今さら求婚者なんていりません!
短編「誰か王様になりませんか?」の続編になります。
前作には登場しなかったキャラクターがヒーローですが、気に入っていただけると嬉しいです。
廊下からこの執務室まで響いてくる声に、ふとアリシアは顔を上げた。いつも静けさを保っている執務室には似つかわしくない騒がしさに何事かと耳をそばだてる。
その動きに合わせて蜂蜜を溶かし込んだような金髪がこぼれ落ち、月の女神もかくやという美貌が顕わになった。その容姿は彼女の亡き母親・シャロンに生き写しだ。
思わず、といったように周りから溜め息が漏れる。
「姫……」
「っ……なんとお美しい」
しかし、いまだ慣れぬ称賛はアリシアに溜め息を吐かせるものでしかない。
「…………はあ」
父王の陰謀によりアリシアにかけられていた“醜い容姿になる呪い”が解けてひと月足らず。アリシアの変貌に慣れないのは本人だけではなかった。
「……あ、ひ、姫っ! その、つい……すみませんっ!!」
「申し訳ありません!」
傍にいた文官たち――ちなみに全員男だ――が口々に謝ってくる。
まあ、謝ってもらうほどのことでもないのでアリシアは別に構わないのだが……それより、アリシアの侍女たちが文官たちに向ける視線の冷たさが気になる。同じ人間に向けられたものだとは思えない。ゴミか虫を見るような眼だ。
「くそっ、何なんだ! お前は!!」
室内は極寒。外からはだんだんと声量を増してくる男の声。
手にしていたペンを置き、アリシアは思わず頭を抱えた。
執務室の外からは途切れ途切れにダグラスと別の男の声が聞こえる。とはいっても、怒っている様子の男の声が大きいだけでダグラスの声はほとんど聞こえてこない。
アリシアは椅子から立ち上り、扉の前へと移動した。
「無礼者、俺を誰だと思ってる! さっさとそこを退け!!」
この声は……。
「――と言えど、お通しすることはできません」
「俺はアリシアに用があるんだ! 護衛は引っ込んでろ!」
聞き覚えのある声に、この言い様。
アリシアは瞬時に、扉の外でダグラスと言い争っているのが誰か気づいた。
「用があるのでしたら然るべき手順を踏んでからお越しください」
ダグラスが発した尤もな言葉に内心溜め息を吐く。
まったく……何やってるのかしら、あいつ。
いきなり来るからダグラスに止められるのだ。先触れでも出しておけばすんなり通れるだろうに。……というか、先触れなしでここまで来られたことが驚きだ。いくら見知った顔で止めにくい相手だとしても他国の人間相手に……警備体制を見直さねばなるまい。
予想外に増えた仕事を思って痛む頭を振り、アリシアは扉を開けた。それだけのことなのに何だかどっと疲れた気がする。
「何を騒いでいるの」
目の前には想像していた通りの人物とダグラスが立っていた。案の定、執務室に来ようとする青年をダグラスが止めていたようだ。
「っ、アリシア!!」
声に反応し、二人が振り向いた。海のように深い蒼がアリシアの姿をとらえたのを感じる。
「廊下でうるさいわよ。ここをどこだと思っているの」
アリシアの言葉にダグラスが頭を下げ、一方の青年は怒ったように眉を吊り上げた。……“うるさいのはダグラスではなくお前だ! ムッとしてないで謝れ!”という言葉は呑み込む。
「あら、来てたの? 来るなら来るって言いなさいよね」
青年はフンっと鼻を鳴らして答えた。……アリシアとて一国の王女だというのに、偉そうな態度だ。
忠実な護衛の眼がさらに厳しくなっていることに果たして青年は気づいているのかいないのか。
思わず、呆れた声が漏れる。
「相変わらずね」
そう、相変わらずだ。彼と会うのは数か月ぶりくらいだろうか。
相変わらずの美しい髪と瞳とその他諸々――美しい容姿だとは口が裂けても言わない――は見惚れてしまうほど。
アリシアと同じ金髪といえど彼の方が少し濃い。だが、その黄金の輝きは今のアリシアのものにも劣らないだろう。呪いが解ける前は引っこ抜いてやりたくなるくらい羨ましかった……幼い頃、こいつに“埃をかぶったような金髪”だと馬鹿にされたことをアリシアは忘れていない。
