第0話 お約束異世界転生
旅行記、私記、見聞録……、ゲーム風に言えば冒険の書。
カッコつけた言い方はいっぱいあるけど様は体験したことのメモ、つまり日記だな。
思った事や感じたことをそのまま書けばいいとか言うアレだ。
……それは分かっていても何書けばいいのかわかんねーよなぁ。
と言う訳で取り合えずは最初の最初、転生した時でも前書きにすることにした。
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立って寝てるような不思議な感覚。
普通じゃない変な感じだ、俺は絶対目を開けないぞ。
「起きなさい、若くして冥界へ訪れしものよ。……狸寝入りしてるのは分かってる、起きなさい!」
チッ、目を閉じてたんだけどバレてたか。
めんどくさい夢なら覚めて欲しいんだけどなぁ。
俺は恐る恐る目を開けて周りを見て見る。
声をかけてきた主は大きな椅子に腰かけてこちらを見ている。
回りは真っ暗だが自分とその女にはどこからかスポットライトのような光が当てられていた。
綺麗な女性だ。
この女の格好は普通街ではまず見ない格好、具体的に表すと中世が舞台のRPGや創作モノによく出るような魔法使いのキャラクターみたいな衣装に宝石が散りばめられた大きな杖を持っている。
格好はコスプレ女だが透き通るような長い金色の髪も、その美貌も正しく「この世のものとは思えないほど美しい」と言えるだろう。
……ただ、美人を凝視してるわけにもいかないな。
一旦目を閉じて、ここにいる前のことを思い出してみよう。
暇をつぶして街中をほっつき歩いていて……、トラックがまっすぐこっちに迫ってきて…。
「そう、あなた、天勝金治は事故によって20歳の若さで亡くなり、人生は終了したのです。 ……そして私はコスプレ女ではなくれっきとした神なのです」
その自称神様は俺の考えを読むようにそう告げてきたのだ。
少し怒ってるな。
よくわからないけれど自分が死んだということは実感した。
……死んでしまったからと言って特に思い残すことがある様な人生は送ってきてはいないけど終わりを実感してしまうと不思議と悲しく、空しい気持ちになるものだ。
……まあ、いっか!
生きていてもめんどくさいだけだし死んじゃったならしょーがない。
「なっ、あなたそんな軽い考えでいいんですかっ!」
その女性は椅子から滑り落ちてそう叫んだ。
「ま、まあいいでしょう。ここは冥界の入口。一般的に死者はここから冥界へ入り、新たな命として転生します。私は神の一人として死者を冥界に案内する役割を担っています。……しかし、現在、若くして亡くなったものに転生の機会を与えるという素晴らしいキャンペーンを実施中なのです!」
椅子に座りなおした神様は突然明るく話し出した。
胡散臭いセールスマンの様に。
……どこか見たことある流れになってきたぞ。
「あなたの経歴を確認しましたが悪事を行った形跡はなく、ごく真っ当にいきてきたようですね。実に平凡この上ない人生、これならば合格です! 簡潔に申しますとあなたの世界で言う剣と魔法のファンタジーの世界に転生してみたいとは思いませんか?」
来た! これアレだ、異世界転生系のヤツだ!
何か失礼なこと言ってるのは我慢するとしてこれは嬉しい。
散々読んできた本のような展開になるなんて、これは一言返事でOKしたい!
……でも待てよ? ホイホイ行ってとんでもない世界に飛ばされたりキツい使命を負わされたりしたらめんどくさいぞ。
ここは慎重に…。
「そこはどのような世界で俺はそこで何をすればいいのですか?」
そう言うと神様は暫く考えた後、ニヤリと笑う。
「今更そんな畏まらなくていいのよ。言っとくけどあなたの考えてることは全部わかるのですからね。今『ゲッ、ヤバいな』と思ったのもまる分かりよ!」
冥界の神様は得意げだ。
……何気に考え読んでくる奴って気持ち悪くない?
「まずその世界は魔法があって人間と魔王軍が戦ってる正しくあなたが今想像してるそのゲームのような世界よ。このままほったらかしにしていたら確実に人間が全滅する、そんな状況なの。そこでその世界とは異なった知識、価値観を持った人間の若者を何人か送り込んで人間全滅の未来を変えようって作戦な訳よ。……ちょっと! 気持ち悪いってのはないんじゃない!?」
創作モノによくある感じの異世界転生だ。
でもここまでの自分の人生を振り返っても俺は比較的無難な人生を選び続けてきた自身がある。
体は全く鍛えておらず学校の体育でも身体能力は真ん中より下、勉強だって最低限進級してこれるくらいしかして来ていない。
努力せずに無難に進んで来れる道を選び抜いて来た人生。
……今後もそのつもりだったしなぁ。
転生したところで戦いなんかでは役立たずだろう。
スペシャルな武器や技をもらったとこで戦う勇気なんてない。
……と、言うか世界を守るために戦うなんてそんな辛くてめんどくさそうなこと嫌だぞ!
