好かれる努力
8
過去を思い出すのは苦手だ。それは、必然的に両親の事を思い出すからだ。
それでも、遥希の事だけ。遥希の事だけを思いだそう。小3の頃の遥希は、今思うとめちゃくちゃ可愛かった。
「聡太、お願い!!」
遥希は給食の時間が始まると、すぐに手を合わせて頼み込んで来た。
「煮物のにんじん、食べてくれない?」
「また?この前は食べてたじゃん。」
「シチューは大丈夫なんだけど、煮物はダメ~!プリンもつけるから!お願い!!」
そういえば、小3にもなって、遥希はにんじんが苦手だった。
にんじん…………苦手だ!!
俺は最低だ。バカだ!バカ!!
大馬鹿野郎の俺は、早織さんに遥希の嫌いな食べ物を教えてしまった。意図していなくても、これは完全に嫌がらせだ。
そう思うと、遥希の早織さんに対してあの神対応…………どうゆう事なんだ?
全然わからない。
じゃあ…………遥希の本当の好きな食べ物って何なんだ?
…………ダメだ。全然思い出せない。
甘い物?でも、甘い物は嫌いって言ってたよな?
『甘い物が嫌いな女の子なんていないんじゃない?』
そう、母さんが言っていたのを思い出した。
『女の子じゃなくても、聡太は甘い物が好きだもんな~』
父さんがそう言っていつも笑っていた。今は甘い物はそうでもないよ。
早織さんと浩司さんのおかげで、別に暮らしに不自由してる訳じゃない。友達もいるし、寂しくもない。だけど…………
もう、自分の幼い頃がどうだったか聞く事はできない。
訊く相手がいない。
そうと思うと…………結構辛い。
そんな事をベッドの上で寝ながら考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「聡太、早織さんが呼んでる。」
俺は起き上がると、深く深呼吸した。深呼吸して、呼吸を整えて、静かにリビングに降りて行った。リビングには誰もいなかった。ダイニングの方に、早織さんと遥希がいた。
「聡太、聡太の好きな、サクランボ!初物だよ~!みんなで食べよう!」
「聡太、サクランボ好きなんだね~♪私も好き~!」
「それは…………」
好きだけど、恥ずかしくて好きとか言えない……。男子高校生がチェリーが好きとか…………
それでも、好きな食べ物は我慢したくない。俺がさくらんぼのへたを取って、口に投げ入れていると、それを見た遥希が呟いた。
「共食いだな。」
「うるせー!」
遥希の皿から自分の皿に、さくらんぼを移した。
「あー!聡太ずるい~!」
「もっともっと共食いしてやる~!」
「お前はゾンビか!チェリーゾンビか!」
早織さんは笑いをこらえながら、まぁまぁ、と言って俺達の喧嘩を止めようとした。
嬉しそうにさくらんぼを食べている遥希を見て、自分の皿のさくらんぼを遥希の皿に全部乗せた。そして、遥希に頭を下げた。
「…………ごめん。間違えて、嫌いな食べ物早織さんに教えて…………」
「え?もしかして、にんじん?好きな食べ物じゃなかったの?」
「俺の記憶違いで、嫌いな食べ物だったんだ……やっと思い出した。」
遥希が早織さんに慌ててフォローしていた。
「いえ!好きではないけど、全然大丈夫だよ!食べられなくは無いし、あ、煮物は普通に美味しかったし!」
その後、遥希は山盛りになったさくらんぼを横から眺めていた。
「いい眺め。それで、お詫びにこれ全部私にくれちゃうの?」
「考えても考えても、遥希の好きな食べ物がわからなかった。だから、これが俺の、遥希に好かれる努力。」
「えぇ?!」
驚きの声が二人同時だった。
「ふっ!あはははははははは!!聡太、私も、もう少し努力してみる。私、聡太にも早織さんにも、もっともっと好かれたい。」
その笑顔は、俺の思い出にあった、あの頃の笑顔と同じだった。
「じゃあ、私からも、好かれる努力。半分あげる。早織さんにも。」
そう言って山盛りのさくらんぼを他の皿に取り分けた。
「そうだね。食べ過ぎるとお腹こわしちゃうしね。」
「えぇ?そうなの?!」
これでやっと、遥希に再会した気がした。
「そうだよ~。小さい頃は聡太もよくさくらんぼ食べ過ぎてお腹こわしてたの。聡太、よくお姉ちゃんに叱られてたっけ。」
思いがけず…………過去の話が聞けた。
「バカだよねぇ~!」
「あはははははははは!!聡太可愛い~!」
「可愛いか?」
笑われているのに…………何だか嬉しかった。
大丈夫だ。俺には鎧がちゃんとあって、生きて行ける未来がある。




