いつからか
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俺とあいつは、ただ同じ屋根の下にいるだけ。
兄妹でもなければ、夫婦でもない。親子でもなければ、親戚でもない。何の繋がりもない。だだの同居人。
それがいいのか悪いのかはわからない。ただ、それ以上でも、それ以下でもない。
朝起きてリビングに行ってみると、酒の臭いが充満していて臭くてたまらなかった。
大量の空き缶にまみれて、半目で友達と雑魚寝しているあいつを見て、深くため息をついた。
また友達連れ込みやがって!
女子会がダメとか、嫌だとは言わない。ただ…………もう女子じゃねぇだろ?いい加減、女としての自覚が無さ過ぎる。ガニ股だし、シャツが前はだけてるし。その病気のような爪で腹をかくな!友達はもっと品が良さそうに寝てるだろ?
「起きろ~!シャツがシワになるぞ!」
「え!やだ!!アイロンやだ!!」
相変わらず…………そっちかよ。
こいつは、遅刻するぞ~!とか、寝坊だぞ~!と起こしても、全然起きない。それよりもアイロンがけの方がよっぽど嫌らしい。
「あれ?聡太いたの?空気みたいに気配無かったから、いないのかと思ってた。」
「悪かったな、空気と同化してて。朝飯ができるまでにそこを片付けろ。じゃなきゃ朝飯無しだ。」
俺がそう言うと、あいつはヨロヨロしながら起き上がり、ボサボサの頭を振った。そして、シャツをハンガーにかけ、上半身下着のままゴミ袋に空き缶を入れ始めた。
「ゴミを分別しろ!服を着ろ!」
「え~!!もう無理~!!」
「無理じゃねぇだろ!!」
そして、オカンか!と言ってあいつは、ゴミ袋にゴミをぶちこむのを続けた。
「ぶぁっくしょい!!」
「何だ?そのくしゃみは?オッサンか!」
「あーあ、そっとマントの片隅を貸してくれる王子様はいないかな~!」
あいつは、そう言って俺のパーカーのフードを引き下げた。
「ぐぇっ!」
一瞬、マジで首が締まった。
「あっぶねーな!今火ィ使ってるだろーが!!」
「メーン!ご、メーン!」
振り返ると、空のペットボトルで頭を殴られた。
「お前なぁ~!!」
頭に来た!!マジでムカついた!!俺はフライ返しを持ったまま、あいつを部屋の中で追いかけた。
捕まえて、髪を掴んでリビングに連れ戻すと、あいつはふざけ出した。
「キャー!チカーン!!おっぱい触られた~!!」
「お前のどこに胸がついてんだ?え?無さすぎて触れねーな!」
「はぁ?触った事も無いくせに!!」
またいつものこれだ。
「お前のフラットシート触るぐらいなら冷蔵庫の方がよっぽどマシだな!」
「冷蔵庫に感じるのか?変態!?変態なのか?!」
「変態で悪いか!お前よりはよっぽど正常だバーカ!!」
…………という喧嘩を、ここ10年近くやっている。
「あーもう!うるさい!!うるさくて寝られない!!」
こいつの友達が堪らずに起きてきた。
「だったらお前も起きろ!!」
「起きれるか!お前ら、朝からイチャついてんじゃないよ!もういい加減くっつけよ!!」
すると、あいつが後ろから抱きついて大笑いした。
「くっついた~!ほら~!あははははは!!」
くっつくって…………何だ?これか?これなのか?
こんな生活が始まったのは、いつからだったっけ?
あれは…………そう、確か、俺がまだ中学卒業するかどうかの頃。
親代わりのような人が、結婚する事になった。
俺は高校へは行かず、働くと言ったけど…………早織さんが、せめて高校だけは出るように言ってくれた。
その早織さんが、結婚する事になった。だから、俺は祖父の家で祖父と暮らす事になる。
そう思っていたけど…………
早織さんに、一緒に暮らさないかと提案された。提案と言うよりは…………平手を合わせてお願いされた。
「お願い!聡太!一緒に来て欲しいの!!」
いやいや、俺、嫁入り道具じゃないっすよ?普通、新婚の夫婦の家に甥っ子がついて行きます?行きませんよね?
どうやら、結婚相手は再婚で、子供がいるらしく、その子供も一緒に住む事になったらしい。まぁ、お互い子供がいた方が…………という事じゃないかと思う。
本当は今さら他人と暮らすなんて嫌だった。引っ越しも嫌だった。でも、両親が亡くなってからずっと、母親代わりに何かと世話してくれた早織さんに、嫌とは言えなかった。
「藍野浩司さんって人なんだけど、聡太と同じくらいのお子さんがいるんだって。」
藍野?俺は叔父さんになる人の子供の名前を聞いて驚いた。その名前は…………
「確か…………ハルキ。ハルキって名前なんだって。」
ハルキの名前を聞いて、小学生の頃同じクラスだった藍野遥希を思い出した。
遥希は肌が驚くほど白く、茶髪かと思うほど髪の色が栗色で、瞳も透き通るほどの栗色だった。そこまで聞くと、ハーフのような出で立ちだと思うが、目鼻立ちがはっきりしているわけではなかった。
顔は普通に全然日本人。奥二重の小さな目だった。その小さな目を細めて笑うと、八重歯が見えるのが特徴的だった。
多分、あれは初恋だった。
俺は早織さんの言い訳のような説明を頭の片隅で聞きながら、淡い初恋の思い出を思い出した。
それは、小学生の時に流行った相合い傘。まぁ、よくある仲良しイジリ。日直の二人が仲がいいと、名前を相合い傘にして、よくみんなでからかっていた。
あれは、小3の春だったと思う。俺と遥希はそこそこ仲が良くて、絶好の標的になった。俺達二人が日直の日の放課後、黒板の日直の名前にはきっちりと相合い傘が宛がわれた。
その相合い傘を見て遥希は、恥ずかしがって顔を赤らめる訳でもなく、慌ててすぐに相合い傘を消す訳でもなく、何の顔色を変える事なく、鼻で笑って言った。
「ふっ!ただ同じ屋根の下にいるだけじゃん。」
それは、初恋が儚く消えた瞬間だった。
そこは、遥希が少なからず恥ずかしがったり、泣いていたりしていたら、まだ可愛げがあったものの…………鼻で笑われた。鼻で!
それは、俺の恋心まで鼻で笑い飛ばされたような気がした。
そう。今思えば、ちっぽけな恋心だった。その後すぐに、遥希は転校して行った。
まぁ、普通ハルキって言ったら男だろ。年上かな?それとも年下?
そんな事を考えていたら、早織さんからこんな話が出た。
「小学生の時に同じクラスだった遥希ちゃん、覚えてる?」
「え…………?」
どうやら、同姓同名かと思っていたら、藍野遥希その人だったらしい。
ええぇ!?本人!?
初恋の人と同棲……!?嬉しいような……嬉しくないような……
俺は少し、ごくごく少~し舞い上がった。6年ぶりに再会する初恋の相手と一緒に住む!?そんなあり得ない事が現実に起こった事に、自然と顔がニヤけた。
と、言うより…………笑うしかない?
何というか……こんなにも嬉しそうに話す早織さんを見て、何か水を差すようで…………何も言えなかった。