転生だけして遊んで暮らしたいなぁ…。
「そんな世界なら行って見たいけど世界を救うなんて俺には出来る訳ないぜ? 俺は死んでまで頑張りたくない人間なんだぞ」
その神様はこっちの考えをすべて見ているだけありにやけている。
「あなたって死者のくせにずいぶん落ち着いてる上に図々しいわねぇ。……別に英雄になってもらいたいわけじゃないのよ? 目的はあくまでイレギュラーな存在を送り込むことによって人間全滅の未来を変えること。あなたは転生先で何をしてもいいの! 王道的に勇者を目指して戦ってもいいしただ遊んで暮らしてもいい、はたまた魔王軍にでも入って人間の敵になってもいいわ。『転生者がいる』っていうだけで未来は変化するものだからね」
これはずいぶん好条件じゃないか?
剣と魔法の異世界へ転生して使命もなくご自由にどうぞ、だ。
これはもう断る理由はない。
「ぜひ転生させて下さい!」
「物分かりが良くてよろしいわ、メタい少年君。それでは転生キャンペーンによりひとつ要望を聞いてあげるわよ。転生先でやりたいこととかない? 物理的にこの場で『伝説の剣や超能力をプレゼント!』とはいかないけど転生先の座標と能力を少し変えるくらいならできるわよ」
来た来た!
でも始めに選ばせてくれるサービスにしては自由度が結構大きいな。
これは慎重に考えなければ!
転移先の場所はなるべく安全な場所?それとも財宝の前とか?
能力はやっぱRPG系なら防御力か?素早さとかのが重要なタイプかこれ?
……と言うかケチケチせずにこう、ポンッと1億円くらい現金で…。
「ケチじゃなくて無理なの。そんなこと考えてると何にもあげないでそのまま魔王の城の前にでも放り出すわよ!」
「すみません真面目に考えます」
……しばらく考えた挙句出した答えは。
「じゃあ神様、転移先はなるべく安全な場所……、できれば大きな町の近くで。能力は……、メチャクチャ幸運にできたりってする?」
「メタメタしくゲームやら物語やら引き合いに出しといてラッキーになりたいの!? もっと強くなったり賢くなったり出来るのに? ……まあ、出来ないことはないけど」
「じゃ、それでお願いしまーす!」
「……分かったわ、じゃあ早速転生の準備始めるわよ!」
彼女が何か合図を出すと後ろの暗闇の中から全身を黒いローブで覆った人たちが杖や祭壇のようなものを持ち出してきて設置を始めた。
設置された杖から光の線が地面を走り、足元に魔法陣のようなものを描き出していく。
「ところで君は転生した世界で何をするつもりなの?」
準備を部下に任せた神様は暇つぶしのように話しかけて来る。
「うーん… 取りあえず魔法ってのを見たい、でも極力働かず遊んで暮らしたいなぁ。いや、死にたくないから安全な場所でのんびりと…」
最初のまじめで神々しいオーラを放ってた冥界の神様もここまでの間にずいぶん緩く笑いながら話すようになってたけどついに噴出した。
「プッ……、あなた、心の底から遊び歩いて棚ぼたで楽したいって思ってるのね! ……あなたのように転生した人たちには勇ましく英雄になるって張り切ってた者も死ぬことの恐怖から逃れるように転生して行った者までいろいろいたわ。でもここまで楽観的なのは初めてねぇ」
そんな神様に俺は胸を張って答えた。
「だって2度目の人生、楽しみたいし極力頑張りたくないもんな」
神様は楽しそうな笑みを浮かべて頷く。
「あなたの冒険は一周回って面白そうだわ。楽しみに見させてもらうわね」
この神様さりげなく監視宣言したぞ。
間もなく転生の準備ができたようで足元には複雑な模様が光り輝いている。
「じゃあ、転生を始めるわ。覚悟はいいわね?」
彼女が杖で床を叩くと模様が強く輝き出した。
「聞き忘れてたけど神様の名前はなんていうの?」
ふと思い付きで聞いてみた。
「いざ転生って時に……。まあいいわ、私の名前は女神クロム。せいぜい生き延びることね。応援くらいはしてあげるわ」
光はどんどん強くなっていく。
知らない世界にふっとばされるって言うのに不思議と怖くない。
それどころかゲームやコミックのような冒険への期待からワクワク感すら沸いて来る。
「それじゃあクロム、行ってきます!」
立ち上がって何か叫んでるクロムは光で見えなくなる。
体中光に包まれ、自分自身も光になる不思議な感覚。
ただ、今は見たことがない世界への好奇心と『今度の人生は楽をしたい』という横着な気持ちを胸に光となって異世界へと飛び出した。