過去の鎧
7
『その努力はやめるように言ってくれ。』
その時は、その言葉の本当の意味が理解出来なかった。出来なくて、その時は無性に腹が立って仕方が無かった。
その時の事を思い出すと、今でもムカムカする。俺はどうしてあんなにガキだったんだろう?
その言葉の意味が理解できたのは、それからもう1週間経った時の事だった。
休み時間に、教室で数学の復習をしていると、窓際のクラスメイトに突然呼ばれた。
「おーい村山!郷田先生が廊下に来いって」
郷田先生?確か、生活指導の厳しい先生だった気がする。俺に何の用だ?勉強を中断して廊下に出た。
廊下に出るとそこには、郷田先生と、その隣には遥希がいた。郷田は汚い色のスーツで今日もネクタイが悪趣味だった。
「村山が同じ小学校の友人か?」
遥希は黙ってうなずいた。
郷田は俺を上から下まで見た後、質問した。
「藍野の地毛の色は本当にこんなに茶色なのか?」
よく見ると、遥希の髪は根元の所が少し栗色になっていた。これを生活指導の郷田に目をつけられたらしい。
郷田の圧に、少し緊張した。それでも、本当の事を答えた。
「はい、そうです。」
そう言った瞬間、遥希が少しホッとしたように見えた。俺は遥希の父親の栗色の髪を思い出した。
「父親も同じ髪の色してますよ。」
「それを証明できる父親の写真はあるか?」
「無いです。」
遥希はそう言ったが、引っ越しの時の写真があったはずだ。俺は携帯を出して、写真を探した。確か早織さんがどうしてもと言って、家の前で四人で撮った写真だ。
それを先生に見せると…………先生は驚愕した。
「お前達、双子か?」
「え?いえ、違いますけど…………」
「じゃあ、何なんだ?この家族写真は……?」
あ…………。その時やっと気がついた。
まずった!俺、何自分からバラしてんだ?しかも生活指導の先生に証拠まで見せて…………俺は馬鹿か?!馬鹿なのか!?
「後で二人で生活指導室に来るように。」
案の定そうなった。そりゃそうだ。
放課後、逃げそうになった遥希を捕まえて、生活指導室に行った。しかし、生活指導室には先生はいなかった。中で待つ事にした。
「何で私まで来なきゃいけない?」
「二人で説明する事に意味があるんだ。そうゆう関係じゃない。同じ屋根の下にいるだけだって二人で説明するんだ。」
「説明でそんなにうまくいくか?」
そんなに単純な問題じゃない事くらいわかってる。
数個の机と椅子しかなく、ほとんど何も無い生活指導室。反省部屋としては最良な場所だ。その反省部屋で俺は先生を待つ間、英語の課題をこなしていた。
「何やってんの?」
「課題。」
「マジ!?聡太、ガリ勉になったね……。」
まぁ、ガリ勉と言われればそうかもしれない。
「まだ入学したばっかりだよ?受験まであと3年あるのに……。」
「受験はしない。」
「え?受験しないのに勉強?何のために勉強してるの?」
受験のためだけに勉強するなんて偏見だろ。大学へ行かなければ、この勉強は無駄なのかもしれない。そう思ってしまえばそうかもしれない。でも…………
「俺は発想を変えた。大学には行けない。いや、行かないと自分で決めた。だから、一生のうちであと3年しか勉強をやる時間がないんだ。タイムリミットまで出来る限りの勉強をする。そう決めただけだ。」
「…………そっか。」
遥希はそれ以上何も言わなかった。
しばらくすると、ポツポツと窓に雨が当たっていた。やがて、その小雨がどしゃ降りになって来た。
「傘…………持って無い。」
「そのうち止むだろ。」
遥希はスマホでゲーム、俺は英語の課題、それぞれの事をやって時間を潰した。
辺りは雨の音しかしなかった。やがて、雨の音もしなくなって、妙な静けさが漂っていた。
まるで、この世界に俺達二人しかいないみたいだった。
「なぁ、その髪、何で染めたんだ?」
「…………わからんか?」
「わからん。誰かに何か言われるのが嫌なら、また染めればいいだろ?」
昔も髪の色でよくからかわれていた。それが嫌で一度染めたなら、染め続ければいい。
遥希はスマホをポケットにしまうと、窓から外を見ながらポツリと言った。
「私はもう、誰かに好かれる努力を止めたから。」
「…………好かれる努力?何?男?」
「違うわ!」
それで、早織さんに好かれる努力はやめろって?
それにしても、髪を黒く染めれば……好かれるか?
「お母さんは…………この髪の色が嫌だって……。父親に似たこの髪の色が嫌なんだと思う。」
それは…………遥希には、明確に好かれたい相手がいたという事、そして、その相手とは暮らしていない。
「お父さん、再婚したんだもん。もちろん、早織さんが努力なんかしなくても好きになるよ。だから、もう…………今さらお母さんに好かれる努力なんかしても無意味なんだよね。」
遥希は苦しそうな笑顔で言った。
やっぱり、遥希も俺と同じ漂着物だな。
「無意味だし、好かれようともがけばもがくほど自分を見失う。そのうち、本当の自分がどこにいるのかわからなくなる。」
その、逆プリンと言われる、二層に別れたおかしな髪の色を見て思った。
「少なくともそんなのはお前じゃない。」
「そんなのって?」
「でたらめな方言で、異常に黒い髪の毛…………」
それは、もしかしたら遥希の鎧のようなものかもしれない。
人は過去という鎧で身を守らなければ、未来を生きて行けない気がした。
じゃあ、過去という鎧を捨てて行かなければいけなくなったら、どうすればいいんだ?
「聡太までそれ言う?」
「でも、このままじゃ確実に腐ったミカン扱いだぞ?」
「ミカンはやだ!さくらんぼがいい!」
「種類の問題じゃねーよ!」
見た目や、話し方は関係ない。本当は、遥希は遥希だって言ってやりたかった。でも…………
「お前が腐ってて、周りを腐らせるかどうかの話だ。」
「腐っとらんわ!」
その時の俺には、その一番大事なそれが言えなかった。
「だったら、堂々と本当の自分でいろよ。そんな訛りや方言で誤魔化してないで…………」
すると、遥希は声を張り上げた。
完全にキレた。
「うるさい!!…………本当の私は死んだんじゃ!!中1ん時に自分で殺した!お前の両親より早よう死んどる!!今さら出て来んわ!!」
遥希は鞄を鷲掴みにして持ち、生活指導室を出て行こうとした。
「待てよ!俺は…………本当のお前を知ってる。お前が自身を殺したより、もっと前のお前を知ってる。遥希はもっと…………もっと…………」
もっと…………どうだった……?
何故か、その続きが出て来なかった。
「出て来んか?そうやろうな。知ってたとしても、それを覚えとらんなら何もならんわ!!」
遥希は振り返り俺を見ると、鼻で笑った。
「ふっ!にんじんは私の嫌いな食べ物じゃ!この大ボケ!」
にんじんは…………
嫌いな食べ物?
しばらく、呆然とした。
それから俺は…………
勉強どころではなくなってしまった。