アリシアにとって、目の前の青年は嫉妬の対象であり……憧れだった。
物心ついたときからアリシアは自分の容姿が嫌いだ。実は美しかったのだと言われても、呪いが解けて変貌しても、その思いは消えない。鏡を見る度にこれは本当に自分なのかと疑わしくなってしまう。
「申し訳ありません。しかし、姫、お下がりください。客人にはすぐに帰っていただきますので」
「俺を迷惑な客かのように言うな! 本当に無礼なやつだな!」
“無礼なのは突然訪ねて来たお前だ”という言葉は呑み込んだ。
久しぶりに会った相手にいくらなんでもあんまりだろう。……相手はアレだが。
「今のあんたは迷惑な客以外の何者でもないわよ。私に会いたかったなら書簡くらい寄越せば良かったでしょ」
「なっ、だ、誰がお前に会いたかったなんて言った!」
本当に何しに来たんだ、こいつ。
ダグラスもそう思ったのかどうかは知らないが、青年に向かって冷たく言い放つ。
「姫に会いに来たのではないのなら、なおさら早くお帰りください――ディラス殿下」
この青年の名はディラス。
隣国・ノーラッド王国の第二王子であり、幼い頃からのアリシアの友人でもある。国こそ違うもののマイスやラグナと並ぶ幼馴染みの一人だ。ディラス以外の幼馴染み共を思うといまだ冷めやらぬ怒りが湧いてくる……考えるのはよそう。
「俺はお前に求婚者が殺到しているなんていう与太話を聞いたから……確かめに来てやったんだ」
「あら、残念ね。その話なら与太話ではなく真実よ」
言いながら、そういえば迷いもせずアリシアを“アリシア”と呼んだなと気づく。前にディラスと会ったときとは大分……いや、かなり容姿が異なっていると思うのだが。何せ“ガマガエル”から“月の女神”である。
「それにしても、よく私だってわかったわね」
「ああ? ……わかるに決まってるだろ」
感心したように告げると事も無げに返された。呪いが解けてから初めて会ったとき、“美しい人、あなたの名前をお聞かせください”と言ってきた幼馴染み二人とはえらい違いだ……いや、あいつらのことを考えるのはよそう(二度目)。
「へえ? すぐにわかるなんて、あんた、よっぽど私のこと好きなのね」
「なっ、そ、そそそ、そんなことあるはずないだろ!!」
「……冗談よ。何焦ってるの」
少しからかっただけなのに、あまりにディラスが焦るので逆にこちらが驚いてしまった。
「チッ、うるさいな。別に俺は焦ってなんかない」
「あっそ」
一呼吸おいて、お互いにフッと笑い合う。もちろん、微笑み合ったのではない……嘲笑だ。
一礼し、王族らしい礼儀に則った挨拶を交わした。アリシアもディラスも優雅な微笑みを浮かべていつになく王族らしく振る舞うが、お互い、失敗でもしようものなら相手に嗤われるのがわかっているので内心では必死である。
「久しぶりね、ディラス。王子のくせに口の悪さは相変わらずみたいね」
「久しぶりだな、アリシア。相変わらず顔も口も悪いな、お前は」
ディラスも口が悪いせいか、気兼ねなく言い合える。昔は生真面目なダグラスが渋面になるまで罵り合ったものだ。ディラス相手だと普段は押さえているアリシアの口の悪さが全開になるため、お互いに王族とは思えない言葉遣いである。
アリシアとディラスの関係を端的に言い表すならば、喧嘩友達が妥当だろう。友人や幼馴染みは他にもいるが、これだけ口喧嘩をする相手は他にいない。幼い頃とは違い、手や足が出ないのが幸いか。
「いや、顔はさらに見られないものになっていて驚いたぞ。質の悪い病にでも罹ったか?」
「お生憎様、病に罹ったのではなく呪いが解けたのよ。それにこの顔だけど、あんた以外には好評なの。目か頭がおかしいんじゃない?」
怒ってすぐさま言い返してくるだろうと思ったのに、予想に反してディラスは静かだった。
「……好評、ね。それが山のような求婚に繋がる訳か……胸くそ悪い」
