第3話 魔法のサイコロ
「それじゃ、私のことについてもっと教えないとね。カードよ出ろ!」
そういってレイラは指輪からステータスカードを出すと、指で体重などが書かれた欄を隠すようにして見せてきた。
「ほら、私は魔法使いレベル12! この世界も冒険者としても私のが先輩なのよ、敬いなさい!」
スキルと書かれた欄にはいくつか魔法の名前らしいものが書き連ねてある。
ステータスの運だけは俺より低いが全体的にレベルを考慮しても高いように見える。
この目の前で調子に乗りきってる奴は意外と優秀なのかもしれない。
「魔法使いだったんだ。杖じゃなくて短剣使いなんだな」
何気なく聞くと目を逸らして気まずそうな顔をした。
これは…。
「……いつもは杖、使うわよ。ただ今はないだけなんだから」
「え、でもさっきダンジョン行ってたんだろ? 持ってかなかったのか?」
「…仕方ないじゃない、飲み代のツケがかさんで今質屋にいれてるのよ。でもお金入ったから取りに行くわよ! 文句ないでしょ!」
うん、早速不安になってくるね。
優秀ではないな、こいつ。
「私の能力はもういいでしょ。それよりほら、金治のその腕輪! 何の魔法アイテムなのよ?」
借金まみれの未来を考察していると話題を変えてきた。
「知らないよ。宝箱を開けたら勝手に腕に巻き付いたんだ。ただのアクセサリーじゃないのか?」
「んなわけないでしょ。そういった類のモノはだいたい何かしらの魔法のアイテムよ。ダンジョンの隠し部屋にあったんだからそれなりの効果があるでしょうね。使ってみなさいよ!」
そんなこと言われても使い方がわからない。
「魔法アイテムは自分の魔力を使って動かすわけじゃないから戦士とか低レベルの魔力がない人でも使えるはずよ。基本は宝石っぽいものがメインだからそこを触りながら魔力を込める…分かりやすく言えば強く念じればいいのよ。……大丈夫! もし爆発したりしても逃げればご飯代が浮くだけだから!」
この女、食い逃げを計画してやがる…。
でも魔法アイテムとは心躍る響きじゃないか!
腕輪の中心についている一番大きな水晶に指を当てて強く念じた。
(……何か起れ、…何か起れ!)
すると水晶が輝き、腕輪の模様も輝き出した!
腕輪の上の空間に光が集まり形を形成する。
ボンッ!
という音とともに空中に拳ほどの立方体の物体が出現した。
これを見てか周りの冒険者たちが騒めいた。
……おぉっ!
何かちょっと腕輪を弄ったら魔法っぽいことできちゃったぞ!
感動だ。
その物体を手に取って見回してみる。
初めての質感だがその物体が何なのか俺にははっきりと分かった。
その物体には立方体、面ごとに異なった数の点がついている。
点の数が1つの面から6つの面まである。
間違いない、これは…。
「サイコロじゃねぇか!」
いつの間にか腕輪の試運転を見ていた冒険者たちから大爆笑が巻き起こった。
「プクククッ…ッ。よかったな兄ちゃん、それがあればいつでも博打ができるぜっ!」
「すごろくだってし放題だな!」
鎧を着た冒険者たちがからかって来る。
この世界にもサイコロの概念はあるんだな。
「これだけじゃないと思うけど……サイコロなんだから振ってみなよ!」
レイラも半笑いだ。
せっかくお宝だと思ったものが「どこでもサイコロ」じゃ悲しすぎる。
「おりゃぁ!」
無理に威勢よくサイコロを上に放り投げてみた。
こぶし大のサイコロはテーブルを転がり、床に落ちて止まる。
出た目は5だ。
……ああ、普通のサイコロだな、と思った時。
止まったサイコロは青く輝くと消えて無くなり、続いて俺の体の足元から頭の先まで青い光が走った!
周囲のギャラリーも「「おおっ!」」と一瞬沸いた。
しかし、少し身構えて待ってみたがそれ以上の変化はない。
「……ハズレの魔法アイテムだったみたいね。まぁ、街の近くの簡単なダンジョンにあったものだもの、しかたないわよ。普通に金の腕輪として売っちゃえば?」
間を置いてレイラがそう言うとひとしきり笑ったギャラリーはなんだなんだと散って行った。
勝手に期待して見といてこの反応だ。
「そりゃ、ないだろ…」
---------
この『ダイスの腕輪』についてああだこうだ言ってるとギルドに新しい客がまた来たのか入口のほうがざわついた。
目を向けるといかにも強そうなゴツい男が入ってきたところだ。
他の冒険者より一回りは大きい。
その男はこっちを見ると周りの冒険者を付き飛ばしながら全力で向かって来るではないか!
