誕生日
21
「誕生日おめでとう!」
誕生日の日は、朝起きてすぐに必ず両親がおめでとうを言ってくれた。それはいつも何だかくすぐったい。
くすぐったくて、幸せだった。
朝起きてリビングへ行くと、遥希が鏡の前で化粧をしていた。その隣で、瑞希がキラキラした目をして見ていた。化粧に興味あるとか、こんなに小さくても瑞希も女だな……。
「おはよう。」
「あ、聡太おはよう!今日瑞希の送り頼むね!」
「聡太~!おはよう!保育園行こ~!」
もう出かける準備の出来ている瑞希が俺に駆け寄って来た。その瑞希の頭を撫でて言った。
「瑞希、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
瑞希は嬉しそうには微笑んだ。瑞希は笑うとえくぼができる。そのえくぼを指で押すと、いつも声をあげて笑った。
今日は早く帰るために、遥希の出勤が早い。俺は遥希の支度を見ていた瑞希に言った。
「ほら、そろそろ遥希がデーモン閣下になるぞ?」
「デーモンカッカ?デーモンカッカって?」
「聡太!止めてよ!瑞希にまでデーモンって言わせるの止めて!」
就職が決まってからは、多少は薄化粧にはなったが…………俺に言わせればデーモン小暮だ。遥希の素っぴんがいいなんて、俺はブス専だな。
と、思っていたら後ろからティッシュ箱で頭を叩かれた。
「痛っ!」
「自分はブス専とか思ってんじゃないでしょうね?思ってたらぶん殴るよ?」
「もう殴ってんじゃねーか!」
何故わかった!?エスパーか?!
「大丈夫、遥ちゃんは可愛いよ?」
「瑞希~!ありがとう。今日は早く帰って来るね。」
そう言って瑞希を抱き締めた。
「うん、行ってらっしゃい。」
瑞希と二人で遥希を見送った。
「瑞希の誕生日って事は遥希の誕生日ももうすぐだな……。」
「瑞希はもう準備してるよ?」
「え?マジで?」
すると、瑞希は歌い始めた。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
その歌で、また、高校生の時の記憶に引き戻される気がした。
「瑞希、遥ちゃんに歌と、絵と手紙書く!聡太は?」
「俺は…………クマちゃんかな?」
「クマちゃん?ピンクのクマちゃん?」
あれは、早織さんのお腹にまだ赤ちゃんがいた頃…………
それでも高校2年の春までは、普通に家族ごっこは幸せだった。冬には鍋を食べたり、クリスマスはみんなでお祝いしたり、お正月に初詣に行ったり、ただ…………幸せだったとしか覚えていない。
楽しい事はすぐに忘れてしまうのに、悲しい事は今でも鮮明に覚えている。それは何故なんだろう。
2月12日は、遥希の誕生日だった。早織さんが、誕生日の飾り付けに、クリスマスのキャンドルを使いたいと言っていたから、俺が代わりに屋根裏の物置に取りに行った。そこで、段ボールの積まれた裏に、薄汚れた熊のぬいぐるみがあった。汚れ過ぎていて、ピンクかどうかはわからなかった。
これ…………もしかして、引っ越して来た時に、遥希が探していた熊の縫いぐるみ?そう思って、物置から持って来た。
俺がリビングに行くと、早織さんが出かける支度をしていた。
「どうしたの?買い物なら俺が行くのに。」
「何だか心配なの。ちょっと病院に行って来るね。何も無ければそれでいいし。一応ね。」
その早織さんの心配が悪い方へ的中する事になった。
原因不明の心肺停止。
もうすぐ産まれるという時に、お腹の中で亡くなってしまった。亡くなっても産まなければならない。
産まれた赤ん坊は、小さくてもちゃんと人の型をしていた。でも呼吸が無い。人形のように、ただ、体だけがそこにあった。
病院で、遥希と一緒に早織さんに付き添ったけど…………どう声をかけていいかわからなかった。どんな言葉も、陳腐で安っぽい言葉になりそうで、何も言えなかった。
ベッドに埋もれて、早織さんの小さな声が、俺には聞こえてしまった。
「バチが当たったのかな……。愛情は無くてもいいから子供が欲しいだなんて……。」
「そんな事無いよ……そんなの、関係ないよ……。」
本当に…………そんなのは関係なく、僕達にとっては、会うのを楽しみにしていた従弟であり、弟だった。
こんな時、言葉なんて何の力も持たない。
浩司さんに連絡をしていた遥希が病室に入って来た。
「やっぱり繋がらなかった。一応、留守電残して来たけど……。」
当たり前と言えば当たり前かもしれないが…………こんな時に、浩司さんは病院に駆けつけてはくれなかった。
「ごめんね、早織さん。親父の奴、来なくて……。」
「いいの。私こそ、ごめんね。みんな、赤ちゃん…………楽しみにしてくれてたのに……。」
早織さんは泣きながら何度も謝っていた。
辛い…………。
早織さんの、その辛い姿を見て思った。
わかってる。わかってるけど…………
…………浩司さんに来て欲しかった。何も言わなくていい。ただ、早織さんの側にいるだけでいい。
それだけじゃない事を証明して見せてもらいたかった。
結局、浩司さんは一度も病院に来る事は無かった。
「遥ちゃん、浩司さんの事は気にしなくていいから。」
「でも…………こんな時にいないなんて、最低だよ。」
しかし、その事が、何も知らない遥希にはどうしても許しがたい事だった。
家に帰った浩司さんに、遥希は怒鳴りつけた。
「どうして?どうして一度も病院に来なかったの!?最低!!」
遥希は、テーブルにあった薄汚れたクマのぬいぐるみを浩司さんに投げつけた。
浩司さんは、寂しそうな顔をして、そのぬいぐるみを拾っていた。その後ろ姿が、今でも記憶に残っている。
この事がきっかけで、家族ごっこは終わりに向かって行った。しかし…………あの時はどうする事も出来なかった。
あの時の事を思い出しながら、退社の支度をしていた。上司に挨拶に行くと…………
「悪い。村山、今日残ってくれないか?トラブったらしい。助けに行ってやって欲しい。」
「え…………」
まずい……。早く帰れない。
一応早く帰れない事を、もう帰っているであろう遥希に電話した。
「えー!?聡太も!?こっち長谷川さん急にお休みでまだ抜けられなくて……。」
「え?じゃあ瑞希のお迎えは?」
「早織さんにお願いした!ついでにケーキの受け取りもお願いした!」
側にいて欲しい時に、側にいられないのは嫌だ。
「俺もなるべく早く帰るから、遥希も頼む!」
「わかってる!でも、無理はしないでね。」
結局、二人とも帰宅したのは12時過ぎだった。