「胸くそ悪いって……あんた、仮にも王子なんだからもうちょっと言葉遣いを何とかしなさいよ」
「フン、お前にだけは言われたくない」
フン、それはお互い様よ。
そう思ったが、口には出さなかった。
「しかし……お前に求婚するやつの気が知れないな」
「本当にね。…………今さらだわ」
ここ最近の騒動を思い、アリシアから苦笑が漏れる。本当に色々あったなと自然と遠い目になった。あれもこれも時間が経てば良い思い出に……なりそうもない。
アリシアとディラスの恒例行事が収まったことを察し、今まで傍に控えていたダグラスが視線で問うてくる。
それに頷きを返してから、ディラスに向き直った。
「立ち話もなんだし、入れば?」
アリシアももう16歳――ディラスにいたってはもう18歳だ。そろそろ互いの矛先を収めて落ち着いて話が……。
「女のくせに、もっと丁寧に話せないのか?」
……できる訳もなかった。
「あんた以外にはもっと丁寧に話してるわよ。他人に言う前に自分の行いを顧みたら?」
「フン、お前には相応の対応をしているつもりだ。顧みる必要性を感じないな。――ああ、そうだ。しばらく世話になるつもりだから、適当に部屋を用意しろ」
「はあ? いきなり来といて何言ってんのよ!」
「別にそこまで気を回さなくても、いつもの南向きの部屋で良いぞ。あの部屋はまあ悪くない」
「素直に気に入ってるって言えば?……で、今回はいつまでこの城にいるつもりなの?」
「まあ、状況にもよるが……ひと月くらいは覚悟してる。相手が相手だし、ひと月でも難しいかもな」
「ひと月!? 三日くらいで帰りなさいよね。ボンクラとはいえ王子なんだし、あんたにだって執務があるんじゃないの?」
「全部済ませてきた。兄上の許可は得ている」
「この国に滞在する気なら私の許可をとりなさい!」
アリシアとディラスは王女と王子と思えぬ口汚さで罵り合いながら、ぎゃあぎゃあと騒がしく執務室に入って行った。
ダグラスが深い溜め息を吐きながらその後に続く。
――――子どもの頃から変化のない二人の関係が変わろうとしていることに、このときは誰も気づかなかった。
◇◇◇
カルディア王国国王・ヴォルカノンの一人娘にして、その人並み外れた美貌から“月神の姫”と謳われる王女・アリシア。
ほんの一か月前まで、彼女の容姿を表する言葉は“ガマガエル”だった。
事の発端は、今から15年前。
愛娘に悪い虫をつけたくない父王に頼まれ、とある魔法使いがアリシアに“醜い容姿になる魔法”をかけた。そのせいで大陸中から美貌を称えられた母親と同じように美しく育つはずだったアリシアはとんでもない醜女として成長し、母親とは逆の意味で大陸中に名を轟かせることになる。
呪いが解けるまでの間、アリシアが抱えていた劣等感や葛藤はまだ彼女の中から消えていない。だが、それについてアリシアが多くを語ることはないだろう。美しかった母――とはいっても、アリシアは肖像画でしか母親を知らないが――とは似ても似つかない容姿を厭いながらも、他のことで補おうと学問や武芸で自身を磨いた日々を無駄だとは思えないから。もし昔から容姿が良かったなら、きっと我儘でどうしようもない王女に育ったに違いないとすらアリシアは思っている。今のアリシアがいるのは、どう足掻いても容姿を貶されるなら別のところで努力しようと奮起したからだ。だからこそ、アリシアは周りの女性や国民から慕われている。
求婚を断られ続けたことに関しては……この国の貴族男性が顔しか見てなかったからとしか言えない。
呪いが発覚――父王も呪いをかけた魔法使いも忘れていたというのだから驚きだ――し、何事もなかったかのように美しくなった王女に求婚してきた男たちに見切りをつけ、一週間前、アリシアは王太子の座に就いた。カルディア王国に女王が立った例はない。しかし、そんな反論を撥ね退け、“自分の幸せは自分でつかみとる!”という決意のもとにアリシアは今の地位に就いた。父王が触れを出してから呪いを解くまでの騒動で、アリシアは求婚・婚約・結婚といったものにほとほと嫌気が差していたのである。
