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ラブリーキスキス・デスアンドチョコレート  作者: 岩崎シネマ
1章「これを絶望と言わずに何と言うんだ!」
2/20

#1「爆発するは愛と爆弾」

【6月10日(月) 午前9時9分 / 体育館】


「なんたる絶望だろうか・・・」


僕の口から漏れるは溜め息、そして絶望。


体育館の壇上では、美綺瓊先輩が仕掛けた爆弾のタイムリミットが数字を減らし、教頭の「ニにばん 煎寺せんじ」が国王選挙の開催の祝辞を垂れている。


「えー、この学園が設立して今年で10年目」


「あー、ついに国王選挙を開催するにあたり、生徒諸君の皆皆様におきましては」


「えー、より一層の国王候補である自覚と覚悟を持っていただきたく」


「あー、そういえば最近では皆様もニュースを見てご存知かもしれませんが」


『えー』『あー』『えー』『あー』繰り返される言葉。抑揚を失った声。まるで耳に残らない。


空気の如く彼の話しは耳を擦り抜け、壇上で人形がパクパクと意味もなく口を動かしているだけの、お遊戯に段々と見えてくる。


「えー、この学園の生徒ばかりを狙う首切り殺人鬼…通称『首無しカッチャン』ですが」


「あー、先日もその被害者がまた一人出てしまいました」


「えー、どうかそのような国王選挙と関係ないことでは死なれないように…」


生徒の殆どが僕と同様にニ晩の話なんて聞いてはいなかった。

隣の生徒とこれから行われる国王選挙についての話で体育館はざわついている。


「はー、なんたる絶望だろうか」


だが、今の僕の心にあるのは絶望。

今の僕の視線の先にあるのは、もうそんなことがあったことも忘れられている出雲今市の死体だった。


「どうしたんだい、乙木迷太おとぎ めいたちゃーん、朝からそんな絶望”めいた"顔しちゃってー」


そう言って、僕の脇腹を小突いてきたのは、同じクラスメイトであり、僕の10年の親友である櫂であった。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

1年HELL組 男子 出席番号17番 15歳

又御万江またおまえ かい


白と銀の間の透き通るような色をした髪。

黒縁の眼鏡は、彼の顔には知的に似合い、細身で長身の体は、黒のシンプルな学ランを見事に着こなしている。


一見はインテリ系美男子。

だが、まるで梅雨時の湿気のような粘っこい彼の性格を知ってしまえば、イケメンには不思議と見えてこない。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「まぁそんなときは俺でも見て元気を出したまえ」


