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王女殿下と菓子職人   作者: 高岡未来
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番外編 王女殿下と春を呼ぶお菓子7

「そういえばニルダ、おまえ今どこに泊っているんだ?」

「ええと、ここからは少し歩くんだけど、普通に宿屋よ」

「結構高くつくだろ、どのくらい居るつもりか知らないけど」

 売り場に出たメイリーアらを横目にアーシュとニルダはそのまま会話をつづけていた。買い物客の相手はメイリーアがすることとなる。

「ううん…、まだ決めてないのよね。ちょっと、色々と見て回りたいし」

 ニルダが思案気に虚空を見上げた。

「だったら隣のチーズ店の上、貸してもらえないか聞いてきてやろうか?たしか部屋一つ余ってたはずだし、いくらか上乗せすれば飯付きにしてもらえるんじゃねえか?」

 アーシュは普段から懇意にしているチーズ店を話題に出した。宿屋に泊るよりも期間を決めて契約をすれば下宿した方が断然に安上がりだからだ。実際この界隈ではそうやって下宿人を置くことで空いている部屋を埋めて家賃収入を得ている家も多かった。グランヒールにはいくつか大学もあり、学生らが利用することもある。

「そうね。だったらお願いしようかな。私もまるっきり忙しいってわけじゃないし、下ごしらえとか手伝うよ」

「ま、そんな手が足りてないわけじゃないからそんな無理しなくてもいいけど、助かる。そうだ久しぶりに飲むか、今日」

「あ、いいねぇ。懐かしいなぁ、昔はよく店の連中と飲みに行ったっけ」

 アーシュとニルダはなにやら楽しそうな会話を繰り広げていた。接客をしている最中も二人の楽しげな会話は自然と耳に届いてしまう。小さな店なのだ。それにあんなにもきゃっきゃと楽しそうに笑い声交じりであればなおのことだった。

 メイリーアは自分でも気付かないうちに口をむすっとまげていた。

 春祭りといい、飲み会といい、宮殿の外は楽しそうなことが溢れていてうらやましい。メイリーアだってそろそろお酒も飲める年頃なのだ。いつかアーシュやレオンらと一緒に飲み会とやらを開いてみたい。

「いいなぁ…」

 知らずに漏れた言葉を聞き取ったのかアーシュがメイリーアの方を振り返った。

「いや、さすがにおまえは無理だろ」

 メイリーアの正体を知っているアーシュの言葉に呆れが混じっていてメイリーアはますますむくれて頬を膨らませた。あっさり駄目だと言われると面白くない。

「なによ、そんなにニルダと仲良くしていたら恋人に怒られるわよ」

 メイリーアはつい憎まれ口を叩いてしまい言わなくてもいい余計な言葉まで一緒に紡いでしまった。

「はあ?誰の恋人だって?」

「なに、アーシュ今付き合ってる人いるの?」

 アーシュが大きな声を出して驚き、ニルダまでもが食いついてきた。

「誰と誰って、昨日の女性の人よ。だって、ウィッズムさんが行っていたわ。アーシュは逢い引きをしているって。逢い引きって言葉分からなかったから辞書で調べたのよ。そうしたら…えっと、愛し合う恋人同士がするものだって書いてあったもの」

 メイリーアはむっつりとした顔のまま昨日の辞書の内容を添えて答えた。

 まっとうすぎる答えにアーシュは天を仰いだ。

「そもそもさいしょっから間違ってる!ウィッズムのじいさんの言葉は九割がたうそだ。そもそも昨日のあれは逢い引きじゃねえし、俺に今恋人はいない!」

 なぜだかやけに向きになってアーシュは反論をした。そんなにも大きな声を出さずとも『空色』は小さな店なのだからちゃんと聞こえている。

「そんなに大きな声をあげなくてもいいのに」

「おまえが変なこと言うからだろ」

「だってウィッズムさんが」

「だからあのじいさんは面白がってそういうことをわざと言うんだ。真に受けるな」

 なおも言い募ろうとするメイリーアをアーシュは制した。

「ふうん、でもそのおじいさんが面白がるくらいに、相変わらずアーシュは女には苦労していないのね」

「ニルダ!おまえも余計なこと言うんじゃねぇ」

 にやにやしながらまぜっかえしたニルダにアーシュは叫んだのであった。




 ニルダと久々の再会を祝して酒場で飲み倒した翌日。

 アーシュは寝台の上ででろんと伸びていた。まだ少し酒が抜け切れていないのか頭が痛い。というか飲み過ぎた。それでも朝一定の時間には目が覚めるのだから習慣とは恐ろしい。ちなみに今日は営業日であって定休日ではない。数年前なら徹夜とか数日間の睡眠時間がほんの数時間とかでも全然平気だったのに最近は徹夜とかすると体が若干重い。年は取りたくないと切に思う。若い身体よ戻ってこい。

 まだ眠気が取れずにぼんやりとした状態で寝室の扉を開けた。小さな家なので扉を開けるとそこは居間に当たる部屋である。水差しに入っていた水を器についでごくごくと飲みほす。少しだけ覚醒してきた。

「やべーマジ飲み過ぎた」

「おはようございます…アーシュ様本当飲み過ぎですよ。完全にニルダさんに主導権握られていたじゃないですか」

 続けて扉を開けて部屋へと入ってきたフリッツも頭が重そうである。カスティレートの人間は総じて酒に強い。ニルダもなかなかの酒豪で最初っから飛ばしていた。強い酒をぐびぐびと飲み、そのペースでこちらに酒を勧めてくるのだ。当時一緒に働いていた仲間の近況を聞いたりこちらでの生活を話したりと盛り上がってしまい、つい飲み過ぎたのだ。

「あいつ底なしなんだよ…」

 昔から同僚や近隣の同じ年頃の男女の中でもニルダのざるっぷりは知れ渡っていた。そして翌日は平気な顔をして職場に顔を出すのだから本当にこいつの腹はどうなっているんだ、と同僚連中で首をかしげたものである。

「それにしてもアーシュ様ちゃんと帰って来たんですね」

 フリッツはまだ酒が抜けていないのか呼び方が師匠からアーシュ様に戻っていた。

「なんだよ、ちゃんとって」

 アーシュは不機嫌な声で答えた。頭が重いしやる気が出ない。完全に二日酔いというやつである。

「昨日は色々と盛り上がっていましたし、そのままニルダさんと消えてしまうのかなあとか思っていたものですから…イタッ、すみません」

 話の途中でアーシュはフリッツにげんこつをお見舞いしてやった。頭を抱えて悶えているフリッツには悪いが自業自得である。

「あいつとはそういうんじゃねーよ。なんつーか、昔っから気の合うやつ、つーか。どうもそういう気を起そうって思わないんだよ」

「あー…、そうですか」

 フリッツは気力だけでそういうと机の上につっぷした。頭の中はまだ眠っているのかもしれない。水持ってこようか、とアーシュは階下へと向かった。

 『空色』の開店時間は午前十一時であるが仕込みは早朝からはじまる。このあたりの店は商品を並べて販売するだけの商店が多いので『空色』のように早く仕込みを始める店は少ない。


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