「レイラァァァァアアアッ! 見つけたぞコンニャロォッ!!」
レイラがソレを見て一言。
「あ、ヤバいな」
……ああ、めんどくさい予感しかしねぇ。
「てめぇこのイカサマ女! 金返せ!!」
ゴツいその男は拳を鳴らしながら俺とレイラの前に立ちはだかった。
2m近くありそうな大男だ。
…威圧感がヤバい。
半笑いのレイラを見てだいたい確信した。
こいつなんかしたな。
「おいレイラ。いったいあいつに何したんだ?」
小声で問いただす。
「何もしてないわよ。ただちょっと賭けカードでイカサマしてお金をせっしめたからってカリカリしちゃって。怖い男ねぇ」
完全に悪いのはこいつなのに全く悪びれる様子がないのがまた凄い。
「てっめぇ……、痛い目に遭わなきゃわかんねぇようだなぁ!」
「何言ってんのよ! か弱い女の子に暴力を振るう気?あんな簡単なイカサマに気づかないほうが悪いのよ! ベーッ!」
ここまで自分を正当化できる度胸には感服するなぁ。
周りの冒険者は一歩下がったところから静まり返って見ている。
恐らくこの騙されたらしいこの男は相当な腕っぷしがあるのだろう。
「お前が悪いだろ。謝ったほうがよくないか?」
「嫌よ。あいつ力が強いだけなのに散々威張って弱い冒険者からカツアゲする悪いヤツなのよ! あんなヤツ一文無しになっちゃえばいいのよ!」
なるほど、他の冒険者がビビってるのも納得だ。
俺も隠れるべきだろうな。
「もう我慢できねぇぶっ飛べレイラァァァッ!」
その大男が自分の隣に立ってるレイラめがけて拳を振り上げ殴りかかる。
あれだけ煽られれば誰でも起こるだろうなぁ……、と他人ごとのように見ていたその時だ。
「キャアッ! 助けて金治!」
レイラが素早く俺の後ろに回り込んだ。
その大男は振り上げた右腕を俺に向かって振り下ろした。
本当のピンチには世界がスローになって見えるというがどうやら本当のようだ。
男のゴツい拳が左の頬に突き刺さる。
ああ……、終わったな俺。
ポスッ。
目を開けると俺など軽く吹き飛ばすであろう大男の拳は確かに俺の顔にぶつかっているがそこで止まっている。
ゴムボールがぶつかったような感じの衝撃しか感じなかった。
大男は拳を確認しながらうろたえている。
……あれ?
確かに顔面殴られたよな?
「くっ、ステータスだ! こんなはずはない!」
その男の冒険者カードが現れた。
遠目に見ても分かる程度に力のゲージがほかのステータスより飛び抜けている。
職業の欄には『バーサーカー、Lv.8』と表示されている。
「おい、お前職はなんだ? パラディンか? クルセイダーか? なんでなんともないんだよぉ!?」
「遊び人のはずだけど…」
そういいながら念じて冒険者カードを出現させてみた。
その瞬間ギャラリーの冒険者もその大男も騒めいた。
俺もびっくりだ。
確かにカードの職業欄には『遊び人、Lv.1』と表示されている。
しかしステータスが神殿で見た時の物とは比べものにならないほど増えている。
バーサーカーの男と比べるとこちらの力以外の能力は2倍ほど多い。
「なんなんだよぉ、遊び人のくせに化け物かよ! …クッソ覚えてろよ!」
小物っぽいセリフを言い残してその男は逃げ出していった。
……何だったんだ?
一瞬の間を置いてギルドの中に大歓声が響き渡った!
周りの冒険者たちが駆け寄ってきて次々に祝福の言葉をかけて来る。
「かっこよかったぜ新人! あのバルドのパンチを全く避けずに受けるなんてな! 最強の遊び人じゃねぇか!」
さっき絡んできた酒盛りの冒険者も声をかけてきた。
「バルド……、ってさっきのやつのことか?」
「そう、通称剛力のバルド! 上級職のバーサーカーの癖にここ駆け出しの町で初心者相手に威張るここらの嫌われものさ。いやあ、さっきのはスカッとしたな! バルドのヤツ、自慢の怪力が全く効かなかったからビビって逃げやがった! あれなら当分ギルドで暴れることもないだろうな!」
バルドってやつ、いなくなってから名前が出るなんて相当な小物だったパターンだな。
それよりもなんだかよくわからないがみんなが称えてきてるってことはそれなりのことをやったんだろうな。
……ビビッて何もできずに殴られただけだけだが黙っとくか。
うん、ここは手でも振って歓声に答えよう!
「いや~、どうもどうも!」
「あの、金治くん? さっきはえっと……、ごめんねっ! いや、ホントに殴り掛かってくるなんて思ってもなくてね!」
恐る恐る謝ってくるコイツは…。
そういえばこの女が俺を盾にしやがったんだよな。よし…。
「いやいや、レイラちゃんが無事でよかったよ。それに相手も悪人だったみたいだしな。俺は優しいからこれで許してやるよ!」
と、言って素早くレイラの頭にチョップをかました。
……何故か思ってたよりも強く叩いてしまったがまあいいか。
普通死んでしまうところだったんだからこれで許してあげる当たり十分『優しい』と評価されるべきだと思うぞ。
そのチョップを打ったのと同時に、ヒュインという音と共にまた体が一瞬青く光った。
そして体中にズシリと疲れが降ってきたような感覚に襲われた。
体が怠い、頭がクラクラする…。
瞼が重くもう目を開けているのも限界だ。
「いつつつつ……、あれ金治? どうしたの? ……金治! 金治…」
頭を押さえながらレイラが俺を呼んでいる。
周りでは冒険者が騒いでいるな。
その声を聴きながら俺の意識はそこで消えた。