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仮面夫婦

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暗く寂しい部屋に明かりがつくと、冷たいその空気に命が吹き込まれたように温かく感じられた。


夕方、炒めた玉ねぎの匂いで目が覚めた。その匂いに、少し食欲が沸いた。


きっと早織さんがオニオンスープを作ってくれているんだ。母さんが風邪の時によく作ってくれた、唯一のお袋の味だ。


ぬるくなったジェル枕を持って、キッチンへ行こうと、リビングのドアを開けようとした。すると、ドアの向こうからこんな話が聞こえて来た。


「早織さん、ドーテイって何?」

瑞希の発言に、早織さんは持っていた菜箸を思わず落とした。

「みーちゃん、それ、どこで聞いたの?」

早織さんが菜箸を拾いながら瑞希に訊いた。

「この前、遥ちゃんが言ってた!」

あー…………まずい。早織さんにまたガチで叱られる。


「ね~!ドーテイってどうゆう事~?」

瑞希はカウンターの前の椅子の上でジャンプをしながら、キッチンにいる早織さんにその答えを急かしていた。


早織さん、困るよなぁ……。なんて答えるんだろう?


早織さんは、菜箸を作業台にピシャリと置くと、答えを考える事に専念した。

「えっと、あー、うーん…………まだ、子供って事かな?」

「じゃあ、聡太はまだ子供?」

「あ、年齢的には大人なんだけど…………えーと、その~」

うーん…………俺は早織さんに一体何を悩ませてるんだ!?


「この前ね、聡太と遥ちゃんがそう言って喧嘩してたの。」

「またぁ?」

口止めしないでいると、瑞希にどんどんチクられてしまいそうだ。


「ただいま~!」

俺がリビングに入ろうとすると、遥希が帰って来た。

「そこで何してんの?」

リビングのドアの前で立ち尽くしていた俺に、何も知らない遥希は普通にリビングへ入って行った。


「じゃあ瑞希もドーテイ?」

「ただいま!瑞希、それ男の子にしかつかわないんだよ?」

「瑞希に余計な事言うんじゃねー!」


俺達二人がリビングへ入ると、早織さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。


「遥ちゃんお帰り。聡太、具合はどう?」

「もう大丈夫。多分熱はもう下がったよ。」

「早織さん瑞希のお迎えありがとう!この匂いはオニオンスープ?いい匂い~!」


その後、みんなで夕食を食べた。夕食の時もやっぱり俺達は喧嘩をしていた。


「元はと言えば、聡太が私の事を腐女子とかこじらせてるとか言うから!」

「だからって瑞希の前で童貞とか言うな!」

「二人共、もういい大人なんだから、子供みたいな喧嘩はいい加減にやめなさい。」


こうゆう時、いつも早織さんが仲裁に入ってくれる。


「聡太がチキンなのがいけないんでしょ?」

「チキン?」

瑞希が鳥のソテーをフォークに刺して見せた。

「チキンじゃない。大事にしてるの。お前のその発言が本当に萎えるんだよ!」

「二人とももうやめなさいってば。」


すると、瑞希がこんな事を言い出した。

「チキンじゃないよね。二人はナイエンカンケイなんだよね?」

「えぇ?!」

瑞希の言葉に、三人の手と口が止まった。


「ナイエンカンケイって何?かんちゃんのママが言ってた!」

「かんちゃんのママ、なんつー事教えてんだよ……」

「言いそう!かんちゃんのママなら言いそう!」

瑞希は得意気に言った。


「仮面夫婦よりマシだって。良かったね!」


仮面夫婦よりマシ?仮面夫婦は仮面であっても夫婦だ。夫婦じゃない俺達とは根本的に別物だ。


そういえばあの頃、早織さんと浩司さんの、仮面夫婦疑惑が浮上した事があった。


どうしてそうゆう話になったのか、正確には覚えていない。


しかし、リビングで遥希と勉強をしている時に、何故だかそうゆう話になった。


「だってさ、気がつかない?早織さん、名字変わってないよね?」

「それは、まだ手続きとかはまだなだけかもしれないし……」


確かに、早織さんと浩司さん夫婦の関係は謎だった。基本的に浩司さんは仕事が忙しく、ほとんど家にいない。


「親父はただ、私と二人きりになりたくなくて早織さんと結婚したんじゃないかって思うんだよね。まぁ、私も早織さんと聡太がいてくれて良かった!」

遥希は父親の浩司さんとはうまく行ってないみたいだった。


「そういえば…………前に、ここに来たばかりの頃、話と違うって言ってたよな?」

「それ、よく覚えてたね?」


どうやら浩司さんは、俺の母親と再婚すると言って、遥希の承諾を得たらしい。


「浩司さん、どうしてそんな嘘をついたんだ?別に妹でも問題無いんじゃないか?俺の母親は良くて、早織さんじゃダメな理由って何なんだ?」

遥希は少し黙って、その後何故か誤魔化すように言った。

「あ、私、ちょっと2階に辞書取りに行って来るね!」


そう言って、遥希が2階へ行くと、早織さんが帰って来た。


「ただいま。二人で勉強?」

「うん、お帰り。今日は早いね。」

「うん、ちょっと体調悪いから半休取ったの。」


早織さんはそう答えながら、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れ始めた。遥希が心配するように、最近早織さんは調子が悪そうだった。

「今日は浩司さんが早く帰って来るからたくさんお料理作ろうと思って。」


仮面夫婦な訳がない。きっと俺達の勘違いだ。


「遥ちゃんはまだ浩司さんを許してくれてないかな?」

「え?もしかして、あの嘘の事?あれってどうして嘘なんか……」


早織さんは、エプロンをつけながら少し下を向いて言った。

「だって、浩司さんは聡太が欲しかったんだもの。」

「は…………?俺?」

「正確には、遥ちゃんのご機嫌取りね。聡太のお母さんって言えば、聡太がついて来る。そう言って遥ちゃんを納得させたの。」


そう言うと、料理の準備を始めた。

「え?全然理解できないんだけど……。」

「私がお願いしたの。聡太を連れて一緒に住む代わりに、子供が欲しいって。愛は無くても構わないから、とにかく子供が欲しいって。」


仮面夫婦とか言う話じゃなかった。契約結婚だ。


「だからね、子供ができたら別れるかもしれないから、もしまた引っ越しとか、環境が変わるかもしれないけど、ごめんね。」


早織さんと浩司さんが別れてしまえば、俺と遥希はまた、別々に暮らす事になる。


同じ屋根の下にはいられない。


ふと、そんな事を思ってしまった。


「子供ができても、二人でこの家で育てる事はできないの?」

「わからない。浩司さん次第かな?浩司さんにとっては望んで無い子供でしょ?」


いつ子供ができて、いつ離婚するとも限らない。早織さんが諦めて、離婚という場合だってある。


そんな不安定な上の、今の生活なんだ。


朝起きて、毎日遥希がそこにいる。それが当たり前じゃない日が来るのかもしれない。


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