幼馴染の苗字がアレすぎて告白できない
タイトル通り、おバカな話です。
暇つぶしにどうぞ。
敏也は私にとって、かけがえのない幼馴染。
優しくて、時には力強く私のことを守ってくれる。
――大好き。
小学生の時からこの気持ちは変わらず、胸の内にしまっていた。
「そんなに好きなら、早く告白しちゃえばいいじゃん」
「そ、そうなんだけど……」
敏也のことを考えるだけで、今にも胸が張り裂けそう。彼と過ごしたこれまでの時間は、どれも貴重で大切な思い出。
付き合い始めれば、これからもっと楽しい時間が待っているのだろう。
それでも私には、その一歩を踏み出せずにいた。
「何、あんた今になって苗字のこと気にしてんの?」
「う……」
気持ちを伝えるだげでも精いっぱいなのに、こんなくだらないことで悩んでいる自分が情けなくなる。
苗字。
恋人の苗字なんて、いちいち気にしないだろう。
それでも、私にとっては大きな壁だった。
「あんたこそ、人のことを言える苗字じゃないでしょ……万越」
「そ、そうだけどっ!!」
万越輝……それが私の名前。
親が最初にくれる名前にケチをつけるつもりはない。けど、苗字の後に輝って……私のココが輝いているみたいでなんか嫌だ。
「それを言ったら、あなただって花水じゃない」
「あたしだって苗字で苦労してきたわよ。でも、素敵な苗字の方の嫁になるんだもん」
「目標が高いのか低いのか分からないよ……」
「まあまあ、付き合ったからって結婚するとは限らないんだし、苗字はアレになんないかもしれないじゃん」
「ありえない!」
机をたたいて立ち上がる。
敏也と一緒じゃない人生なんか、信じられない。
別れるなんてありえない。付き合い始めたら、そのまま人生ゴールインしなきゃハッピーエンドなんて言えないよ!
「ほ、本気なのは分かった。人生長いんだし、そのうち慣れるかもしんないよ?」
「そ……そうかなあ」
敏也は苗字以外完璧だ。見た目も性格もタイプだし、趣味も合う。苗字さえ克服すれば、すぐにでも告白してしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「あれ、まだ教室に残っていたのか?」
「「!?」」
クラスにひょこっと、一人の男子が現れる。
鋭くも優しさを感じる目つきに、体つきもしっかりしており、男らしさを感じる幼馴染。
噂をすればなんとやらとは、現実にも存在していたらしい。
「帰ったんじゃなかったの?……金玉!」
敏也の苗字が教室全体に鳴り響く。
金玉敏也……それが彼の名前だ。
こんな名前の人が幼馴染で、よりによって好きになってしまうなんて、運命の女神はさぞかしゲス顔を浮かべていることだろう。
金玉だよ金玉。よりにもよって男性器が苗字だよ?
読み方が違うとはいえ、クラス名簿に金玉なんて書かれてるもんだから、クラス中が大笑いだった。
なんでこんな苗字が生き残っているのよ! なんで継続させようと思ったのよ! でも金玉家が滅んでいたら私と敏也は出会えなかったわけだし……うーん、複雑。
「ああ、忘れ物をしたんだよ」
「ふーん……じゃ、あたしは退散しますかね~」
「あっ! ちょっと!」
花水さんはウィンクすると教室を出て行ってしまう。
「輝も教室に残ってどうしたんだ? 居残りか?」
「う、うん……大丈夫」
よそよそしい私の姿に敏也は首を傾げる。さっきまで告白する話をしていたからか、彼の顔を直視できない。
「体調が悪いのか? そうだったらタクシー呼ぶけど」
「だ、大丈夫だから……っ!」
今にも沸騰しそうなほど顔が熱い。
苗字が金玉でさえなければ、今ここで告白してもいい。
けど、付き合い始めて、交際がうまくいって結婚したとしよう。
そしたら、私の名前は金玉輝になる。金玉が輝くだよ? これからの人生、ずっと金玉輝なんて信じられる?
でも、それでも……諦められない。
彼が近くにいる。それだけでいつも安心できて、これからもずっと一緒にいたいし、誰かに取られるなんて許せない。
「あ、あの……敏也」
「ん?」
これまでずっと黙っていたことを、口にする。
「敏也はさ……自分の苗字ってどう思ってる?……わ、私も万越だから、よくからかわれるんだよねぇ……あはは」
必死に誤魔化すような口調になってしまったが、敏也は肩をすくめる。
「お前には話してなかったけど、この名前のせいで小学生の時はずっといじめられていた」
「えっ……嘘、私そんな話知らないよ」
「輝にだけは知られたくなかったから、ずっと誤魔化してきた。この苗字を恨んだこともあったよ。どうして自分だけ違うんだろうって」
誰だってそう思うだろう。自分は悪くないのに辛い思いをしなければならない。治したくてもどうしようもないことほど、辛いことってないもの。
「俺は耐えられなくなって、いじめてくる連中を厳しく叱ってくれそうな体育会系の先生に相談したんだ。そしたら先生、怒るどころかヘレン・ケラーの話をしてくれた」
「ヘレン・ケラー?」
それって確か、三重苦の偉人として有名な……。
「ああ、障害を乗り越えて今で言うハーバード大学に合格した人の話だ。そして、『いじめられて悔しいと思うなら乗り越えろ。そうすれば、いじめていた連中はお前を見て悔しいと思うぞ』って励ましてくれた」
「そ、そうだったの……」
「だから俺はまず、体を鍛え始めた。中学時代には体が丈夫になってからか、いじめてくる連中はごっそりと減った」
確かに、中学の時はむしろ私がいじめられていて、敏也がいつも守ってくれていたもんね。たくましかった体つきは、いじめを乗り越えた証だったんだ。
「今では、この苗字は気にしていない。この苗字のお陰で俺は強くなれた。そう思っているよ」
「…………敏也」
自分はこれまで、なんて小さなことで悩んでいたのだろう。私が苗字をどうこう言ってる間に、敏也はとうに乗り越えていたというのに。
「……好き、大好き」
「ひ、輝?」
気が付くと私は、彼の丈夫な体をしっかり抱きしめていた。
「ずっと好きでした……今頃になって言うけど、付き合ってください」
告白を躊躇っていたのは、私が弱かったから。
大切な人を前にして、苗字なんて些細な問題だった。
馬鹿にされるのは弱いから――――だから、私は強くなる。
誰よりも強くなって、誰にも馬鹿にされない人生を送ってみせる。
「輝……俺も大好きだっ!」
敏也からも抱きしめられる。
頑丈だけど、どこかあったかい。彼らしい体つき。
窓から差し込む夕日の光は、いつにもまして輝いていた。
それからしばらくして、私は金玉輝なったけど、とても幸せです。
・・・ハッピーエンドだと!?