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相合い傘


24



『生きてるか?』

そんなメッセージをたまに送るようになった。


既読になる。生きてはいる。


毎日一緒にいた人が突然いなくなる。それはまるで、自分を無くすようだっだ。


自分が自分じゃなくなる。


遥希が家を出て行った後、昨日まで自分が何をしていたのか忘れた。


この課題、いつまでだった?やってあったっけ?明日はバイトのシフト入れたっけか?


朝起きて、リビングへ行っても、遥希はいない。


「おはよう。」

「聡太、おはよう。」


遥希のおはようはない。


遥希は今ごろ…………どうしてるだろう?



外は、雨が降っていた。


その雨に、あの時の記憶に否応なしに引き戻される。


雨は、予報ではにわか雨だった。でも、午後から強くなる予報だった。


予報通り、強めの雨が降っていた。


俺は雨の中、とっさに玄関にあった一本のビニール傘を持って、遥希の後を追いかけた。


「待て遥希!家を出てどうするつもりだよ?」

「わからない!」


遥希は、公園の濡れたベンチに膝を抱えて座った。俺は遥希の後ろに立ち、傘をさした。


こればっかりは、浩司さんの言う事が正解だ。1人で働きながら子供を育てるなんて、現実的には不可能に近い。


でも、遥希のその背中は、絶望とは違う気がした。


「どうしてそんなに育てたいんだ?早織さんの子供がダメだったからか?」

「違うよ!わからない?」

遥希は振り返り、俺の顔を見ると、力無くうつむいた。そして、また後ろを向いた。


「わからないよね……。」

「ああ。」


全然わからない。遥希が何を考えているのか……。


「亜希の立場は…………もしかしたら、私だったかもしれない。そう、思っちゃったの。もし、私がお母さんについて行ったら…………私がこうなってたかもしれない。」

「そんなの…………仮定の話だろ!?」


それは空論だ。あり得ない!!そんな事があるはずがない。遥希は妹とは違う。


遥希は、雨の音にかき消されそうなくらい小さな声で言った。

「聡太も一緒に…………家を出てよ?」


俺は…………迷って、迷って…………


「…………いいよ。」


そう言った。そう言ったのに…………


遥希はベンチから降りて、俺の前に立って言った。


「嘘つき!!」

嘘つき…………?

「どこが嘘なんだ?約束しただろ?」


すると、遥希鼻で笑って言った。

「ふっ!ただ同じ屋根の下にいるだけじゃん……。そんなくだらない約束守るために、人生捨てるの?聡太、バッカじゃないの?」

「バカがバカじゃないの?とか言うな!」


遥希は俺の手からビニール傘を奪おうと、その取ってに手をかけた。そして、真っ直ぐ俺の目を見て言った。

「今、私があの子の手を離したら、後悔する気がする。だから…………聡太の方が離して。」


そう言われて、思わず手を離してしまった。


すると、遥希はその傘を後ろに放り投げた。


「バカは私1人で十分!!」


傘は一瞬…………宙に舞った。まるで、スローモーションを見ているかのようだった。傘はゆっくり、取っ手を空に向けて、音もなく水溜まりに落ちた。


「これからは、空が屋根だよ。これからもずっと、同じ屋根の下にいるから。」


そう言って、遥希は俺の目の前からいなくなった。


俺はしばらく…………傘の内側に雨が打ち付けるのを、ただ黙って眺めた。


空を見上げた。


空は厚い雲に覆われていた。雨が顔に落ちては流れ、落ちては流れ続けた。


落ちて、落ちて、落ちて、落ちて…………


これが…………屋根か?


そんなのおかしいだろ。



それから、この家に残ってこのまま大学へ行くか、大学を辞めてこの家を出て遥希と子供を育てるか…………迷っていた。


自分の部屋で、勉強が手につかずにいると、早織さんが話があると言って入って来た。


「聡太の気持ちもわかる。だけど、今は我慢して大学を卒業しよう?」

早織さんには、俺の考えている事が手に取るようにわかるらしい。


「大学を出て、ちゃんと就職して、遥ちゃんを迎えに行けばいいじゃない。」


もう…………音信不通だ。どうやって迎えに行けばいいんだ?

「…………。」

無言の俺を見て、早織さんは少し困った顔になった。


「聡太には、聡太の人生があるのよ?」

それは…………俺の人生と遥希は関係無いって事か?


「それに、お姉ちゃん達だって、聡太を大学まで行かせてやりたいと思って保険をかけていたんだと思うの。」


両親の願い。


「私はお姉ちゃん達の代わりに、聡太を後悔させないように、しっかり育てなきゃいけない。だから今はまだ、同じ屋根の下にいて欲しいの。」

早織さんは泣きそうな顔をして懇願してきた。


「引き止めた私の事は恨んでもいい。だから…………私を1人にしないで。お願い……。」


早織さん、それはずるいよ…………。


多分、どっちの道を選んでも、後悔はする。


それでも、俺が一番大事なのは…………家族だ。遥希は家族じゃない。家族じゃないんだ……。


そう、自分に言い聞かせた。


そして、雨空を見上げる度に、遥希を思い出した。


これが…………屋根?


これじゃ本当に、同じ屋根の下にいるだけだ……。


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