の姿を…くはははははっ!!」
まるで悪魔だ。
角と尾と羽根こそ無いものの、まるで悪魔そのもの。
いや、人の姿、形をしている分、それ以上にたちが悪いのかもしれない。
でも、僕が情報を得るためには、今はこの悪魔ですら救いだった。
「…ふん、まぁ良かろう」
「よろしい、話がまとまったようだな。では高貴な血筋の私自ら語ろうではないか」
マーガリートはそう言って櫂に視線を送る。
「櫂、お前も当事者。一緒に説明を手伝ってはくれないか?」
「あ…あぁ!もちろんだよ!」
マーガリートに櫂の説明、なんでよりによってこの二人なんだ…。
でも今はそんなこと言ってはいられない。
「よいか皆の衆、よく聞け。今から語るは私が目撃した全て!この事件の全貌なりッ!!」