しかし、自分が次期女王となることで国王を決めるための結婚は回避できても、王族である限り回避できないのが結婚というもので。
――――アリシアは今、とても困った状況に置かれていた。
◇◇◇
麗らかな昼下がり。
城の庭園では、美味しい紅茶とお菓子が並べられたテーブルを囲み、五人の男女が談笑していた。
女性一人に対し、男性は四人。それだけだと女性が男性を侍らせているようにも見える。だが、実情はそんなものではない。そんなまったく楽しくないお茶会の中心にいるアリシアは……早く私室に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「アリシア、この紅茶はいかがですか? 私の領地から取り寄せたものです。きっとあなたの口に合うと思いますが……」
少し前まで大嫌いなナメクジを見るような目を向けていたとは思えないくらい、甘ったるい視線をアリシアに寄越してくる男・マイス。
一昨日、我慢できずに“男の長髪って虫唾が走るくらい嫌いなのよね”と言ってしまったせいか、目の前のマイスの黒髪は以前より大分短い。短く切りそろえられたマイスの髪を見た城の女性陣が悲鳴を上げていたが、それなりに似合っている。侍女たちの中でも“マイス様は短髪でもお綺麗よね!”ということで落ち着いたらしい。いまだ嘆いているのは一部の長髪好きだけだ。
「姫さん、そんだけしか食わねえのか? ただでさえ細っこいんだからもっと食えよ。これとか美味いぞ?」
そう言って、手ずから菓子を差し出す男・ラグナ。
“これはあれか、私にあーんしろってことか。……ふざけんな!!”という言葉は呑み込む。ここは怒るところではない。きっとラグナは食の細いアリシアを心配してくれただけだ。それはむしろ感謝するべきことのはず。……たとえ、呪いが解けるまで一度もそんな心配をされたことがなかったとしても。
ちなみに、ラグナは何のアピールか知らないが、最近めっきり女遊びをしなくなったらしい。複数いた恋人とも全て別れたらしいが……アリシアの与り知らぬことである。
「姫、憂い顔もお美しいですが……何かお悩みでも? 僕でよろしければお話をお聞かせください」
きらきらしい笑顔を向けてくる、好きな人がいると言ってアリシアを振ったはずの男・レスト。
呪いが解けてから“僕が好きな人は……アリシア姫、あなたです”と言われたときは軽く殺意が湧いた。アリシアの凶行を止めたのは親友・ラムリアの存在である。レストがラムリアの兄でなければ……。
「あなたの心の暗雲を晴らすためなら何でも致しましょう」
何でもするとの言葉に、“なら帰ってくれ”と言いたいのをぐっと押さえ、アリシアは短く礼を述べて微笑んだ。
途端、顔を赤くする三人に胸が高鳴る……訳もなく。むしろげんなりする。アリシアの食が細いとしたら原因は間違いなくこの三人だ。
「何だこれは……まずい茶だな」
マイスがアリシアに差し出したカップを横から奪ったディラスが顔を顰めながら言い放った。
瞬間、場の空気が凍る。
「マイスの領地といえば……シアレンスだったか? 気候的に向いてないだろう。紅茶好きだか何だか知らないが、これが王女に出せる茶じゃないこともわからないのか?」
紅茶はノーラッド王国の特産品の一つだ。しかも、第二王子の所領は大陸でも一・二を争う紅茶の産地。そのディラスに言われれば自称・紅茶愛好家のマイスとて反論できないだろう。
いつもはアリシアに向いている舌鋒がマイスに向いていると思うと……“ざまあみろ”と思わずにはいられない。……良いぞ、ディラス、もっとやれ。
「アリシア」
「何? ディラ……むぐっ」
呼ばれてディラスの方を向くとすぐさま口に何か突っ込まれた。
嫌がらせのようにやたら大きいスコーンだ。手のひらで口元を隠しつつ、ディラスを睨む。
「フン、まるで間抜けな小動物みたいだな」
誰のせいだと思ってるの!
