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過去の鎧




『その努力はやめるように言ってくれ。』


その時は、その言葉の本当の意味が理解出来なかった。出来なくて、その時は無性に腹が立って仕方が無かった。


その時の事を思い出すと、今でもムカムカする。俺はどうしてあんなにガキだったんだろう?


その言葉の意味が理解できたのは、それからもう1週間経った時の事だった。


休み時間に、教室で数学の復習をしていると、窓際のクラスメイトに突然呼ばれた。


「おーい村山!郷田先生が廊下に来いって」

郷田先生?確か、生活指導の厳しい先生だった気がする。俺に何の用だ?勉強を中断して廊下に出た。


廊下に出るとそこには、郷田先生と、その隣には遥希がいた。郷田は汚い色のスーツで今日もネクタイが悪趣味だった。

「村山が同じ小学校の友人か?」

遥希は黙ってうなずいた。


郷田は俺を上から下まで見た後、質問した。

「藍野の地毛の色は本当にこんなに茶色なのか?」

よく見ると、遥希の髪は根元の所が少し栗色になっていた。これを生活指導の郷田に目をつけられたらしい。


郷田の圧に、少し緊張した。それでも、本当の事を答えた。

「はい、そうです。」


そう言った瞬間、遥希が少しホッとしたように見えた。俺は遥希の父親の栗色の髪を思い出した。

「父親も同じ髪の色してますよ。」

「それを証明できる父親の写真はあるか?」

「無いです。」

遥希はそう言ったが、引っ越しの時の写真があったはずだ。俺は携帯を出して、写真を探した。確か早織さんがどうしてもと言って、家の前で四人で撮った写真だ。


それを先生に見せると…………先生は驚愕した。

「お前達、双子か?」

「え?いえ、違いますけど…………」

「じゃあ、何なんだ?この家族写真は……?」


あ…………。その時やっと気がついた。


まずった!俺、何自分からバラしてんだ?しかも生活指導の先生に証拠まで見せて…………俺は馬鹿か?!馬鹿なのか!?


「後で二人で生活指導室に来るように。」

案の定そうなった。そりゃそうだ。


放課後、逃げそうになった遥希を捕まえて、生活指導室に行った。しかし、生活指導室には先生はいなかった。中で待つ事にした。


「何で私まで来なきゃいけない?」

「二人で説明する事に意味があるんだ。そうゆう関係じゃない。同じ屋根の下にいるだけだって二人で説明するんだ。」

「説明でそんなにうまくいくか?」

そんなに単純な問題じゃない事くらいわかってる。


数個の机と椅子しかなく、ほとんど何も無い生活指導室。反省部屋としては最良な場所だ。その反省部屋で俺は先生を待つ間、英語の課題をこなしていた。

「何やってんの?」

「課題。」

「マジ!?聡太、ガリ勉になったね……。」


まぁ、ガリ勉と言われればそうかもしれない。

「まだ入学したばっかりだよ?受験まであと3年あるのに……。」

「受験はしない。」

「え?受験しないのに勉強?何のために勉強してるの?」


受験のためだけに勉強するなんて偏見だろ。大学へ行かなければ、この勉強は無駄なのかもしれない。そう思ってしまえばそうかもしれない。でも…………

「俺は発想を変えた。大学には行けない。いや、行かないと自分で決めた。だから、一生のうちであと3年しか勉強をやる時間がないんだ。タイムリミットまで出来る限りの勉強をする。そう決めただけだ。」

「…………そっか。」


遥希はそれ以上何も言わなかった。


しばらくすると、ポツポツと窓に雨が当たっていた。やがて、その小雨がどしゃ降りになって来た。

「傘…………持って無い。」

「そのうち止むだろ。」


遥希はスマホでゲーム、俺は英語の課題、それぞれの事をやって時間を潰した。


辺りは雨の音しかしなかった。やがて、雨の音もしなくなって、妙な静けさが漂っていた。


まるで、この世界に俺達二人しかいないみたいだった。


「なぁ、その髪、何で染めたんだ?」

「…………わからんか?」

「わからん。誰かに何か言われるのが嫌なら、また染めればいいだろ?」


昔も髪の色でよくからかわれていた。それが嫌で一度染めたなら、染め続ければいい。


遥希はスマホをポケットにしまうと、窓から外を見ながらポツリと言った。

「私はもう、誰かに好かれる努力を止めたから。」

「…………好かれる努力?何?男?」

「違うわ!」


それで、早織さんに好かれる努力はやめろって?


それにしても、髪を黒く染めれば……好かれるか?


「お母さんは…………この髪の色が嫌だって……。父親に似たこの髪の色が嫌なんだと思う。」

それは…………遥希には、明確に好かれたい相手がいたという事、そして、その相手とは暮らしていない。

「お父さん、再婚したんだもん。もちろん、早織さんが努力なんかしなくても好きになるよ。だから、もう…………今さらお母さんに好かれる努力なんかしても無意味なんだよね。」


遥希は苦しそうな笑顔で言った。


やっぱり、遥希も俺と同じ漂着物だな。


「無意味だし、好かれようともがけばもがくほど自分を見失う。そのうち、本当の自分がどこにいるのかわからなくなる。」


その、逆プリンと言われる、二層に別れたおかしな髪の色を見て思った。

「少なくともそんなのはお前じゃない。」

「そんなのって?」

「でたらめな方言で、異常に黒い髪の毛…………」


それは、もしかしたら遥希の鎧のようなものかもしれない。


人は過去という鎧で身を守らなければ、未来を生きて行けない気がした。


じゃあ、過去という鎧を捨てて行かなければいけなくなったら、どうすればいいんだ?


「聡太までそれ言う?」

「でも、このままじゃ確実に腐ったミカン扱いだぞ?」

「ミカンはやだ!さくらんぼがいい!」

「種類の問題じゃねーよ!」


見た目や、話し方は関係ない。本当は、遥希は遥希だって言ってやりたかった。でも…………


「お前が腐ってて、周りを腐らせるかどうかの話だ。」

「腐っとらんわ!」


その時の俺には、その一番大事なそれが言えなかった。


「だったら、堂々と本当の自分でいろよ。そんな訛りや方言で誤魔化してないで…………」

すると、遥希は声を張り上げた。


完全にキレた。


「うるさい!!…………本当の私は死んだんじゃ!!中1ん時に自分で殺した!お前の両親より早よう死んどる!!今さら出て来んわ!!」


遥希は鞄を鷲掴みにして持ち、生活指導室を出て行こうとした。


「待てよ!俺は…………本当のお前を知ってる。お前が自身を殺したより、もっと前のお前を知ってる。遥希はもっと…………もっと…………」


もっと…………どうだった……?


何故か、その続きが出て来なかった。


「出て来んか?そうやろうな。知ってたとしても、それを覚えとらんなら何もならんわ!!」

遥希は振り返り俺を見ると、鼻で笑った。

「ふっ!にんじんは私の嫌いな食べ物じゃ!この大ボケ!」


にんじんは…………


嫌いな食べ物?


しばらく、呆然とした。


それから俺は…………


勉強どころではなくなってしまった。



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