言いたい事
16
『だったら…………お前が証明してみろよ。紙切れの契約や血の繋がりが無くても、切れない縁ってやつが存在する事を』
それが多分、俺達が結婚しない理由。くだらない理由だ。それを理由にしているだけと言われればそれまでだ。
目が覚めると、部屋はすっかり暗くなっていた。辺りはまるで、テレビの消音を押したのかような静けさだった。
しばらくすると、ドアの鍵が開く音がして、瑞希の笑い声が聞こえて来た。それが、何だかホッとした。
「みーちゃん、聡太寝てるから、しー!ね?」
ドアの向こうから早織さんの声が聞こえた。やっぱり、早織さんの声は安心する。
そぉっとドアが開いて、早織さんと瑞希が様子を見に来てくれた。
「聡太、具合はどう?」
「早織さん…………?来てくれたんだ。ごめん。」
「何謝ってるのよ?私は聡太のお母さんなんだから。」
結局、早織さんには子供ができなかった。いや、正確には産まれて来なかった。が正しい。
それでも、遥希が瑞希を育てると言い出した時、一番に賛成してくれた。そして、今では瑞希の事を本当の孫のように可愛がってくれている。
遥希は瑞希を本当の娘だと思っている。もちろん、俺も自分の娘だと思っている。
ただ、同じ屋根の下にいるだけ。それだけで、証明になるんだろうか?それを証明して、何になるのか?
「証明になってない!!」
「へ?」
俺は遥希の事をナメていた。苦手な所だけやればいいという話じゃない!!
「何だよこの、テンプレ無視の回答……。ABとDCの長さ同じじゃん?何故に疑問系?何となく?いい感じだから?とか、仮定も結論もガン無視だな!」
遥希がドン引いていた。
「聡太、何言ってるの?全然理解できない……。」
「いやいや、これ中学数学!問題もかなり簡単なやつだから!」
俺は早織さんと浩司さんに頼まれて、遥希の家庭教師になった。遥希の期末テストの結果は、それはそれは散々で…………夏休みに入ってから、勉強漬けだった。
1日最低2時間、リビングで一緒に勉強する事になった。遥希を間違えて大学に行かせたいなら、今の学力では多分1日2時間なんかじゃ全然足りない。
教科を変えよう。もっとレベルを下げて…………
「主語+be動詞+なになにはわかるか?」
「なになにって何?」
「なになにの所に、名詞や形容詞が入ったりするんだよ。これ、中学でやっただろ?例えば、I am a student.の例文だったら、lが主語、amがbe動詞……」
説明し終わる前に、遥希は鞄の中から漫画を出して来た。
「B同士?それって……これの事?」
ボーイズラブ同士ってか?
もうダメだ……開始早々心が折れそうだ……。
「B同士じゃなくて、be動詞。お前頭イカレてんのか?」
「イカレてない!興味ないだけ!」
あーもう!!バイト代出てなかったら絶対やりたくね~!
遥希を塾に通わせる分の金を、バイト代として出すと言われた。俺は小学生の頃から塾に通っていた。塾の費用がこんなにも高額だなんて知らなかった。
今さらこんな形で親の愛情を知るとは思わなかった。
「よし、教科を変えよう。あ、これ、この教科書なんかは珍しく付箋がついてる!…………日本史?」
「あ、それ?日本史は少し興味あるんだ!BLって文化、江戸時代よりもっと前からあったんだよ?!凄くない!?」
あ…………そっから入るんだな……。
まぁいいや。何でもいいから興味のある科目があって良かった。
って言ってる側からもう挫折!?問題はBLと関係ない現代史か…………!!
「政治家全員ゲイになってくれればいいのに……。」
なんつー事を言い出すんだよ!
戦争とか政治とか…………遥希には興味が無かった。遥希は興味のある事の暗記は普通にできる。むしろ早いくらいだ。ただ…………興味の無い事はとてつもなく記憶力が落ちるようだ……。
「早織さん、またつわりみたいな感じになってたけど……訊かない方がいいよね?あーあ!心配してるのに、心配してる事を伝えられないって……何だか変じゃない?」
遥希はため息をついて、リビングのテーブルに上半身を伏して、頭を左右に振って、ゴロゴロしていた。
「まぁ、そう言うな。おめでたい事ならちゃんと話があるだろ。お前、告白の返事とか絶対待てないタイプだろ?」
「だって、告白とかした事ないし。」
「…………。」
何だか微妙な空気が流れた。
「小学生の時にね…………本当は…………」
リビングのテーブルに伏せたまま、突然そんな事を言い始めた。
「本当は…………?」
遥希は頭を上げると、仕切り直し始めた。
「ごめん、何でもない!よし、勉強しよう!!早織さんが喜ぶなら勉強する!!」
「何だよ!急にやる気出して」
本当は遥希の『本当は…………』の続きが気になった。
「本当は何だよ?気になる。」
「小学生の時に、相合い傘書かれたでしょ?」
ああ、多分あの、遥希に鼻で笑われた相合い傘の事だ。
「あれ、書いたの智輝。」
「は?」
「智輝、私と聡太の事嫉妬してたんだよ?正直、私も智輝と聡太に嫉妬してたけどね。昔っから聡太ってモテるよね~」
智輝の借りってこの事だったのか?
「みんなに愛されて…………うらやましい。」
「うらやましいか?俺はお前がうらやましいよ。両親健在でノーテンキで……」
そう言った瞬間、遥希が嫌な顔をした。
「何?聡太は甘えたいの?」
「はぁ?」
「それって、血の繋がりに甘えたいだけじゃん。」
甘えたい?誰かに甘えたいと思う事は、悪い事なのか?
その言葉は飲み込んだ。
「何だよ、喧嘩売ってんのか?」
「売ってる。私に甘えなよ。甘えて、言いたい事全部言いなよ。」
甘える…………?
「私は言いたい事を言うよ?だって…………いくら喧嘩しても、聡太は同じ屋根の下にいてくれるんだよね?そう約束したよね?」
ただ、同じ屋根下にいるだけじゃないのかよ?
「じゃあ…………言いたい事、全部言う。」
「うん。」
俺は、正座をして、遥希の前に座った。
「お前の事…………」
「私…………?」
しばらく見つめ合った。そして、俺は口を開いた。
「お前の事、こんなにバカだとは思わなかった。勉強しよう?」
遥希の、呆気に取られた顔が笑えた。
「聡太のバカ!!バーカ!!」
「バカがバカって言うんじゃねーよ!」
「バカにはバカって言うよ!!バカじゃん!バカバカバカバカバカ!!」
遥希はふざけて弱いパンチを何度も繰り出してきた。
「痛っ!暴力反対!」
この頃から、俺達は言いたい事は何でも言う仲になった。まぁ、別に以前から言えない事なんて無かった気もするが……。
言えない事は、ただ1つ
家族と同じくらい大切で、同じくらい愛してるという事。
それは、今でも言えていない。