「お前の食い意地がはってるせいだろ。他人のせいにするな」
「あんたがいきなり口に入れたからでしょ! あんたのせい以外の何ものでもないわよ!!」
やっと口の中を占拠していたスコーンを片づけ、ディラスに抗議する。涼しい顔で自分のカップに口をつけるディラスはどこまでもふてぶてしい。
さすがに腹が立ったアリシアは、ディラスがカップから口を離したところを狙ってお返しとばかりにスコーンをお見舞いしてやった。しかもジャム付き。口の周りについたジャムを指し、行儀が悪いと嗤ってやるのだ。
「……なっ、…………むぐっ」
「あら? ディラスったら、口元にジャムがついてるわよ? ふふっ、子どもみたいね」
今、アリシアの顔にはさぞ意地の悪い笑みが浮かんでいることだろう。
笑いながら指先でディラスの口元についたジャムを拭う。……大人が子どもにするような仕草で。
「!?!? …………っ、な、お、お前……っ」
意外と早くスコーンを食べきってしまったらしいディラスは、子ども扱いが恥ずかしかったのか顔を真っ赤に染め上げた。
しばらく何か言いたげに口をパクパクさせていたが、諦めたのかふいっと顔を横に向ける。……勝った。
「あー……姫さん?」
「ああ、ごめんなさい。行儀が悪かったわよね。ついムキになっちゃって……」
ラグナに声をかけられ、ハッと我に返った。
ディラスに乗せられ、いくら身内ばかりのお茶会とはいえ王女らしからぬ振る舞いをしてしまったことに恥じ入る。ラグナだけでなく、マイスやレストも呆れていることだろう。周りからの視線が痛い。
「いや、行儀が悪いとかいう問題じゃなくてだな…………羨ましいっていうかなんつーか……」
「え?」
「こっちの話。姫さんは気にすんな。言うと藪蛇になりそうだからなー」
「ところで、ディラス殿下は僕たちに宣戦布告にきた……ということで良いのかな?」
今まで黙っていたレストが口を開いた。
「宣戦布告……? ハッ、お前らなんぞ敵になるか」
「ディラス、いくら何でも失礼ではありませんか?」
「出過ぎるな、マイス。いつからお前は俺と対等に口を利けるようになった? 幼馴染みと言えど、俺たちももうガキじゃない。礼儀は弁えろ」
「……っ、申し訳ありません」
「あー、えーと、ディラス……殿下? 殿下の目的は俺らと一緒ってことで良いんですかね?」
「ラグナ……気持ち悪い。普段の口調に戻せ」
「何だっていうんだよ、お前は!!!」
パンッと乾いた音が響く。
手を叩いたアリシアに騒いでいた四人の視線が集まった。
「うるさい」
アリシアが冷たい目で辺りを睥睨すると四人ともが黙り込む。
「いい機会だから聞くけど……ディラス、あんた何しに来たの? 今この時期に遊びに来たなんて言わないでしょうね?」
ディラスの逗留も今日で三日目。そろそろ今回の訪問の理由を知りたいところだ。もしたいした理由もなく来たのだとしたら……即刻叩き出そうとアリシアは心に決めた。常ならばはるばる隣国から訪ねてきた幼馴染みを温かく迎えるくらいの余裕は持ち合わせているが、今は用もない相手に構っていられるほど暇ではないのだ。
「それは、もちろん。アリシア姫の仰る通り、今この時期だからこそカルディア王国に……」
「ディラス……気持ち悪い。謝るからいつもの話し方に戻して」
嫌みなのかなんなのか、久々に聞いたディラスの丁寧な口調に鳥肌がたった。アリシアだけでなく、マイスとラグナも違和感を覚えたのだろう。嫌そうな顔をしている。
「謝るからって……どれだけ嫌なんだ! 別に気持ち悪くはないだろうが!!」
アリシアの言葉に……というより、幼馴染みたちの反応をみて、ディラスがいきり立つ。
“あんた、他人のこと言えないわよ”という言葉は呑み込んでおいた。ただでさえ進まない話がさらに進まなくなる。
「……で?」
「……チッ、本当に嫌な女だな、お前は」
「あー、はいはい。……で?」
悪態は軽く流して話の続きを促した。
「くそっ……だから! お、お前の……カルディアの王太子の婚約者になるために、ここに来たんだよ俺はっ!!」
「へえ、そうな……って、はあ!?」
カルディアの王太子とはアリシアのことに他ならない。
ディラスは今、なんと言った? ……婚約者?
「お前の許可はいらん。そいつらと同じ婚約者候補としてだが、すでにヴォルカノン王から了承は得ている」
悲しいことにアリシアは早急に婚約者を決めねばならない立場にいる。それもそれなりの身分の者でなくてはならないため、城の重臣たちが選んだ婚約者候補の中から婚約者を決めることになっていた。というか、アリシアが王太子になった日に勝手に決められていた。アリシアに拒否権はないらしい。
何より嘆かわしいのはその婚約者候補がマイスとラグナとレストであることだ。なぜこいつらが選ばれたのかさっぱりわからない。家柄が良いからか。
しかも、ディラスの言によれば、ノーラッドの第二王子も婚約者候補に加わるらしい。熨斗をつけて隣国に返したい。
「……よろしくな、未来の婚約者殿?」
城の重臣たちから切られた婚約者を決める期間は、およそ一か月。
――――ニヤリと笑ったディラスの顔に、ただでさえ頭の痛い婚約者決めがさらに頭の痛いことになりそうだとアリシアは頬をひきつらせた。
不憫なアリシアを幸せにし隊、入隊者募集中!




