響いた言葉
22
帰宅すると、家で待っていたのは、早織さんだけだった。
「おかえりなさい。」
「ただいま。瑞希は?」
「さっきまで、二人の事待ってるって言って頑張って起きてたんだけどね……力尽きて寝ちゃった。」
寝室のベッドを見ると、瑞希がろうそくを握りながら寝ていた。
「ごめん……。」
そこに、遥希も帰って来た。
「ただいま!遅くなってごめん!」
玄関の鍵の開く音が聞こえたと思えば、遥希がバタバタ入って来た。そんな遥希に、早織さんが口の前に人差し指を立てて注意した。
「しーっ!遥希寝てるから。」
「あ…………もう寝ちゃった……?」
ダイニングテーブルの上には、早織さんと瑞希だけじゃ食べきれなかったごちそうと、4枚のケーキの皿が並んでいた。
「手洗って来て。お腹すいたでしょ?こっち座って。」
俺達は上着や荷物を片付けて、ダイニングの椅子に座った。
「ごめんなさい……。」
「いいのよ。今年は残念だったけど、明日も明後日もお祝いするチャンスはある。生きていれば、来年も再来年も誕生日は来るんだから。」
それは…………そうかもしれないけど……。
早織さんがコーヒーを淹れてくれた。
「二人とも、そんなに落ち込まないで。出産の時に来てくれない人よりマシでしょ?」
あ、今それ出しちゃう?遥希には余計落ち込む材料じゃない?
「私、子供の時、家族の大事な時はみんないるのが当たり前だと思ってた。それが、親が離婚して、特別なんだって事に気がついたのに……気がついたはずなのに……」
自分が親の立場になると、それはなかなか難しい事だった。
「それは…………毎日一緒にいるんだもの。毎日特別じゃ特別じゃないでしょ。」
「今だって、早織さんだって聡太だって、一緒にいるのが当たり前じゃないのに……当たり前だと思ってた。」
「何言ってんだよ。当たり前だろ。」
すると、早織さんは思い付いたように言った。
「当たり前か…………じゃ、結婚すれば?」
いやいやいや!じゃ、コンビニ行けば?のノリで言う?
「え~!事実婚で良くない?」
いやいやいや!めんどくさくない?みたいなノリで返す?
早織さんは、ずっと昔から俺の気持ちに気がついていた。離婚しなかったのは、多分俺のため。
でも、俺は早織さんが離婚しても、ずっと早織さんを支えるつもりでいた。支えられないなら……死んでもいいと思っていた。
早織さんが子供を亡くしてから、しばらく家の中は沈んでいた。早織さんは、しばらく有給を取って休んでいた。
俺は早織さんが心配だった。包丁を眺める度に、そのまま首を切るような気がして、気が気じゃなかった。俺は堪らなくなって、こんな事を言ってしまった。
「早織さん、俺を1人にしないで。もし早織さんが死ぬなら、俺の事も、片付けてからにして。」
「それ…………どうゆう意味?」
その後、すぐに自分の発言が愚かだった事に気がついた。
「どうしてそんな事言うの?俊太の分まで強く生きようって……前向きに……」
「…………ごめんなさい。」
前向きに生きようとしている早織さんに対して、何て事を言ってしまったんだろう……。
1人にしないでくれなんて、俺は結局自分の事しか考えていない。たった1人の家族なのに、早織さんをちゃんと思いやれていない。
俺は何も言えず何もできず…………
ただ、同じ屋根の下にいるだけだった。
そんな事を思い出していると、早織さんの淹れてくれたコーヒーがすっかり冷めてしまった。コーヒーに映る情けない自分を、スプーンで揺らして消した。
遥希は不安そうに言った。
「瑞希に謝るのが怖い。どんなに言い訳しても……信じてもらえない気がする。」
早織さんは飲み終わったコーヒーカップを持って立ち上がった。
「勇気を出して言ってごらん。言葉って、意外と大事よ?」
そのコップを流しに置くと、早織さんは話を続けた。
「父を亡くした時に、言葉なんて無意味だなんて思った事もあるけど……」
じいちゃんは、遥希が出て行った後すぐに亡くなった。残念ながら、俺には言葉を無くす経験が何度かあった。
「俊太を亡くした時、聡太の言葉に救われた。1人にしないで。って言ったの、覚えてる?」
「それは…………」
言ってはいけなかったと後悔した言葉だった。それが、意外にも俺の気持ちは、ちゃんと早織さんに伝わっていた。
「私は必要なんだって気がついたの。それに、浩司さんの言葉にも……」
「あいつ…………?」
遥希はその名前を聞いて嫌な顔をした。
「君が無事で良かった。」
それは、子供が残念とかではなく、早織さん自身の無事を願っていたという言葉だった。
「そんな風に言ってもらえると思ってなかったから、それだけで良かった。その言葉だけで良かったの。」
「そんなの…………契約者としての、良かった。じゃないの?」
それを聞いた遥希は、何だか納得いかない様子だった。
「そうかもしれない。でも、その時の私には、その言葉が響いたのよ。」
誰にどんな言葉が響くのかはわからない。でも、声をあげなければ、何も伝わらない。
「だからね、生きてさえいれば、伝えるチャンスはいくらでもあるのよ?」
俺は、誰に何を伝えたいんだろう?
隣を見ると、頭を抱えた遥希がいた。