「紅茶とほんのりとした甘味を秘めたスイーツが如く、こんな素晴らしい朝に最高にお似合いなこの俺をッ!」


視線は斜め上、澄ました表情で、ごく自然な仕草で前髪を掻き分ける左手。

だが、不思議とイケメンには見えてこない。


「はぁー…櫂、僕は絶望しているよ。これほどまでにない絶望だよ」


「なっ・・・この俺を見ても未だ絶望の渦中。ならばそんな時だからこそ、この俺をーーー」


「いや、ほら、さっき死んだあいつ」


僕は櫂の言葉を制して頭の吹き飛んだ死体を指差す。


「あぁ、なるほど。そうか…出雲か」


櫂は平然とした様子で出雲の死体を眺めている。


「あいついいヤツだったが、美綺瓊先輩の生徒会バッジに触っちゃうとはなー」


そして、呆れ混じりにそう言うと、僕の肩を二回、慰めるように軽く叩いた。


「しかしだ乙木、友を無くすことは今更珍しいことじゃないだろ」


確かに櫂の言う通りだ。僕らはこの歳になるまでに多くの友達、同級生、知り合いが死ぬところを見てきた。


王権制度以前にあった法律は死に、この国では明日生きていられるほうが難しい。


いまさら隣のクラスメイトが死んだところで酷く落ち込むほど、まともな心はもう僕には残ってはいなかった。


「まぁそれでも落ち込むってなら俺でも見て元気を出したまえ、こんな絶望的な世界に咲いた一輪の花ようなこの俺をッ!」


櫂は眼鏡を賢そうに人差し指でクイッと上げる。

だが、不思議とイケメンには見えてこない。


「僕…あいつにお金貸してたんだよね」


「金を?そうか、それは、その・・・気の毒だったな」


「でも思うんだ。いくら悲観していたって状況は何も変わらない。絶望に身を沈めていたって希望なんて降りてはこない」


だから僕は決意する。


「お別れだ。貸したお金に・・・そして、出雲今市に」


「あぁ、分かった、理解した。乙木の決意しかと受け止めた。それならば、この俺も付き合うじゃないか」


僕と櫂は目を閉じる。心の中で「さよなら」を告げる。


そして、昔から付き合いのある友だと言うのに、その死を心の底から悲しめていない自分に少しばかりの罪悪感を感じ、小さく声を出して謝罪する。


「ごめんな」


ーーー乙木君、あなたはどうして謝っているの?ーーー 


突然、耳元でそっと囁かれた言葉。

薔薇の香りが鼻を撫で、甘い息が耳に吹きかかる。


僕は驚いて目を開ける。


直ぐには目の前にいた人物が誰か認識できなかった。


何故なら僕の視界には艶めいた長い黒髪と、その奥で僕同様に、皿のように目を丸くし、驚いた表情で僕を見る櫂しか映っていなかったからだ。


「・・・!!」


顔を横に向ける。そうしてようやく気がついた。

僕の目の前に立ち、僕の耳にそっと囁いたその人物は、同じクラスの桜薔薇だということに。


「さ、さくらばら!?」


彼女は、今すぐにでも僕の耳に噛みつけそうなほど近くまで顔を寄せている。


それは思春期男子の越えてはならないラインを遥かに越えてしまっている。友達以上、いや恋人以上!


僕は一歩後ずさる。

すると、彼女の完璧にまで整った淡麗な顔が僕の視界一杯に映り込んだ。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

1年HELL組 女子 出席番号11番 16歳

桜薔薇さくらばら かわひらこ


彼女が歩いた道には桜が舞い、薔薇が咲き、蝶が羽ばたく。


クラスにマドンナというのは一人はいるものだが、彼女のそれは別格であった。

完璧な容姿、完璧な頭脳、完璧な黒髪、そして完璧な長さのスカートの丈。

それに加え、生まれも完璧ときたら、もう僕に言えることは何もないだろう。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


「乙木君、あなたはどうして謝っているの?」


彼女は僕の目をじっと見つめながらもう一度言った。

この世界の神秘が全て詰め込まれているかのような吸い込まれる深緑の瞳。

そこに映るは冴えない15歳の男子。


「いや・・・その、出雲が殺されて・・・僕、あの、あいつと知り合いだったから・・・」


6歳の子供でも、もう少し気の利いた言葉を返せただろう。

僕は、僕の、僕らしさを改めて自覚し、嫌悪した。


「そうなんだ。乙木君はやっぱり優しんだね」


彼女の表情はそれでも変わらず、暖かく、優しく、そして相変わらずに謎めいていた。


僕たちは幼い頃から同じ学園で育ってきている。櫂も、他のクラスメイトも、そして桜薔薇とも。


それでも僕は彼女のことだけは分からなかった。


人付き合いが悪いわけではないが、どこか人と距離を取り、表情が無いわけではないが、どこか何を考えているか分からない。


一言で言えば『ミステリアス』。

それが彼女が他の生徒と別格の理由でもあり、こうやって僕が10年の付き合いであるにも関わらず、緊張してまともに話せない理由でもあった。


「な、なにか用か?」


心臓の鼓動は早くなる。

でもそれを必死に抑え、今更遅いと分かりながらも冷静を装って返事をする。


「乙木君」


桜薔薇はまた僕の名前を呼ぶ。僕の耳に顔寄せる。

洗脳するかのような薔薇の香りが僕を支配する。


ーーー 今から二人で話せない? ーーー


彼女はそう囁いた。

何度も何度もその言葉が僕の中で繰り返される。

溶けては消え溶けては消えて、彼女のその艶めいた声が耳に反響する。


僕と二人で…。


この体育館の全員に聞こえてしまうのではないかと心配になるほど、僕の心臓がバクバクと呼吸を早める。


「ここを抜け出して、どこかの教室で、いいでしょ?」


教壇では未だに教頭の二晩がお経を唱えていた。

あの様子ではあと1時間は続きそうだ。


どうして桜薔薇が僕なんかに、そもそも話とは一体なんなのか。


様々な疑問が湧き上がりはするものの、あり得ないような期待にそれらは掻き消されていく。


もしかして・・・いや、でももしかすると、だけど、でも、もしかして・・・。


僕の頭はもう冷静に事を判断する余力は残されていなかった。


「ああ」それが僕が必死に捻り出すことが出来た、たった二文字の言葉だった。




「クククッ・・・」


そんな二人の様子をまるで蛇のように、邪悪めいた目で遠くから見つめる一人の男がいた。


ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

1年HELL組 男子 出席番号8番 16歳

黒幕くろまく 八兵衛はちべい

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー


黒幕は、ニヤリと不気味に唇を釣り上げる。


「全ては私の思うがまま、私の思う通り、この世界は私のものさ・・・なぁ乙木君」

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